第44章
お姉さんは高校生になったあたりから、少しずつ体調が良くなっていった。
母親のいない貴ちゃんにとっては姉であり、母であり、それ以上の存在でもあったんじゃないだろうか。
お姉さんが生きている時は、貴ちゃんも頼られっぱなしで大変だな、と思っていた。学校のヒーローで、面倒見のいい奴で、料理も掃除もして、家にほとんど居ない父親の代わりまでも演じてみせていたから。
でも、それは少し違った。たぶんお姉さんの存在が、貴ちゃんの苦しみに意味を与えていたんだ。貴ちゃんは多くを背負いすぎていて、お姉さんと互いに寄りかかり合うことで、やっと立っていたのだと思う。
お姉さんが大学に合格した時、貴ちゃんは過剰に思えるほど心配していた。実行できるわけないのに、毎日の送り迎えまですると言った。お姉さんは大丈夫だと笑っていた。
「貴にはさ、もう気を遣わなくても大丈夫だよ、ってとこ見せたいな。今まで私がずっと重荷になってたから……」と僕に言ったのを、はっきり覚えている。
そして大学に入学してすぐ、お姉さんは無理に勧誘されて入ったサークルでレイプされ、貴ちゃんの隣、自分の部屋で首を吊って自殺した。
あまりにもあっけなく、すべてが壊されてしまった。
遺書には今まで関わってきた数少ない人たち全員への謝罪が書かれ、最後に「弱い人間で本当にごめんなさい」とあった。
貴ちゃんは抜け殻のようになって、中学三年生の大事な時期を棒に振った。名門校への進学も消えた。
お姉さんを守るはずだった力は、ただの暴力へと変わった。
さっき僕が胸騒ぎを覚えた時、咄嗟に貴ちゃんと別れたのは、もしもこんな場面を目にしたら、貴ちゃんなら殺してしまうかも知れない、と思ったからだった。
そして、悪い予感は当たってしまった。スキンヘッドも長髪も、ぴくりとも動かない。
貴ちゃんにとって、こんな奴らが存在しているような現実は、まるごと無価値なのかも知れない。
「貴ちゃん、こいつら死んだかな」
「ん?どっちだっていいさ。興味ない」
「下にもう一人いた?」
「そいつも死んだろうな」
「……小田原、もう百十番と百十九番した?」
「え、あ、まだしてません、ごめんなさい」
「いや、いいよ。みんな、とりあえず出ようか」
正当防衛とは言えないだろうな、なんて考えていた。現実味がなかった。




