第71章
「え?悠一朗さん?」
僕は光る左手で、美弥子さんの顔を拭おうとした。冷たく、柔らかな感触だった。
刹那、意識が途切れたと思ったら、やはり僕は左手で美弥子さんの頬に触れていた。しかし周囲は一変している。
寝ているのは美弥子さんのほうで、それも綺麗なベッドの上で、僕が顔を近づけ左手で美弥子さんの頬に触れていた。
状況を理解できず固まっていると、不意に美弥子さんが目覚め、視線が合った。美弥子さんは左右とも大きな黒目。
「うあ、す、すいません」
「嫌、離さんといて」美弥子さんが僕の左手を引っ張り、また頬にくっつけた。
「え、え?」
「……あのお話の続き、して」
「……いや、ちょっ、あの」
「あの時、好きです、って言ってくれたん、ほんま?」
美弥子さんは寝ぼけているのか、覚めているのか。どこまでが現実なのか。美弥子さんにどの記憶が残っているのか。
僕は考えようとしたが、ほっぺたのもちもちな感触に心が乱れてまとまらない。美弥子さんは少し紅潮していて、温かい。
「美弥子さん、俺も、繰り返しの世界にいたんです」
「ふふっ、美弥ね、事故の時、すごい怖かって……でも覚えてるんよ。名前、呼んでくれたん」
「……死んでたんですよね?俺。
俺が死んだから、あなたは、あの瞬間をやり直した」
夢心地のような話し方だった美弥子さんの顔が瞬時に青ざめ、掴まれたままだった僕の手は解放された。
「……ごめんなさい。わたし、許されるはずないですよね。
悠一朗さんにそのことを言わないでいれば、なかったことにできると思っていました。卑怯ですよね……」
「あ、あの、でもさ、俺、こうして生きてるじゃない。やり直せたんだよ。だから、いいじゃん」
「……悠一朗さんは、ほんまに、優しい方ですね。わたしも、そんなふうになりたかったな」
「美弥子さん、あの……じゃあ、聞いてください。俺の、答え」




