マチュアの後継者と、大いなる意思と
深夜。
ふと、マチュアは目を覚ます。
いつもと同じような時間に、いつものように布団に入ったものの、何故かこの日は目が覚めてしまった。
いつもなら朝までグッスリと睡眠できるのにと、目を覚ましたマチュアはベッドから体を起こすと、窓辺に立ち夜空を見上げる。
「……んんん。成程なぁ」
月夜の空に、透き通った物体が浮かびあがっている。
それは、マチュアも初めて見るものであり、そしてよく知っている存在。
「こんな世界にも、浮遊大陸が存在しているのか。どれ、何処の誰の所有物なのか、ちょっと拝見させてもらおうかな」
――シュンッ
一瞬で白亜のローブに身を包むと、魔法の箒を空間収納から取り出し、窓から外に飛び出すと同時にひょいとまたがる。そして透明化の術式を唱えて姿を消すと、一気に高度を上げて浮遊大陸へと近寄っていった。
「結界で風も冷気も遮れているけれど、気分的には肌寒いんだよなぁ……と、ふむ、これはひょっとして……」
どんどん高度を上げていくマチュア。
やがて高度2万5000メートルに達したとき、空に浮かぶ透き通った島を発見。
そこに向かって警戒しつつ、ゆっくりと近寄っていくと、ふと、マチュアはこのタイプの浮遊大陸に見覚えがあった。
「島全体が時空結界に囚われていて、外部からの侵入者を遮断。全体的に損耗が激しく、樹々といった植生も確認できないということは、こいつはカルアド型浮遊大陸か。どれ、島の大きさは……と」
島から少し離れた場所を、ゆっくりと飛ぶ。
そしてぐるりと一周してから、深淵の書庫で島の大きさを計測すると。
「全長が大体28000メートルで、最大幅がおおよそ7700メートルと。こっちの世界の小豆島の少し太った感じか。それでいて人の手の入った気配がないという事は、こいつは死んだ小島で、なんらかの理由でここに流れて来た……と、ああ、あいつか」
キョロキョロと周囲を見渡すと、一か所、空間に亀裂が入っているのを発見した。
そこにゆっくりと近寄っていくと、亀裂の向こうがはっきりと見て取れる。
そこはマチュアも良く知っている次元潮流と隣接しており、現在は亀裂自体がとても不安定な状況になっている。
ちょっとした衝撃でも、この亀裂はどんどんと大きくなり、やがてはトンデモないものまでこの世界に流れ込んでくる可能性が出てきていた。
「はぁ。この亀裂の修復……って、ああそういうことか」
これでマチュアも理解した。
彼女がこの世界にやって来た理由。
それは、この世界が滅びの道へと舵を取り始めていたから。
おそらく、この亀裂はルーラー・バンキッシュでも修復不可能、さらに次元潮流の中には、他の世界から放逐された悪神や破壊神の残滓といったものが漂っている。
そのような存在が亀裂を発見し、侵入して来たとしたら。
いくらルーラーが稀代の大賢者といえど、神相手に戦っても勝ち目はない。
そう思って、マチュアは月を見上げる。
「……ああ、やっぱりか。それで始原の創造神は、私にこの世界を救えっていうんだよね?」
そう月に向かって問いかけるが、届いた意思はNO。
彼は、マチュアにこの世界を救えとは命じていない。
「へ? それってどういう……ああ、そういうことか」
マチュアの問い返しに、今度は彼も静かに頷く。
「この世界の事は、この世界の住人に……か。つまり、ルーラー・バンキッシュを導けばいいっていう事か。はぁ、大賢者を弟子に取るって、本当に面倒臭い事を押し付けてくるよね。それなら、私じゃなくてストームでもよかったんじゃない? あいつも最近は暇しているんじゃないの?」
笑いつつ月に問いかける。
だが、彼から届いた言葉に、マチュアは眉をひそめてしまう。
「え、マジ? あいつのとこって、そんなにやばいの? 私が出張ったほうが……って、あいつも出張中か、そういう事か。相変わらず創造神使いの荒い神様な事で」
笑いつつ呟くと、月がほんの少し赤く輝く。
もっともマチュアにしかその変化は見て取れなかった為、彼女も慌てて両手を振って宥めている。
「わかった、わかったから、わーかーりーまーしーたーよ、とっとルーラー・バンキッシュを導けっていうんでしょ? でも、あの爺さんもそろそろ寿命じゃないの……って、は? 不老? 爺になってから不老長寿の術式を完成させたって? はぁ、若返ればいいものを、何でまた……ああ、そういう事か。そんじゃあ、明日にでも話をしてみるよ」
最後は月に向かって手を振る。
そしてゆっくりと小島に近寄り、結界中和術式で内部に乗り込んで、朝までに小島の制御中枢を修復で再生すると、そのまま小島をその場所に固定。
幸いなことに物質を通過させる結界を張り巡らせてあったので、飛行機がぶつかってもすり抜けてしまう。
もっとも、この高度を飛行する航空機があればの話であるが。
そして朝方、マチュアはゆっくりと自宅へと戻ると、昼近くまで仮眠を行い、午後からは魔導レンタルショップ・オールレントへと向かう事にした。
〇 〇 〇 〇 〇
――オールレント・午後2時
やや寝過ごした感満載のマチュアは、身支度を整えてからオールレントへと赴く。
そしてまっすぐにカウンター席に向かうと、そこでノンビリと常連たちと話をしているルーラーに軽く手を上げて挨拶をかわす。
「よっ。ハムエッグとチーズトースト二つ。オレンジジュースとシーザーサラダもつけてくれるかな?」
「何じゃ、昼間っから随分と食べるのう。朝でも抜いてどこかに出掛けていたのか?」
「いやいや、忙しい魔導師は朝帰り……ってね。ルーラーさん、私の食事の用意が出来てから、こいつを読み取ってくれるかな?」
ひょいと右手の中に『記憶のオーブ』を作り上げると、それをカウンターの上にコトンと置く。
「まあ、今日の午後は予約もないから、別に構わんが……何だか嫌な予感がするのじゃが」
「いいからいいから、ルーラーさんにとって悪い話じゃない……いや、悪い話かも」
「そこはせめて、悪い話じゃないと告げて欲しかったがなぁ……ちょっと待っておれ」
そのままノンビリト食事の準備をするルーラー。
カウンターでは飯田と朽木が新聞を広げて野球談議に花を咲かせているし、店内では数名のお客が商品を手に取って色々と話をしている。
いつも通りの日常、それがここにはあった。
「ふぅ。やっぱり、日常って守りたいよねぇ……さて、私の日常はいつになったら平和になる事やら」
「ん? マチュアさんの日常は平和ではないのか?」
「わしらなんて、毎日が波乱万丈だからなぁ。もう年も年だから、いつ、寿命でぽっくりといくか分かったものじゃないし。朽木なんて、この年で世界旅行に出かけたいとか言い始めているからなぁ、それも、魔法の絨毯で」
「煩いわ。せっかくここで購入した魔法の絨毯、それを使って世界を旅したいというのは夢だろうが。いつぞやにルーラーさんと出掛けた程度じゃなく、みんなでのんびりと世界をめぐりたいという友情、おまえには理解出来んようだな」
そう言いつつ、コーヒーをズズズと飲む朽木。
そのまま暫くは朽木と飯田の二人と馬鹿話で華を咲かせていると、やがてマチュアの料理が完成。
「ほれ、これでどうじゃ」
「ああ、ありがとうさん。それじゃあ、頂きますか」
モグモグと食事を始めるマチュアを見て、ルーラーもようやくカウンターに置いてある記憶のオーブを手に取ると、それを魔力分解して脳内に転写する。
そして。
「……参った。これは予想以上に悪い話であり、そしてわしの運命を大きく変えてしまう出来事じゃなあ」
無表情で呟くルーラー。
彼が受け取った記憶のスフィアには、上空2万5000メートルに発生した空間収納の亀裂、その外に流れる次元潮流の話から始まり、上空に浮かぶ小島の事まで全てが網羅されていた。
そして、急いで空間を修復しなくては、この世界にも悪神がやってくるという事まで。
「ムグムグ……っでしょ? それで選択肢は二つ。このまま何もしない、もしくは私の弟子になって、私から森羅万象を受け継ぐ。さあ、ハウマッチ!!」
「そこはハウマッチじゃないと思うが……」
横から朽木のツッコミが来るが、ルーラーは腕を組んで考え込んでしまう。
彼にとっては、亀裂の発生と悪神の侵入も自然の摂理なれば、それを受け入れた上でどうするかと考えてしまう。
それに、この世界を守るのはこの世界の人々の使命であり、よそから来たルーラーがそこに手を出してよいのか……と考えたが。
「ふう。その修行とやらは難しいのか?」
「さあ? それはルーラーさん次第だと思うよ。私は毎日、あそこを監視しつつルーラーさんの修行っていうハードモードに一気に突入するだけだけど。要は、ルーラーさんのやる気次第っていう所かな? ほい、オレンジジュースのお代わりをくださいな」
「はいはい。それじゃあ、マチュアさんの食事が終わるまで考えさせてもらうとしようか……」
そう告げつつ、新しいグラスにオレンジジュースを注いで出してから、ルーラーも椅子に座って考え始めた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






