第69章
「なっ……悠、本気なの?」
「やってみる価値はあると思うんだ。これでだめなら、次を考える」
「……なあ悠、この世界がもし壊れるとしたら、次はないかも知れんぜ」
「ああ。もう次なんて要らねえよ」
「お、大田くんあの、本当にそんなことするの?親友なんだよね?」
「その親友が、本気で頼んでんだからな」
そばに寝かせた美弥子さんの右手を、僕は左手で握ったまま立ち上がった。この世界に入った時と同じであり、逆でもある状況をつくるためだ。
貴ちゃんが静かに歩み寄ってくる。貴ちゃんが僕を本気で殴ったことなんて、これまでになかったと思う。そして、これからもないだろう。
今、この一度だけだ。僕は覚悟を決めた。女子は硬直したまま。貴ちゃんの手が僕に届く距離まで近づく。
「……く、あはは、悠、やっぱ無理だわ」
「へ?」
「そんなびびって構えてる奴にパンチは打てねえよ」
「な、何だよそれ」
「意識を飛ばすこつはな、相手が予測できないタイミングで打つこと。それが完璧ってもんなんだよ。だからさ」刹那、僕の視界は緑の砂嵐。
遠くのほうで女子の悲鳴が聞こえた気がした。
ああ、貴ちゃんが僕を殴ったんだ。予測できない、完璧なタイミングで。さすがだと思った。僕はうっかり気を抜いていた。地面に叩きつけられると思ったが、抱き留められたような柔らかい感覚だけが残った。
いつかの貴ちゃんは、本気の喧嘩の時も相手が頭を打って致命傷を負わないように、倒れかけた相手を支えていたっけ。
あの頃の貴ちゃんは本当にヒーローだったんだ。僕には手の届かない、でも現実のヒーロー。




