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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第三部 カナン魔導王国の光と影

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カナンの章・その1 ふらりマチュアの一人旅

 大陸北方にあるミスト連邦国家。

 ラグナ・マリア帝国六大王家の一つ、ミスト家が治める連邦国家であり、ミスト王国の属国は全部で7つ存在する。

 ここは巨大な森林と竜骨山脈に囲まれた、豊かな国である。


 その属国の一つである、一番北方にあるファナ・スタシア王国は、周囲を広大な森林に囲まれた豊かな王国である。

 最北端には強い潮流の流れる海峡に面した『海洋都市ネプタウス』があり、ミスト連邦ではないが東方には竜骨山脈と面している『ククルカン王国』と『ラマダ公国』、そして南方に細く長い領土を持つ『カナン魔導王国』があった。

 マチュアがカナンを欲してしまったため、実質ククルカン王国やラマダ公国との国境に位置していた『森林都市ルトゥール』と『クルフ大湖都市』の二つの都市も、カナン魔導王国の属領として新たに組み込まれてしまったのである。

 この2国とファナ・スタシアを結ぶ交易路以外は、殆んどが山脈と大森林に覆われているため、様々なモンスターも徘徊することがある。

 それでも、資源が豊富に存在するため、大勢の人々が集り賑わっている都市でもあった。


 カナン魔導王国から空飛ぶ絨毯ではや12日。

 マチュアは国政をミナセ女王(クルーラーゴーレム)にまかせて、遠路はるばるファナ・スタシア王国へと向かっていた。

 主街道を通っているため、そうそう野盗やモンスターが出ることはあまりない。

 それだけ、この街道はしっかりと整備されている。

 だが、出るときは出る。

 それがお約束というものであろう。


――ヒャッハーーーッ

 後方から久し振りに聞いた野盗の声。

 初めてこの世界にやってきたときに出会ったのも、確か野盗である。

「はぁ〜。何だか懐かしいわ、このやり取りも‥‥」

 くるっと振り向くと、マチュアは凛とした声で、すかさずお約束のセリフを告げる。

「『いいオンナだな。身ぐるみ置いていって貰おうか』と貴様達は言う!!」

 怪しげなポーズを取って、マチュアはそう叫んだ。


――ドドドドドドドドトッ

 馬に乗り軽快に間合いを詰めてくる野盗達。

「そこの旅人ッ。有り金と持ち物全部置いていってもらおうか」

「ついでにねーちゃんも降りて貰おうか」

「その魔道具も高く売れそうだから置いていって貰おうか」

 と口々に叫んでいる!!

「そういうのをまとめて、『身ぐるみ置いていって貰おうが』でしょー、お約束と言うものをあんたたちは理解していないっ!!」

 と叫ぶと、マチュアは巧みに速度を調節して、後ろから馬に乗って走ってくる野盗と付かず離れずを楽しみ始めた。

「あの~。もし止まったら私はどうなるのでしょうか?」

と先頭を走る野盗に丁寧に問いかけたが。

「そりゃあ決まっているさ。まずは俺達の慰みものに‥‥」


――キィィィィィィン

 マチュアの周囲に、20以上の『光の矢』が生み出される。

「えーー、なんですかーー、よく聞こえませんよーーーーっ」

 耳に手を当てながら、走ってくる盗賊たちにもう一度問い掛ける。

「そんなものにビビる俺達じゃねーぞ。とっととその乗り物か‥‥ら‥‥」


――キィィィィン

 今度は空飛ぶ絨毯が球形の結界に包まれる。

 そして周囲に無数の『炎の槍フレアランス』が浮かび上がると、野盗たちの方をピタッと向いた。

「この乗り物からどーするのですかーーー」

 途端に表情が引きつる野盗達。

 まあ、当然と言えば当然である。

「あ、ああ。この当たりは野盗が出るから、女性の一人の旅は気をつけてくれな!!」

「そ、そ、そういうことだ、じゃあなねーちゃん」

「今度また遊んでやるぜ!! あーーばよっ」

 と一斉に後方に下がっていく。

 実に紳士的で礼儀正しい。

「しかし、意外と親切な野盗ですねぇ。普通ならここまでやってもまだ手を出してくるぐらいの気合があってもいいものなのですが」

 と腕を組んで考えると、またしばしのどかな旅を楽しんでいた。


 やがて日が暮れ始める。

 しばらくすると、街道の前方に隊商や旅人が野営をするために作られたキャンプ地があったので、今日はそこで一泊することにした。

「よし、今日はここで一休みと」

 と、近くで休んでいる隊商の横でゆっくりと絨毯を降ろす。

 全部で4台の馬車で構成された隊商の人々は、マチュアの空飛ぶ絨毯を興味深そうに見ている。

 その中でも、責任者らしい恰幅の良い男性がいる焚き火を見つけると、そこに向かって挨拶をする。

「こんばんはー。こちらご一緒して宜しいですか?」

「どうぞ。旅は道連れですよ。私達はプロメテウス商会と申します。店を持たない隊商ですよ。私は責任者のグレタです」

「ご丁寧に有難うございます。マチュアと申します」

 と隊商の責任者と話をしていた。

 そこに集まっていてる人たちも、各々勝手に食事をしているようであった。

「一人では寂しいでしょう?こちらで焚き火に当たると良いですよ?」

「はい。それで…は……あらら?」

 焚き火にあたっている護衛の冒険者を見て、マチュアは固まる。

 何処かで‥‥というよりよく見た顔が並んでいた。

「おー、誰かと思ったら駄目ックスターのマチュアかよ」

 いつも酒場でマチュアに絡んでくる三人組の冒険者が、隊商の護衛をしていたのである。

「えーっと、確か、ワレラ、ロリー、コンダさんでしたか? それともパンシャブ三兄弟?」


「「「違うわ!!」」」


 と息のあったツッコミである。

「俺は斧使いのマイケルだ。忘れるなっ」

「拙者は拳術士のサミュエルでござる」

「僕は僧侶のリッキーだよっ」

 とプリパラ宜しく次々と自己紹介するが。

「知ってるよ。宿帳に名前書いてあるでしょ」

 と呟きながら水筒の水をグイッと飲む。


「「「あーのーなー」」」


 と笑いながら文句を言ってくるので、マチュアはバックパックから寸胴を取り出した。

 いつも持って歩いている、出来立ての保存食。

 これのお陰で、いつでも何処でも暖かいご飯が食べられるというものである。

「グレートバイソンのシチュー食べる? グレタさんもどうぞ」

 と焚き火に当たっている人々にも差し入れをする。

 それを丁寧に受け取ると、グレタはシチューの入った寸胴を焚き火に掛けて、焦げないようにゆっくりとかき回した。

「マチュアさんは空間拡張のバッグをお持ちですか。あれはいいものですねぇ。私もカナンのアルバート商会で一つ購入しましてねぇ」

 とカナン王室御用達の印の入っているバッグをポン、と叩いた。

「私も同じですよ。ほら」

 と自分で刻印を後付けしたバックパックを見せた。

「駄目ックスターのくせに、装備は良いんだよなー」

「酒場と宿で儲けていますからねー。今回も仕入れでファナ・スタシアまで行くですよーだ」

 と三人組に告げる。

 こいつらも酒を飲みすぎなければ、いくらでもいい装備を持っているはずなのに。

「そうかー、じゃあ向こうで良いものあったら教えてくれな」

「はいはい。それじゃあね」

 と食事を取ると、マチュアはポイポイさんから教えてもらった簡易休憩所ベースキャンプの魔法で安全地帯を作ると、そこでゆっくりと休む事にした。


 翌朝、マチュアは早々と準備を終えると、半分以上残っていたシチューの寸胴を見張りのマイケルに託して、真っ先に出発した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「おおう、エルフが一杯だぁ」

 マイケル達と別れた三日後。

 マチュアは森林都市ルトゥールに到着した。

 巨大な樹木の枝や樹々の間に張り巡らされた、分厚い地盤の上にある樹上都市。

 地上部分は外国からくる観光客や商人、冒険者でも自由に出入り出来る一般区。そして樹上はこの地の者たちの住まう市民区となっている。

 街道を通ってやってきたマチュアの姿は、直ぐに一般区にいる者達の好奇心の目に晒された。


「そ、空飛ぶ魔道具ですか……」

 人が多いのでゆっくりと飛んでいると、近くを歩いていた商人に話しかけられた。

「魔道具?」

「あ、魔導器の事ですよ。この辺りの国では魔道具と呼ぶのが一般的でして。どちらからいらっしゃいました?」

「私はカナンからですね。あなたはどちらの国からですか?」

 と親しげに話しかけて来た商人をチラッと見る。

 ゆったりとしたチュニックと頭を巻いているターバンのようなもの。この格好の人は王都では見たことがない。

「此処から西の大陸です。アシャームスという小さな国ですよ。その絨毯はどこで手に入れましたか?」

「カナン王都の魔導器を扱っている商会から人伝てで手に入れまして。かなり珍しいものだそうですね」

「それはもう。私の国でも、これと同じものが物語には出て来ますが、本物など見たことも聞いたこともありませんから」


(あー、アラブ系の国と考えておくか)


「それはそれは。もしカナンに行くことがありましたら、一度魔導商会を訪ねるのも良いと思いますよ」

「全くですな。それではいい情報を有難うございます」

 と手を合わせてこちらに頭を下げる。

 こちらもつられて頭を下げると、嬉しそうに商人は歩き去って行く。

 そして近くでコッソリと話を聴いていた者達も、少しずつこちらから離れていく。

「さて、今日の宿はどこにしようかなと……」

 ふと視線に気がつき振り向くと、大勢の子供達が付いて来ている。

 エルフの子供達らしく、物珍しそうに絨毯を見ていた。

「ねー、君たち。この辺で冒険者が泊まれる安全な宿はないかな?」

「えーっと……」


 子供達曰く、宿屋は結構あるらしいが、安全かと聞かれると困るらしい。

 冒険者には気が短かったり酒癖が悪いのもいるので、子供達からしたら危険である模様。


「なら、商人が安心できる宿は?少しぐらい高くても構わないよ」

「それなら『木陰の山猫亭』がいいよ。でもあそこだから、此処からだと結構遠回りになるよ」

 と一人の子供が樹上を指差す。

 そこに向かうには、かなり遠回りして巨大な階段を登らなくてはならないらしい。

「んんん?直接行けば近いか、誰が案内してくれるかな?」


「「はいっ!!」」」


 一斉に手を挙げる子供達から、一番早かった男の子を指差す。

「よし、君は乗りなさい」


――ポンッ

 と勢いよく絨毯に乗っかる。

 他の子供達も羨ましそうにその子を見ていたので、取り敢えず小さい子供だけ乗せてあげる事にした。

「それじゃあ行きますか。しっかり掴まっててね」

 魔力をゆっくりと流し込んで高度を上げると、ノロノロと樹上区画へと飛んで行った。

 下の方からは驚きの声が上がっているが、まあ取り敢えずは無視。

 10分ほど空の旅を満喫すると、目的の木陰の山猫亭に辿り着いた。

「わー、もっと乗っていた〜い」

 という子供もいたが、魔力をカットして唯の絨毯に戻すと諦めて降りてくれた。

「有難うね。それじゃあ」

 と絨毯を空間に放り込み、店内に入る。


「い、いらっひゃいませ」

 恐らく空を飛んでいたのを見たのだろう。

 受付の声が裏返っている。

「取り敢えず三日。食事も朝晩つけて、おいくらかしら?」

「はい、三日ですと銀貨二十一枚です。プレートをお願いします」

「はいはい……あ」

 普通に魂の護符(プレートを取り出して提出してしまった。

「じょ……女王陛下、し、失礼しまらモゴモゴ」

 慌てて受付の口に手を当てて塞ぐ。


 女王に叙任した時点で、魂の護符(プレート)は更に進化していた。

 金色に輝く魂の護符(プレート)の表面には、王家を示すカナンの紋章とマチュアの横顔、そして女王を示す文字が刻み込まれていたのである。


「はい、お忍び。私は唯の冒険者。お、し、の、び。普通に対応してね」

 とコソッと告げて手を外す。

「は、はい。今お部屋にご案内しま、いえ、あ……」


――スパァァァァァン

「はい落ち着いたー」

 と素早くハリセンで頭をどつく。

 と、少し落ち着いたのが、普通に戻った。

「まだ胸がドキドキします。前金で銀貨二十一枚です」

 と普通に支払いを終えると、マチュアは指定された部屋に向かう。

 中に入ると、すかさずいつもの魔法のセキュリティを施し、取り敢えず一階の酒場へと向かう。

 表向きは冒険者なので、チュニック姿に背中にはバックパックを背負い、腰にはフレイルをぶら下げる。

「オレンジジュース下さいな。後、茹でた腸詰めとパンも下さい」


 そう注文をしてから、そのまま店内を見渡す。

 子供達の言う通り、商人らしき人が大勢いる。

 あちこちでテーブルに商品を並べて取引をしているものもいる。

「こんにちはお嬢さん。ここは商人の宿ですよ。野蛮な冒険者の泊まるところではありませんが?」

 とかなり上質な衣服を纏った男が、マチュアに話しかけてくる。

「これは失礼。私はカナン魔導王国で宿屋を経営しているマチュアと申します。この国には、店で出す新しいメニューになる食材を探しに来ました」

 そう言いながら商人ギルドカードを提示する。

 これは女王であろうと表示は変わることがないので便利である。

 最も、名前がフルネームになっているので、バレるとすれば其処だけなのだが。


「こ、これは失礼を。シルバークラスとは思いませんでした」

 深々と謝罪する男性。

 だが、マチュアは敢えて、笑いながら追い討ちを掛ける。

「ここは商人専用の宿なのかしら? お金さえ払えれば誰が泊まっても宜しいのでは?」

「これは厳しい事を。先程の言葉はなかった事に。その代わり、いい情報を一つお譲りしますのでご勘弁を」

「情報をですか?」

「ええ。ちょっとお耳を」

 と告げると、男性は耳元でそっと一言。

「郊外にある果樹園のマルムの樹が、今年は間もなく実をつけるようです。近日中に収穫だと思われますので、交渉はお早めに」

 と告げると、男は丁寧に頭を下げて離れていった。

「マルムってナンジャラホイ?」

 聞いたことのない果物と想像がつくが、もしそれが儲け話だとすると、何故そんなに簡単に情報をよこしたのか不明である。

「お、おまたせひまひは……」

 カタカタと震えながら料理を持ってくるウェイトレスが、ゆっくりとテーブルに料理を置く。

「そんなに緊張しなくていいよー。はいチップね」

 と丁寧に挨拶をしたウェイトレスに金貨を三枚握らせた。

「仕事が終わったら、厨房の皆んなで食事にでも行ってらっしゃい。くれぐれも内緒よ」

「は。はい。有難うございました」

 と頭を下げると、ウェイトレスは別の席に向かった。

 暫くは食事を楽しむ事にすると、ふとイヤリングから念話が届く。


――ピッピッ

『ツヴァイです。ゴルドバは隣国のククルカン王国に滞在中。此処にも別荘を所持しているらしく、近日中に秘密のパーティを催すようです。北方諸国との繋がりは今の所不明です』

「はいはい。引き続きお願いします」

――ピッピッ


 とコッソリと告げると、再び食事を始める。

「ふう。中々動かないわ。かと言って此方から動くのもアレですしねぇ」

 と独り言を呟いていると

「ワッハッハッ。商談というのはそういうものですよ。お嬢さんはまだ若いのですから、これから数をこなして慣れていくといいですぞ」

 と何か勘違いしたらしい商人が、気軽に話しかけて来た。

 勘違い、実に結構。

「で、お嬢さんの商品はどのようなものを?」

「あ、は、はい、此方が」

 と取り敢えずバックパックから調味料の入った壺をいくつか取り出す。

「香辛料と調味料です」


 周囲の商人の目がキラーンと輝く。

 が、今は彼が私と話をしているため、割り込んで来る事はないようである。

 人の商談には口を出さない、商談が終わるまで割り込まない、が商人ギルドの宣言した取り決めの模様である。

 これは実に紳士的であろう。


「少々見せていただいても?」

「味見も構いませんよ」

 とスプーンとパンを手渡す。

 胡椒と塩、焼肉のタレとマヨネーズ、フレンチドレッシングと、合計5つの壺を一つ一つ味見をする商人。

「素晴らしい。どれもグレードA、最高級の食材です。胡椒ですと、この壺一つで金貨300枚というところでしょう。それよりもこの三つの液体。これは私の知らない調味料です」

 声を大にして叫ぶ。

「こ、声が大きいですって」

「この調味料は壺単価いくらで卸すのですか?交渉はできますか?」

「こ。こちらは焼いたお肉に絡めるタレです。金貨五枚なら。これは茹でた野菜につけるマヨネーズです。これも金貨五枚、最後のは新鮮な野菜を生で食べるためのもので、これも金貨五枚ですが」

 と慌てて値段をつけるが

「お嬢さん、こちらも商人です。そんなに安く卸すと損をしますよ。これは貴族、それも伯爵家以上の方達がこぞって買い求める価値があります。先ほどの値段の5倍でも売れるでしょう。買取は二つで三十枚、いかがですか?」

「は、はあ。これは駄目ですか?」

 とフレンチドレッシングを指差す。

「はっはっはっ。野菜が生で美味しく食べられるというのはあり得ませんよ」


――カチン

「では、ちょっと待ってて下さいますか?」

 壺を全てバックパックに仕舞うと、マチュアは近くのウェイトレスの元に向かった。

「厨房貸して?」

「は、はいこちらです」

 と案内してもらうと、途中でコックコートに換装する。

 これはこの世界にやってきた時に来ていた仕事着である。

「すみません、ちょっと厨房貸して下さい」

 と金貨を十枚テーブルに置くと、魔法と調理師スキルGMグランドマスターをフル活用して様々なサラダや料理を作り始める。

 それを持ってもう一度席に戻ると、先程の商人に一言。

「こっちはフレンチドレッシングでどうぞ。これは温野菜なのでマヨネーズと焼肉のタレどちらでも。これはワイルドボアの焼肉丼です。これは湖の魚のフライ、このタルタルソースでどうぞ」

 と次々と料理を並べていく。


――ゴクッ

「ほほう、お嬢さんは料理人でしたか」

「料理人で調理師ですよー。まあどう違うか説明しろと言われるとこちらの世界では難しいのですが。さあ、温かいものは温かいうちに、冷たいものは冷たいうちにどうぞ。近くの皆さんも軽くつまんで下さい」

 と周囲で喉を鳴らしている商人にも声をかけた。

「人の交渉に横槍を入れるのは……」

「いえいえ、これは唯の食事会ですよ。ね?」

 と目の前の商人に問いかける。

「ええ、せっかくの美味しい料理を独り占めは良くないでしょう、彼女の好意に甘えて皆さんで楽しみましょう」

 という商人の声と同時に、近くの商人達も集まって料理の味見を始めた。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 さて。

 何故こうなったのか、マチュアには理解できなかった。

 現在、マチュアは宿の厨房で、そこにいる料理人に次々と指示を飛ばして料理を作っている。

 テーブルにはマチュアが持ち込んだ調味料が所狭しと並び、いくつかのコンロには作り置きしていたシチューやカレーが乗せられている。


「す、すいません、6番のテーブルから、肉のシチューを‥‥と」

「はいはい。伝票見せて」

 伝票を書くという文化がないので、マチュアは羊皮紙と持って来ていたポールペンを手渡して、伝票の書き方を教えてあげた。

「はい六番オーダー、温野菜の盛り合わせ、モツの煮込み、チキンカレーが四つ、バッファローのシチューを三つ。手順は、間違わないでね」


「「「はいっ」」」


 と厨房にいる料理人達に一つ一つ作り方を教えながら、マチュアもまた様々な料理を作り上げていく。


(材料と調味料があれば、頭の中のレシピでなんでも作れる!!)


 マチュアはこの森林で一般的に食べられている鹿肉をソテーすると、玉ねぎで作ったソースを添えて熱々の鉄板に載せて出す。

「はい4番、鹿肉のソテー上がったよー」

 引き続き近くの湖畔で釣れる魚を手に取ると、それを捌いてフリッターの作り方を教えた。

 酒場の方では、最初にマチュアの料理を食べていた商人が近くにいる仲間たちを呼びに行き、さらに口コミで大勢のお客が集まっているのである。

 丁寧に、それでいて迅速に。

 可能な限りの料理を出していき、他の料理人もある程度動けるようになった時。

「ちょっとカナン行ってくる」

 と告げて、マチュアはカナンの馴染み亭に転移した。


――ヒョンッ

 転移門ゲートではなくダイレクトに厨房に飛ぶ。

 この時間はあまり忙しくないのか、厨房ではのんびりとした雰囲気が漂っていた。

「あら?店長、どうしたのですか?」

 厨房には副料理長に昇格した猫族のキャリコと人族のフランキの二人が、ウェイトレスたちの賄いを作っていたらしい。

「クレープとパンケーキの材料貰っていい?」

 と新しく厨房に入ったエルフのフィーネという見習い料理人に問いかけながら、すぐに奥にある冷蔵室に入って材料を幾つかカバンに詰め始める。

「てんちょー。うちの全部持っていかないでくださいよーー」

「明日には、ルトゥールの食材持ってくるから勘弁してよ!!」

「了解でーす」

 というやり取りをしたのち、再びルトゥールの厨房に戻る。


――ヒュンッ!!

 突然消えたと思ったら再び姿を出したマチュアに、厨房の皆は驚きの声を上げている。

「ど、どちらへ?」

「だからカナンだよ。うちの店から材料持ってきただけだから」

 テーブルに順番に材料を並べると、一つ一つ説明をしていく。

 焼きクレープとパンケーキは、この世界の材料でも十分作れる。

 ただ、そういう発想がなかったのと、ソースというものが乏しかっただけ。

「これはいちごのジャム、こっちがカカオのソース。今から作り方見せるから、横で同じように作ってみてね」

 といきなり本番で練習させる。

「お客様の中に身分の高い方はいらっしゃいますか?」

 とウェイトレスに問い掛けると。

「い、今、私達の目の前で料理を作っている方が一番高いです」

「いや、そうじゃなくて、私抜きでの来客ね。できれば女性で、貴族の方」

「はい。コレット伯爵夫人がいらしています」

「ふぅん‥‥ほい出来上がり。これお出しして。本日のデザートですって。木苺のジャムを乗せた焼きクレープと、新鮮な果物を添えたパンケーキです」

「は、ハイ。只今っ!!」

 慌ててデザートを持っていくウェイトレス。

「さあ、今のうちに私がさっき作ったものと同じものを練習して。すぐにデザートの注文が入ってくるわよ!!」

「はいっ」

「陛下、この味見をお願いします」

「陛下は禁止。シェフと呼んで!!」

 と次々とクレープが焼きあがる。

 その中から上手く焼けていた者を何名か選抜し、残った者は盛り付けを担当させることにした。

「つ、追加でデザートプレートを12、お願いします」

「11番テーブル、カレーとシチューを二つずつ追加です」

「はいはい、本番はここからだよーー!!」

 と生き生きとしながら、マチュアは厨房で黙々と仕事をこなしていた。



 ○ ○ ○ ○ ○



 兵どもが夢のあと‥‥。


 食材が切れたので、酒場は臨時で閉店状態。

 現在若い料理人たちが街の食材卸しの店を走り回っている。

 とてつもなく大量の為、一時的に『空飛ぶ絨毯』の使用を許可し、三枚の絨毯を貸し与えた。

「ふぅ、楽しかったわーーー」

 とりあえずやることがなくなったので、マチュアは店内に戻りエールを飲む事にした。

 と、その姿を見て、慌ててカウンターから一人の紳士が走ってくる。

「お、お疲れ様でした。当店の責任者のジョエル・デュカスと申します。陛下に‥‥モグモグモグモグ」

 とすぐさま近くにあったパンを口に詰め込む。

「お、し、の、び。正体は商人のマチュアです」

「ゴクッ。は、はい、色々とお手伝いありがとうございました。こちらに滞在中の費用は全て免除をしますので」

「いいのですか?」

「それぐらい儲けさせて頂きました。厨房の料理人たちもマチュアさ‥‥んの料理の味見をして、必死に覚えようとしています」

 と頭を下げていると、先程の商人がマチュアの元にやってきた。

「マチュアさん、貴方は商人だけでなく料理人も完璧なのですね。ぜひ私の主人が貴方を専属で雇いたいと仰言っていました」

「いえいえ。これほどの料理を作るのでしたら、ぜひわが主のもとへ」

「私は近くで宿をやっているものですが、是非料理の作り方を教えてください」

 料理人としてのスカウトが来るとは予想外。

 だが。


「ちっょとお待ちなさい」

 と後ろから綺麗なドレスをきた女性がやってくる。

「こ、これはコレット伯爵婦人。わざわざこのような場所へ」

「あなたマチュアとか言いましてよね? 明日から私の屋敷で働きなさい。これは命令です」

 上から目線でそう告げるコレット伯爵夫人。

 ゴテゴテとしたアクセサリーを着けた、中々いい恰幅のおばさまである。


「あ、謹んでお断りします。では‥‥」

 と一休みが終わったので、厨房にいる料理人達を鍛えに戻ろうとしたのだが。

「あ、あなたこの私に逆らうと言うのですか? 私の権限でこの街に居られなくしてあげてもいいのですよ? それよりも、商人ギルドに話を通して、貴方のギルド員の資格を取り上げることも出来るのよ。それでもいいのかしら?」

 フフンと鼻で笑いながら叫ぶコレット。

「えーっと、たかが一介の伯爵夫人にそのような権力があるとは思えませんが。そうですねぇ‥‥やれるものならやって御覧なさいって所ですねぇ。そのかわり、もしそのような事をしたら、貴方、潰しますので!!」

「ホーーーーーッホッホッホッホッホッ。せいぜい一晩考えていらっしゃい。たかがBクラスの商人風情が、この私に逆らったらどうなるか。明日にでも貴方の商人ギルドのカードは剥奪させますからね」

 と捨て台詞を吐き捨てて出ていく。

「あ、あの‥‥マチュア‥‥さん?」

「はい?」

 とジョエルに、何もなかったように返事をする。

「大丈夫なのですか?」

「どっちが大丈夫? 万が一にも私に負けはないけれど?」

 そりゃそうだと、事情を知る者達は心の中で頷く。

「まあ、昔ちょっとブリュンヒルデに頼まれてた仕事を思い出したわー。これがそうですか。まさか自分のとこでこの仕事するとは思わなかったわー。そうかそうか」

 と笑いながらマチュアは厨房に戻る。

「さて、わからないことがあったら聞いてちょうだい。調味料については教えてあげられないものもあるけれど、技術とカナンの食材卸のお店は教えてあげるわよ」

 と告げて、その日は日が暮れるまで厨房で料理を作り続けていた。



誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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