第72章
不意にドアを二度、乱雑に叩く音が聞こえ、「悠、入るぞ」と言いながら、返事もしないうちに入ってきた。貴ちゃんだった。
僕だってちょっと慌てたけれど、美弥子さんの「ふあ」なんて声をあげながら布団に潜り込む仕種が可愛かった。
「貴ちゃん……あ、みんなか」
「もう大丈夫なのか?まったく、いいとこのお嬢様はちょっと歩いただけで貧血になるんだな」
「貧血?」
「ちょっとびっくりしたよー。ファミレス初体験はお預けになっちゃいましたね」
「あ、でも幸ちゃん、もし良かったら、またみんなで行きたいよね」
「仕方ないからハンバーガー買ってきてやったぞ。悠、腹減っただろ?あ、保健室で食ったら怒られるかな。いや大丈夫、ほら、誰もいないうちに食え」
「……そう言えば貴ちゃん、中三の時しょっちゅう保健室に遊びに行って怒られてたよな」
みんなで笑った。美弥子さんも微笑んでいた。
どうも、僕らは世界をやり直したらしい。この世界では、事件は起こらなかったのか。
窓から外を見ると、相変わらず大学は人でいっぱいだった。ちゃんと生きた緑色の芝生、眩しいくらいの快晴が広がっていた。僕は今、ここが、本当の世界であってほしいと思った。
「なあ、四条さん」突然、貴ちゃんが初めて美弥子さんを名前で呼んだ。
「は、はい。すみません、わたし、みなさまにご迷惑を」
「そんなことはいいんだ。四条さん、俺、あんたに興味がある。もっとあんたを深く知りたい。だからこの夏休み、時間の許す限り付き合ってほしいんだ」
時間が止まったかと思った。また異世界に閉じ込められた気分だった。
それでも貴ちゃんは身を乗り出すようにして、美弥子さんを見つめている。その表情は生きていた。お姉さんを守っていた頃の、ヒーローだった頃の顔に戻っていた。
僕は体が急激に冷たくなっていくのを感じた。視界が暗くなる。まさか、貴ちゃんが告白なんて。美弥子さんは驚いて顔を真っ赤にしてる。
「……あ、え、え?」




