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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第三部 カナン魔導王国の光と影
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カナンの章・その2 王としての仕事もしてみました

 昨日は実に楽しかった。

 白銀の賢者でもなく、冒険者でもなく、そして女王でもなく。

 普通に料理人として力いっぱい仕事をしていたのである。

 朝の目覚めも最高であった。


「あ、おはようございまーす」

 と酒場に行くと、すぐにウェイトレスが紅茶を出してくれた。

「おはようございます。モーニングサービスです」

「あら、ありがとうございます」

 と少し味の濃い紅茶に、バックからジャムを取り出すとスプーン一杯を加えて軽く混ぜる。

「えっと朝食は‥‥自分でつくるわ」

 と再び厨房に向かおうとするが、それはウェイトレスに止められた。

「おまちくださーーーい。これ以上マチュアさんを厨房に入れると、私達が怒られまーーーす」

「あ、そう?」

 と諦めてテーブルで差し出された朝食を食べると、マチュアはイヤリング越しにツヴァイに連絡を取る。


――ピッピッ

「どう?」

『変化なしです。引き続き潜伏します』

「はいお願いね」

――ピッピツ 


「さーてと、次の街にでも行く準備しますかー」

 とバックパックを持って受付に向かうと

「一度出かけますね。絨毯戻して下さいなー」

「は、はい。それがその……」

 と恐る恐る二枚の絨毯を差し出す受付嬢。

「あら?あと一枚は?」

「朝早く伯爵夫人の使いのものが持っていきまして。お客様のものですと告げたのですが、色々と難癖を付けられて奪われてしまいました……ま、誠に申し訳ございません」

「ありゃ、それは仕方ないわ。持って行った奴が悪い。ちょっと取り返してくる」

 とマチュアは宿を飛び出すと、絨毯を広げて飛び出す。


――ヒュウンッ

 と素早く一般区画まで向かうと、近くの人に商人ギルドの場所を聞き出してそちらに向かう。

 伯爵婦人について聞いてみようと持って、情報を買いに行ってみることにした。

 朝早くから商人ギルドは混み合っていた。

 外で順番を待ちながら、働いている人たちを眺める。

 暫くして、マチュアの順番がやって来ると、ギルドカードを提出して話を始める。

「カナンのマチュアと申します。ここで情報を売って欲しいのですが」

「カードを確認しますね……」

 と受付嬢が商人ギルドカードを確認すると、スッと席を立つ。

「少々お待ちください」

 と奥にある部屋に向かい、何かを話している。

 暫くすると、奥からギルドマスターらしき男性がやって来る。

「お疲れ様です。当商人ギルドの責任者のポール・ブランと申します。少々お話がありますので、こちらに来て頂けますか?」

 綺麗な顎髭を蓄えた壮年のエルフが、丁寧に頭を下げている。

「はあ、ではでは」

 とポールに同行すると、マチュアはギルドマスターの部屋へと案内された。

 そこでフカフカの椅子に座ると、ポールが丁寧に話を始めた。

「では、単刀直入にお伝えします。諸般の事情により、マチュア様の商人ギルドカードは受付することが出来なくなりました」

 ほう。

 そう来ましたか。

「諸般の事情というのを教えて頂きたいのですが」

「実は、コレット伯爵夫人がカナンの魔導商会でお買い求めになった魔道具が盗難に遭いまして。それをマチュア様がお持ちになっていたので、貴方には盗難の疑いがかかっているのです」

「という事は、コレット伯爵が勝手にこちらにそう告げたと? もし私が盗賊ならば、ここの自警団が私を捕まえに来るのではないですか?」

 と腕を組んでふんぞりがえる。

「ええ。お昼には貴方は強制的に、このルトゥールから立ち去っていただくことになります。それと、貴方のカナンの店も盗品を扱っている可能性があるということで、今しがた早馬を送らせて頂きました。では、話は此処までで宜しいですか」

 意外と行動力がある。

 つまり常習とみて間違いはないだろう。

「一つ聞かせていただきたい。私が盗賊だったという証拠は?」

「伯爵夫人がお買いになり、盗賊に奪われたものを貴方が持っている。それで十分ですよ。これ以上しつこいと今すぐに自警団を呼びますよ」

 声を荒げて叫ぶポール。

 すでにイライラしているのがよく判る。

 ならばダメ押しという事で。

「ははぁ。珍しい魔道具を見つけたら、盗品扱いにして取り上げた挙句に証拠隠滅のために強制退去ですか。ギルドマスターともあろう方が悪事の片棒を担ぐとはねぇ。お話は十分理解しました。では私はこれで失礼します」

 真っ赤な顔をしてプルプルを震えるポールを他所に、マチュアは商人ギルドを後にすると、ルトゥールを治めている貴族の屋敷へと向かうことにした。



 ○ ○ ○ ○ ○



 ルトゥールで最も大きな巨大樹。

 そこに作られた樹上要塞が、このルトゥールを治めている『アマンダ・ミストガル侯爵』の屋敷である。

 街道沿いに道を訪ねながら、マチュアはアマンダ邸へとやって来た。

 空飛ぶ絨毯を降りながら、『白銀の賢者』のローブを身にまとい、幻影騎士団のマントを羽織る。

 そのまま何事もなかったようにカツカツと正面入口に向かって歩いて行く。

「とまれ!! ここがアマンダ様の居城と知っての事か?」

「カナン魔導王国のマチュアだ。アマンダに会いに来た!!」

 怒気を孕んだ声でそう叫ぶ。

 それだけで、護衛の騎士たちは後ろに引く。

「しょ、少々お待ちを」

「貴殿らはこの国の女王を待たせるのか!!良いだろう。40秒で支度しな!!」

「いえっ、こちらへどうぞ!!」

 といきなり正門が開かれると、その奥の扉から報告を受けたアマンダ・ミストガルが飛び出してきた。


「マチュア女王陛下にはご機嫌麗しく、こちらへどうぞ‥‥」

 と挨拶をしながら、アマンダ女史がマチュアを応接間へと案内する。

 そのまま勧められるがままに上座に座ると、アマンダは椅子に座る事なくマチュアの前に跪く。

「御挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。本来ならば、私自らカナンの王城へ向かわねばならないところを、わざわざお越しいただきまして」

「さて。積もる話がある。貴殿の進退にも関わる大切な事だ」

 この言葉にアマンダは心臓を掴まれたような恐怖感を覚える。

「まあ、あまり固くならなくてもいい。正直、私もあまり固い話し方は苦手でね。席に座って頂戴」

「いえ、そんな陛下と同じ目線など」

「す・わ・り・な・さ・い」

「はいっ!!」

 と飛ぶように椅子に腰掛けるアマンダ。

「今回ここに来たのは、只の観光なんだけどね。ちょーーーっと、ここの貴族たちの詳しい内情を見てしまったので、放っておけないのよ」

 突然口調が砕けたので、アマンダは少しホッとした。

「と申しますと?」

「実はですねぇ‥‥」

 とマチュアは昨日からのことを全て説明する。

 その会話の中、アマンダはずっと顔色が真っ青になっていた。


「大至急伯爵夫人を連行します。然るべき‥‥」

「あ、それはいいから、アマンダは何もなかった顔をして、近隣の貴族たちを呼んでパーティーでもやって欲しいのよ。そこでね‥‥」

 とマチュアはアマンダにヒソヒソと話を始める。


――ヒソヒソ

「そ、そんな、女王陛下自らそのようなことを?」

「だーってー。商人ギルドの利権を伯爵夫人も握っているようなものでしょ? それと自警団も恐らくは繋がってるわよ。それって許されると思います?」

「い、いえ。それは許してはおけません」

「それとアマンダ、本来なら貴方にも監督責任が発生しますよ。自領内での貴族の横暴をここまで見過ごしてきたのは、貴方がしっかりとしていないからでは?」

「おっしゃるとおりです。処罰は何なりと受けます」

 うなだれながら告げるアマンダだか。

「という事で、処罰しないからさっきの話お願いね。いくら偉いからって、隅から隅まで目が通るわけ無いでしょ? 貴方を処罰するのなら、貴方をしっかりと見ていなかった私にも責任が出るので、これはなかった事に」

 と独自のご都合理論で丸め込みに入るマチュア。

「では明後日の夕方、ここの大広間で立食パーティーをして下さい。料理は全て私と木陰の山猫亭の料理人で引き受けます。お題目は‥‥そうねえ。珍しい魔導器が手に入ったのでお披露目とでもしてちょうだい。その上で、各貴族にも、珍しい魔導器があったら持ってきて貰って、簡単な品評会でもして貰うの。後は途中で私も姿を現しますので」

「はい。おっしゃる通りに」

 本当ならば生きた心地がしていない筈だが、アマンダは以外と冷静でいられた。

 マチュアが身分を無視して気軽に、友達に接するように話をしてくれたからであろう。


「それじゃあ、私はこれで。当日の昼にはやってくるから。料理の仕込みをしないといけないからねぇ」

「そ、それは我が屋敷の料理人では駄目なのですか?」

「私の趣味を奪わないでー。ではでは、そういう事で」

 と告げると、マチュアは手をヒラヒラさせて部屋からでていく。

 廊下では、正門でマチュアに無礼を働いた騎士が真っ青な顔で立っている。

「この紋章は覚えておいてね。引き続き屋敷を守って頂戴。後、私がここに来た事は絶対に内緒にしてね」

 当然ながら、マチュアがこの日に来城した事は全て秘密とされたのである。


 そのまま屋敷を後にすると、適当な路地裏に移動する。

「さてと‥‥エンジに切り替えと‥‥」

――シュンッ 

 と一瞬でマチュアはエンジに姿を切り替えた。

「ドライ、コレット伯爵邸を調査、絨毯を取り返してきて。まあ、持っていっても使えないのは分かったでしょうから、今頃は使い方を聞き出すために私を探していると思いますけれどねぇ」

――ニヤニヤ

「マチュア様、悪役の顔になっていますよ」

「おぉっと、いかんいかん。気分は暴れん坊将軍なのに越後屋はいかんぞー」

 と、マチュアは当日まで一般区や居住区画をプラプラとしつつ、街の様々な所を観察して歩いていた。

 当然全てが綺麗な国や都市など存在しないことは分かっている。

 けれど、必ずそこには線引きが成されている。

 その線の位置が、どれだけ正しい方に傾いているかが重要なのだと、マチュアは考えていた。

「この際だから、各地を巡回するのもありと思うけれどなぁ。やる事が多すぎるよ。ストームは今頃何をしていることやら‥‥」

 と呟く。

 イヤリングを使えばすぐに連絡が付くのだが、まあ世界的危機でもないし良いかと、そのまま放置。

 その頃のストームがとんでもない事に巻き込まれているなど、マチュアは知りもしなかった。



 ○ ○ ○ ○ ○



 作戦当日。

「さーーーて、諸君はこれから今宵のパーティーの料理を作る事になる。メニューは全て私の指示に従って貰う!!」

 と壁に大量に羊皮紙を張り出す。

 この日のメニューとその作り方全てを、羊皮紙に書き込んで来たのである。

「陛下、誠に申し訳ありませんが」

「ここではシェフと呼びなさい。今日は陛下と一言でも呼んだら蹴るのでそのつもりで」

「シ、シェフ様」

「様もいらない。シェフで結講」

「はいシェフ、私達はこの作り方を全く理解していません。というか、分からない事が多過ぎるのです」

「それについては、木陰の山猫亭のみなさんは私の技術をある程度網羅している筈。彼らに学びなさい。それでは仕込みから始めます」

 と全員に告げると、各グループごとに仕込みを開始する。

 マチュアもまた次々と仕込みを終えていくと、時間の掛かる煮物や大きなグリルなどに着手する。

 大量の宴会料理となると、マチュアでも久し振りなので腕が鳴る。

 次々と調味料を出してきては、空になった壺に魔法を施して調味料を作成する。

 注ぎ込む魔力を調節することで、それまではかなり時間の掛かった魔法が僅か1時間にまで短縮することが出来たのである。


 そんなこんなで夕方。

 屋敷の外から、ガヤガヤと人の声が聞こえてきた。

「さーて。それじゃあそろそろ本番です。本日のお客様はこの地方の爵位を持つ貴族の方々です。くれぐれも粗相のないようにして下さい」

 とマチュアが叫ぶが。


『女王陛下に料理を作らせる以上の粗相を教えて欲しい』


 と全員が心のなかでツッコミを入れた。

――ギィィィィッ

 と厨房の扉が開くと、アマンダが姿を現す。

「へ、陛下‥‥まもなくは‥‥」

「ここでの私はシェフと呼びなさい」

「はい‥‥ゴホン。シェフ殿‥‥まもなく始まりますので、どうぞ宜しくお願いします。ご依頼どおりに、商人ギルドのギルドマスターにもいらして貰いました」

「よろしい。それでは最高のパーティーにしましょう。それではオードブルから始めます。サービスのみなさんも、私の教えた通りに行って下さい」


「「「はい。それでは宜しくお願いします」」」


 とホール担当の給仕達も一斉にホールへと向かっていった。

 次々と運び出される料理。

 それに舌鼓を打ちながら、貴族たちは楽しいパーティーに時を忘れていく。

 ただ一人、当日になって魔法の絨毯を紛失したコレット伯爵夫人だけが、ずっとむくれた表情で壁にもたれかかっていた。


――パンパン

「それでは、皆さんがお持ちした魔道具を見せていただきましょうか?」

 とアマンダが告げる。

「私は、この日のためにとっておきをご用意しました。ここにいらっしゃる婦人の皆様でしたら、一度は夢に見た魔道具です」

 とマチュアから借り受けた空飛ぶ箒を取り出す。

「その箒は?」

「ま、まさかですわ。あれはお伽噺の世界にしか存在しませんから」

 と彼方此方から噂が出るが、アマンダがチョコンと横座りをしてフワッと浮かび上がると、会場の婦人たちの視線は固まった。


――キャァァァァァァァァァァァァァ

 黄色い歓声が会場に響く。

 その後次々と貴族たちが自慢の逸品を紹介すると、いよいよコレット伯爵夫人の出番である。

「今宵の私は、果てしなく広がる空間を持つ宝石箱をご用意しました」

 と空間拡張の施された宝石箱を取り出した。

 それでも十分に凄いものらしく、大勢の貴族たちがコレットのもとに集まってそれを眺めている。

「とても素晴らしいですわ」

「え、ええ。本来でしたら、もっと凄いものをご用意するはずでしたのですけれど‥‥」

 チラッと商人ギルドのポールの方を見るが、ポールは頭を左右に振るだけでけあった。


「失礼します。こちらが本日のメインディッシュになりますので‥‥」

 と、マチュアが堂々と深い銀皿に盛り付けられたシチューを持ち込んだ。

 その姿を見て、コレットとポールは絶句するが、すぐにポールが正気に戻りマチュアに向かって走り出した。

「貴様、何故ここで働いている」

「ポール、その方には私が直接料理をお願いしたのてすよ」

 アマンダがポールを窘める。 

「しかし、この者はコレット伯爵夫人から魔道具を盗んだ大罪人です。そうか、貴様また伯爵夫人のもとから盗んだな?」

「はてさて、何の事か存じませんが」

「護衛の騎士たちよ、その者を捉えなさい」

 とコレットが近くに立っている騎士に告げるが、騎士達はコレットの言葉を全て無視している。

「ねー、商人ギルドマスター、私のギルドカードちゃんと使えるようにして下さいよ」

 とマチュアが笑いながら告げる。

「煩い。貴様のカードなど永久に資格剥奪してくれるわ」

「そうよ、そいつが私の魔道具を盗み出したに違いないわ。アマンダ様、どうかこの者に厳しい処罰を」

 とヒステリー気味に叫ぶコレットだが。

「二人とも茶番はお止めなさい。あなた達が一体誰に手を出しているのか判っているのですか?」

 とアマンダが叫ぶと同時に。


――バサッ 

 とマチュアはコックコートを翻す。

 その刹那、女王モードに装備を換装する。 

「商人ギルドのま・す・た・ぁ? 私のギルドカード使えるようにして下さいよー」

 と魂の護符(プレート)をチラチラとポールに見せる。

 金色に輝く、王家の紋章入りのプレートである。

 それが視界に入ると同時に、その場の全員が膝を付いた。


「さーてと。コレット伯爵夫人? 私言いましたよね? 『もしそのような事をしたら、貴方、潰すわよ!!』ってね」

「は、はい‥‥女王陛下には、数々の無礼お詫びしたく‥‥」

「ポールぅ? 私が作ったものを私が使っているだけで泥棒なのぉ? 世間では私の事をなんて言っているかご存知よねぇ?」

「ま、魔導女王と‥‥陛下自ら様々な魔道具を作られると‥‥」

「魔法の絨毯はね。私以外にはアルバート商会が二枚持っているだけなの。それも非売品でね。なのに、コレット婦人は何処からお買いになったのぉ?」

 とコレットの近くを歩きながら呟く。

「そ、それは‥‥それは‥‥」

 絶体絶命のコレット。

 真っ青な顔に脂汗と冷や汗が流れている。

「騎士団よ、コレットとポールを連れて行って下さい。コレットはギルドとつるんで、罪もない者達から魔道具を奪い、ポールはその者にありもしない罪を着せて、証拠隠滅のためにルトゥールから強制退去を命じていました。恐らくは今回の一件だけではないでしょう?なにか異存は?」

「ご、ございません」

「‥‥はい。私もありません」

「では、二人の処分はアマンダにおまかせするわ」

 と告げてマチュアは踵を返す。


――シュンッ

 と一瞬でマチュアの服装がシェフに戻る。

「これが、本日私の用意した『早変わりの腕輪』です。このように一瞬で衣服を交換することが出来ます。では皆様、引き続き楽しいパーティーをお楽しみ下さい」

 と丁寧に頭を下げると、マチュアは厨房へと戻っていく。


「ホールのみなさーーん。飲み物とサービスが止まっていますよーーー」

 とマチュアが厨房で叫ぶと、ホールの全員が立ち上がって笑い始めた。

 そしてドライがエンジの姿でアマンダのもとに向かうと、丁寧に挨拶をする。

「こちらがマチュア様の持ってきた本当の魔道具『空飛ぶ絨毯』です。こちらに置いておきますので、皆さんお楽しみ下さい」

 とオーナー権限はそのままに、室内限定で誰でも使えるように設定を直した。

 そこからは、参加した貴族たちもキャイキャイと楽しそうにパーティーを堪能していた。


 そして最後にアマンダが挨拶すると、貴族たちは帰宅の為に玄関へと向かう。

 そこにはコックコートを来たマチュアが立っている。

「本日は、アマンダのパーティ―にご参加いただきありがとうございました。途中で見苦しい出来事があったことをお詫び申し上げます」

 と丁寧に頭を下げる。

「い、いえ、陛下もったいない」

「悪いのはあの方たちです。陛下は何も悪くありませんわ」

 と必死に頭を下げ返す貴族たち。

「そう言って頂けると光栄です。後、私のこの姿はお忍びで旅を楽しむための姿。商人や冒険者のマチュアを名乗っているときは、見て見ぬ振りでお願いします。それではお気をつけてお帰り下さい」

 と挨拶をすると、そのまま広間へと戻っていった。

 そこには、アマンダがずっと膝をついて下を向いている。

「アマンダおつかれさま。では後は頼んだね」

「マチュア陛下。私はどのような処罰でもお受けします」

「そう。ならねぇ。たまに今回のようなパーティーを開いて頂戴。パーッと料理すると気分が晴れるのよ」 

 といつものようにマチュアは笑う。

「そ、そんなことで私の罪は」

「貴方の罪は何? 私に対しての態度とかではないわよ。ギルドと貴族の癒着という、カナン魔導王国でやってはいけない事を見逃したこと。なら、今度はそういうことが無いようにしっかりと監督しなさい」

「それで宜しいのですか?」

「確かに癒着はいけない事だけど、貴方がやった訳ではないでしょ?」

「そ、そのとおりですが。判りました。以後このような事がないように務めさせていただきます」

 そう宣誓されると、マチュアは満足してアマンダの手を取る。

「ルトゥールを頼みますね。私はまたこっそりと遊びに来ますけれど、商人や冒険者で遊びに来た時は見ないふりでお願いしますね」

「判りました」

「それでは、厨房の片付けがあるのでこれで失礼しますね。ドライ、絨毯持ってきて」

「ハッ!!」

 とドライが絨毯を手に、マチュアの影の中に潜って行く。

 それを見てアマンダが絶句するが、マチュアは振り向いて一言。

「この子が私の魔導器の最高傑作よ。クルーラーゴーレム。私の分身ね」

 と告げて厨房に戻っていった。



 ○ ○ ○ ○ ○



 翌日の正午。

 商人ギルドのギルドマスターが解任された。

 重大な不正が発覚し騎士団に捕縛されたと発表された。

 新しい商人ギルドのギルドマスターは一時的にカナンから人材が派遣され、その後ルトゥールのギルドの中から選任されることとなった。

 伯爵夫人という立場を利用してやりたい放題をやっていたコレットは夫であるクレウス伯爵から離縁され、何もかも失ってしまう。

 そのクレウス伯爵もまた、監督不行き届きということで領地の一部が没収される事となった。 


 そして木陰の山猫亭では。

 マチュアは夕食を食べる為に酒場にやってくる。

 と、イヤリングが発光し、ストームから連絡が入った。


――ピッピッ

『マチュア、ちょっと済まないが海で迷った。迎えに来てくれないか?』

 森や山で迷ったのならいざしらず、海というのはどういうことなのか?

「はぁ?私は一度行ったことがある場所じゃないと転移できないよ。それに海は座標も固定できないから、転移の祭壇も使えないよ」

 と笑いながら告げると。

『そ、そうか。俺はどうすればいい?』

「陸地に着くまで頑張って、転移の祭壇を設置することだね」

 現状では、それが一番の方法であるが。

『俺、それ作れないぞ』

 という爆弾宣言に、ハァー、とマチュアは溜息を付く。

「なら、自力で転移しろ」

『だから、転移もできないんだって、まだ修得もしていないわっ』

「自慢するなっ。精霊魔法があるだろ、それで風を作って推進力を生み出して、何とか陸地を探してくれ」

『やっぱりそれかぁ。分かった。陸地に着いたら連絡するわ』

――プツッ


 と通信が終わる。

 一度自室に戻り深淵の書庫アーカイブを展開し、それにGPSコマンドを接続する。

「サーチ。私のイヤリングの場所を‥‥所有者はストームで」

 と魔法陣が輝き、正面に地図が現れる。

 その一箇所がチカッチカッと点滅しているのだが、やはり分からない。

 周り全てが海。

 つまり真っ白の地図である。

「ここに転移することも‥‥できるのか」

 地図で座標は判るので、今のマチュアには何処にでも転移できるようだが、やはり一度行ったことのある場所でないと精度が下がる。

 最悪は『石の中にいる』という感じで即死してしまうので、緊急時以外は絶対に使わない。

「ま、死にそうになったらまた連絡くるでしょ。食料の事は何も言っていなかったから、陸が見えるまで毎日カレーでも食べていなさいよ」

 と笑いながら酒場へと戻っていくと、再び商人たちと楽しそうに話を始める。


「その魔法の絨毯は売ってくれないのか!!」

「いーやーだー。これは絶対に売らないよっ」

 ここ数日の間に、空飛ぶ絨毯がすっかり噂になってしまったらしく、連日マチュアの元には商人達が交渉の為に訪れている。

 以前にカラミテにも言われた空を飛ぶ乗り物というのが、いかに浪漫溢れるものなのか良く理解出来た。


(こ、これは売ったら駄目だな。際限なくなる)


 恐らく目の前の商人達は、白金貨百枚と値段を付けてもポン、と出すだろう。

「金ならいくらでも出す。言い値で買おう」

「絶対にやだ。言った金額をポンと出すに決まってる」

 と慌てて外に逃げると、絨毯を広げて乗り込み空高くへ逃げる事にした。

 眼下では、必死になって交渉しようとしている商人が大勢、羨ましそうにマチュアを見ていた。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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