真章その15・人を呪わば……さあ、穴はいくつ必要だ‼︎
『異世界ライフの楽しみ方』のメインストーリーは完結しています。
NEXT STORYから始まる物語は全て後日談であり、毎週月曜日の更新です。
それは、最悪の出来事。
いつものように、清々しい朝の目覚めを満喫しつつ、侍女の運んでくるコーヒーで頭を覚醒させる。
このコーヒーとは、元々は南方のフーディニ伯爵領に自生していた植物の種子を乾燥し煎ったものを粉にしたもの。
薬として市販されているのだが、私はこれをポットで煮出し、濾して飲むのが好きである。
苦味と酸味が程よくマッチした飲み物であり、最近では、私の飲み方を市井の者達も真似し始めている。
全く、人気のある貴族は辛いものである。
目覚めた後の日課、それは溜まりに溜まった書類のチェックをしている部下の様子を見る。
まあ、疲れなど、この地の植物の種子から取り出した薬を使えば問題はない。
疲労がポン、と取れるという優れものであるが、常用性があるのが玉に瑕である。
まあ、この薬でも使えなくなったやつは、奴隷商に払い下げるから問題はない。
チェックの終わった書類の中から陳情書だけを抜き取り、暖炉にくべる。
貴族に陳情するなどという行為を、私が見逃すはずがなかろう。
当然、それを挙げてきた者の身元は調べ上げ、不敬罪で捕らえるように指示。
財産は没収し、家族は奴隷商に払い下げる。
首謀者は投獄して放置。
まあ、死んだら奴隷に片付けさせればいいだけだからな。
それにしても、ここ最近は冷害のせいか、作物の収穫が例年よりも少ない。
まあ、その程度で税を下げる事はしない。
何事も、創意工夫をする事で、乗り切れる筈だからな。
ここ最近は、街の者たちも従順で実に良い。
逆らうものは投獄、財産没収。
従うものには税を軽減。
当然ながら、軽減し過ぎると問題があるので、その都度、何故か現れる盗賊によって口減らしすることも忘れない。
また、定期的に不満を漏らす不穏分子が現れ、民を扇動し私に楯突くものたちが現れる。
そういう輩は一まとめに捕らえ、処刑。
うむ、今回も首謀者は逃げたか。
全く、毎度毎度、うまく逃げるものだ。
彼の手当を少し増やさなくてはならないな。
………
……
…
──ゴホゴホッ
いつものような清々しい朝ではない。
突然咽び始めたと思ったら、吐血。
「な、なんじゃこりゃァァァ‼︎」
慌ててベッドから起きようとするが、全身が黒く染まり始め、力も出ない。
これはまさか、あの呪いか‼︎
ええい、あの魔術師め、何をしていたんだ‼︎
「ゴホゴホッ……誰か、カノッサを呼べ!」
『は、はい、直ちに‼︎』
扉の向こうから声が聞こえた。
いつものコーヒーを持ってくる侍女だな。
まあ、今日はいい……ゴホゴホッ。
──ズルッ
何か目の前に落ちてきたと思ったら、これは、私の髪ではないか‼︎
この私の黒髪が、自慢の艶のある髪が‼︎
抜け始めてわかる、この私の長い友達が‼︎
『大変でございます‼︎ マカローニさま‼︎ 失礼します!』
──ガチャッ
慌てて扉を開いた執事。
そして室内に入ろうとした時、その朝が止まった。
彼の目の前には、今にも朽ち果てそうに細い体のマカローニの姿があった。
「ああ……マカローニさままで……」
「何じゃ、何があったのか言え‼︎」
「はっ。魔術師カノッサの元に向かいましたところ、今朝方、亡くなったと弟子の報告がありました」
「な、何じゃあ、それはどういう事だ‼︎」
「弟子の話では、恐らくは呪詛返しを受けたのではと」
呪詛返しだと‼︎
それはつまりあれか?
わしとカノッサ、二人で行った禁呪を跳ね返されたというのか?
あれは宰相殿から預かった魔導書に記されていた古代の魔術だぞ‼︎
あれでフーディニの家族を呪い弱らせ、颯爽と私が姿を現して治療することで、返しきれない恩を押し付ける予定だったのだぞ?
呪いで殺してしまっては、今度はこっちが呪われてしまうからな。
だから、他人事のように治療師に扮したカノッサを連れて顔を出す予定だったのだぞ?
──ゴボゴボッ
「い、いかん……誰でも良い、腕のいい魔術師を呼んで来い‼︎」
「治療師ではなくてですか?」
「馬鹿者‼︎ これは、この症状は呪いだ……おのれフーディニめ、この私を呪うとは無礼千万に程があるわ‼︎」
これで、私を呪ったのはフーディニという事になる。
後は部下に命じて、王都の宰相殿に連絡を入れさせなくては。
私に降りかかった呪いを解く方法など、カノッサが亡くなってしまった時点で、もう存在しないのかもしれないからな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──コンコン
マカローニ伯爵が呪いで倒れてから7日後。
「どなたかな?」
マカローニ伯爵邸を訪れた、魔法使いが一人。
「始めまして、魔術師のマチュアと申します。マカローニ伯爵が呪いで倒れたと聞きました。ひょっとしたら、私の知る呪いかもしれないという事で、お力になれるかと馳せ参じた次第でございます」
「俺は、彼女の護衛のストームだ」
「こ、これは、少々お待ちください」
執事が慌てて屋敷の奥に向かうので、マチュアとストームは肩をすくめてしまう。
「なぁ、私が来る必要あったか?」
「いや、それは是非とも。俺の呪詛返し、かなりやばいぐらいに増幅されたらしくてよ、俺でも解除不可能なんだわ」
「そりゃまた、とんでもないな……あんたのところのフーディニ伯爵っていったか? その人の話を聞いた限りだと、このまま死んでもらっていいと思うんだが?」
「それじゃあ、呪い殺したのはフーディニ伯爵っていう悪評が残るからなぁ。ここは穏便に、呪いの強度を下げてくれるか?」
ストームがマチュアに依頼したのは、呪いの強度低下と術式効果の変更。
このままだと黒死病という呪い風邪で死んでしまうので、それを収めなくてはならない。
──ドタドタダダダダダスッテ〜ン‼︎
あ、執事、脚がもつれて倒れたか。
「お願いします。どうぞこちらへ、マカローニ様がお待ちです」
「それでは失礼します」
真っ直ぐに執事に連れられて、マカローニ伯爵の寝室へ。
しっかし、なんだろうなぁ、この贅沢の極み。
屋敷内どこもかしこも、キンキンキラキラ調度品。
ギンギラギンにするんなら、さりげなくってお約束なんだよ?
そんな事を考えつつも、マカローニ伯爵の寝室に到着。
「ゴホッ……貴様がわしの呪いを破るというのか?」
「さぁ? 全ては試さなくてはなりませんので、出来るという保証はありません」
「報酬ならいくらでもくれてやる。だから必ず治せ、いいな‼︎」
「まずは見てみます……深淵の書庫起動‼︎」
──ブゥン
すぐさま深淵の書庫を起動し、マカローニ伯爵の呪いの強度を計算。
うん、神をも殺す脅威のレベルマックス。
それで生きているのが不思議……ってあれ?
ちょいと念話モード。
『……なあストームさんや、このマカローニさん、死んでるな?』
『マジか?』
『種族がカースド・リビングデッドになっているし、自我崩壊までのタイムカウントも始まっているし、こいつの体内に、放出型の『呪いの種子』が生まれているんだが』
つまり、マカローニ伯爵は呪いに負けて生前の姿のアンデッドに成り果ててしまっていた。
しかも、間も無く自我が崩壊して、生きとし生けるもの全てを呪う存在になる。
そうなると、奴の体内の呪いの種子が発芽して大地に根付き、この土地が呪われるって寸法だよ。
『あ〜。対処方法は?』
『まだマカローニ伯爵の魂は、呪いの効果で肉体に残っているんだよ。だから、簡易型レイズデッドで蘇生可能。でも呪いは残っているから、またいつか死ぬ』
『燃やすか』
『そうだな。魂まで燃やし尽くすのが安全策だよな。でも、そうするとフーディニ伯爵がマカローニ伯爵を呪い殺したっていう話は拡散するから』
これは難しい。
「ど、どうしたゴホゴホッ…。早く楽にしてくれ」
「まあお待ちを……少し難しい呪詛ですね。貴方と……呪詛師のカノッサが作り出した呪詛が、そのまま返ってきたようで」
あっさりと告げてやると、マカローニが私達を睨みつける。
「そ、そんなことはない‼︎」
「いや、私、呪詛の術式から見えますから……古代ボンナバンナ王国の宮廷魔導士ゲラワロタが作り出した禁呪、それが収められた魔導書に載っている術式ですよね?」
それぐらいは簡単に読み取れるよ。
伊達に魔導神の二つ名も持ってないからね。
「ど、どうしてそれを‼︎」
「ですから、読み込めるのですって……」
──ニヤリ
思わず笑ってしまうが、ここからは私の仕事。
「呪詛を完全に取り除けるとは思いませんが、軽減出来るとは思います」
「そ、それでも構わん」
「ですが、そうなるとですね……新たに軽減した呪いの効果は、人の持つ大罪に大きく作用する事になるのですよ」
ここからは、淡々と説明。
「つまり、どうなる?」
「まず、死ぬ事はなくなりますが、貴方自身が本能の赴くままに罪を重ねたり、欲深な行動を重ねると、呪いはまた再発します」
──シュゥゥゥゥ
そう説明しつつ、まずは魂の定着を開始。
ゆっくりと魂を肉体に結びつけると、アンデッド化した肉体の再生処理を始める。
「痛っっっ、も、もっと優しくできないのか‼︎」
「この痛みも、貴方の業とお考えください」
淡々と説明ね、淡々と。
そうして体の細胞の活性化を終えると、いよいよ呪いの塊、呪詛の分解。
呪いとは、『怨念や思念の強さ』が呪詛自体の強度を示しているっていう人もいるんだけどさ、それは正解。
今回のケースだと、呪詛の発動者及び怨念の発信者の内、怨念の方であるマカローニ伯爵が生きているので、実はそんなに強くなる筈がない。
問題なのは、それを無理やりひっ剥がして返したストーム。
元々、呪詛返しは『三倍返し』っていう程危険なんだよ。
一つ一つの呪詛を分解、そして大罪反応型に作り替える。
今までどんな生活をしていたのかなんて知らないけれど、少なくとも犯罪行為を行なった時には、全身に激痛が走って黒い呪詛が身体中に現れるように調整。
たとえ本人が犯罪じゃないと考えようが、倫理回路は私が基準だ。
質素に、謙虚に生きないと、すぐに反応するから覚悟しろよ。
………
……
…
──六時間後
全て完了。
これでまあ、私の仕事はおしまい。
妻や娘さんが殺されそうになったフーディニ伯爵の事なんて私は知らないけど、少なくともこいつには、これからの人生を賭けて償ってもらう事になる。
「これで完了です」
「そうか、もう、私の体を呪詛が苦しめる事はないのだな……この女と護衛を殺せ‼︎ 私の秘密をぐぁぁぁぁぉ‼︎」
突然、マカローニ伯爵の全身にムカデのような黒い痣が浮かび上がる。
それは全身を這いずり回り、神経をガチガチと噛み砕こうとしている。
「ほら、今のでお分かりですか? 私は全ての呪詛を剥がせたわけではありませんよ。今のように、おのれの私利私欲に走ったりしたら、すぐに呪詛は伯爵の体を蝕みますので」
「くっ……早く、早く治めろ‼︎」
「いや、それも無理。貴方が心から反省して謝罪しない限りは。という事ですので、これで失礼します」
「じゃあな」
軽く手を振ってから、私とストームはマカローニ伯爵邸を後にする。
「これで終わりかい? ついでに仕入れをして帰りたいんだけどさ」
「そうだなぁ。まあ、マカローニ伯爵がマチュアを探すだろうけれど、本国に帰ったとでも伝えておくから安心しろ」
「よろしく‼︎」
これで私の仕事はおしまい。
この後、こっちの大陸がどうなるかなんて知らんわ。
マカローニ伯爵には、これで隠居当然の生活を送ってもらう事にしよう。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






