第39章
「貴ちゃん、俺アニメイト行きたくないんだけど」
「別にいい。ちょっと悠にだけ見せたかったんだよ、これ」
「あ。その携帯って、この間言ってた……」
「そう。ちょっとカメラで写してみるから左手うおっ」
「え?もう写ってんの?シャッター押さなくていいのか」
「……カメラを通した時点でもう見えるみたいだな。おまえ、ずっと、自分の手がこんなふうに見えてんのか?」
「ちょっと見せて。……うん、まあほぼこんな感じ。画質は粗いけど」
幸に続いて、貴ちゃんも緑色の目撃者になってくれた。心強かった。
別に僕はもう見えるのが嫌というわけでもないが、自分だけにしか見えていなかった時は疎外感を覚えていた。
「なんかすげえな。こんな感じで、そこら中にこんな色が広がってんのか?」
「いや、まあ正直言って滅多にない。だからこそ、自分の体がこんなになってて気持ち悪いんだけど」
「俗っぽく考えるなら、霊が憑いてるってことなのかな。霊っていうよりは、世界が唐突にバグってるような印象だけどな」
アニメイト前での会話が少し途切れた瞬間、なぜか僕は急激な胸騒ぎを覚えた。
三年前の貴ちゃんの悪夢が、今度は僕の眼前に現れたような、理屈ではなく直感と呼ぶに相応しい感覚だった。
「ごめん貴ちゃん、俺ちょっと行くわ。またアニメイト終わったら連絡して」
「ん?……わかった。じゃあ後でな」
貴ちゃんに悟られないよう数秒は早歩きで、その後すぐに走り出した。途中で大学に戻る道を逸れ、感覚を頼りに三人を探し回る。なぜか確信があった。
美弥子さんが危ない。
途中で恐怖心に襲われ、やはり貴ちゃんも連れてくるべきだったという考えが浮かんだが、僕は歯を食いしばって耐えた。
息が切れてくる。不安で視界が狭まる。今にも降りだしそうな空。ふと僕は、エアロパーツやステッカーで装飾した、たちの悪そうな黒いワゴン車を見た。
路上に停めてあったそれに走り寄ると、側に誰か一人座りこんでいる。小田原だった。
「はあっ、小田原、どう、した」
「ひっ。あ、あ、桐島くん、あ、二人がそこ、そこの建物に」
「……連れ込まれた?」
小田原は泣きじゃくりながら首を縦に振った。
古いビル。大して高くもない建物を見上げた時、空は緑色に裂けていた。小田原に「大丈夫」とだけ言って鞄を預け、僕は突入した。
大丈夫だなんて思えるはずがないのに。




