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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第三部 カナン魔導王国の光と影
83/701

カナンの章・その7 思ったよりも黒かった

――ボーッ

 ラマダ公国王都から戻って来た翌日。

 マチュアは馴染み亭のベランダでシスターズマチュア・ゴーレムからの連絡を待っていた。

 現状は、迂闊に動くと失敗する。

 それだけはやってはいけない。

 迂闊に戦争になると、多くの人々を巻き込んでしまう。


「あーー、暇だぁぁぁぁぁ」

「なら店長、仕入れをお願いしますよ」

 と厨房からマチュアを呼ぶ声が聞こえる。

「別に構わないけど、何処まで行けば良いの?」

「デザート用の果物が欲しいのですよ。ルトゥールの市場には、いい果物がありますよね?」

 スタスタと厨房に入ると、バックから籠一つ分のマルムの実を取り出して置くと、厨房スタッフを集めた。

「この果物は何ですか?」

「マルムの実だよ」


――はぁ?

「どっどっどっどこで手に入れたのですか?」

「私が直接果樹園で買い付けましたが、何か?」

 と笑いながら説明する。

「ていうか、店長選ばれたのですか?」

 厨房のスタッフも、流石に話には聞いたことがあるらしい。

 が、まさか実物がここにあるとは思っていなかったのであろう。


――シャクッ

 マチュアは音を立てて齧ると、そのままモグモグと食べ始めた。

「一つ貰って良いですか?」

「いいよ。こっちと食べ比べて」

 マチュアが皮を剥いたものと、副料理長のキャリコが剥いたものを食べ比べるが、全く別物と言って良いほど味が違う。

「何でこんなに違うのですか?」

「私は選ばれたものだから、私が触れたなら効果は持続する。けれど他の人が私より先に触れると効果は消えるのよ」

「なら、店長以外は駄目じゃないですか」

 と告げるので、マチュアはマルムの実を一つ取ると、キャリコに手渡す。

「剥いてみて」

「はぁ、こうですか?」

 とキャリコが剥いたマルムの実をもう一度試食する。


――シャクッ

「ふぁ、店長のと変わらない!!」

「瑞々しくて、それでいてしっかりとした甘さと酸味がバランスを保っていますわ」

「これは、神々の果実という名にふさわしい味わいですわ」

「うむ、妾にこれでクレープを焼いてたもれ」


――オヤ?

 いつの間にか、厨房にシルヴィーが顔を出していた。

 スタッフの間から顔をだすと、皮を剥いてあるマルムの実を一つ摘んで口に放り込んでいる。

「し、シルヴィー様」

 慌てて一礼する厨房の御一行。

「のうマチュアや。マルムの実のデザートが食べたいのう」

 はいはい。

 泣く子とシルヴィーには敵わない。

「と言う事で、これとこれでシルヴィーにデザートを作ってあげて。私は冷蔵庫にこれを収めてくるから。私が先に触れると効果は持続するっていう意味が分かったでしょ?」


――コクコク

 と一堂が頷くと、早速シルヴィーに焼きクレープのマルム添えを作り差し出している。

 マチュアはそのうちに倉庫の中でマルムの実をしまうと、足りない調味料の追加などを済ませた。

「さて、また暫く留守にするので、宜しくお願いしますね」

 と皆に留守を任せた時。


――ピッピッ

『ドライよりマチュア様へ。コーメイの配下は今日の午後にククルカン城に登城予定』

――ピッピッ


「はい了解しました。と言うことで、ちょっとククルカン城に行って来ますので、後はお願いしますねー」

 と告げると一瞬で厨房から転移した。


――ヒョコッ

 マチュアが居なくなってから、シルヴィーが厨房に顔を出す。

「マチュアは何方にいったのぢゃ?」

「はい、ククルカン城に向かうと仰っていましたが」

「ククルカンって、あのククルカンかのう?」

 心当たりは一つしかないので一応確認のために問いかける。

「はい。心当たりはククルカン王国しかないので、王都ククルカンかと思われます」

「また何かに巻き込まれたのか?」

 おかわりの焼きクレープをフランキが焼いているのを横目で見ながら、シルヴィーはその場にいる一同に問いかける。

「戦争にならないように単独で戦っていますね」

「かなり危険だよなぁ」

「まあ、『1000の魔道具を操る女王』の異名が、貴族の間では最近流れていますけれどね」

 と軽く告げる。

「相変わらず軽いのう。まあ、困った事があったら来るぢゃろうて。で、おかわりをはよ!!」

 いつもながらブレないシルヴィーである。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯ 



 数日前にも伺ったククルカン王城。

 正門前に止まると、マチュアは正門を警護している騎士に案件を申し入れる。

「失礼します。国王並びに王妃に謁見を申し込見たいのですが」

「はい。では此方へどうぞ」

 と正門横にある詰所まで案内されると、謁見申請の書面を記入し、それを差し出した。

「では、では今から控え室に案内しますので」

 と受付の騎士に案内されると、マチュアは控えの間に案内された。


 ちょっと広めの部屋には、マチュアも含めて7名の謁見を希望する者達が待っていた。

 室内には椅子が五つ、一番年長者であろう恰幅のいいおじさんだけは、椅子に座れなかったのか壁にもたれて床に座っていた。

「おやおや、これまたお若いお嬢さんが。何かのお願いに?」

 と壁に持たれていた恵比寿顔のおじさんが、ゆっくりと立ち上がりながら気楽に声をかけて来た。

「私は商人です。今日は商談でやって来ました」

「ほほう。私も旅の商人でして。こんな若い時から立派ですねぇ。で、どのようなものをお持ちで?」

 他の人達も商人なのだろう。

 マチュアがどの様な商品を持ち込んだのか興味津々である。

(絨毯でいいか‥‥)


――ズルッ

 とバックパックから絨毯を引きずり出す。

 いきなり背中のバックパックが空間拡張なのには、えびす顔の商人以外は驚きの表情になるが。

「カナンから来なさったのかい?」

 と目の前の商人は笑っていた。

「分かりますか?」

「ウンウン。それはカナンの名産だからね。それにしても、その絨毯は何処にでもあるやつだねぇ?まさかとは思うけれど?」

 マチュアが出した量産品の絨毯に、ほとんどの商人は鼻で笑うか拳をグッと握りしめて勝ち誇った。


(あんなボロボロの絨毯に価値なんて)

(ものを知らない小娘が)

(大したことないな。警戒しなくて良いか)


 そんな事を考えているが。

「触っても良いかな?」

「どうぞ」

 とマチュアが頷いたので、商人はニコニコとしながら触れる。

「ウンウン、魔力の循環が綺麗だねぇ。ちょっと乗せてもらってもいいかな?」

 と訪ねて来る。


(何だろう、このおじさんは良い人だ)


 と瞬時にマチュアは理解した。

「どうぞどうぞ。私しか動かせませんけれど」

 と返事をすると、商人は靴を脱いで真ん中に座る。

「これから売る商品なのに、そんなに簡単に人が踏むのはどうかと思うよ、お嬢ちゃん?」

 と偉そうな商人が笑いながら告げたのだが。


――フワッ

 マスター権限はマチュアしか無いので、マチュアも後ろに座って魔法の絨毯を飛ばした。

 その光景に後ろに下がる商人もいれば、慌てて近寄って来るものもいる。

「ウンウン、有難うね。これはいいものだね。私みたいに年を取るとね、長旅も大変なんだよ。馬車や馬は腰に響いて痛いからねえ」

 と腰をトントンと叩きながら絨毯から降りる。

「はぁー、ならこれ買います?」

 といきなりマチュアが商談を持ちかける。

 その瞬間に、他の商人たちはマチュア達に話しかけるのをやめた。

 これは商人同士の暗黙のルールである。

「しかし、これほど高価な魔道具だとかなり値が張るのではないかな?」

 と告げたので。

 マチュアはバックパックから空間収納型のバックパックを一つ取り出すと、それも見せて一言。

「合わせて金貨五枚でどう?」


――ブッ

 とその場のえびす顔の商人以外全員が吹き出した。

 白金貨の間違いだろうと誰もが思ったが。

「うーん。よし、買おう!!」

 と金貨を五枚マチュアに支払った。

「ではちょっと待ってね。おじさんは売り物にするの?」

「まさか。自分で乗るだけですよ」

「なら、おじさんなら分かるかな?オーナー権限だけ譲渡するので、乗り方は魔力でコントロールだけど大丈夫?」

 と簡単な乗り方を説明すると、先にオマケのバックパックを手渡す。

「おや、これは空間拡張かい?」

「そ。オマケであげるの。おじさんと、おじさんが許した人しか使えないから気をつけてね」


――ガタッ

 と奥の方で椅子から落ちた商人もいる。

 そんなの無視して、床に大小様々な絨毯を並べた。

「どの大きさがいいかな?」

「うーん。では」

二畳程度の真四角の絨毯を選ぶ。

 それをクルクルっと丸めると、おじさんはバックパックにスポッと収納した。


――ガシッ

 と握手するマチュアとおじさん。

「私はカナンで酒場を経営しているマチュアと申します。おじさんは?」

「儂はフクロクという商人だよ。ファナ・スタシアの下町で細々を商売をしているものだよ。そうか、貴女がマチュアさんか。良いものを有難うね」

 と何かを理解したらしいフクロクさん。

 そしてマチュアは床に一番小さい絨毯を敷いて座ると、たちまち4人の商人が集まって来た。

「さ、さっきの絨毯を売って頂戴。金貨五枚でしょ?」

「いや、私が買い取ろう。君のような子が売るよりは私の方がより利益を出せる。構わないな?」

「うーん、あれはあのおじさんだからね。魔道具の価値なんて、基本売る側の価値だから。白金貨1000枚で良いよ」

「ふっ、ざ、な、何でそんなにふっかけるの?」

 怒り出しそうになるのを、グッと堪える商人。

「だって、長幼の序がわからない人とは商売したくない」

「なんだそれは?意味のわからない事で誤魔化そうというのか?俺を誰だと思っている?」

 と叫ぶものもいれば、フクロクさんに取引を持ち込むものまでいる。

「あー、これはあのお嬢ちゃんから売ってもらったもので、転売する気などないのでな。申し訳ない」

 とフクロクさんはあっさりと断っている。


――ガチャッ

「ガストガル商会の方、どうぞこちらへ」

 と侍女が商人を呼びに来た。

「時間か。あとで話がある。俺を怒らせたことを後悔するなよ」

 と怒鳴り散らして、一番偉そうな男は謁見の間に向かった。

「怒らせたらどうなるんだろ?」

 と頭を捻るが。

「彼はこの北方ミスト連邦の大商会ですよ。商人ギルドに圧力をかける事ぐらいはやるでしょうねぇ」

 と浅黒い顔の男性が説明してくれた。

 マチュアは羊皮紙と魔法の羽ペンを取り出すと、インクも付けずにメモを取った。

「ほう。インク要らずのペンか?それは珍しいな」

「一応羽ペンも売り物ですけれどね」

「そうか。先ほどの『長幼の序』と言うのをあちらの方に教えてもらった。我が国にはそのような風習は無くて、年老いた者は若い者に道を譲るのが習わしなのだ。あの老人には済まない事をした」

 とフクロクに向いて頭を下げる。

 国と文化が違ったのを理解したらしい。

 この商人もいい人だと、マチュアは思った。

 

「サラディーン様、此方へどうぞ」

「うむ。では失礼する」

 と頭を下げて、サラディーンも退室する。

「あ、ペン売り損ねた」

 ボソッと呟く。

「ならそれは売って頂戴。インクが要らないペンなんて欲しいわ」

 と実に『ワガママな身体つき』の女性が、マチュアに商談を持ち込んだ。

「売り物?」

「自分用で。一本だけ譲って欲しいわ」

「なら、金貨一枚でいいよ。はい」

 と魔法の羽ペンを手渡すと、金貨を一枚受け取る。

「有難うね。助かったわ」

 と頭を下げながら、急ぎ腰に下げてあるポーチにペンをしまう。

「自分用だと、そんなに安く売ってくれるのか?」

 と問いかける別の商人。

「流石に絨毯は気に入った人にしか売りませんけれどね。自分用でお買い求めの時は、権限は購入者本人のみなので転売は出来ませんよ」

「いや、羽ペンは仕事で使うから私も一本だけ欲しいのだが」

「ぜ、ぜひ私も」

 と突然魔法の羽ペンが売れ始める。

 その後はノンビリとした時間が過ぎ、フクロクさんや他の商人達と情報の交換などを行なっていると、最後にマチュアの番となった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



――ガチャッ

「失礼します。国王様並びに王妃様にはご機嫌麗しく」

「その様な対外的な挨拶はいらぬぞ、ミナセ女王。普通に接してくれぬか?」

 と王座に座っていたククルカンの国王、コルホネン・ククルカン七世が頭を下げた。

 前回謁見した後日、イングリットに名前を聞いたらしい。

「まあ。そう言われると助かるのですが、なんで今日はこんなに警備が厳重なのですか?」

「ま、まあ、それはその‥‥」

 壁際に十人以上の騎士が立っている。

 先日のような護衛ではなく、雰囲気は正騎士と言ったところであろう。


(はー。此処で私を潰す気かな?ならこの国は今日で終わりかな?)


「まあ、良いでしょう。今日は王妃様の分をお持ちしました。国王のは調整がまだですので後日に。ではこれを」

 と綺麗な箱に入った『着替の腕輪(パリ・コレ)』を差し出す。

「これがそうですか?」

「はい。腕につけて、赤い宝石に魔力を注ぐと今着ている衣服を記憶して、横に並んでいる青い宝石に魔力となって保存されます」

 と、自分の腕輪を見せながら説明する。

「別の服を覚えさせるときは着替えてから赤い宝石に魔力を注ぐだけ。あとは着替えたい衣服を記憶している青い宝石に魔力を注ぐと」


――シュッツ

 とマチュアの姿はコックコートに変わる。

「おお、これは嬉しい。有難うね、マチュアさん」

 と初めて王妃の笑顔を見た。


――パンパンパンパンッ

 と手を叩きながら、窓際のカーテンの陰から綺麗な髭を蓄えた男性が姿をあらわす。

 60歳ぐらいであろう目つきの鋭い長髪の男性である。

「流石はカナンの魔導女王。ですが、護衛もなく一人で来るとは余りにも無策ですな」

 と偉そうに講釈を述べ始める。

「貴方は?」

「私はこのククルカンを治める元老院の代表議長を務めているカバレロといいます。さて、ここで我が国の方針について、ミナセ女王にもお伝えしたいことがあるのですが」

 カツカツと歩きながら、カバレロ公爵はゆっくりと焦らすように話を始めた。


(ドライ、今どこだ)

『すぐ隣の部屋です。右壁の壁掛絨毯はそちらの部屋を覗けるようになってます。扈三娘こさんじょう なるコーメイの手の者が見ていますので、影からの召喚はおやめ下さい』

(了解。シスターズは手を出すなよー)


「さて。そのような事は書簡にて正式に渡して頂きたいのですが」

「本当はそうしたかったのですが、まさか今日も女王自らやって来るとは思ってもいなかったものでして。という事で、我が国はカナンの豊かな土地の譲渡を求める事にしました」


――ガタッ

 と国王が立ち上がる!!

「カバレロ公爵、話が違うではないか。元老院の決定は正式に講和条約を結び、隣国ラマダ公国の脅威に立ち向かうと言うものではなかったのか?」


――クックッ

「国王、ポッと出来たばかりの弱小国と、ラグナ・マリアの正統な血筋のラマダ公国、どちらを味方にすれば良いのは自明の理なのですよ。まあ、カナンを滅ぼして我が国にしてしまえば、ラマダなど恐るるに足りませんがね」


――カチャッ

 と全ての騎士が抜刀してマチュアを包囲する。

「カバレロ公爵、一つ聞きたい。これは国王の意思ではなく、元老院の総意で間違い無いのですね」


――シュンッ

 とマチュアは素早く戦闘モードに換装する。

 白銀の賢者を示す装備『ワイズマンローブ』を身に纏い、中にはストーム特製の最強防具『拳聖の闘衣』を装着した。

 拳もアダマンタイトのワイズマンナックルである。

 現状のマチュアの最強装備の一つであり、これならば単騎でボルケイドと戦う事も出来るらしい。

「所詮、この国での国王など外交的な飾りでしか無いのですよ。我ら元老院がククルカンを支配してきた。そしてこれからもだ」


――サッ

 とカバレロ公爵が手を挙げると、騎士達は一斉にマチュアに向かって斬りかかった!!


――キィィィィィィィン

 マチュアの周囲で全ての攻撃が止まる。

 何か見えない壁のようなものに阻まれている。

 と、マチュアは素早く国王と王妃にも結界を施した。

広範囲(セイクリッド)敵性防御(ハードプロテクション)っ国王殿、王国において国王は絶対です。それを内部から食い荒らすものは、いわば逆賊に等しい。これは国の内部から浄化する必要があるのでは?」


――バチッ

 と叫びながら、マチュアは指を鳴らすと全ての扉を魔法でロックした。

「ククルカン国王、そして王妃殿。今回のこの件については、後日正式に話をさせて頂きます。この国の将来にも関わってきますので」

「う。うむ‥‥恥を上塗りするようで申し訳ないが‥‥助けてくれ、私はもう傀儡でいるのは嫌なのだ」

 その場に崩れ落ち、マチュアに懇願するコルホネン国王。

「では国王、我がカナンと同盟を。さればカナンの魔導女王の名において、この逆賊を排除します」


――バキッ、ガギッ

 次々と振り下ろされる剣。

 だが、その程度で破壊される結界ではない。

「国王を殺せ、やむを得ん。口封じだ!!」

 カバレロ公爵が叫ぶと、数名の騎士が国王と王妃に向かう。

 が、その手前に張られた結界によって全て阻まれてしまう。


――ギン、ガン、ガギッ

「ひぁぃぃぃ」

「そこから動かないで下さい。先程のお答えを」

「た、頼む。我がククルカンはカナンの魔導女王と同盟を結ぶ。こ、これは国王の名において、略式だが、宣言する」

「了承しました。それでは、国王に仇なす者達を排除しましょう」

 マチュアの周囲の結界が消える。


――ドドドドドドドドッッッ

 そしてマチュアは周囲の騎士達を次々と殴りつける。

 壁まで吹き飛ばされるもの、床に叩きつけられるもの、腹部に一撃を受けてその場に崩れるもの。

 やがて騎士団は壁際まで後退する。


「さて諸君。国王殺しを命じた逆賊を捉えれば良し。でなければ、私は本気で貴公らを潰す」

 拳を握って笑いながら告げるマチュア。

「カ、カバレロを捕えよ!!」

 上擦った声で叫ぶと、残った騎士団はカバレロ公爵を囲む。

「ふん。私が何も準備をしていないと?」

 と視線を壁掛絨毯に送る。

 その向こうには扈三娘こさんじょうが待機しているのである。

「我らククルカン元老院は、ラマダ公国と協定を結びましょう」

 それが幾つかある合図の一つ。

 この声で扈三娘こさんじょうも匕首と呼ばれる異国のナイフを抜いて参戦する予定であった。

 だが。


――ヒュンッ

 とマチュアが離れた所から手刀を放つと、その衝撃波で壁掛絨毯を真っ二つに分断した。

 隠し通路が顕になり、そこに立っている女性の姿が見える。

「それで気配を消していたつもりか。そこに居た事はずっと知っていたぞ」

 嘘である。

 ドライからそこに居た事を教えてもらったのである。

 が、ハッタリとしては充分。

「一歩でも動けば、我が国に弓を引いたと見なす。既に変装してラマダ国内に入った我が軍勢が、瞬時に王都を落とす!!」

 怒気をはらんだ声。

 既に扈三娘こさんじょうは戦意を喪失していた。

「わ、我が国は‥‥」

「言うな。言えば貴公は逆賊となるかも知れぬ。今、此処で起きる事を、そして起きた事を報告するだけで良い。ならば我が軍勢は一旦引く」


――カチーン

 両手の拳を打ち鳴らしつつ、マチュアはカバレロ公爵の元に近づく。

「カナンの法と照らし合わせて、今此処で判決をつけるのもいいが、それでは納得しない者もあるであろう」

「その程度の脅しで」


――ドゴォッ

 カバレロの足元の床が砕ける。

 マチュアが震脚しただけであるが、それでも充分効果はある。

「これ以上は内政干渉となるので、私としては不味いですね」

「そ、そうだ。これはカナンの侵略行為に等しい。元老院は、カナンに対して謝罪と賠償を請求する」

 まだ抵抗を続けるが、ククルカン国王が立ち上がって叫ぶ。

「こ、国王コルホネン・ククルカン7世の名で、カバレロ公爵を元老院議員から解任する‥‥」

「馬鹿な、その様な愚行が許されるとでも」

「う、うるさい、今から閣議だ、元老院を招集する。マチュア殿も参加してくだされ」


――スッ

 拳を引き、コルホネン国王に頭を下げるマチュア。

「賢明な判断です。あなたの名前は?」

 と扈三娘こさんじょうに問う。

「ファ。ファ・レイランと申します」

「嘘ね。まあ良いわ、貴方もゲストで参加しなさい。貴方の目で見た事を、大公に報告して頂戴」

 と告げると、部屋全体の扉に施した魔法を解除する。


――ドドドドドドドドッッッ

 と騎士達が部屋になだれ込み、マチュアに身構える。

「こ、此処迄だ。その女を殺せ、国王に牙を剥いた逆賊だグバアタッ」

 騎士団を見てカバレロが叫ぶが、取り押さえていた騎士がカバレロの顔面を殴りつける。

「カバレロは陛下の命令により、たった今元老院を解雇された。これより元老院議員を招集し、臨時閣議を開く事となった‥‥」

 その言葉で、騎士たちは一斉に謁見の間から飛び出していった。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 ククルカン城内部にある大きな閣議場。

 貴族の代表組織である元老院と国王コルホネン、マチュアが席についている。

 後ろではコルホネンに従う騎士団と元老院議員を守る護衛士、そしてラマダ公国の扈三娘こさんじょうが座っている。

「そ、それでは閣議を行います。陛下、其方の方は?」

 と責任者代行が話を始めた。

「この方はカナン魔導王国のマチュア・ミナセ女王だ。お忍びで遊びに来ていた所に、カバレロが謀叛を起こして巻き込んでしまったのである」

 そう告げるが、何名かの元老院議員はニヤニヤと笑っている。

「カバレロ殿が謀叛などあり得ません。何かの間違いでしょう」

「左様。今すぐに拘束を解除しましょう」

 と権力を振るいカバレロの件を無かったようにしようとしている。

「そうですな、陛下。では早速手続きを」

「ならん。奴はわしを殺そうとした。その様な犯罪者を解放するなどありえん」

「ですが‥‥‥」

「既に奴は元老院議員を解任した」


――ガタッ

 と一人の議員が立ち上がる。

「い。一体何の権限でそのような事を」

「我はこの国の国王だが? 国王がその権利を行使したに過ぎぬが? 座れ」

 そこに座っているのは、それまで自分達のいいように踊っていた傀儡ではない。

 ようやくそこに気がついた元老院議員である。

 彼方此方あちこちで顔を見合わせて何やら呟いている者もいる。


「まず。我がククルカン王国はカナン魔導王国と同盟を結んだ」

「馬鹿な、なんの権限で」

「我ら元老院を差し置いての決定など、認められるものではありません。即時撤回です」

「それよりも、国王の退位を請求します。そのような愚鈍な同盟の何処に意味があると」

 次々と元老院議員が立ち上がって叫ぶ。


(あ、これはヤバイ。クィーンに連絡。直ぐにイングリッドを呼んでイヤリングの予備を渡して。で、アドバイスを求めてー)


 暫しコルホネン国王が糾弾されている。

 その間にイングリッドも到着したらしく状況を念話で説明すると一言。

『では、私が告げる通りにお願いします』

(はいはい。頼みますよイングリッド)

 と頭の中で感謝すると、次々とイングリッドの言葉を告げていく。

「さて、少々黙って貰いたい」


――スッ

 とマチュアが立ち上がって話し始める。

「先ほど我が国との同盟が愚鈍だと仰った議員に問いたい。何故愚鈍だと?」

「歴史もなく、突然女王となった者が統治する国など、誰が信用するのだ」

「ほう」

 とマチュアが眼を細める。

「目上の者に対する言葉遣いも知らぬのか?この無礼者が。他国の王とはいえ、国の代表に対しての無礼、見逃すことは出来ぬが」

 力強く睨み付けると、少しだけ怯む議員。

「僭越ながら。このような王の身勝手を諌めるために、我ら元老院が存在するのです。ミナセ女王、いくら貴方でもこれ以上は内政干渉とみなしますが、宜しいのですね?」


 ニィッと笑う議員。

 だが、マチュアは何も動じない。

 イヤリングの向こうから、何故かワクワクしているイングリッドの声が聞こえているからである。


「内政干渉だとすると、どうするのです?付近の同盟国にでも助けを乞うのですか?」

 そう問いかけると、言葉に詰まる。

 マチュアは国王の方を向くと

「コルホネン国王。ククルカン王国は他国との同盟を結んでいますか?」

「いや、何処とも結んでは居らぬ」

「なら好都合で‥‥す」

 と告げるとマチュアは瞳を閉じた。


(こちらマチュア、イングリッド、何企んでいる?)

『先程からクィーンがドライから情報を受けてます。ラマダ公国に対しての牽制も必要です』

(そ、そうか、ドライと話し合ったのならわかった)


 ゆっくりと瞳を開けると、マチュアは微笑む。

「では、正々堂々と、内政干渉しましょう」

 その言葉の真意は、コルホネン国王にも分かったらしい。

 憑き物が取れたように笑みを浮かべると、コルホネンは静かに頷いた。

「な、何だと? そこまで堂々と告げるとは、これは宣戦布告とみなしますぞ」

 流石に議員たちは立ち上がる。

 が、コルホネン国王が立ち上がると、マチュアの元に歩いていく。


――ザッ

 とその足元に跪くと、静かに口を開いた。


「我がククルカン王国は、今この時よりカナン魔導王国の属国となる事を誓います」


 一瞬の沈黙。

「本当に良いのか?」

「はい。本当に国の民の事を考えるのなら、元老院などに国を食い荒らされる位ならば、カナン魔導王国に全てを委ねます」

 ワナワナと震える議員達。

「ご、護衛士たちよ、王を捕らえよ。王は気がふれてしまった、いや、あの女に踊らされたのだ、あの女を切れッ」

「黙れッ」

 とコルホネンの怒声が響く。

 それで議員たちも動けなくなった。

「カナン女王。ククルカンの臣民をお願いします。この罪は全て私が背負いますので、民にだけは手を上げないで欲しい」

 なお、この時点でマチュアは頭の中がグルグルと回っている。


(い、イングリッド、この結末は私の台本とは違う。これはまだずっと先だ)

『これ以上元老院によって腐敗するよりはマシです。時間が掛かると、それだけ民は苦しみますよ』

(よし分かった。ならイングリッドもこの国を良くするのに手伝えよ)

『それが女王の命となれば』


「何をしている。護衛士よ、その者を殺せ。今ならまだ誰も知らぬ。誰も聞いて居らぬ」

 だが、その議員の言葉に耳を貸すものは居なかった。

「では、略式であるが、カナン魔導王国はククルカン王国を属国とする。同時に元老院は今この時を待って解散、その権利の全てを剥奪する。逆らう者は捕らえよ」


――ザッ

 と、その場の騎士たち全てが、マチュアに臣下の礼を取る。

 議員達はその場にへたり込み、動けなくなった。

「明日の正午、国内全てに公布せよ。当面はカナンより施政官を送る事とする。以上、解散だ」

 とうとう諦めたらしい議員達も、マチュアに礼をして退室する。

 騎士団の中には、涙ぐんでいる者もいた。

「さて、国王、うちから優秀な施政官を派遣します。各都市からも騎士団や人材を此方に送りますので、上手く国を纏めてくださいね」

 と手を取って立ち上がらせた。


「わ、私は国の腐敗を取り除けなかったのです。私がそのような事を務めることは」

「ここはククルカン王国、貴方の国です。私は隣から貴方達を見ていますが、もしまた腐敗するようでしたら、その時はまた貴方に説教しにやって来ますので」

 と告げると、ファと名乗ったラマダ公国の女性の方を見る。

「では、ラマダ公国に潜入している騎士たちは撤退させます。それと、貴方の上司である孔明にお伝えください。『駆虎呑狼ぐこどんろうの計』大変結構。ですがこちらも『離間りかんの計』や『埋伏の毒』の仕込みは終わっていますと」

「わ、私はライオネル陛下の」

「嘘はおやめなさい。貴方が孔明の手によってここに来たことは分かっているのですよ。扈三娘(こさんじょう)さん。ではお話はこれにて失礼します。あまり余計な情報は与えない方がいいですね」

 と告げると、マチュアは国王と王妃、騎士たちと共に謁見の間へと戻る事にした。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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