第76章
「あ、悠一朗さん」美弥子さんがこちらに駆け寄り、いきなり僕の左肩にしがみついて顔を近づけた。
まさかの展開。僕は動けない。
「あのね、わたしも、全部覚えてますから」
美弥子さんは耳元で囁いた後、逃げるように助手席まで戻りかけ、最後に振り向いてちょっと舌を出し、僕に手を振った。まだ僕は動けない。顔が熱い。耳まで焼けそうだ。
我に返ると、リムジンはもう小さく見えていた。
「……ちょっと、何なの?悠、何その反応?やらしい。最低」
「さあ悠、どう言い訳する?」
「四条さんって、実はけっこう積極的なんだね……見習いたい」
ごまかすこともできないまま、女子と別れて貴ちゃんと二人、家までの道。
「貴ちゃん、なんか俺、いろんなことがありすぎてさ」
「俺だってだよ。さっきは勢いで四条さんにああ言ってみたが、どうしたら望んだ過去に戻れるのかも、さっぱりわからないしな」
「……お姉さん、俺も会いたいな」
「生き返らせるさ。何を犠牲にしても」
「ふ、じゃあ俺も手伝わせろよ」
「……なあ、悠」
「何だよ」
「おまえは本当にいいのか?あのな、正直、三年も前に戻れたとして、ひとりの人間の運命を変えたりしたら……」
「たぶん、俺たちは今頃、違う世界を生きてるんだろうな。貴ちゃんはスポーツの名門、俺はここに残ってて」
「それだけじゃない。四条さんとの出会いも……」
「出会ってみせるさ。今度はあんな形じゃなくて、できるなら、もっと自然に」
「悠……俺な、おまえを巻き込みたくない気もしてるんだよ」
「どうした?貴ちゃんらしくないな。頭が冴えてないぞ」
「頭、俺がか?」
「……俺さ、この世界って、たしかに現実なんだけど、それは思ってたよりずっと危ういものみたいだ、ってわかった気がするよ。ディスクに傷ひとつあっただけで、バグって止まっちゃうような」
「傷、か」




