第14章
「おかえりー。悠兄、どうだった?」妹が目を輝かせながら訊いてきた。
「ああ。まあがんばったほうだろ」
「へえ、ちょっと進展?やるじゃん」
「押忍」
「あー。悠っ、こんな高いにんにく買ってきて。もう」
「お客様が来てんだから国産でいいだろ。まあ何を使っても、母上様のお料理は絶品でごぜえますが」
「そんなおだてに乗るかっ」
「ふふ、みなさま仲良しなんですね」
夜、貴ちゃんに「今日は助かった」とメールを送ったら「じゃあ天使のアドレス教えろ」と返ってきた。二次元が嫁のくせに。
「それはできん」
「まあ三次はいいや。またサンドバッグ叩きに来いよ。大型扇風機置いたしガレージまあまあ涼しいぜ」
「わかった。もう夏だし俺も鍛えるわ」
もう夏だし。
昨日のやりとりで発した自分の言葉で、ようやく僕はそれを自覚した。
学校はもうすぐ夏休みに入る。大して実感もないが、僕も受験生なのだ。ただでさえまずい頭が、事故のせいでしばらく休んでるんだから、そろそろ真面目にやらないといけない。
本当は美弥子さんの通う名門、聖沢大へ行きたいのに、今はその意思を表明できる学力もないのだ。もっと危機感を持つべきなんだろうが。
何か効率よく勉強する方法はないものか。とは言っても、一朝一夕にできるようになるはずもないし、努力嫌いな自分のやる気を継続させる環境づくりのほうが大事だろうな。環境。
そんなことを考えている時間にも勉強すればいいのに、授業の合間、僕は教室でぼんやりしていた。
ふと視界に入った幸が眼鏡をかけていないのを不思議に思い、何となく見ていると、幸も何気ない様子でこちらを振り返って、不意に目が合った。それをなかったことにするのも悪いと思ったので、僕はちょっと手を振ろうとした。
すると幸は慌てたように前を向き、俯いてしまった。




