真章その10・さて、動いたぞ
『異世界ライフの楽しみ方』のメインストーリーは完結しています。
NEXT STORYから始まる物語は全て後日談であり、毎週月曜日の更新です。
レスティア領・カナン魔導商会。
半ば拉致という感じでマチュアに案内されて来たアレクセイは、倉庫の中にずらりと並んでいる宝の山に、絶句してしまう。
王都近郊では入手困難な素材はおろか、この国では手に入らないものまで、大量に並んでいる。
アレクセイは知らないのは当然だが、それらの素材は先程持ち込まれたばかりであり、マチュアが留守だったので、一時的に保管されているだけである。
「あら、店長おかえりなさい。トムソンさんとビッツァーノさんが、チェスターラビットを捕まえて来ましたよ?」
「へぇ、よく捕まえたものだね。何処から?」
「南のダンジョンの近くだそうです。群れがいたそうですから、年老いたやつを間引いたそうです」
「どれ、そんじゃ、急ぎ解体しますか。アレクセイさん、買い取ってもらえそうなものある?」
いつもの調子でアレクセイに問いかけるマチュアだが、アレクセイは倉庫をじっくりと見たいのか、振り返って一言。
「少し見せて欲しい。ここは宝の山じゃないか?」
「さぁ? 普通にこのあたりで取れる、当たり前の素材だよ。マーサ、アレクセイさんに店を案内してくれるかい?」
「了解です、それではこちらへどうぞ」
そのままアレクセイは、マーサに言われるがままに倉庫を出て、店舗に向かう。
そこでまた、アレクセイは口をアングリと開いて呆然としてしまった。
何処を見ても、最高の素材。
それどころか、マチュアが作り出した魔法薬まで並べられている。
中にはミスリル製の剣やナイフといったものまで並んでいる為、アレクセイの中の価値観が、一瞬で崩壊し掛かっていた。
「こ、ここの商品は一体何なんですか? 王都に持って来てくれれば、いくらでも買取先がありますよ? 何故、ここで売っているのですか?」
「いや、王都に持って行く事が出来ませんから」
「場所を教えてください。王都の本店から商隊をここに送ります」
熱く語るアレクセイだが、それでもマーサは納得していない。
寧ろ、それが不可能な事を知っているのだから、同情の目をしてしまいそうになる。
「ここは、誰も来る事が出来ない場所です」
「誰も来る事が出来ない? そんな場所があるとは思えないのですが」
「それが、本当に不可能なのです……ここは、皆さんの言う所の『流刑地』ですから」
そうマーサが説明すると、アレクセイは頭を傾ける。
「え? 流刑地? それって、ラベルを貼られた人が送り出される場所では?」
「ええ。ここは流刑地ですよ。私達はラベルを張られた人々の末裔だったり、当人です……」
「ち、ちょっと待ってください。もしもあなたの言うことが真実ならば、ここは、あの火山の火口なのですか?」
大慌てで店舗から飛び出し、ぐるりと周りを見渡すアレクセイ。
確かに、何処を見ても高い山のようなものしか見えない。
「ほ、本当に、霊峰の中なのですか……こんな所に村があるだなんて」
「あ、村ではないですね。私達はレスティア領と呼んでいます。マチュアさんが興してくれた領地ですよ、王国に属していないのですけどね」
「王国に……そうですよね。ここは、選ばれなかった者達の村ですから」
「そういう事です。長年、冒険者や人が入らなかったお陰で、良質な資源や資材が大量にありますよ」
マーサが告げると、アレクセイは店舗の中に戻ってくる。
ちょうどマチュアも解体が終わったようで、店舗に戻ってくる。
「よう。アレクセイさん、何か必要なものはありましたか?」
「マチュアさん……全部頂きたい‼︎ これは、ここの資源は確実に儲け話に繋がります‼︎」
「まいど。って言いたいけど、まだ領内の整備が終わっていないから、売れるとしても、良くて半分だね。ついでに、支払いは物納でお願いしたい所もあるから」
そこからは商人同士の戦い。
大学ノートを取り出して、アレクセイの欲しいものを一つ一つチェックする。
そして値段交渉を行った後、マチュアとアレクセイががっちりと握手。
「倉庫の中身が半分も無くなるのは、想定外だったけどさ。まあ、そんじゃ、運び出しますか」
「運び出すと言いましても、そもそもここにはどうやって来たのですか?」
「転移だけど?」
あっけらかんと呟くマチュア。
「て、転移? ロストマジックじゃないですか。教会でも、ラベル持ちを流刑地に送るために使用していますが、それをあっさりと教えてしまっていいのですか」
「ここはもう流刑地じゃないし。王都から人を送りたくても、ここに設置されている術式は改造したから、もう送り込まれなくなったからね」
「それでは、どうやって運び出すと?」
「それは、こう言うことだよ……」
──パチン
倉庫の前まで移動して、マチュアは指を軽く鳴らす。
──キィィィィィン
すると、倉庫前に巨大な門が発生した。
「こ、こんな出鱈目な」
「出鱈目、大いにけっこう。受諾せよ」
マチュアが門に向かって術式を発動する。
すると、門の向こうに商人ギルドの倉庫が映り出した。
カナン魔導商会と商人ギルドを、転移門によって接続。
これで荷物のやりとりが簡単になる。
いきなり目の前に巨大な門が出来上がったため、商人ギルドの職員たちが、恐る恐る門の中を確認している。
「マーキス、荷運びをするから人を集めて来い‼︎」
その職員に向かってアレクセイが叫ぶと、職員達は事情はわからないものの、ギルドマスターが門の向こうにいたと言う事で安心し、すぐさま手隙の職員を呼んで来た。
………
……
…
──ガヤガヤガヤガヤ
商人ギルドの職員達が、次々とゲートを潜って荷物を運び出している。
その陣頭指揮を取っているのがアレクセイであり、中には儲け話の匂いを嗅ぎつけて、ゲートに入ろうとする商人もいるのだが。
──ドン
何故か、ゲートの中には入れない。
荷物を運び出す際、マチュアは通行証を発行した。
これを所持しないものはゲートを通る事が出来ないため、商人達は指を咥えてカナン魔導商会の倉庫を見る事しか出来ない。
「ギルドマスター、これはどういう事ですか‼︎」
「この魔法技術はなんですか? これが広まったら、流通革命が起こるじゃないですか‼︎」
「あの倉庫の中身は売ってもらえるのですか? そもそも、この門の向こうは何なのですか?」
次々と詰め寄る商人達だが、アレクセイは一言だけ。
「ギルドの秘密事項だ。悪いが、今の質問には何も答えられない……いや、うちが買い取った商品については、もうすぐリストが出来ると思うからな。交渉その他は中でやってくれるか?」
「な、何だって‼︎」
大慌てで商人ギルド内のカウンターへ走り出す商人たち。
すると、その光景を見ていた若者が、のんびりと門に近寄り……。
──スッ
門の中に入っていく。
「およ? 誰かと思ったらストームかよ。そっちの方はどんな感じだ?」
「何で転移門がと思ったが、やっぱりマチュアか。在庫一掃か」
「まあね。予想よりも領民がいい仕事するんだわ」
「ふぅん……」
近くにあったロングソードを手にして、ストームは鑑定を始める。
「まだ甘いんだがなぁ……まあ、俺が売るわけじゃないし、商品としても一級品だから、いいか」
「そこは妥協しろ‼︎ この短期間でそこまでの腕に上がったんだからな」
「チェスト工房に欲しいところだな。鍛えたら、アダマンタイトぐらいは扱えるようになる」
「それなら鍛冶屋に行って指導して来てくれや」
「まあ、こっちは一段落したからなぁ、別に構わんよ」
そんな立ち話をしてから、ストームは鍛冶屋まで向かう。
そして、その会話を聞いていたアレクセイは、ちょうど納品されたロングソードを手にして、思わず唸り声をあげてしまう。
「こ、これが妥協品? あの、マチュアさん。さっきの方は?」
「世界最強の鍛治師。オリハルコンの加工ができるおっさん」
『誰がおっさんだ〜だ〜だ〜だ〜』
遠くからストームの叫びが、こだまする。
「お、オリハルコンですと? そのような伝説の金属が存在するとでも?」
──シュンッ
空間収納からマチュアが、オリハルコンのインゴットを取り出して提示する。
ゴーレムに使う素材なので、多少は多めにストックしているのである。
「これ、オリハルコンだけど?」
「バカな‼︎ 一体どこで入手したというのですか?」
「まあ……色々とあるんだよ」
その場に商人達がいなくてよかったと、アレクセイはホッとする。
そしてマチュアがオリハルコンを受け取って仕舞うと、再び納品作業を再開した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
夕方。
全ての納品が終わり、マチュアは転移門を閉じる。
──シュンッ
そして商人ギルド外にある倉庫に入っていくと、今度はマチュアが発注したものを受け取る。
この町でしか入手できない、地元の調味料や食材、衣服や食器など。
レスティア領内で流通させるために、マチュアが大量に仕入れたのである。
これをカナン魔導商会で販売する事で、領内にも物流がしっかりと発生するのである。
「マチュアさん、今回の取引、誠にありがとうございます」
最後の荷物を空間収納に収めた時、アレクセイがマチュアの元にやって来た。
「いやいや、こっちこそ助かりましたよ。これで暫くは、こっちで買い物をする必要がないからね。まあ、また何かあったら来るからさ」
「それですよ‼︎ 何かこう、うちとレスティア領を自由に行き来する方法はないのですか?」
「う〜ん。ないなぁ……だって、うちの所は流刑地だよ? 勝手に出入りしていい場所じゃないでしょ?」
あっさりと言い切る。
アレクセイとしても、今後も定期的に良質な素材を納めて欲しい所であるが、今回の調子だと、マチュアが思いついた時にしか納品してもらえない可能性がある。
いや、それしかないだろうと理解したので、何としても連絡手段その他を手に入れたい所である。
「そ。それはそうなのですが……」
「うちはもう、この王国から独立したと思っているからさ。古代の転移術式でも、うちに来る事は出来ない。という事なので、まあ、また顔を出すからさ、そんじゃ」
──シュンッ
それだけを告げると、マチュアはレスティア領に転移した。
そしてギルド内からは、交渉の為に集まった商人達が、話し合いはまだかと首を長くして待っていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
レスティア領、酒場。
ここもマチュアが建てた場所である。
そこのカウンター内で、バーテンダーの姿をしたマチュアが、カウンターに座っているストームと話をしている。
お互いに何があったかを説明し、今後の対策について協議している。
「レスティア領については、マチュアの好きにしたらいいさ。このまま独立採算が可能なのか、どうするか」
「そのためにも、王都から正式に独立したい所だよ。ツテはない?」
「その気になれば可能だ。さっきも話した通り、後数日中には神託が国王に降りる。そこに組み込んでしまうというのもあるが、それは違うよなぁ」
ここまで話を進めたので、ストームとしては今後は勇者の資質を持つ者が現れるのを待つしかない。
そこはこの国の教会の仕事であるが、ストームもたまに教会に顔を出す必要がある。
また、マチュアもここの資源が一週間程で溢れ出すのを知っているから、商人ギルドに顔を出さないとならない。
「まぁね。そっちの勇者が姿を現すまでは、ストームとしも動きづらくなったか」
「こっちは王国からの独立待ちかよ。全く、二人して手詰まりとはなぁ」
「まあ、ここまでとんとん拍子で話が進んだんだ、少し様子でも見るしかないな」
話し合いの結果、ここから先はあまり介入するのではなく、現状維持で様子を見る事にしようという結論に達した。
「しかし……勇者って、現れるのかなぁ?」
「知らん。まあ、近い内に隣の大陸を見て来るわ。その間は、こっちの国の事は任せていいか?」
「教会に降臨してやるわ‼︎」
「よろしく頼む。出掛ける前には、教会の責任者には話を通しておくから」
この話し合いから一ヶ月後。
ストームは、隣の大陸へと旅立った。
マチュアはというと、いつも通りにのんびりとしつつも、ストームの代行として、この国に留まる事にした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






