真章その11・節度? 何それ美味しいの?
『異世界ライフの楽しみ方』のメインストーリーは完結しています。
NEXT STORYから始まる物語は全て後日談であり、毎週月曜日の更新です。
マチュアとストームがこの世界にやって来て半年。
この間に、ユーティラス帝国は少しずつ変貌を始めている。
戦神グラディアスの神託により、ラベル制度が廃止。
人は皆、平等に生きるべきであるという声が、グラディアス教の聖職者や信者の元に届いた。
これに反発したのは、今まで散々甘い汁を吸っていた貴族達。
王城に赴き、国王に対して『グラディアス教は悪神である』などと唱え始める。
これに対して王城にて勤めていた神官達が猛反発、貴族と教会の間に深い溝が抉りつけられたのである。
そして国王はというと、グラディアス支持派であるため、貴族の言葉になど殆ど耳を貸さない。
結果、何が起こるかというと、当然のことながら暗殺、クーデターの雨霰。
それすらも、国王は意に介すことなく反発し粛清。
神の威光を受けているだけでなく、教会から時折派遣される女性神官の助力もあり、クーデターは未然に防がれ、暗殺されても蘇生するというとんでもない結果に終わった。
………
……
…
「……わし、また暗殺されたのか?」
王城の最上階。
国王ヨロレヒー三世の寝室では、血まみれのベッドの上でゆっくりと身体を起こす国王の姿があった。
「まあ、そんなところですな。ですがご安心ください。国王が身につけている『魂の器』がある限り、国王は何度でも甦ります」
王城付き神官のゴルドバ・ゲバトルが困り果てた顔でヨロレヒーに告げる。
散々、暗殺には気を付けろと言っていたにも拘わらず、これで何度目の死亡かと文句を言いたくなってしまう。
因みにだが、『魂の器』は蘇生アイテムではない。
死亡を『仮死』レベルに留め、見た者にはあたかも死んでいると思わせる効果がある。
更にいかなる毒も中和し、致命傷も時間の経過により再生するという効果がある為、『死んでも生き返る』と思われているだけである。
今までは運良く『背後から心臓を一突き』であったり、『頭にクロスボウが貫通』した程度なので、時間で再生した。
まあ、即死なのだが即死判定を仮死判定に覆すというとんでもない効果があるので、幾度となく蘇るといわれている。
こんなとんでもない魔導具を作れる人は一人だけなのだが、その一人はのんびりとレティシア領で商人をしているので、足が付く事はなかった。
「ふぅ。それじゃあ、カラヤシター伯爵を捕縛せよ。爵位剥奪の後、ええっと」
ガサゴソと机の上のメモを取り出す。
「打首獄門縛り首だ」
「どれですか‼︎」
「国王暗殺未遂で市中引き回しの上、打首で」
「まあ、それが妥当でしょうな。宰相殿にもそう伝えておきます」
「うむ。わしは暗殺されそうになったが、戦神グラディアスの加護により復活した、そういう事で」
それが戦神グラディアスのお膳立て。
何があっても、国王には戦神グラディアスの加護がある。
グラディアスを信じる限り、平和は約束される。
これがゆっくりと浸透し、反発する貴族達にとっては厄介な種でしかなかった。
「では、お元気な姿を謁見室でお見せください。国王が暗殺されたと聞いて、城内には次期国王が誰になるのかと、貴族達が話を始めていますから」
ここまでがいつものテンプレート。
そして元気な国王が姿を現し、その場で暗殺未遂を起こした貴族を糾弾、捕らえる。
もう幾度となく繰り返されているにも拘わらず、貴族達は諦める様子はない。
それどころか、今度こそは、次こそはと躍起になっている貴族達と、そろそろ諦めた方がいいんじゃないかという貴族達による衝突すら始まっている。
「そうじゃな。では、参るとしよう」
威厳を纏わらせつつ立ち上がると、ヨロレヒー三世は部屋を出る。
この後起こるであろう貴族達の狼狽ぶりを楽しむために。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──プルルルル
こちらはレティシア領カナン魔導商会。
事務室の机の上にある水晶玉が、鳴り響いている。
「ガチャッ」
事務員の女性が受信コマンドを告げると、水晶玉はもう一つの端末水晶球と接続する。
『カナン魔導商会ですか? こちらは王都商人ギルドです。定期出荷の日ですので、ゲートの開放をお願いします』
「了解です。それでは開けますのでお待ちください」
事務員がそう伝えると、机の横の伝声管に向かって叫ぶ。
「これからゲートを接続します。王都商人ギルドの方が仕入れと納品にいらっしゃいますので、担当部署の方は準備をお願いします」
伝声管の声は倉庫にいる作業員の元に届く。
そして倉庫前にゲートが現れると、商人ギルドの担当官を含めた人足たちが、カナン魔導商会へとやって来る。
「いつもご贔屓に、ありがとうございます」
「いえいえ、無茶なことをお願いしているのは私達ギルドですから。こちらが今回の納品依頼書です」
「では、確認しますのでお待ちください」
商人ギルドとカナン魔導商会の取引は、しっかりとマチュアによってシステム化している。
必要な魔導具を作成し、連絡を受けた場合に速やかにゲートが開くようにも設定されている。
まあ、ゲートが開く度に、何としても入ろうとする商人や、ゲートの向こうで何か叫んでいる貴族の姿が見えてはいるのだが、そもそも登録されたもの以外は入る事が出来ないので安全である。
「はい、確認しました。それではすぐにご用意します。それと、今回のこちらへの納品はこちらでお願いします」
「確認して、すぐに用意させますので」
お互いに慣れたものである。
大体五日に一度は開いているので、このやり取りも幾度となく行われている。
物流がスムーズになったので、レティシア領は目まぐるしい発展を遂げている。
問題があるとすれば、それは領内施設が充実していくのに対して、それを使う領民が圧倒的に少ないこと。
ラベルを貼られて無理やりこの地に送られてきた経緯を持つ『レティシア領民』と、後はマチュアにお願いしてこの地に引っ越してきた『領民の家族』のみが、レティシア領に住んでいる。
それでも領民としては200人もいない。
ちょっと大きな町程度の規模なのだが、いずれは血が濃くなり過ぎる恐れもある。
まあ、この辺りはマチュアがのんびりと考えているので、そのうち解決するのであろうと領民たちも長閑なものである。
「あれ、そういえばマチュアさんは、今日はいらっしゃらないのですか?」
「いえ、魔導工房でまた何か作ってますよ?」
「ん? 呼んだかな?」
事務員とギルド員の話の最中、マチュアはのんびりと馬車に乗ってやってくる。
ゴーレムホースに引かれた『キャンピング馬車』。
普通の馬車の大きさだが、中は大きな一軒家程度の広さがある。
電気、ガス、水道完備、魔導冷蔵庫や魔導式上下水道もあるので、その気になればここに住み着くことも可能。
「はぁ、相変わらずおかしなものを作ってますね。これはなんですか?」
「見ていいよ。これは市販する予定だからさ」
「はぁ、普通の馬車のような……」
後ろの扉を開いて中を見る。
そのまま中に入っていく。
五分待つ。
「こ、これはいくらで売るのですか‼︎ 商人ギルドとしては10台は押さえたいところですが‼︎」
驚いて飛び出してくる。
ここまで鉄板。
「ん? なんぼがいいかなぁ。材料費は金貨百五十枚程度だからなぁ」
「それはあり得ません。この馬車の性能を考えたなら、金貨一万枚でも安いかと思います」
「でもさ、原材料は全てレティシア領の素材なんだよ? あまり高くする必要はないと思わない?」
「それでも、です。あなたはもっと価値を学んでください」
そう説教されてしまうが、まあ、マチュアとしては暇つぶし程度に作ったものであり、自分の空間収納の中の材料には手を付けていない。
どこまでこの世界の素材と技術でできるかというテストだっただけなので、売るという事については前向きでないというのが正解である。
「まあ、同じものがもう一つあるから、一つ持っていって相場を調べてくれる? 使ってくれれば宣伝にもなるからさ」
──ニュゥン
空間収納からもう一台のゴーレムホースと馬車を取り出すと、オーナー権限を『商人ギルド職員』にセット。
「え? それって無料とか?」
「無料で貸し出すから、使ってみて色々と教えてくれればいいよ」
「ありがとうございます‼︎」
さっそく荷物をこの馬車に積み直し、今日の取引はおしまい。
お互いにウィンウィンの取引だったと満足するマチュアと、またやらかしたかと頭を抱える事務員たち。
カナン魔導商会とレティシア領は、今日も平和であった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──一方、海の向こうの大陸では。
ストームが海を越えて、異世界の神が治める大陸へとやって来たのはつい最近。
荒れ狂う海と暴風の壁。
まるで他の大陸からの人の流入を許さないとでもいう感じの、大陸手前の結界。
それらを難なくクリアするとバレるので、どうにかその隙間を探し出し、こっそりと大陸までたどり着いたのはいいのだが、ようやくやってきた港町は、寂れまくって人の気配があまりない。
「いや、これは中々寂しい町だわ」
波止場まで向かうと、ちょうど漁から戻ってきた船がいくつもあり、魚の入ったカゴを次々と下ろしている最中である。
「よう。旅の冒険者なんだが、このあたりで宿屋を探しているんだが」
とりあえず情報を得るためにと、船に近寄るストームだが。どうもこちらを胡散臭そうな目で見ている。
そして気さくに話しかけると、船乗りたちもホッとした顔をしていので、ストームも話を続ける事にした。
「旅の冒険者とはまた、珍しいですな」
「冒険者の登録証はありますかな?」
「ほら、これでいいのか?」
懐から出した冒険者ギルドカード。
向こうの大陸なものなのだが、どうやら通用するらしい。
「へぇ、あの荒波を越えて来たとは驚きだよ」
「いや、乗っていた船が嵐に巻き込まれてな。気が付くとここから離れた場所に流されていたんだ」
「道理で。それじゃあ、この辺りの話とかは知らないんだろうなぁ」
「この辺り? 何かあるのか?」
どうやら深い話になりそうだと思い、取り敢えずは荷下ろしを手伝おうとするのだが。
──ガラガラガラガラ
街の入り口方面から、数台の馬車がやってくる。
見た感じにも、あまり行儀が良いとは言い難い男たちが乗っており、船の近くまでやってくると馬車を止めた。
「よう、今週の生活税をもらいに来たぜ」
「ほう、今日は随分と大量だなぁ。全部貰っていくぞ」
「おいヤロウども、魚を全て積み込め‼︎」
一番偉そうな奴がそう叫ぶと、別の馬車からいかにもそれっぽいチンピラたちが姿を現す。
「お、お待ちください。今週分は、先日お渡ししたじゃないですか」
「もう腐っちまったんだよ‼︎ だからあれは受け取りに入らないんだわ」
「俺たちは、新鮮な魚しか食べられなくてな。ごちゃごちゃ言っていると、街がどうなってもしらねぇよ」
そんなやりとりをしているのだが、ストームにはいまいち事情が分からない。
さてどうしたものかと思った時、そのチンピラの頭領らしき奴がストームに目をつけた。
「おい、そこのお前、一体何者だ?」
「ん? 旅の冒険者だが?」
「この街に入るには、税金がいるんだよ。支払ってもらおうか?」
まあ、所変われば品変わる。
そういうものかと理解したのだが。
「まあ、それは当然だが、いくら払えばいいんだ?」
「あんたの荷物全てか、それともあんたの命か。どっちかだ‼︎」
「あ〜。まあ、さっきからのやり取りをずっと見ていたんだがさ、ようやく確信したわ。お前たち、ただの盗賊集団か」
「違うな。ただの盗賊集団じゃないぜ。この辺りの街を取り仕切っているカワナガレー・ファミリーだ」
………
……
…
ふむふむ。
つまりは、チンピラと。
「旅の冒険者なので、この辺りの事情に詳しくはないんだが。この辺りを取り仕切っている貴族はいないのか?」
「そんなものはいねーよ。俺たちのファミリーが乗っ取ったのさ。こんな辺境だ、王国もすぐに軍隊を出す事もないし、出すだけで余計な金が掛かるからって殆ど放置されているんだよ」
「だから、俺たちのファミリーが、この辺りをまとめて取り仕切っているって訳さ」
「分かったら、とっとと有り金と命を差し出しな」
──チン
溜息一つ、抜刀一回。
予想外に、荒れているんだなぁ。
まあ、神の加護が全くない土地だから、例の辿り着いた神とやらが好き勝手やっているんだろうか。
「ん、何をした?」
「まあ、お前たちの装備を全て破壊しただけだ。動くと、モロ出ししてお前たちの負けだな」
「何だと貴様ああっ」
──ドバッ
防具破壊・無限刃。
こんな男たち相手に使ったところで、野郎のストリップを楽しむ趣味はない。
動いた瞬間に、盗賊たちは真っ裸‼︎
「うおぁ、テメェ、ぶっ殺す」
──シュン
一瞬でチンピラ代表に間合いを詰めると、その首元にロングソードを突きつける。
「まあ、死ぬのはお前だな。このまま何もしないで逃げ帰るなら、命だけは助けてやる。後、俺は魚料理が大好きでな、晩酌には刺身と酒って相場が決まっているんだ」
「な、何が言いたい‼︎」
「今日から、この港町は俺のものだ、帰ってボスに告げるんだな」
そう告げてから、男の胸元をドン、と突き飛ばす。
そして男が立ち上がるタイミングで喉元に剣を突き立てて、神威・覇気を発動。
──ギン‼︎
全力で睨みつけると、真っ青な顔で口だけをパクパクと動かす。
「明日以降、ここに来るなら税金を取る。持ち物全てか、命のどちらかだ。そら、今日はサービスしてやるから、とっとと帰れ!」
「お、覚えていやがれ‼︎」
最後は吐き捨てるかのように叫んで逃げ帰る。
それを見ながらチンピラが街から出ていくのを確認すると、漁師たちに向き直る。
「済まないが、細かい事情を聞かせて欲しい。俺でよければ、力になる」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、御礼はそれぐらいにして、早く魚を運んでしまってくれよ。俺は、鮮度のいい魚が食べたくてね」
そう告げると、皆笑顔で仕事に戻る。
さて、いきなり巻き込まれたような気がするし、やっちまった気もするが、まあ良いか。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






