マチュアの帰還と、ルーラーの卒業
──カーン、カーン、カーン
マチュアとルーラーの二人が鹵獲した浮遊大陸。
全長28000メートル、最大幅7700メートルの島の上で、マチュアはのんびりと大工作業に勤しんでいる。
というのも、無事鹵獲に成功したものの、取り扱いについてはルーラーと綿密に協議を開始。
その結果として、浮遊大陸は結界で包み込んだ状態を維持しつつ、『魔導レンタルショップ・オールレント』の上空、高度20万メートルの位置に固定する事にした。
ここだと土地の権利問題にも抵触されず、尚且つ独自にここまでやって来る存在はいないだろうとマチュアは判断。
また、結界に包まれているので勝手に侵入する事も不可能。
もっとも、マチュアの手によってオールレントの事務室と浮遊大陸のログハウスの間で転移門が設置されている為、緊急時には浮遊大陸まで向かう事も出来るようになった。
「……ふぅ。これでよし。ルーラーさん、立て看板は設置したので、これで問題はないと思うけれど」
マチュアが作っていたのは、土地の所有権についての説明が書かれている巨大な立て看板。
オゾン層直下に浮かぶ島の所有権など、どこの誰が勝手に宣言するか分かったものではないという事で、マチュアが立て看板でそれを説明しようと考えたのである。
緊急時の連絡先にはオールレントの電話番号も明記されているので、これで何も問題はない。
「……はぁ。問題がありまくりじゃろうが。オールレントの土地の大きさとは全く違うのだぞ。いくら上空だからといっても、この島全てがわしの物だというには無理があり過ぎるのではないか?」
「いやいや、地球の中心点からさ、オールレントの土地の端っこ全体を結ぶように線を引くでしょう? その場合、超巨大な円錐型に土地の所有権を主張できるよね。そうなると、さらに高度20万メートルまで伸ばせば、この島ぐらいすっぽりと入らない?」
「そもそも、地球上のそういった計算式の全てが正しいとは思っておらんわ。それに予測では、多分全てを覆い尽くす事は無理ではないか?」
そうルーラーが突っ込んだので、マチュアが指折り数えて計算を開始。
結果としては、笑って誤魔化すという事で意見を統一した。
「よし、それじゃあ最後の仕上げね。物質としてこの地点に存在していると、万が一の時には地表に落下して大事故が発生する。だから、この島の空間座標を0.00001度、位相空間へずらすよ」
「そうすることで、この島は蜃気楼のように浮かぶ存在となる……か。物質的な土地ではないので、誰もここに来る事は出来ないという事だな」
「大正解。という事でハートマークをあげよう」
「またハートマークか……これで10個溜まったのだが、何の意味があるのやら」
マチュアがこの世界に来て、ルーラーの元を訪れてから。
彼が何か功を成した時や、マチュアに提示されたミッションを完了するごとに、ハートマークが与えられている。それが無事に10個溜まったのだが、その意味がルーラーには今一つ理解出来ていない。
「んんん。10個溜まったら卒業。という事で私がこの世界に来て、成さないとならない事が全て終わったので。そろそろ私は元の世界に帰るから。はい、これが卒業証書」
空間収納から一冊の魔導書を取り出し、それをルーラーに手渡す。
それは彼も見た事が無い文字で記されているのだが、そっと手を添えた瞬間、その内容が瞬時に理解出来た。
「ははぁ。これを修得すれば、わしは【10織の使徒】になれるという事か。つまり亜神に昇華すると?」
「9織の時点で大賢者は名乗っていたよね。それじゃあ、次のステップに進めるけれど、どうする? 人としての生き方を捨てる?」
「……いや、儂は儂のままでいい……が、これは便利だから受け取っておく。亜神にならんでも、これは使えるのだろう?」
「それでいいんじゃね? という事なので、そろそろ帰りましょうか」
──パチン
マチュアが軽く指を鳴らした瞬間、浮遊大陸は空間座標をほんのごく僅かだけずらす事に成功。
この島自体が結界に包まれている事や、マチュアが地下施設に色々と細工を施しているので、ここにやって来ても呼吸困難に陥ったりオゾンや紫外線に晒されて死ぬような事はない。
「そうじゃな……ああ、ようやく肩の荷が下りたわ。こんな面倒臭いもの、儂が管理していいのか考えるわ」
「まあまあ、そこはほら。ルーラーさんだからこそ任せられるっていうか、ぶっちゃけ私が貰ってもさ、もう幾つも同じようなものを持っているから要らないんだよ、持って帰りたくないんだよねぇ」
「それが本音じゃろ……まったく」
そうブツブツと呟きつつも、やり遂げて満足した顔のマチュアとルーラー。
そして二人は転移門を越えてオールレントへと向かったのだが、帰って来たのはルーラー一人。
マチュアは、そのまま姿を消してしまっていた。
〇 〇 〇 〇 〇
──一か月後・オールレント
浮遊大陸事件が無事に終了して一か月。
あの数日後には、浮遊大陸の存在が国際宇宙ステーションからの報告により露見。
監視衛星などでその存在を確認しようとした所、不思議なことに監視衛星では浮遊大陸を捉える事が出来なかった。
空間座標のずれている浮遊大陸は光学センサ、マイクロ波センサのどちらでも確認する事が出来ず、唯一、人間の目視により見る事が出来たのである。
「……という事でさ、各国の宇宙開発関連の企業が必死に浮遊大陸と名付けられたこの島の調査を始めようと必死なんだけれど、未だに正体がわからないっていう事なんだよ。ルーラーさん、これを魔法で調査するっていうのは出来るのかい?」
「待て待て、いくらルーラーさんでも、出来る事と出来ない事があるだろう」
「飯田ぁ、俺はな、ルーラーさんなら出来るんじゃないかって思っているんだよ。祭ちゃんも。大賢者の弟子としてそうは思わないかい?」
近くで接客している柳川祭に、朽木が楽しそうに話しかけが。
「ちょっと朽木さん、そういうのは後にしてください……あ、はい、ではこちらの商品のレンタルですね。ではこちらへ……」
そう告げつつレンタルのカウンター業務に戻る柳川。
そして朽木も渋い顔で、喫茶コーナーのカウンター内でコーヒーを落としているルーラーを見る。
「はっはっ。わしに頼んでも駄目だからな。行けるかどうかと問われると、いけるとはいえる。が連れていけるかと問われると、判らんとしか言えんからな」
「成程ねぇ……ああ、こういう時にマチュアさんがいてくれたら、きっと楽しそうに調査に向かっただろうなぁ」
「そのマチュアさんだって、急ぎ用事が出来たので自分の国に帰ったんだから、仕方があるまい」
マチュアが消えた事については、自分の世界に戻ったという事で説明は終えてある。
それでも突然の別れに、ここで楽しいひと時を過ごしていた朽木達は少し寂しい思いをしていた。
──ギイッ
「あ、ルーラーさん、ちょいとあっちいって薬草を取って来るので」
突然、事務室のドアが開いてマチュアが顔を出す。
そしてそう告げるや否や、扉を閉じて浮遊大陸へと向かっていった。
「……なあ、ルーラーさん。今のはマチュアさんだよな?」
「確か……帰ったんじゃよな?」
「ああ、帰ったというのは正解だな。そしてたまに遊びに来ているが、どうかしたのか?」
「それってつまり、我々も彼女の世界に遊びに行けるという事ではないか? 孫が最近になってはまっている小説があってだな、わしもいつか、そういう体験をしたいと思っていたのじゃよ」
マチュアの姿を見て嬉しくなったのか、朽木が冗舌になる。
だが、ルーラーはそんな朽木たちを『はいはい』と軽くあしらい、二人の前に入れたてのコーヒーを差し出す。
「朽木さん達がいけるかどうかは、マチュアさん次第だな。転移門を作って貰い移動する事は可能だと思うが、その座標設定と使用許可は彼女しか判らないからな」
「そうか……行きたかったな、異世界に……わしも、異世界にいって若い体を貰い、残り物のスキルを全て貰って冒険に行きたかったのじゃよ。そののときは飯田、おぬしはオタ枠じゃからな」
「朽木の話している意味が分からん。ああ、ルーラーさん、たまごサンドを一つ貰えるかな?」
「少々お待ちを……」
マチュアの姿が見えても、朽木達はいつもの日常を満喫している。
尚、この1時間後には浮遊大陸で栽培している霊薬の素材を回収し終えたマチュアもオールレントに戻って来て、のんびりとコーヒーを楽しんでいたのは言うまでもなく。
マチュアにとっての、心休まる場所が、また一つ増えたのであった。
──To be Continued
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






