和国の章・その陸 後始末とドラゴンカレー
ストームが浅井久政との大喧嘩を行っていた時。
「急げ!!街道ならば奴らは横に広がって戦う事は出来ない」
浅井が動いたとの一報が、金ヶ崎の木下藤吉郎の元に届いた。
既に出陣の準備を終えていた藤吉郎は、すぐさま浅井を迎え撃つために出陣した。
疋田城で待機していた兵も合わせると、確実に浅井久政の軍勢を叩き潰すことができる。
兵は神速を貴ぶ。
今が正に、その時であった。
疋田城から出兵した武将とも合流し、浅井軍を待ち構えようと当初の目的地にやってきた時。
「な、何じゃこれは!!」
目の前に広がる光景に、馬から落ちそうになる。
木陰に並べられている武将と、後ろ手に縛り上げられている足軽達。
通行の邪魔にならないように、綺麗に街道横に繋がれた騎馬。
その側に置かれている武具の山。
武将と足軽だけでも1000は超える。
あちこちで冒険者らしき者達が、降伏して座っている武士や足軽を見張っている。
そして、木陰で大量の鍋を並べて炊き出しをしているストーム。
「す、ストーム殿、これは一体?」
「これは藤吉郎秀吉殿。少し遅かったですね。カレー食べます?」
と器にカレーを盛って差し出す。
「まさか、この全てをストーム達が倒したのか?」
「まあ、そんな所だな。後は任せるので、宜しく」
全てをストームが倒したわけではない。
途中から、冒険者達が浅井家を裏切ってストームに付いたのである。
本来ならば依頼の破棄になるので莫大な賠償金が発生するのだが、浅井家からは正式にギルドを通しての依頼ではないらしく、賠償金はないらしい。
数名の魔術師が範囲型の麻痺や睡眠の魔術を使い、耐えた武士や足軽は戦士系の者達がスタンアタックで気絶させた。
ほぼ無血でこの争いを収めたのである。
「よ、宜しくか。まったく呆れるわ」
「そこの冒険者達も浅井家に雇われていたのですが、裏切ってこっちに付いたので、報酬は支払ってやってくれ」
「おお、そうか。なら、浅井の者達は疋田城まで連行しろ。冒険者達にはそこで報酬を支払うので、そこまでは手伝って欲しい‥‥ストーム殿にも来ていただきたいのだが」
――ズズズズッ
「いいよ面倒臭い」
そう笑いながら呟くと、のんびりとカレーを食べ始めるストーム。
この世界の香辛料は地球のものとほぼ同じ。
異国である西方からスパイスが届けられるが、これ程までに大量のスパイスを使う料理はない。
飴色まで丁寧に炒められた玉ねぎの甘さ。
小麦粉をバターで炒め、そこに絶妙な配合のスパイスが入れられている。
ボルケイドの骨を煮込んでスープストックを作ると、その中でドラゴンの胸肉や様々な野菜が煮込まれている。
それらを合わせたカレーは、正に旨味の凝縮された逸品である。
マチュアから受け取っていたこのカレーをスプーンで掬って食べながら握り飯を齧る。
――パクっ‥‥ハフハフッ
熱々のカレーの中で、程良く煮込まれたドラゴン肉が少し崩れる。
それを掬って口に運ぶと、舌の上でホロリと崩れる。
噛み締めた肉からはドラゴンの旨味が溢れ出し、カレーのスパイスと混ざり合ってこの世のものとは思えない美味さを引き出している。
すかさず握り飯を一口。
飯の淡白さで口の中をリセットすると、再びカレーを口に運ぶ。
ギリギリ崩れない程度に煮込まれたジャガイモと、甘さの詰まった人参。
正にスパイスとドラゴン、野菜の三位一体の味わいである。
「ふっはー。ご馳走様でしたと。さて、片付けるから、寸胴を貸して‥‥空っぽかよ」
並べてあったカレーが全て空になっている。
それどころか、物足りないという雰囲気が伝わってくる。
「ストーム様、これって、今年の竜王祭の時に露店で売っていた奴ですか?」
そう魔術師が問いかけるので。
「ああ、そうだな。具材はボルケイドの肉とかも混ざっていたから、良かったな。貴重なドラゴン肉を食べられたぞ」
大笑いするストームだが。
――ブッ
冒険者達はストームの言葉に吹き出した。
ドラゴンの肉といえば、貴族やの王族が大枚叩いても食べることができないぐらい貴重なものである。
そもそも、ドラゴンが食べられたという記録は最近のものでも100年ほど前。
それ程までに貴重なものである。
だが、和国の人達には今ひとつ理解出来ていないらしい。
「それじゃあ後は任せたので。信長公にはまた何処かでと伝えてくれれば良いので」
そう藤吉郎に告げると、バックパックを背負い直す。
「ストーム殿はこれから何処へ?」
「久政は逃げたので、小谷城に説教しに行ってくる」
そう告げてから絨毯を広げると、それに飛び乗って飛んでいく。
敢えて久政は逃した。
喧嘩を売る相手を間違ったことを、思い知らせるために。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ゼイゼイゼイゼイ
息を切らせながら、久政が広間に入っていく。
疋田城に向かう途中でストームの待ち伏せを受けて、浅井の軍勢が敗北を喫したのである。
主だった武将は生きたまま捕らえられ、十数名の足軽と共に急いで北近江国の小谷城に帰還したのである。
「これは父上、無事に金ヶ崎城は取り戻せたのですか?」
「言うな。金ヶ崎どころか疋田城にも辿り着けなかったわ。おのれあの冒険者め。やはりここで殺さなかったのは痛手だったわ」
野良犬のように広間をウロウロとする久政。
この後の手を考えているのだが、どうにも手が無い。
「ですから、朝倉氏との約定があっても今の勢いのある織田を討つのは無理なのですよ。確かに将軍義昭殿が織田の傀儡に成り果てるのを良しとせず、本願寺や朝倉、武田、上杉といった武将に、『打倒織田家』の激を飛ばすのも理解できます。が、今の父上はどうですか?」
「言うな。それ以上は言うな!!ならば我らに織田の軍門に降れと言うのか?朝倉殿は軍門に下るのを良しとせず戦った。我ら浅井家も本来ならば朝倉家と並んでこの近江や若狭そして山城までも手中に収められる筈であったのだ」
拳を握って熱弁する。
いまだ、久政の野心は燃え尽きていなかった。
「京の将軍義昭の力添えがあれば。そうだ、今一度、将軍家に力を貸してもらうことにしよう。甲斐の武田と上杉に書簡を送って、信長のいない尾張を攻めさえできれば、奴は帰る地を失う‥‥それだ」
勝手に話を進めている久政。
「将軍義昭殿の力添えも、武田や上杉に書簡を送るのもなりません。既に勝敗は決しているでは無いですか?」
「煩い煩い。そうだ、お市だ。あの女を将軍に差し出せば、話は聞いてくれる。バケモノの血だが見目麗しいお市を差し出すのだ。長政、構わぬな?」
――ダン
「お市は私の妻です。それをあのような将軍に差し出せと?それこそ信長の逆鱗に触れるでは無いですか。何よりも、私はお市を手放す気はありません」
立ち上がりながら拳を震わせて叫ぶ長政。
「煩い黙れ。我が子ながら情けないわ。浅井家の命運がかかっているのだ、そのような些事、笑って済ませよ!!誰か居らぬか、お市を座敷から引っ立てろ」
――バ――ーン
突然襖が蹴り飛ばされ、ストームが姿を現わす。
「まあ、こんな事だろうとは思ったが。浅井長政っ、幾ら血の繋がりのある父とは言え、そのような狼藉を許すのか?」
「えぇーぃ、貴様、一体どこから入って来た!!」
真っ赤な顔で叫ぶ久政。
「玄関からだ!!おれは忍者部隊月光ではない!!」
力いっぱい笑いながら、叫び返すストーム。
小谷城正門からこの部屋まで、大量の武士が気絶している。
全てストームが強行突破して来た結果である。
「貴様だ。貴様さえいなければ‥‥」
カチャッと刀を構えると、ジワリジワリと間合いを詰めてくる。
――ヒュンッ
すかさず久政が渾身の一撃を上段から叩き込んで来たが、ストームはハリセンで刀を殴りつけ、破壊した。
――バキャツ
「さて、浅井長政。この度の一件、どう責任を取る?」
そうストームが叫ぶと、長政はストームに平伏した。
「私と、父久政の首を信長公にお届けください。その代わり、この近江国の民を悲しませるような事はしないで欲しいと‥‥」
素早く腰から短刀を取り出すと、長政はそれを自分の腹につきたてようとした。
たが。
――ガシッ
縮地で間合いを詰めたストームが、短刀の刃の部分を握る。
ポタッ…ポタッ‥‥
真っ赤な血が畳を濡らす。
「長政が死んだら、それこそ近江国の民は嘆き悲しむだろうなぁ。それにお市の方もな。死んだらそれまでだが、生きていれば良いことはある。信長の元で頭を下げれば良い」
ストームは笑いながら告げた。
「しっかし痛いわ。指が落ちるかと思ったが、意外と鈍らだな」
魔法で傷を治すと、今度は久政の元に歩み寄る。
「元凶はお前だよな。俺は何もしないから、精々信長の前でもさっきのように威勢良く叫んでくれな」
そう告げながら久政を捕らえようとするが、駆けつけた家臣が土下座をした。
一人、また一人と駆けつけては、久政を擁護する為に土下座した。
やがて広間を覆い尽くすほどの家臣が、久政の為に命乞いをしているのである。
「ストーム殿。父の始末はせめて私の手で」
長政がそう哀願するので、ストームは下がる。
「浅井久政。今この時より隠居を命じる‥‥街道脇の古城は建て直してますから、父上が使ってください‥‥」
そう告げると、長政は広間から出て行った。
それを見送ると、ストームもまた広間の武士達に頭を下げると、小谷城を後にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
さて。
地球では起こる筈だった金ヶ崎の退き口を、織田信長の圧勝で幕を閉じさせたストーム。
歴史が何処まで変わるのか興味を持ったらしく、未だに畿内を旅している。
「金ヶ崎から京に流れた後の流れは、本来ならば次はここなんだよなぁ」
姉川の宿場町で、ストームは宿でのんびりと身体を休めている。
浅井久政があのような状態となり、長政は信長に謁見を申し出て和平交渉をしているだろう。
一乗谷の朝倉義景がどうなったのがが気になるところだが、それらについての情報をどこから手に入れたら良いものか。
「まあ、あーだこーだと考えても仕方ないわ。ギルドで話を聞いてくるか」
宿を出て冒険者ギルドに向かう事にした。
ここ姉川の手前にある宿場町には、商人ギルドと冒険者ギルドが一つの建物の中に収められている。
この宿場町自体がそれ程大きくはない為、一つで十分なのだろう。
「済まない。依頼ではなく情報を集めているのだが」
「情報なら商人ギルドのカウンターへどうぞ。冒険者ギルドでは情報の売買はしていませんよ」
「そ、そうか。それは失礼した」
頭を下げて反対側のカウンターに向かうと、同じ事を問いかけた。
「どの様な情報で?」
「金ヶ崎から出兵した織田家と朝倉家の戦いの顛末を知りたい。幾ら掛かる?」
そのまま受付は後ろの棚からいくつかの羊皮紙を引っ張り出すと、それを手に戻ってきた。
「一朱金か金貨一枚で」
――コトッ
金貨一枚をカウンターに置くと、受付はそれを受け取り話を始めた。
「その戦いの情報はまだ届いたばかりで、状況は逐一変化する事がありますので。まず、一乗谷は織田家によって包囲され落城しました。朝倉義景と一部の家臣は抜け道を使って包囲網を脱出し現在は行方不明との事です」
しっかりと退路を残していたらしい。
それにしても何だろう、この圧勝状態。
「続いて浅井家ですが。浅井家は浅井長政が一乗谷の織田信長と会見し、浅井一門は織田家の配下となりました。まあ、今まで通りに近江国は浅井家が統治するので、特に変わった事はありません」
「久政は?」
「先日、切腹したそうです‥‥後を長政に託して」
久政の切腹は少しだけ考えていたが、いざその報告を聞くと切なくなる。
だが、少しだけホッとしたストーム。
姉川の合戦が回避されたので、史実にあった小谷城下町の焼き討ちなどが無くなったのである。
こうなると、ストームにもこの先の展開は分からない。
朝倉義景の敗走と浅井家が織田家の配下になるなど、史実には存在しない。
「なら、ここに長く止まる必要は無くなったか。とっととサムソンにでも‥‥待てよ?」
一瞬、何かが脳裏を過ぎる。
ここまで起こった出来事を思い出し、一つ一つ吟味する。
「ストームさん、これで現在の状況は全てですが、宜しいですか?」
「朝倉義景が逃げたのって、冒険者が手引きか脱出の補助をしていないか?」
「可能性はありますね。蟻一匹逃げられない包囲網だったそうですが、シーフか魔術師でもいたら逃げられない訳ではありませんから」
この戦いのjokerは冒険者である。
実力のある冒険者の手助けが有れば、脱出など不可能ではない。
それどころか、マチュアのような魔術師が朝倉に与しているとすれば、まだ逆転の手はある。
「そうか。ありがとう」
「毎度ありがとうございました」
にこやかに頭を下げる受付に礼を告げると、ストームはギルドを後にして近くの団子屋で一息入れる。
「もしマチュアが相手だとしたら、俺に勝ち目はあるのか?」
今一度ストームは考える。
指パッチンで対象の魔術を消滅させる賢者。
神速の回避速度を持つミスティック。
大都市一つを破壊できる絶大な破壊魔法。
どれを取っても人間の行える技ではない。
だが、絶対防御を持つ聖騎士と、相手が避ける暇を与えずに断ち切る侍、そして司祭以上の回復力を持つ僧侶。
ストームもまた、まともに人間相手に戦ってはいけない存在である。
倫理観と理性が、ストームのストッパーとして機能しているので、本気になっても全てを解放しない。
マチュアもまた、倫理観と理性、そして好奇心があるので全力にはならない。
むしろ、リミッターによってそれらの力はかなりセーブされている。
二人が戦うと、決着はつかないだろう。
「てことは。朝倉の冒険者がどれ程のものかわからないとなると、本当に朝倉の考えを予測するしかないか‥‥」
頭の中にある歴史の知識や時代劇などの小説、架空戦記シリーズなどを思い出し、現状と照らし合わせた上で次の一手を予測する。
そして一つだけ、朝倉義景が動く道の予測がついた。
「朝倉義景の敗北が一つ早まっただけと考えるか。浅井家の後ろ盾もなくなったなら、向かう先は‥‥」
ちらりと遠くの山々を見る。
「比叡山・延暦寺。このままだと、比叡山焼き討ちが加速度的に早まっているだけか‥‥どうする?」
横に置かれた団子を口に運びながら考える。
歴史上の大虐殺を少しでも抑えつつ、織田信長を天下に止める方法。
そんな都合の良いものがあるのかと苦笑する。
歴史に出てこない冒険者という存在が、どうしても思考を鈍らせる。
そもそも、信長が魔族という段階で、和国の戦国時代は詰んでいるのである。
本能寺の変が起きたとしても、魔法の炎でもない限り焼死はしない。
「比叡山、行ってみるか‥‥」
代金を支払うと、ストームは比叡山へと絨毯を飛ばした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
近江国西方・滋賀郡。
ストームは比叡山焼き討ちを阻止する為に、ここにやって来た。
長い山道を絨毯に乗ったまま飛んでいくと、延暦寺正門へと辿り着く。
古い歴史を感じられる、立派な門。
しっかりと閉じられ、その左右には二人の山法師(僧兵)が構えている。
「ここは延暦寺。そなたは如何なる用でこの地に参られた?」
巨大なツーハンドアックスを構えて、山法師が問いかける。
と言うか、その装備から冒険者のように感じる。
「ウィル大陸はサムソンの鍛治師、ストームだ。参拝に参ったが、入れて頂けるか?」
「カードを示せば。最近は物騒故、身分を証明出来る者でない限りは入れる事は出来ない」
そう僧兵が叫ぶので、手の中にカードを生み出すと、それを僧兵に差し出す。
「Bクラスの鍛治師か。御苦労であった。てはこちらに参られよ」
ツーハンドアックスを構えていた僧兵が構えを解くと、ストームを境内に案内する。
綺麗に手入れされている境内には、傷ついた冒険者や小僧、落武者達が彼方此方に座って身体を休めている。
「雰囲気から察するに、今しがたに到着したと言う所なのか。よく生き延びていたなぁ」
彼らを眺めて呟く。
「ここ最近は戦が多く、彼らのように傷つき逃げ延びて来た者も少なくありません。御山はそのような者達を受け入れ、心も身体も癒しているのです」
本堂から一人の僧が姿を現すと、ストームに話かけた。
見た目はまだ若く、30前後と言うところであろう。
「こちらへどうぞ‥‥」
本堂内に案内されると、目の前には立派な薬師如来像が姿を現した。
その前でストームは正座すると。静かに手を合わせる。
(ここに朝倉義景が逃げ延びたのはほぼ確定か。どうする?義景を差し出すように告げると信長と同じ道だな‥‥)
暫し目を閉じて思考するが、まだ有力な対応策も出てこない。
(なら、運を天に任せるか?)
そう考えて目を開けると、スッと立ち上がった。
「有難うございました。では、私はこれで」
傍で立っている僧に頭を下げる。
すると。
「ストームさんは鍛治師ですよね?ちょっとお願いがあるのですが」
突然声を掛けられる。
「はぁ、山法師さんの武具の修繕ですか?」
「はい。それも有るのですが、最近は何かと物入りでして、新しく武具甲冑を一揃えお願いしたいのですよ」
と告げながら頭を下げる僧侶。
何か裏があるのかもと訝しむが、虎穴に入って虎の親子共々捕まえるのがストーム。
「分かりました。私は西洋甲冑しか作れませんが、それで宜しいですか?」
「結構です。ではこちらへ‥‥」
という事で、ストームは本堂奥に案内された。
渡り廊下を越えて別院に向かうと、そこの奥の間に通される。
スーッと襖を開くと、一人の武将が治療師によって怪我の手当てを受けていた。
「貴君が私の鎧を作ってくれるのか?」
「はい。ではストームさん、後はお願いします」
丁寧に頭を下げて若い僧は退室する。
治療師はというと、僧がストームの名を上げた時に仰天していた。
「ス、ストームさんって、サムソンのS認定を受けた鍛治師のストームさんですか?」
まだ若い青年治療師が、恐る恐る問いかけてくる。
「その通りだが」
グッと全身に力を込めて久し振りのポージング。
――ムキッ
隆起する筋肉。
キレの良い肉体美。
着物姿であるのが残念である。
「流石ですね。私は以前、冒険の折にサムソンに寄った事があるのですよ。そこの金剛と一緒に。滞在中、何日かは早朝のトレーニングにも参加していましたよ」
そう治療師が告げると、ストームの背後で待機していた僧兵も、ゆっくりとダブルバイセップスのポーズを取る。
「拙者も、訳あって今はここに身を寄せているが、いつかまた、サムソンに戻りたいと思っている」
金剛と呼ばれた僧兵も、前歯を光らせながら笑っている。
「その時は是非。と武具が欲しいのは、朝倉義景殿で良いのですか?」
臆面もなく名前を呼ぶストーム。
「ど、どうして私の名前を?まさか!!」
――カチャッ
傍に置かれている刀を手に取ると、ストームに向かって身構えた。
「まあ待ってくれ。俺は織田の者では無い。それよりも一つ聞きたい。今更武具を揃えて如何する?まさかまだ織田と、戦うと言うのか?」
「まだ浅井家との縁もある。私が立ち上がれば、久政も動く。最後の攻勢には出られるだろう」
そのように弱々しく呟くが。
「残念だが、長政は織田と和解した。久政は腹を召した‥‥これが現実だ。もう、戦いは止した方が良い」
ストームはゆっくりと義景に諭す。
「そ、そうであったか‥‥」
刀を握っていた力が抜け、鞘ごと畳の上に落ちる。
ワナワナと震えながら、義景は両手で顔を覆った。
「久政も逝ったのか‥‥そうか、もう終わったのだな」
双眸から涙が溢れる。
ストームの知る義景は、刀根坂の戦いと呼ばれる合戦で死去、長政もその前に小谷城で自刃している。
だが、長政は織田の軍勢に降り、朝倉義景の住まう一乗谷城は織田家によって陥落。
この後の義景の命運は、ストームにも分からない。
「ここに貴方が留まると、いずれは織田家に察知されます。そうなると、貴方を庇って比叡山が焼き討ちに合うかもしれません。貴方はここに居てはいけない」
ストームがそう説明すると、治療師が立ち上がる。
「ストームさん、義景殿を織田家に差し出すのですか?」
「まさか。差し出したら確実に斬首だ。だから、えーっと、君の名前は?」
「ルーカスです。ルーカス・マール。実家はサムソンの商人で、カプリコーン商会というのを経営して居ます」
「ほう。なら、ルーカスと金剛、二人で義景を連れて逃げろ。出来るだけ遠くに、可能なら和国から出てくれ」
そのストームの話には、義景や金剛、ルーカスも驚く。
「今更逃げた所で恥を掻くだけだ。ならば、素直に織田に降伏して、この素っ首くれてやるのも構わないが」
「死んだらそれまでだが、まだ生きている。和国で天下を取れなかったら、新天地で天下を取るのも悪くは無いと思うが。その後で織田家にでも言ってやればいい。朝倉は死なずってな」
――クックックッ
ようやく義景が笑った。
「そうか。まだ私は笑うだけの余裕があるのだな‥‥ルーカス、金剛、私についてきてくれるか?」
「はい。その姿ですとバレます。変装して、名も変えて生きましょう」
「ウィルなら拙者たちの方が詳しい。武蔵国から船に乗れば、後は大丈夫だ。行こう!!」
ルーカスと金剛が義景に手を差し伸べる。
それをゆっくりと握り返すと、義景は涙を流しながら頷くだけであった。
翌朝。
頭を剃り、僧兵に扮した義景はルーカスと金剛、そして数名のお供を連れて比叡山を後にした。
万が一を考えてストームも暫くは同行していたが、東海道に差し掛かったところで多少の路銀を工面してやると、その場で別れる事にした。
「では。ウィルに戻ったらまた何処かで」
「ええ。それでは」
それ以上の言葉はいらない。
ゆっくりと東海道を向かう義景の姿を、ストームはしばし見守っていた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






