真章その8・動く者たち
『異世界ライフの楽しみ方』のメインストーリーは完結しています。
NEXT STORYから始まる物語は全て後日談であり、毎週月曜日の更新です。
さて。
王都にやって来たマチュアは、まずは商人ギルドへと向かう。
レスティア領内で入手した大量の資源や素材を売り捌き、逆に領内で不足しているものを調達する。
冒険者ギルドに登録して売り飛ばせば早いかも知れないのだが、そっちはストームが手を回していると予測したので、マチュアは自分のテリトリーで勝負を仕掛ける事にした。
通りを歩き、教えてもらった場所にたどり着くと、巨大な建物に到着する。
赤い煉瓦造りの三階建て、開け放たれた両開き扉の左右には、警備員らしき騎士の姿も見える。
「へぇ、赤煉瓦とはまた、随分と懐かしいなあ」
真っ直ぐに入口に向かい、警備員に軽く頭を下げてから入って行く。
マチュアの姿を見ても、警備員達は声を掛けるどころか止めもしない。
これは予想外だったが、暴漢や犯罪者を止める為の者なのだろうと考えて、奥にあるカウンターへと向かう。
「商人ギルドに登録したいんだけど」
「新規登録ですね? 市民証はお持ちですか?」
「いや、外国の商人でね。私の故郷の商人ギルドカードならあるんだけどさ、こっちじゃ使えそうにないから」
──バチッ
説明しながら、マチュアは懐に手を入れて、空間収納から『カリス・マレス世界』の商人ギルドパスを取り出して提出する。
嘘は言っていないから、全く問題はない。
「成程、これは見た事もない材質ですね。鋼ですか?」
「いや、どこにでもあるミスリルだよ?」
「へ?」
マチュアにとっては、どこにでもある素材。
だが、それが異世界で通用するかというと、とんでもない。
「あの、ミスリルって、希少金属ですよね?」
「あ〜魔法金属って、出回っていないのか。そいつは失礼、まあ、そういう事だからさ、新規登録でお願いするよ」
「かしこまりました。外国の方ですと、初期登録費用が金貨10枚ですが、よろしいですか?」
「これで間に合うだろ?」
──パチン
今度は懐からラグナ・マリア金貨を一枚取り出して、カウンターに置く。
「異国の金貨ですか。価値を確認しますので、お待ちください」
「はいはい。どうぞごゆっくり」
トレーに乗せられた金貨を持って、奥にある計測器らしきところに向かう女性。
そして慌てて戻ってくると、この国の金貨を十五枚持ってきていた。
「確認しました。そちらの国の金貨ですと、我が国の金貨の二十五倍の価値がありましたので。こちらが差額返却分です」
「誠実でいいね」
「当然です。では、こちらのプレートに血を一滴垂らしてください」
「はいはい」
腰に刺しているナイフを取り出して、軽く指先を刺す。じわっと血が滲んできたので、それを一滴垂らしてみると、プレートが光り、さまざまな文字が浮かび上がった。
「へえ、魔法のプレートか」
「はい。登録名はマチュア・カナン・ミナセですね。ランクはEランクですので、頑張ってください」
「このランクって?」
「商人ギルドに対しての、年間納税額により変動します。ギルドに大きく貢献していただいた商人には、それなりの優遇処置もありますので頑張ってください」
具体的には、購入価格の割引、買取査定の割増し、公共機関での優遇処置などが挙げられた。
確かにランクが上がると便利ではあるが、それはまた後の話。
別に、いつまでもこの世界にいる訳ではないし、必要のない素材を売り飛ばすだけである。
「ありがとうさん。それで、素材の持ち込みなんだけど、買取ってやっているよね?」
「はい。商人ギルドの会員でしたら、冒険者ギルドの買取価格よりも優遇されていますので。右壁前のカウンターへどうぞ」
軽く会釈をしてから、マチュアは買取カウンターへ向かうと、ギルドカードを提示した。
「ほう、今日登録したばかりか。あまり高額じゃないが、取り敢えず査定してやるから出してみな」
何処となく胡散臭い青年職員が、マチュアのギルドカードを見てそう笑いながら告げたので。
「そんじゃあ、まずはここらから」
──ドサッ、ドサッ
レスティア領内の火口大森林で狩った『シックスパックディアー』の毛皮と角、近くのダンジョンを攻略した時の『ケイブゴーレム』と『ミスリルゴーレム』の素材、森林で採取できる『カナリ・ヨサ草』と『ヤルシカ・ナサ草』。『月夜の雫草』などを次々と並べていく。
最初のうちは笑っていた職員も、段々と顔色が悪くなり始める。
「ま、待て、待ってくれ、これは何処で手に入れた?」
「教える筈がないでしょうが。商人にとって、仕入れ先は宝物だよ?」
「つまり、これを卸した奴がいるんだな?」
「当たりまえだのアコース、クラッカーだよ」
そう説明すると、青年がニヤリと笑う。
「そっか。でもなぁ、お前のランクなら、かなり安くなるから我慢しろよ?」
「具体的には?」
「これは……ミ、ミスリルの鉱石だけど、精錬していないから、纏めて銀貨五枚。まあ、俺が個人で金貨一枚で買い取ってやるよ」
「それじゃあ売らないわ。ミスリルはしまうな」
──シュンッ
一瞬で収納バッグにミスリルを仕舞い込む。
これには青年職員も真っ赤な顔で怒鳴りつける。
「待てよお前‼︎ 俺が個人的に買い取ってやるって言っているだろうが」
「何でお前に個人的に売る事が決まっているんだよ。そういうのは商人ギルドで許されているのか? 上司を呼んで来いや」
「あいにくと、ここの責任者は俺だ‼︎」
「じゃあ、他で売るわ……」
全てを収納バッグに仕舞い込むと、買取カウンターから離れる。
「ま、待て、どこで売るんだ‼︎」
「ん? さっきから、私の出した素材を見て値踏みを始めている商人の店だね。私も商人だからさ、別に問題はないだろう?」
「そんな事をしていたら、ランクが上がらないぞ?」
「結構。中抜きされたり個人で私服を肥やそうとしている奴なんて、相手するだけ無駄だわ」
そのままマチュアを手招きしている商人たちの元へ歩き出すと、後ろで騒いでいる職員を無視して、商売の話を始める事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
一方、冒険者ギルドのストームはというと。
朝イチで依頼の貼り付けてある掲示板を眺めているのだが、あれだけ溜まりまくっていた依頼がない。
「へぇ。なかなか仕事が早い冒険者がいるものだなぁ。普通の依頼でもこなした方が、良いのかな?」
適当な討伐依頼を剥がして、のんびりとカウンターへと向かう。
そのストームの姿を見た冒険者達は、不思議と近寄る事はせずに、むしろ避けるように離れていった。
「この依頼を頼む」
「誠に申し訳ありません。ストームさんのギルドカードは失効しています」
「そっか、じゃあ戻しておくわ。それじゃあな」
まるで何事もなかったかのように、依頼書を貼り直してギルドを後にする。
すると、ギルドの前に巡回騎士たちが待機していた。
「ストームとは貴様のことだな?」
「ああ、そうだが何の用事だ?」
「コエフトール子爵の依頼を放棄し、討伐対象を懐に収めた罪により拘束する」
「……はぁ? お前たちは馬鹿か? あの依頼は失敗だって報告しただろうが」
「それでも、討伐したものがあるのなら、それはコエフトール子爵の財産である。貴族の依頼を受けた以上は、全てを差し出すのが法である‼︎」
「……やっぱり、いかれた国だな。まさに権力で肥え太った貴族しかいない国かよ。悪いが、その法ってのを細かく説明しろや。いつ制定されて、何処で告知されているのか」
そう覇気を込めて問いかけるが、誰も答えを出さない。いや、正確には出せないのである。
そもそも、そんな法律は存在せず、貴族が自身のメンツを保つためにストームを捕らえるように叫んでいるだけである。
敢えていうならば、不敬罪とでも言いたい所なのだろう。
「……返答がない。つまりは、そういう事なんだな」
「いや、それでも同行してもらう。戦神グラディアスさまの前で、お前の罪を暴いてもらう‼︎」
「お、グラディアス教会に向かうのか、そうかそうか」
ニイッと笑うストーム。
それならそれでという事で、ストームは巡回騎士達について行く。
最初は枷を嵌めようとした騎士達であるが、覇気をばら撒いているストームに近寄る事など誰も出来ない。
やがて大通りを進み、広場の前にある巨大な教会の前までやって来ると、待ち構えていた騎士達に連れられて教会へと連行されて行った。
………
……
…
荘厳といえば聞こえがいい。
キンキラキンに飾り付けられた、悪趣味な彫像が彼方此方に安置されている教会である。
大勢の信徒達が集まり、祈りを捧げている中で、ストームは真っ直ぐ奥にある巨大な像の前まで連れて行かれた。
「し、司教さま、この男です。我らが神を侮辱する異端者は‼︎」
ストームの姿を見た修徒のヤッチマが、演台で祈りを捧げている司教に叫ぶ。
すると、痩せ細った司教がゆっくりと振り向き、ストームを見る。
「ほう、彼からは力を感じますな。どれ、彼はどのような罪を冒したのですか?」
「コエフトール子爵への不敬罪です」
「成程。貴族に対する不敬罪は死罪、もしくは流刑と決まっています。では、大司教にお伺いを立てる事にしましょう」
そう告げてから、司教は別室へと向かう。
「さてと。騎士さん達は、今のうちに覚悟しておいた方がいいな」
ストームには、司教が向かった先の部屋から漂う神威が見て取れる。
亜神の、それも低レベルの力。
それこそポイポイやワイルドターキーが一人で相手しても、楽勝な程弱々しい。
──ガチャッ
そしてでっぷり艶々の、土饅頭のような面構えの大司教が姿を現した。
(ほい、鑑定と)
『ピッ……亜神グラディアス。腐敗神バスドラマ第一の使徒である。人間名はステファニー・ライザー』
「ほう、この者が、不敬罪を働いたというのか?」
「はい。コエフトール子爵の報告です。冒険者ギルドのギルドマスターの証言もあります」
「よろしい。それでは、今からこのものの罪を、戦神グラディアス様に問い掛けるとしましょう……」
天高く手を伸ばし、グラディアス本人が祈りを捧げる。
「偉大なる戦神グラディアスよ、かの者の罪を暴きたまえ‼︎」
──カーッ‼︎
グラディアスが祈りを捧げると、彼の脳裏に声が聞こえてくる。
『ば、馬鹿野郎‼︎ その男は異界の創造神だ、丁重に扱え、さもなくばお前が堕神させられるぞ‼︎ いいな、丁重にな、逆らうな、この俺達の世界を生きていたければ、絶対に逆らうなよ‼︎』
聞こえてくるのは、腐敗神バスドラマの悲痛なまでの叫び声。
そもそもストームやマチュアとは神格が違いすぎる。
そんな相手が、不敬罪で、教会に連れて来られたという事実が、バスドラマにとっては絶望的状況であった。
どうして今まで気が付かなかったのか?
何故、異界の創造神が侵入した事を気付けなかったのか。
それは実に簡単で、ストームもマチュアも神威を抑えていたのである。
そして現在、ストームは覇気という形で神威を少しだけ放出していた。
ここで初めて、バスドラマはストームの存在を確認出来たのである。
「どうなされました、大司教さま。早く判決をお願いします」
「か、神は申されました。そのものの罪は存在しない。いや、彼に逆らったコエフトール子爵こそが不敬であると。彼は国賓として扱うようにと、神が啓示を授けました」
真っ青な顔で叫ぶステファニー大司教。
そして、その声と同時に、ストームの周りで警戒していた騎士達が跪いたのである。
「まあ、そうなるよなぁ。大司教、さっきのあんたらの会話、俺には筒抜けだからな。それでこの不始末は、どうするつもりだ? ちょっと腹を割って話をしようじゃないか」
右手の指をバキバキと鳴らしながら、ストームがステファニー大司教に問いかける。
こうなると針の筵状態。
「は、はい、ストーム様におかれましては、ごきげん麗しくなさそうですので……取り敢えず、こちらへどうぞ」
覚悟を決めたステファニー大司教、もとい戦神グラディアス。
そのまま奥にある応接間へと、ストームを案内する事にした。
………
……
…
「話にならない。このシックスパックディアーのツノの効能、まさか知らないとは言わないよね?」
「は、はい、薬効成分が高く、薬師にとっては垂涎の素材です」
「そうでしょう? それが、なんでこんなに安いのよ? 桁が二つも違うじゃないのよ?」
「い、いえ、それがですね、その素材を扱える薬師が、今は我が国にはいないのですよ。調合出来る者はいますが、ロスが激しい為、本来の価値を見出せなくて」
「こんなの簡単だわ‼︎」
すぐさまツノを手に取り、錬金術で分解する。
そこから薬効成分のみを抽出して、懐から取り出した『ナント・カナリ草』と『月夜の雫草』から抽出した雫を組み合わせ、魔導化処理を行なって『完全回復薬』を作り出す。
「そ、え、ええ? あいえええ?」
「ドーモ商人さん。錬金術師のマチュアです。悪いけど、私の本職は賢者でね。この程度の魔法薬なら、簡単に調合出来るんだわ。これの価値は、わかるよね?」
そう問い掛けるが、商人達は鑑定スキルで目の前の魔法薬を確認し、言葉を失ってしまった。
マチュアにとっては大したものではないのだが、この国にとっては、目の前の魔法薬は『存在してはいけない、伝説』なのである。
全財産を叩いても購入する事など不可能。
そんな生きた伝説のようなものが目の前にあって、正常でいられる筈がなかった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






