第3章
左腕は今でも深緑色。少なくとも僕にはそう見えている。
しかもそれだけでなく、僕は時々、世界のところどころが深緑に光るのを見かけるようになってしまった。
この空だってそうだ。昼休みの屋上から見えるマンションの隙間、十三時の少し前から数十秒間。いつもこの時間だけ深緑。
僕はひとり、それを見ながら、七月はもう暑いので日陰に陣取って座り、母の弁当を食べている。いつも通り見映えよくできている。
「ん、ん。あのさ、何見てるの」
不意に斜め後ろから馴染みのある声がしたが、別に驚かなかった。事故の時もそうだった。どうも僕はとろいのかも知れない。
「あの辺りさ、あ、やっぱもういいや」
僕はマンションの間を指差したが、その時ちょうど深緑は消えた。
「何?」
「いや、もういいから」
「なんで?て言うか、もういいって何」
小学校から何度も同じクラスになってきた藤川幸は仕切りたがりの学級委員長で、自分が中心にいないと気にくわない面倒な性格だ。
今だって、事故の後から不審な行動をとるようになった僕のことが委員長として心配だ、とわざわざ屋上まで来たんだろう。正直なところ、そういうのが僕は鬱陶しい。
「いや、委員長さあ、目悪いから遠いとこ見えないかなと思って」
「別に見えてますから。眼鏡あるし。桐島くんさあ、最近どうしたの?授業とか集中してないよね」
授業なんて昔から集中してないけど、ちょっとまずい。こいつが僕をわざとらしく名字で呼ぶのはまあまあ怒ってる時だ。さらに喋りに溜め息が混じってるし沸点は近い。
僕は数秒の間をおいて考え、本当は落ち込んでいるが平気な振りをしている振りをしようと試みた。
「……何か、俺さ、事故ってからちょっと見え方がおかしいんだよな。心配かけるから、あんまり誰にも言わないようにしてたんだけど」
「え、え?ほんとに?……そうだったんだ。どんな感じなの?」
うまく運べた。やや深刻さを演出したのが良かったようだ。本気で心配してやがる。
「たまに変な色が見えたりとか。だから遠く見てたら良くなるかな、って思ってさ。今日も。悪いな、俺のことは別に心配しなくて大丈夫だから」
「んん、なんか、私のほうがごめんなさい。なんか、全然わかってなくて」
「いいよ。ほら、降りよ」
「ごめんね。悠、ああ五限音楽室だからね」
まあ悪いやつじゃないし、扱いさえわかってれば単純なんだけど。幸が煙たがられるのもよくわかる。煩いとつい僕も委員長呼ばわりしてしまう。