第5章
そんな状態が三分間ほど続いた。永遠に続くのかと思うほど長い時間だった。
こらえきれなくなった彼女の涙がぽろぽろ落ちて、美しい顔を伝うのを目にした時、僕も耐えられなくなり「ちょ、母さん、待って。それさ、今どれだけ言ってもたぶん何も解決しないし」と不自然にへらへら笑って言った。
まだ何か喋ろうとする母に被せて「ちょっと俺に話させて。あの、あんたさ。本当に悪いと思ってるんなら、これ治るまで、ちゃんと顔出しに来てください。別に物とか要らないんで」と渇いた口で言い切った。
その間、目は合計で二秒くらいしか合わせられなかった。僕も少し声が震えていた。
相手が天使だからといって、美しさに心を奪われ、許してしまってはいけない。何より母にそう思われるのが息子としてまずい。
だから僕は敢えて冷たい態度を選択したつもりだったが、後から考えると「あなたとまた会いたいので、しょっちゅう来てください」と言ったようなものだ。
しかも被害者面して相手の弱みにつけ込んだ感さえある。言ってしまってから、また罪悪感で心が沈んだ。
なのに天使は「はい。あの、できるだけ伺うようにします。お見舞い品などでもご迷惑をおかけしてしまいましたようで、本当にすみません」とまた深々頭を下げ、その日は帰って行った。
ドアが静かに閉まり、力のない足音が遠ざかっていく。
僕は母に「本当にあの人に撥ねられたの?俺」と訊いてみた。
母は「お母さんも最初びっくりしたわ。芸能人でもあんな子いなくない?お人形さんみたい。しかも超いい子」と言って、ちょっと天使の真似してからくすくす笑った。
母上、てめえのあの態度も演技混じりかよ。