カナンの章・その14 サムソン攻防戦
さて。
サムソン郊外にあるジャスク―ドの別荘では、マチュアによる尋問が始められていた。
人質にされていると思われた奥方だが、二階の部屋でスヤァと眠っているらしく安全は無事に確認できた。
どうやらこの魔族は、奥方には手を出していないらしい。
「まあ、この手のお約束だと、薬漬けにして手篭めにして人質と言うのがラノベの常套手段なんだけれど、何もしていないのよね?」
とリ―ダ―格のガ・ラスに問い掛ける。
――プルプル
と頭を左右に振る五人。
「そんな、まるで俺たちがオ―クか何かみたいなこと言わないでくれ。幾ら女が欲しいと言っても、人間なんかに欲情はしないぜ。そんな変態みたいな事」
そのガ・ラスの言葉にウンウンと頷く一行。
「そ、そうなのか?」
「俺たち魔族は肉体のそういう欲は無いですぜ。元々肉体なんかない、あんた達でいう精神体って言うやつだ。だから心の繋がりが欲を満たすのさ」
あら。
案外真面目な思考をお持ちで。
「そっかー。亡国の女騎士を捕まえてクッ殺するようなことは無いのか?」
「あんたの言うクッ殺がよく分からないが、俺たちを召喚した魔道士は、彼方此方の隣国に喧嘩売っているらしいぜ」
「そうそう、そもそもあんた達何者なの?魔門からこっちに来たんじゃ無いの?」
ようやく本題に入る。
すると、一行はお互いの顔を見合わせて頷くと、ゆっくりと話し始めた。
「俺たちは、シャトレーゼ公国の宮廷魔道士によって、メレスという世界から召喚されたんだ」
「その魔道士、アスタロッテという男なんだが、俺たち魔族を召喚し、隷属化する秘術を行なったのだ」
「そもそもアスタロッテには、メレスから魔門を通じてやって来た魔族の女が付いている。え―っと、名前は」
――ポン!!
「ヘルガだ。確か‥‥元々は七使徒のクラウン配下だったけど、クラウンが殺された時に何処かにいなくなってしまったのだ」
と、聞きもしないことをベラベラと喋る喋る。
まあ、シャトレーゼ公国が魔族とつるんでウィル大陸に喧嘩を売って来たのは理解した。
「で、あんた凄い魔力を感じるのだが、すまんがこれを外してくれないか?」
とガ・ラスが自分の首を指差す。
「どれどれ?」
――フゥゥゥゥン
よく見ると首の回りに、魔力で作られた細い術式が刻み込まれている。
「此処までベラベラと話して、これの意味あるのか? 裏切ったら即死とか?」
「違う違う。定期的に術式を中和しないと、これは三日で首を切断するんだ。精神体の首も飛ぶからマジで死ぬ」
「何とかして。何でもするからさ」
と必死に哀願する五人。
「うーむ。データにないから解析してからなら。まあ、ちょっと待っててね」
――キィィィィィィン
と深淵の書庫を起動すると、五人全員の足元に魔法陣を発生させる。
「ここをこうして、こうやって。あ、ここが違うのか‥‥」
と頭を悩ませること一時間。
「あ、こうか。了解、今から解除するね」
深淵の書庫の周囲の術式が展開し、次々と輝き始めた。
――バァァァァァッ
五人の首の周りの術式が淡い輝きを発し、パーッと散ったのである。
「よし、これで俺たちは自由だ。もう何者にも囚われな‥‥ぁ?」
「うわ、何だこれは?」
「一体全体、何がどうなっているんだ?」
と、男達は首元から消えたはずの術式が再生しているのに気がついた。
「駄目だったのか‥‥」
とガックリとうなだれるガ・ラス達だか。
――ニヤニヤ
「あ、それ私が新しく施したやつね」
「「「「「なんだと?」」」」」
五人全員が叫ぶ。
「一体どういう事だよ。俺たちを自由にしてくれたのではないのか?」
「くそっ、またか、また死ぬ事に怯えないとならないのかよ」
と口々に恨み節を吐くが。
「それ、隷属化じゃないよ。周囲の魔障を集めて体内に循環させる奴ね」
とあっけらかんと呟く。
――ハァ?
「この世界の魔障はあんた達の住む世界よりも希薄でね。それで少しは元々の力を出せるようになるでしょ?」
つまり、先ほどの戦闘は本気ではない。
と先程の解析で、そういう事までは見切った模様。
「そ、そうか。俺達の出来る事なら何でも言ってくれ。あんたの力になる」
「別にいいよ。あんた達が今後この世界で生きていくのなら、人の作った法を遵守してくれればね。と、そろそろ戻らないとジャスクードがサムソンに到着しちゃうかな?」
と腰を上げて玄関に向かう。
「この後は好きにしていいよ。ただ、これ以上何かしたら、その時は分かるよね?」
その言葉には、五人とも頷く。
「表向きは雇われた冒険者だからな。奥方の護衛は務めるよ」
――ニィッ
とマチュアは笑って外に出る。
「ツヴァイ‥‥は、ジャスクードと一緒か。さてと」
――ピッピッ
『こちらツヴァイ。アラートです。ジャスクードが魔族化、背後に女性型魔族です』
「了解。すぐに戻りたいが、ゼクスの様子は?」
『彼は貴方ほど残酷になれません‥‥彼では無理です』
『了解。ゼクス、ご苦労だ、後は私がやる』
――ピッピッ
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
少し時間は遡る。
6人の冒険者を連れて、ジャスクードが馴染み亭の前までやって来た。
――ガチャッ
と馬車からジャスクードが降りて来ると、その周囲を取り囲むように冒険者達が護っている。
『サア、ヤルノデス。コノ家ノ物ハアナタニ逆ラッタ大罪人。殺シテモアナタハ罪ニナラナイ』
またジャスクードに語りかける声。
「この腐れ錬金術師が、私に逆らった事を後悔させてやる!!」
――カツカツカツカツ
と近くを通りかかった巡回騎士が、馴染み亭周囲の異変を感じて走って来る。
「一体何があったのですか?」
と叫ぶが、ジャスクードは騎士に向かって叫ぶ。
「この私自らが大罪人を罰するのだ。貴様は下がって見ていろ!!」
――ザッ
とジャスクードが手を挙げると、冒険者達は馴染み亭に向かって走り出す。
巨大な槌やツルハシを手に、建物を破壊しようというのだ。
だが。
――ユラッ
とマチュアが姿をあらわす。
「この腐れ男爵芋。この私にどんな罪があると言うのだ」
「知れたことを。この私に逆らう者は全て大罪人だ。私はいずれこの世界の王となるのだ。やれ、逆らうのなら殺せ!!」
とジャスクードか叫ぶが、マチュアの姿を見て冒険者達の脚が止まった。
「ち、ちょっと待て、マチュアってまさか?」
「あ、あれは白銀の賢者マチュアか? 冗談じゃない。勝てるわけがない」
「むしろこっちが不敬罪だろ」
と皆動揺している。
流石にジャスクードを止めようとした騎士でさえ、マチュアの姿を見て動きが止まった。
「そのお姿とは‥‥」
慌てて騎士は深々と礼をする。
「さて、騎士殿は下がっていて下さい。もう、堪忍袋の緒が切れましたので。そこの冒険者、今下がれば罪は問わない。如何する?」
と『迫力全開』で笑いかける。
――ガタガタッ
と手にした武器を捨ててその場から走り去る冒険者達。
「まあ、正しい判断です。で、この格好を見てもまだ、私とやり合うのですか?」
とジャスクードなら問いかけた時。
――ガクガクブルブル
「わ、わたしは‥‥私は何をして‥‥」
驚愕と後悔の色を浮かべて、ジャスクードが話している。
「そ、そのお姿は白銀の賢者マチュア様‥‥私は‥‥私を助けて‥‥」
一歩ずつ、弱々しい足取りでマチュアに近寄るジャスクード。
だが、マチュアに近づいていた途中に、それは起こった。
――ビクッ
とジャスク―ドよ身体が大きく痙攣する。
「あ、あ‥‥た、助けて‥‥」
身体がミシミシと音を立てて膨れ上がる。
皮膚は裂け、その下から膨張した筋肉が隆起してくる。
――ヒュツ
と咄嗟に影から飛び出したツヴァイが、馴染み亭の周囲に結界を施し、今から起こるであろう惨劇が外部に漏れないようにした。
「騎士殿、これから起こることは他言無用。周りの人が近寄らないように」
「ハッ!!」
近くでこちらを見ている者達に立ち去るように告げると、やがて駆けつけてくる騎士達と共に結界の警護を始める。
「アラ、そう言えば今日は薬飲んでなかったわね」
とジャスクードの背後から、真っ赤なドレスの女性が姿を現わす。
「魔族か、貴様がジャスクードを支配したのか?」
とマチュアが叫ぶが。
「支配なんてしてないわよ。魔族に改造しただけよ。私は彼の願いを叶えてあげただけ」
――ガチャッ
と腰に下げているロングソードを引き抜いて構えるマチュア。
「なら、彼を元に戻してもらおうか?」
「駄目ョォ。魔族核が安定するまではちゃんと薬を飲まないといけないのに、今日はこの人飲んで居ないんですもの。もう手遅れよぉ〜」
と囁きながら、女性はジャスクードだった者の肩をポンと叩く。
「あの人を殺したら、その辛さから解放してあげるわ」
「ウァァァァァ」
――ドッゴォォォォッ
と力一杯大地を踏みしめて、ジャスクードは体当たりをしてくる。
それを楯で受け止めようとするが、マチュアは衝撃を殺すことができずに後方に吹き飛ばされた。
「助ケテ、意識ガ消えルうウゥゥ」
口から血の泡ひ吐き出しつつ、倒れているマチュアに馬乗りになると、只ひたすら殴り続けるジャスクード。
「だ、駄目だ!‥‥‥殺してしまう。駄目だ‥‥」
なすすべも無く、両腕で頭を庇うマチュア。
ツヴァイは魔族の女性を牽制して動けない。
『もういい、ゼクス御苦労だ。あとは私が引き受ける』
とマチュアの声が頭の中に聞こえる。
「お願いします。私では殺してしまいます‥‥‥救えません」
『なら、こっちの魔族は任せるね。『キャスリング』起動っ』
――ヒュウンッ
と殴られていたゼクスの姿が消えると、その真横に忍者装束のマチュア本人が立っている。
『キャスリング』という、マチュアと彼女が作ったゴーレムでしか行えない技。
お互いの位置を入れ替える転移魔法の応用で、ゴーレムの位置が座標を示し、そこに転移する。
瞬時に行う事が出来るが、代わりにマチュアのいた場所にゴーレムが転移してしまうため、使い勝手が悪かった。
が、今はこれが最適である。
「さーて、あっちはゼクスに任せて、こっちは私の仕事だねぃ」
――ウガァァァァァ
と掴みかかってくるジャスクードに向かって、カウンターで肩口から体当たりをする。
鉄山靠と呼ばれる八極拳の技であり、ジャスクードは力一杯後方に弾き飛ばされた。
――ドゴォォォォォッ
吹き飛ばした方向に馴染み亭があったのは計算外。
もっとも、魔術によって強化されているので壊れることはない。が、今の振動で中は滅茶苦茶になったかもしれない。
「あちゃー。店は無事だろうけど、あのおっさんまでぴんしゃんしてるのは如何なのよ?」
ゆっくりと体を起こすと、再びマチュアに向かって体当たりをしてくる。
「改造と言ったけど、一体どうやって? 人間が魔族になるなんて、かなり高濃度の魔障に晒されないと不可能だろうが」
ジャスクードの攻撃を躱しつつ、女魔族に向かって叫ぶ。
「食べて貰ったのよ。メレス原産の植物の実をね。お腹の中で発芽してね、魔族核を作るんだけど‥‥」
――ドコマォォォォォッ
何度も体当たりを仕掛けてくるが、やはりマチュアには届かない。
「一定量の魔障を摂取しないと、体内で爆発的に成長して、ほらこの通りね」
――ミシッ、メキョッ‥‥
さらにジャスクードだった者は肥大化する。
頭部には左右二対の巨大なツノが、背中には蝙蝠のような翼が生み出される。
や がてジャスクードだった者は、小型のグレーターデーモンに変異した。
「さあ、これでお終いよ。かの者は我ら魔族でも上位に位置するグレーターデーモンへと進化したわ。もう、この世界の人間では誰も彼を止める事は出来ないわ」
ケタケタと笑う女魔族。
――ガァァァァァァ
グレーターデーモンは絶叫し、両腕を天に伸ばす。
マチュアも知っている、メルトブラストの詠唱である。
それも両手となると、サムソン全域が焦土となる。
「ちょい待ち、二連のメルトブラストですか。あれはマズイのよね」
と素早くグレーターデーモンに向かって間合いを詰めると、ワイズマンナックルに魔力を集める。
――キィィィィン
ナックルが共鳴を開始すると、ガラ空きの胴体に向かって正拳突きを叩き込んだ。
――ズブゥッッッ
腹部に深々と拳が突き刺さる。
皮膚を貫通し、内臓にまで拳は達した。
「アーーハッハッハッハッ。殺したわ、貴方あっさりと殺したわね。まあ、グレーターデーモンが殺されるのは予想外だけど、いいデータが取れたからいいわ。じゃあねー」
と叫ぶと、魔族の女はスッと消えた。
「が、ば、ぐぁ‥‥殺して。下さ‥‥い。」
苦悶の表情でマチュアに懇願するグレーターデーモン。
外見は戻らないが、意識だけはジャスクードに戻ったのである。
「‥‥ごめんね‥‥」
とマチュアが呟いたのが聞こえてのだろう。
静かに頷くと、ゆっくりと目を閉じる。
死を覚悟したのか、その双眸から涙が流れている。
――ドバァァァァァッ
腹部に突き刺さっていた右手を引き抜く。
その手には、異形の人型をした肉の塊が握り締められていた。
――ビギィ、ビュゥィィィ
と、絶叫する肉の塊。
その口からはコゥゥゥゥゥと濃い魔障を吐き出している。
「これがあの女の話していた実ですか‥‥」
――ブシュッ
と握りしめると、すぐさま倒れたジャスクードに近寄る。
「は、はは。なんでこうなってしまったのでしょうねぇ‥‥」
と空を見上げたまま呟く。
膨張していた筋肉は収縮し、裂けた皮膚も戻っていく。
ツノも翼もサーッと黒い霧となり霧散化する。
ぽっかりと開いた腹部と口からは大量の血があふれ始める。
「どうしてこうなったのか、あんたには後で色々と教えて貰うよ。取り敢えず再生するから」
「無理です。いくら賢者様でも、魔族化した人間は元には戻らないのですよ‥‥」
と弱々しく呟く。
もう虫の息なのだろう、恐らくは視界もはっきりとしていないようだ。
だが。
「まあ、アーシュの例もあるから不可能ではないと。取り敢えず身体の再生から行くので、あとでタップリと代金は請求するからね」
と話しかけると、ジャスクードの足元に魔法陣を展開する。
「強化した浄化魔法で体内から魔障を抜きます。そののち身体の再生。あんたにはまず、子供の無礼と私を殴ったぶんのツケを払って貰うからね―」
散々、自分の体から魔障を抜いてきたのでコツは分かっている。
まだ体内に魔族化の実が残っていたら無理だったろうが、あの女がペラペラと話してくれたので、対処可能と判断した。
――シュゥゥゥゥゥ
と傷口から黒い霧が噴き出す。
そののちに傷口の再生と治癒の魔法で体全体を癒やす。
「あ、ああ。また生き延びることが出来たのですね‥‥」
そう呟くと、ジャスクードは意識を失う。
「ツヴァイ、この辺の血だまり、洗っておいて」
とジャスクードを抱えて馴染み亭に向かう。
そろそろ結界の効果時間が切れるのである。
「はいはい。水よ‥‥かの汚れを流したまえ‥‥って、井戸で大丈夫ですよね」
と自分にツッコミを入れながら、ツヴァイは結界が消滅するまで空き地に水を撒き続けた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ジャスクードが馴染み亭を襲撃した翌日。
相変わらず、何も変化のない日常が訪れていた。
アーシュはストームの置いていった在庫をうまく捌き、鍛冶屋の店員として段々と板についてきた。
――ンンンンッ
ベットで横になっていたジャスクードが、頭を左右に振りながら起き上がる。
「こ、ここは‥‥私は何故、生きているのですか?」
自分の置かれている状況がまだ理解出来ていないらしい。
周囲を見渡すと、普通の女性の部屋に見える。
近くのテーブルで羊皮紙を広げて何か図面を書いていたマチュアも、ジャスクードが意識を戻した事に気がついた。
「おや、ようやく気がつきましたか」
「貴方は一体‥‥それに、私は死んだはず‥‥」
「お生憎様、まだしっかりと生きているよ。さて、早速で悪いけれど、一切合切話して貰うわよ」
とジャスクードの近くまで椅子を持っていくと、そこに座ってじっとジャスクードを見る。
「ああ、そうか。では、私が覚えている限りを説明します‥‥」
何かを思い出しながら、ジャスクードはゆっくりと話をはじめた。
「一ヶ月前の話です‥‥。私は男爵位を受けて港町に向かっていました。ですがその日は酷い嵐で、街道が塞がってしまったのです‥‥」
静かな室内には、ジャスクードの言葉のみが響いている。
「多少遠回りになるのですが、港町では私が男爵位を取った事を祝う祝賀会を開いてくれるというので、無理は承知で家族で海側の街道を通る事にしたのです」
――ハァ
と溜息を吐くと、ジャスクードはまた思い出そうとしている。
「あまり無理はしなくて良いですよ。かなり辛そうですから」
「いえ、思い出そうとすると別の記憶と混ざり合ってしまって‥‥大丈夫です」
――ゴホン
「街道を進んでいた時、崖が崩れてしまったらしく、頭上から大量の岩が落ちてきました。それは馬車にぶつかると、私や妻のマルガレート、息子のマリモも下敷きになってしまったのです」
毛布を掴んでいる手が震え、額から汗が噴き出している。
「私も意識が朦朧としていて、もう駄目だと思いました。その時、偶々その街道を使っていた旅の冒険者達が助けてくれたのです」
――ハハーン
何となく合点がいったマチュア。
「私達は冒険者さん達に助けられました。妻と息子は魔法で助かりましたが、私の怪我は酷く、魔法でも助かるかわからないと言われました‥‥その時、女性の冒険者がある果実をくれたのです」
マチュアはテーブルの上に置いてある水差しから水を汲むと、それをジャスクードに渡す。
――ゴクゴクッ
喉がカラカラになっていたのであろう。
一気にそれを飲み干すと、一息入れてジャスクードは話を続けた。
「私も噂でしか聞いたことがなかったのですが、それはマルムの実と言いまして、奇跡を起こす果実だそうです。私はそれを食べる事で瀕死の状態から生還しました。その代償ではないのですが、彼女達は冒険者稼業を辞めて定職につきたかったと話してくれました」
「それて、貴方は冒険者達を雇い入れたと」
「ええ。その後は彼女は料理人でもあったらしく、我が家でお抱えの料理人として、他の方は護衛士として雇ったのです。その後、私は湯治としてサムソンにやって来たのですか、ここに来るあたりから時折、私の耳元で声が聞こえ始めました」
――ガクガク
と体を震わせ始めるジャスクード。
「その声が聞こえ始めてから、私の中で何かが語りかけて来ました。そしてある日、私の体は別の何かに奪われてしまったのです‥‥いえ、あれも私なのでしょう。私は、耳元で囁く声に逆らうことができず、傍若無人な振る舞いをしていました」
震えと、止め処なく溢れる涙。
ジャスクードはひたすら後悔していた。
「そして、私を襲撃したと?」
「はい。相手は誰でも良かったのです。私の中の不安や恐怖は、暴力で解消されたのです。それで、貴方にあのような事を‥‥お許しください‥‥」
事のあらましは理解した。
『もう大丈夫です。貴方は操られていただけなのです。もう安心してください。あなたを罰したりはしません』
とお約束やラノベなら展開していくのだろう。
たが。
今ジャスクードの目の前にいるのはマチュアである。
「まあ、息子の躾をなんとかしろ。親の威光を使って子供達に傍若無人な事してるぞ。それと、魔族化した時の振る舞いは許すが、その前に殴られたことは許さないよ」
ニィッと、いつもの悪い笑いをする。
「ど、どんな事でも‥‥」
「なら、北方大陸に向かう船を紹介してくれればいいよ。ちょっとあっちに行きたいのよ」
「そ、そんな事で宜しければ。では街に戻ったら早速手配しますので」
笑いながら返事をするジャスクード。
「良し、これでオッケーだ。いつ頃になるか分かる?」
「他の商会が持っているコネを使わせてもらいますので、具体的な日付などがわかりましたら、ここに伝言を走らせます」
「ここじゃなくてカナンでお願い。南門の近くの馴染み亭って言う宿が私の店だから。という事で、子供の件、お願いしますね」
これでジャスクードの件は無事解決。
あの後、ジャスクードに散々叱られたマリモは子供達に頭を下げる事で和解、湯治でサムソンに滞在している間は、楽しく遊んでいたそうな。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






