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和国の章・その伍 金ヶ崎で握り飯と豚汁


――ガーッハッハッハッ

 ストームの目の前で高笑いしながら、シチューを食べている大鬼達。

 冒険者ギルドを出てから、ストームは真っ直ぐに古城までやって来ていた。

 一度分かり合えたストームを鬼達は快く迎えてくれると、古城の奥にある広場へと案内してくれた。

 そこは辛うじて崩壊を免れた区画らしく、丁度小鬼達が彼方此方あちこちの壁の補修をしている最中であった。


「笑い事じゃないわ。全く、どうしてこんな事になったのやら」

 浅井家の侍達、約30人を瞬く間に気絶させて堂々と帰還したストーム。

 今回の一件で完全に面子を潰された浅井家は、確実にストームが居ると思われるこの古城を潰しに来るであろう。

 となると、ストームは当然ながら浅井ではなく鬼たちの味方に付く。


 あの話し合いの中、浅井長政は柔和な対応をしてくれていたのだが、父である久政が横槍を入れてからは言葉を噤んでいた。

 まだ、久政の方が強い発言力を持っているのだろう。

「で、多分だが、浅井家が総力でここを潰しに来る筈だ。俺としては殺さない程度に相手をしてやるつもりだが、お前達はどうする?」

 マチュアから貰ったシチューを食べながら、大鬼に問いかける。

 が、鬼たちは何も気にする様子もなく、美味そうにシチューを食べ続けている。

「まあ、この国の者達の武器がこの身体に通用するはずが無いからなぁ。怖いのは魔力の込められた武器と魔術のみだが」

「となると魔術師‥‥ここならば陰陽師か。其奴らと魔力の込められた武器が来たら、俺が相手をすれば良いのか?」


――コトッ

 そのストームの言葉を聞いて、大鬼はシチューの皿を床に置くと、腕を組んで一言。

「わしらはこの地から出て行こうと思うが」

 この言葉に小鬼達も賛同して頭を縦に振る。

「そ、そうか。争いたくは無いのか」

 内心ストームはホッとしていた。

 余計な争いは避けたい。

 となると、会話での戦闘回避が出来ないのなら戦術的撤退しかないだろうと考えていた。

「どこに向かうか、当てはあるのか?」

「そうだなぁ‥‥」

 と近くに落ちている小枝を掴むと、それを床に立てる。


――コトッ

 静かに倒れた枝は、北西を指していた。

「あっちに行こうと思うが、ストームはどうする?俺たちについて来るとまたお前も巻き込んでしまうが」

「折角だから、適当な所まではついていくよ。で、いつ向かうんだ?」

 そうストームが聞くと、大鬼はスッと立ち上がった。

「善は急げだ。今からでも向かうとしよう」

 その言葉に小鬼達も集まって来ると、すぐに出発できるように荷物を纏め始めた。

 まあ、荷物といってもそれ程多くはないらしく、やがて背負子を背負った小鬼達が集まって来た。

「そう言えば、お前達はどうしてここに来たんだ?」

「恥ずかしい話だが。我ら鬼族は、元々はお前達人間と交流があったのだ。が、ある日、こちらの世界とメレスを繋ぐ門が力を失い始めてな。慌てて門を潜ったのだが、その時には出口の門が力を失って、我々はこの近くの山野に飛ばされたわけだ」

 ん?

 何処かで聞いたような見たような?

 と頭を捻るストーム。

「その後、一人の術士と知り合いになってな。暫くは其奴と行動を共にしていたのだが、まあ人間はいつか死ぬ。その後はあちこちを旅してな、今はここにいるだけだ」

 実に豪快な人生である。

「では向かうとするか。浅井とやらが来ると面倒なのだろう?」

 と、枝の向いた方向に歩き始める。


――フワッ

 ストームも慌てて絨毯を取り出すと、それに飛び乗って大鬼の横に並んだ。

「そう言えば、お前の名前を聞いていなかったな。名前はなんて言うんだ?」

 そう問いかけた時。

 大鬼の表情が一瞬だけ険しくなったが、すぐに元の顔に戻る。

「ストームなら信用できるか。我が名は義覚ぎかくと言う。覚えておくが良い。小鬼達には名はない。其奴を呼べば、小鬼は理解する」

義覚ぎかくだな。覚えておくよ。さて、急ぎここから離れるとするか。あの手の奴はしつこいからなぁ」



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 暫し義覚達との旅を楽しむストーム。

 道中、濃い魔障から離れてしまった為に食事を摂らないとならない鬼達の為に、山でイノシシや鹿を狩って食料を確保したり、関所を通れないので思いっきり山の中を遠回りしたりしていた。

 それでも鬼達の歩みは人よりもかなり早く、数日で近江国から隣国の越前国にまでやって来ていた。


「しっかし、鬼は疲れを知らないのか?俺はもう休みたいぞ」

 横を歩いている義覚達に話しかける。

 そのストームに義覚も頷くと、一旦足を止めた。

 山の中だが、直ぐそこには街道が見える。

 時折侍やらが早馬のように走っているのを見かけたが、このあたりの詳しい地理を知らないため、ストームには判らない。

「そうだな。取り敢えず休む所を探したいところだが‥‥ストーム殿‥‥我らは囲まれているがどうする?」

 義覚がそう告げた時、弓を構えた侍達が遠巻きにストーム達を取り囲んでいるのに気がついた。

「おや。これは気がつかなかったわ。どうするかなぁ」

 と身構えようとした時。

「そこの者達、街道まで下がってこい。歯向かうならば矢を射るぞ」

 街道から実に威勢のいい声が聞こえて来る。

 ストームには聞き覚えのない声。

 だが、出ていって良いものか考えるが。


――ポン

 と軽く手を叩くと、ストームは山から街道に向かう。

「出て行くのか?」

「あの声が浅井ならとっくに射掛けているわ。なら、あれはまだ敵ではない。話し合いによっては味方になるかもな」

 そう笑いながら街道に出る。

 そこには総勢30人程の鎧武者が構えていた。


――ゾロゾロ

 ストームの背後に現れた義覚や小鬼達に身構える武者もいたが、隊長らしき武者が刀を納めてストームに声を掛ける。

「ここは我が織田が落とした地。貴様達はどこの武者だ? それに、背後の者達は鬼か?」

 凛とした声で叫ぶ武者。

「俺は冒険者だ。名前はストーム、ウィル大陸から来た。彼らは鬼だが、俺の友達だ」

 負けじと声高に叫ぶと、ギルドカードを手元に作り上げる。

 その光景を見た武者がストームに近づくと、ギルドカードを検分した。

「そうか。何故深い森を通ったのかは想像がつく。直ぐそこに城下町がある、其処までは街道を来られよ。我が主人は鬼や他種族にも寛大ゆえ、安心せい」

 そう告げると、後ろで身構えていた武者達に指示を飛ばして街道を戻り始めた。


「ちょっと教えて欲しい。この先にある城下町とは?」

「先日、我らの手によって落城した金ヶ崎だ。冒険者ギルドも商人ギルドもある、安心せい」

 後ろ向きに手を振っている武者。


――ポン

 どうやらストームの中で歯車が噛み合ったらしい。

「金ヶ崎の退き口か‥‥となると、浅井と朝倉の反攻作戦が間も無くだな」

 ボソッと小声で呟くと、取り敢えずは身体を休める為に城下町へと向かう事にした。


‥‥‥

‥‥


 半刻ほど歩くと金ヶ崎にやって来た。

 まだ戦禍の残る地ではあるが、人はそこそこに残っている。

 焼き討ちなどはなく、城下町であるここは被害はない。

 この先の山城である金ヶ崎城は、今は織田信長が居城している。


「という事か。中々すごい事になっているなぁ」

 城下町の茶屋で団子を食いながら、茶屋の娘から色々と話を聞いている。

 その横では、義覚や小鬼達も礼儀正しく座って茶を飲み団子を食べているのが実に滑稽である。

 街道を進んでいると義覚や小鬼達の姿にびっくりする者もいたが、それ程問題ではないようだ。


「まあ、以前は、朝倉様が異国廃止令とかやっていたので、ギルドもかなり肩身が狭かったしねぇ。今のご時世、ギルドと上手くやらないと商売にならないから、結構な大店が他国に行っちまったんだよ」

 そう隣で茶を飲んでいる老人がストームに話しかけた。

 何処かの隠居老人らしい風態。

 彫りが深い白髪頭に、小さい帽子をチョンと乗せている。

 一風すると俳人のようにも見える。


「それで信長公がこの地を制圧したので、商人や冒険者達も戻りつつあるという事か。成程ねぇ」

「織田家の勢力地では、他種族もギルドに登録すれば領民として迎えてくれる。そこの鬼達もだ。受付はギルドの中にある窓口がやっているから、行ってみるといいさ」

 お代を椅子に置いて、老人は席を立った。

 それを見送ると、ストームも鬼達の食べた代金を纏めて払い、冒険者ギルドに向かう事にした。



 広い造りの建物にも拘わらず、冒険者ギルドの中は静かであった。

 数名の冒険者が依頼の確認をしたり、何かの手続きを行なっていたりと、実に忙しそうである。

 どことなくサムソンを思い出すような雰囲気が、その場に流れていた。

 ストームは、その中でも空いているカウンターに向かった。

「ご苦労様です。依頼の受付ですか?報告ですか?」

「いや、この鬼達にカードの発行をお願いしたい」

「ああ、新規の登録ですね。魂の護符(プレートはお持ちですか?」

 そう問いかけて来たので、一旦義覚の方を向くが。

「無い」

 当然のように頭を振る。

 まあ当然といえば当然である。

 だが、メルキオーレの例もあるので発行自体は可能なのであろう。

「全員新規だ。人数が多いが大丈夫か?」

「問題ありませんよ。登録料が掛かりますが宜しいですか?」

「登録料?魂の護符(プレートの発行に掛かるのか?」

 コクコクと頷く受付。

 そして天秤を取り出すとカウンターに設置する。

「和国では、ギルドに関わる全ての登録にお金が掛かるのですよ。と言うのも、ギルドカードを持っているだけで、それなりの身分保障にもなりますから」

「国が変われば制度も変わるか。構わないからやってくれ」


――カチャッ

 列を成して順番に登録を開始する子鬼達。

 そして次々と『魂の護符(プレート』を受け取ると、それを眺めながらニマニマと笑っている。。

「魂の護符(プレートは一人銀一朱ですが、ギルドの登録は一人一両掛かりますが。宜しいですか?」

 受付嬢が確認のためにストームに問い直す。

「ああ、構わん構わん。纏めてやってくれ」

「登録後の講習は?」

「そんなのもあるのか。一般常識とかも教えてくれるのか?こいつらはあまり詳しくは無いぞ」


 カナンにある『冒険訓練施設(カレッジ)』のようなものが、和国にはあるらしい。

 其処で冒険者とは何であるか、職業についてのレクチャーなどを行なっている。

 異種族については、普通に街などで生活できるように一般常識も教えているらしい。


「纏めていくらだ?」

「小鬼が20人と大鬼合わせて21人分ですね。21両ですが、宿泊とかはどうしますか? 専用の長屋もございますが」

 ははあ。

 何と無く運転免許の合宿のような気がしてきたストーム。

「ああ、もう纏めてこれで頼むわ。お釣りが出たら鬼達で等分して、生活費にしてくれ!!」

 面倒くさくなったのか、ジャラッと50両をカウンターに置いた。


――ジャラッ

「これは多過ぎですが、分かりました。では鬼の皆さんこちらへどうぞ」

 受付嬢に呼び出されて、小鬼達が別室へと向かう。

 皆、部屋に入る前にストームに頭を下げていく。

「小鬼達がお世話になったな。この礼はいつか必ず。俺の力が必要になったらいつでも呼んでくれ」

「まあ、先行投資だから気にするな。それよりもしっかりと冒険者の資格を取ってくれよ」


――ドン

 軽く義覚の胸元を軽く叩く。

「ああ。それで、ストームはこれからどうするのだ?」

「俺か? 俺はこれから天下御免の大うつけと会ってくるよ。それじゃあ頑張れよ」

 その後、義覚達に見送られながら、ストームは冒険者ギルドを後にした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 金ヶ崎の城下町から小高い山に向かって伸びる街道。

 ストームはそこを絨毯に乗って飛んでいく。

 もしも、この先の城にいる織田信長がストームの知る人物と一致すれば、この絨毯に飛びつかないわけがない。


――スーッ

 やがて城門前までやって来ると、門番の手前で絨毯から降りる。

「織田信長公とお会いしたい。ウィル大陸から来た冒険者のストームと言う」

 一人の門番に挨拶をしながら話しかけると、ちょっと待っていろと言われて門番の一人が奥に走った。

「しっかし、ウィル大陸から来た冒険者は、こんなものにも乗って来るのか。滑稽だわなー」

「いやいや、こんなの俺と後一人だけだよ。普通に買えるものじゃないからな」

 残った門番と話をしていると、先ほど街道であった武士が城内からやって来た。

「おお、面白い冒険者が来たと聞いたが貴君であったか。拙者は木下藤吉郎秀吉と申す。ささ、信長公がお待ちだ。異国の面白い話とかを聞かせて欲しいとの事だ」

「こ、これは‥‥丁寧に‥‥ではついて行きますので」

 まさか、先程の武士が木下藤吉郎とは思わなかったストーム。

 世界が違うとはいえ、やはり著名な人物に会うと緊張する。

 そのまま奥へと進み、本丸までやってくる。

 そして信長公の待つ大広間まで案内されると、ストームは緊張の余り硬くなっていた。


――ドキドキドキドキ

 上座で胡座をかいている、派手な着物を着た無骨そうな男性。

 丁髷を結い、立派な口ひげを蓄えている。

 鋭い目つきでストームを見ると、口元がフッと緩んだようだ。

「そんなに緊張しなくて良い。楽にしろ」

「はっ、これはこれは‥‥信長公にはご機嫌麗しく」

「ありきたりの世辞など良い。話は聞かせてもらったぞ、我が同胞達を連れてきてくれたようだな。礼を言う」

 頭こそ下げないものの、丁寧に礼を告げている信長。

「いえいえ、元はと言えば、俺が浅井家で大暴れしたのが原因みたいなものだから」

 その言葉に、ピクッと眉が動く。

「小谷城で暴れたのか、大したものだな。何人殺した?」

「一人も殺していませんよ、この武器で全力で殴りつけただけですから」

 そう話しながら、空間から魔導ハリセンを取り出して見せる。

 その光景に、集まっていた武士達は驚きの声を上げる。

 当然ながら信長公も前のめりになり、ストームからハリセンを受け取った。


――ヒュウンッ

 軽く振り降ろすと、信長公は藤吉郎を呼ぶ。

「猿、ちょっとこっちに来い」


――ブゥンブゥン

 信長の鋭いスイングが風を斬る。

「あ、あの、ストーム殿。これは死にませんよね?」

「力加減にもよりますが、最悪でも気絶で済みます。怪我はしませんよ」


――スバァァァァァァッ

 その刹那、藤吉郎が信長公の一撃で失神した。

「これは楽しいのう。もし数に余裕があるのなら欲しいのだが?」

「それはそのまま差し上げますよ。それよりも信長公、先程同胞達をと仰られましたが、信長公もメレスからですか?」

 一か八かの問いかけ。

 だが、この賭けにはストームが勝った。

「ほう。メレスを知っているのか。ウィル大陸から来たというのは聞いていたが、そこまで詳しいとはな」

「メルキオーレ殿とは友人として付き合っていますので」


――バンバン

 突然膝を叩きながら、信長は豪快に笑う。

「ハーッハッハッ。これは愉快だ。なら、色々と話は聞いているのだろう。織田信長という名は、こちらで得た名前だ。最初に世話になったのが織田弾正忠家でな。そこから付き合いがある。信秀の代に織田家として召し上げられて、信長と言う名を授かったのだ」

 家臣もこのことは知っているらしい。

 全く驚く様子もない。

「成程。そうでしたか」

「ああ。メレスにいた時代の名前も未だに使っているがな。メレス七使徒の一人、第六天魔王波旬とな」

 うおぅ。

 ストームの口から声が出る。

 こちらの信長公は、本当にほんまものの魔族でした。

「さて。このようなものを貰っては、何か褒美でもと言いたいが」

「なら、褒美の前に少々私の独り言を聞いていただきたいのですが」

「構わんぞ」

 信長公がニヤニヤと笑っているので。


――スーッ

 ゆっくりと深呼吸をしてから、ストームは話を始める。

「何処までが真実かは、想像にお任せします。朝倉義景が反旗を翻し、この金ヶ崎城を取り戻すために挙兵します。この後、信長公は疋田城を落としに向かうのでしょうが、その後、木ノ芽峠を超えて一乗谷に向かうところで、後ろから浅井家に挟撃されます」

 眉一つ動かさずに、信長公は話を聞いている。

 周囲の家臣達の中には笑って話を聞いている者もいるが、木下藤吉郎とその周辺の武士達は信長公と同じく静かに聞いている。


「数はどれぐらい動く?」

「金ヶ崎城から逃れた4500、その後で浅井、朝倉の連合軍が2万です。数ではこちらが優勢ですが、地理的な事と、挟撃と言う状況から、早めに手を打たなければ、かなり窮地に追い込まれるかと」

 そう告げて頭を下げる。

「ハッハッハッ。その様な面白い話をよく思いつきますなぁ」

「そうそう。信長公、実に滑稽な話ではないですか。浅井家が信長公を裏切るなど、あり得ないではないですか」

 笑いながら信長に告げる者もいた。

 たが、信長はじっと何かを考えている。

「猿、北近江の様子を見て来い。久秀は一乗谷だ。もし朝倉も浅井が動くそぶりがあったらすぐに報告しろ」


「「はっ!!」」


 威勢よく返事をすると、木下藤吉郎と松永久秀が部屋から出て行った。

「ストームとやら、何故に異国のお前が和国の時世に詳しいのかは問わない。貴公の先見の明、どれぐらい当たる?」

「そうですねぇ。俺がこの話をしなかった場合、この金ヶ崎城は浅井家に取られ、信長公は朽木谷まで逃げ延びる事になります」


――スッ

 ゆっくりと信長が立ち上がると、ストームの近くまでやってくる。

「冒険者にして置くのが惜しいな。我が元で働かぬか?」

「残念ながら。俺はまだやることがあるので無理です。それに、今の俺の話を信じて動く時点で、俺の仕事は終わったも当然ですから」

「そうか。まあ、今のストームの戯言が現実にならぬようにするか。朝倉と浅井に釘をさす。準備せよ」

 信長の声で、残っていた武士達が一斉に部屋から飛び出した。

「それでは俺はこれで失礼しますね。義覚達は今、城下町で冒険者になる為の講習を受けていますから、気になったら見に行ってあげてください」

「なんと、鬼は義覚たちであったか。ならば後で顔を見てくるとしよう。褒美は何が欲しい?」

「鬼達も人と同じ様に過ごせる国を作って欲しいというのは駄目ですか?」

「構わぬ。元よりそのつもりだ」

 笑いながら部屋から出て行く信長。

 それを見送ると、ストームも勝手に部屋から出ると、金ヶ崎城を後にした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 翌日から、ストームは金ヶ崎城下町でノンビリと過ごしていた。

 程なくして、信長は疋田城を落とすために派兵した。

 金ケ崎城は木下藤吉郎に任せる事にしたらしい。

 城攻めの準備をした武士達が次々と金ヶ崎城から出発すると、木下藤吉郎もまた、北近江国に対しての警戒を強くした。

 いつ、浅井家が動いても対処できるように。


「さてと。俺はどうするかな‥‥」

 冒険者ギルドの中にあるテーブルの一角で、ストームはのんびりと外を眺めながら食事を摂っている。

 マチュアから貰った寸胴の中に豚汁があったのと、何故か大量の握り飯が入っていたので、それを食べていた。


――ホムッ‥‥ハフハフ

 熱々の握り飯に齧り付くと、表面に薄っすらと脂が浮かんでいる豚汁を啜る。

 口の中には大量の根菜類とワイルドボアから出た旨味が広がる。

 味噌も赤味噌と白味噌を程よくブレンドしたものらしく、馴染みある味わいが心地よい。

 気がつくと一つ目を食べ終えていたので、二つ目の握り飯を取り出す。


「こっちはサーモンか?いや?何だろう?」

 噛り付いた握り飯の中からは、焼いた魚のほぐし身を味噌と胡麻で和えたものが顔を覗かせた。

 魚の焼けた香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、味噌の甘しょっぱさが口に広がる。


――シャクッ!

 すぐさま豚汁の具を口に放り込むと、程よい大根と人参の歯ざわりか耳にも聞こえた。

 握り飯と豚汁をトコトンまで堪能すると、残った握り飯と豚汁の入った寸胴は再びバッグに収めた。


――ゴクッ

 気がつくと、彼方此方あちこちのギルド員もストームが食べているのを見て、喉を鳴らしている。

「まあ、やらんぞ!!」

 取り敢えず聞こえるように呟くと、街道で大勢の武士達が走り出したのを見た。

「それじゃあ行くとしますか。義覚達を受け入れてくれたこの街は、織田家に統治してもらうのが一番だからな」

 ギルドから出ると、ストームは絨毯をひっ放り出して、素早く街道を北近江に向かって飛ばして行った。


‥‥‥‥

‥‥…

‥‥


 小谷城と疋田城を結ぶ街道。

 その途中の木陰で、ストームは絨毯の上でのんびりとしている。

 既に疋田城は陥落し、これから一乗谷へと向かうところだろう。

「歴史で言う、金ヶ崎の退き口はこれからか。ここで歴史が動くところだが、こっちではまだ始まったばかり。過去を弄っているのではないから、それ程罪悪感はないし、何より‥‥‥‥」


――ドドドドドドドドッッッ

 遠くから土煙が上がっているのが見えてきた。

「浅井久政のやり方は気に入らないな」


 浅井久政は焦っていた。

 先日訪れたストームと言う冒険者に、虎の子であった武者の全てが倒されてしまったのである。

 あの後、久政はすぐに古城の鬼達を討伐する為に派兵したのだが、既に古城はもぬけの殻であった。

「奴と鬼どもが織田に付くとは思えんが。まあ、朝倉との約定もある。このまま疋田城を越えて金ヶ崎まで向かえは、織田は帰る城を失う」

「左様ですな。織田信長恐るるに足らずです」

 駆けてくる騎馬は全部で500。

 その後ろからは、足軽達が急ぎ足で駆けている。


 まずは派兵して手薄になった疋田城を落城させ、同時に横の街道から金ヶ崎へと向かう。

 まさか妹の嫁ぎ先である浅井が裏切るなど思ってもいないだろう。

 と、久政は考えた。


「お館様。それにしても此度の戦は楽でしょうなぁ。我らの企みなど、誰も気づいていないでしょうから!!」

 と横を走る武将が高笑いした時。


――ザッ

 と絨毯から飛び降りて魔導ハリセンを頭上に掲げるストームの姿が現れた。


「いるさ、ここに一人なっ!!」


 その姿に仰天する久政だが。

「ふん。何処の馬の骨か知らないが、まずは貴様を血祭りにあげてやる」

 そう叫びながら、一人の武者が素早く抜刀してストームに向かって馬上から斬りかかるが。


――スパァァァァン

 力いっぱい馬の顔面にハリセンを叩き込む。

 その一撃で、騎馬は意識を失い倒れた。

「な、なんだとっ!!」

 慌てて馬から飛び降りたところを、ストームが抜刀して横一線に叩き込む。


 峰打ちではあるが、ストームの渾身の一撃である。

 鎧は砕け散り、口から何かを吐き出して倒れる。

 その光景に、久政は馬を止めて後ろから来るもの達を制する。

「ふん。所詮は一人ではないか。こちらは数では圧倒的に有利。先日の借りは返させてもらうぞ」

 右手をストームに向かってかざすと、久政が大声で叫ぶ。

「此の者の首を取ったものは浅井家で召しあげる。褒美もたんまりと取らせるぞ、やれっ!!」


――ウォォォォォォォォッ

 武者たちの威勢の良い叫びが街道に響く。

 騎馬の武者も足軽も、次々とストームに向かって襲い掛かる。

「まあ、それじゃあ面倒なので纏めて相手するからな。死ぬなよ、目覚めが悪い」

 魔導ハリセンが光り輝くと、再び横一線に振り抜いた。


――ドッゴォォォォッ

 と失神級の衝撃波が扇状に放たれる。

 最前線にいた者達は、この一撃で気絶してしまった。

「名付けて、スタン無限刃。近づくものは全て倒すからな、それを覚悟で掛かってこいや!!」


 僅か一振りで十数人が倒された。

 それだけで、久政の軍勢の戦意はかなり下がった。

 そして後ろにいる、雇われたらしい冒険者の姿を見て一言。

「後ろの冒険者に告げる。ここより先はラグナ・マリアの剣聖ストームが相手になる。悪いがお前達には手加減はしない。やるなら死ぬ気で掛かってこい。というか‥‥」


――カチャッ

 と左手のハリセンを腰に下げて、刀を両手で構えて一言。

「殺す!!」


 声に『威圧』を乗せて叫ぶ。

 それだけで、冒険者達は後ろに下がった。

 国王である名前は届いていないが、剣聖ストームの名は十分に脅しに使えた。

「な、何を言っている? 貴様は何を言っているのだ‥‥いいから殺せ、冒険者どもよ、此奴を斬れ!!」

 だが、久政の声は届いていない。

 いや、届いているのだが、冒険者達は既に戦意を喪失している。


(一番ヤバかったのは、雇われた冒険者だからな。こればかりは計算の範疇にないが、ドキドキするわ)


 内心ドキドキしながら、久政と対峙するストーム。

「さて、それじゃあこっちから掛かっていくか!!」

 ハリセンと刀を構えて、ストームは久政に向かって走り出した!!



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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