第21章
しばらく沈黙が続いた。サンドバッグは小さく揺れ続け、ガレージに鎖の金属音と扇風機の駆動音だけが響いていた。
でも貴ちゃんといる時の沈黙は、昔からよくあることだし嫌にならない。
ふと僕は、幸の肩を掴んだ昼のことを思い出し、左手を見つめた。痛い思いをさせたのではないか、と苦い気分になった。
「悠、じゃあ俺もネットとかで調べてみる。わけのわからん体験談やら何やらも、まあ役に立つかも知れないしな」
「そうか。でも考えてみたら、おまえだって受験シーズンじゃないの?」
「俺は高校出たら引きこもりたい。貝になりたい」
「いや閉じるなよ。貴ちゃん、幸って知ってるだろ?藤川幸」
「ああ、ツンデレ委員長の。俺はツンしか見たことないけど」
「もういちいち突っ込まんからな。幸が夏休みさ、一緒に勉強しないか、って言ってるんだけど、貴ちゃんどう?」
「ん……?それ、悠ひとりじゃなきゃだめなやつだと思うがな」
「……まあ、それが否定しきれないから行きづらいってのもあるんだよ。来てくれよ」
「どうせ暇だし、最初の1回だけなら冷やかしで行ってもいいが、真面目に勉強する気は全然ないぜ」
貴ちゃんはこんな、常に世を軽んじているような性格になってしまったが、背も高いし顔もいいし、学校の成績はだめだけど頭もいい。いまだに女子にも人気があるようだ。
僕は親でもないが、貴ちゃんにはまともに生きてほしいと思う。簡単にそうできる力はあるはずなのに。




