プロローグ
「なんでもこわす、リュウ?ってしってるー?」
田舎のとある村。
幼女が庭先で洗濯物を干している父親に声をかけた。
トコトコと父親に近づく小さな腕の中には、大事そうに抱えられた薄い石板がある。
「リュウ?わからないなぁ。フェミィは、なんのことを言ってるんだい?」
首を傾げる父親は干し物を中断し、その拾い物を覗き込んだ。
「これはどうしたんだい?」
「あのね、これね、あそんでたら、おちてたから!」
つたない言葉の後、幼女がニィーと白い歯を見せる。
父親もそれに笑顔を返して頭を優しく撫でた。
目をやった石板。
そこには旧王国文字で確かに“リュウ”と刻まれていた。文字の下には黒色の爬虫類らしき絵も彫られている。
「今は使われていない文字だ。リュウ?リユウ?何の事だろうね。そしてこの絵は……トカゲかな」
「トカゲ……トカゲェ!」
その言葉は幼女のツボに入ったらしく、笑い転げながら何度もトカゲと連呼した。
「フェミィはトカゲが分かるのかい?」
「わかんない!」
幼女はトテテテと父親に抱き着き、石板に彫られたトカゲの形を嬉しそうに指でなぞった。
しかし父親はその奇妙な石板よりも、大事な気掛かりを胸に秘めていた。
「どうしてフェミィは文字を読めたんだい?」
「もじ?おとうさん、もじってなぁに?」
そう言って幼女は先ほどまで大事に抱えていた石板を無邪気に投げ捨てた。
「リュウー!トカゲー!」
定まらない足取りの幼女は、お尻に火がついたように元気に庭を走り出した。
やがて足先は裏の山の方角へと向く。
「フェミィ!そっちは霧があるんだ!近づいてはいけないよ!ーーあぁ!」
ゴチン!と幼女は勢いよく、太い木の幹に顔から激突した。
直後、泣きわめく甲高い声が辺りに響いた。
「フェミィ!大丈夫かぃ!?」
「ああぁぁーっ!ああぁぁ!お父さぁぁん!」
父親の腕の中で幼女は泣き喚いた。
しかし、決して瞼は開かない。涙は目尻の隙間からにじみ出るように溢れ出ている。
塞がったまぶたの上。そこには血管のように膨らんだ緑の線がいくつも並び、他人からは縫い付けられているようにも見える。
【盲目の呪い】
それが幼女に与えられた、抗えない運命だった。
それから十年の歳月が流れーーーー盲目の少女と、破壊の黒き竜は、出会う事となる。