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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第二部 浮遊大陸ティルナノーグ
67/701

浮遊大陸の章・その12 虎穴に入って虎と遊ぶ

 翌日早朝。

――カラーーーンカラーーーンーー

 教会の朝の鐘が鳴り響く。

 その音と同時に、いつものようにストームの元には大勢の冒険者や修道士達が集まってくる。

 今やサムソン名物となったストームブートキャンプの時間である。

「おはようストーム。今日も調子良さそうね。相棒は?」

 とカレンがいつものラフな格好でやってくる。

 すっかりカレンもストームブートキャンプの常連であり、かなりいいプロポーションに成長してきた。

「ああ、マチュアならほら」

 と馴染み亭を指差すストーム。

 丁度馴染み亭の横にある空き地で、マチュアは朝市で買って来た大量の絨毯と山のような箒を広げている。

 何かを思いついたかのように、時折手にした魔導制御球コントロールオーブを光らせては、絨毯や箒に魔法処理を施しているらしい。

「えーっと、一体何をしているのかしら?」

 基本、突然訳の分からない事をやり始めるマチュアの行動など、誰にも予測はつかない。

 長い付き合いのストームですら、彼女の思考パターンには未だ未知の領域が広がっているのだ。

「さて、ストーム殿、準備をして来たが、一体何をするのだ?」

 とアーシュもチュニックにズボンという軽い格好でやって来る。

「あら、この方は?」

「ああ、馴染み亭とサイドチェスト鍛冶工房の兼業従業員のアーシュだ。こちらはアルバート商会のカレンさんだ。納品や仕入れで行って貰う事もあるので覚えておくように」

 とアーシュにカレンを紹介する。

「宜しくお願いする。アーシュだ」

「これは丁寧に。アルバート商会の責任者、カレン・アルバートです。此方こそ宜しくお願いいたします」

 と丁寧な挨拶を終えると、そろそろ人数が集まったので朝の日課がスタートする。

 キッチリと30分で一度終了。希望者は引き続き30分のトレーニングが始まるが、アーシュはこの段階で脱落。

「ハアハアハアハア。どうしてこんな事をするのだ?」

「健全な筋肉に健全な魂は宿る。鍛え上げられた筋肉は決して裏切らない」

 とストームがにこやかに告げる。

 そして一息入れて休憩を挟むと、第二段階のトレーニングが開始される。

「それでは、いきますか。まずは一つ目。ハイッ、リラックススタイル」

 と次々とポージングを開始するストーム。

 その後ポージングトレーニングを終えると、いつものように鋼の煉瓦亭で皆で食事を摂り、いよいよ本日の目的である魔門の破壊に向かう。


「で、マチュアは朝から何をしているよ?」

 と空き地に広げられた、3畳程度の絨毯に乗っかっているマチュアに問いかける。

「ほれ乗った乗った。アーシュも乗ったね? なら行くよ」

 と絨毯に両手を当てて、魔力を注ぎ込む。

――フワッ

 と絨毯全体に魔力が循環し、ゆっくりと浮かび上がる。

「ファッ、魔法の絨毯か?」

「いや、この水晶球、正式名は『魔導制御球コントロールオーブ』って言うんだけれど、これで飛行能力を付与し、魔力コントロールで制御しているだけ」

 簡単に説明しているが、周りにはチンプンカンプンである。

「これはかなり古い魔導器でね、物体操作の魔法やらなんやらかんやら色々と詰まっているのよ。それと私の深淵の書庫アーカイブをリンクして、簡単な魔導器を深淵の書庫アーカイブなしで作れるようにしただけ」

 と空間のバッグから取り出した魔導制御球コントロールオーブを見せながら説明すると、空飛ぶ絨毯は馬車と同じ速度で飛行を開始した。

 その光景には、近くを通りかかった人々も驚きの声を上げている。

「こんな魔導器を一体どこから?」

「蛇の道は蛇といってね、ある所にはあるのですよ。さて、道案内よろしくお願いしますねー」

「しかし、これは目立つなぁ……」

 確かに街道を飛んでいるとはいえ、道行く人々が驚きの表情をしている。


――パカラッパカラッ

「ちょ、ちょっとストーム、それは一体なんなのよ?」

 と後ろから早馬に乗ってカレンがやってくる。

 ストーム達が変なものに乗っていると聞いて、急いでやって来たらしい。

 その瞳が『金貨』のように見えたのは、カレンにはこの空飛ぶ絨毯が金になると思ったのだろう。

「何って、空飛ぶ絨毯が珍しいのか?」

 とストームがあっさりと返答するが。

「そんなの見た事も聞いた事も無いわよ。一体何処で手に入れたのよ!!」

 やはりカレンは、空飛ぶ絨毯に何か儲け話を見つけた模様。

 その光景を見て、マチュアがニィッと笑う。

「コントロール、ストームの魔力に同調。と、ストーム、これはストームの意思でもコントロール出来るからね、後宜しく」

 と告げると、マチュアはバッグから箒を取り出すと、素早く箒に跨った。

「コントロールセット。アニメイト起動」


――フワッ

 と、空飛ぶ絨毯に続いて、空飛ぶ魔法の箒も稼働させるマチュア。

 そして素早く絨毯の横に移動すると、同速度で移動する。

「ちょ、ちょっとマチュアさん、それどうやるの? ちょっとだけ教えて下さいよっ」

 なんとか空飛ぶ箒の横を馬で追走するカレン。

 必死に目の前で起きている光景を理解しようとしているみたいである。

「へ、私はこういう魔導器なら幾らでも作れますよ。ストームは鍛治師、私は錬金術師ですから」

「錬金術師って、そんなのお伽話の世界でしょ?そんな者が存在するなんて」

 と話をしている内に、サムソン南門に到着する。

 このまま外に向かうのも構わないが、カレンが何処までもついて来そうなので、マチュアは一旦空飛ぶ箒を止めて降りる。

「ストームは先に行ってて。すぐ追いかけるから」

「うむ、了承した」

 と、空飛ぶ絨毯の速度を上げて急ぎ城門から出ていくストーム。

「ちょっと野暮用があって、今日はカレンの相手してあげられないのよ。これ持ってみて」

 と箒の先をカレンに向ける。

 既にマチュアの周囲には、街道で空飛ぶ絨毯に乗っていたマチュア達を見かけた冒険者や商人が集まっていた。

「ここ、ですか?」

 とカレンが箒を握ったので、マチュアは魔導制御球コントロールオーブを取り出して魔力を込める。

「コントロール、カレンの魔力に同調。マスター権限を私とカレンに」

 フッと一瞬箒とカレンが光り輝く。

「はい、この空飛ぶ箒はカレンにあげるから、頑張って空飛ぶ練習をしてね」

 と空飛ぶ箒を手渡す。

「なっ、そんなに簡単に手放すの?」

「こんなのなんぼでも作れるのでね。それはカレンにしか扱えないから、売ろうとしても無駄だよ。あと跨る時は座布団用意しないと、痛いよ」

 と笑いながら告げるマチュア。

「こ、これを、こうかしら」

 とそっと跨るカレン。


――フワッ

 と、空飛ぶ箒は少しだけ浮遊する。

 周囲からはオオッ、と驚きの声が上がる。

「私はライネック商会のものですが、ぜ、是非これを我が商会に卸して下さい」

「いやいや、我がバストーク商会は言い値で買おう」

「何だと、途中から横入りするとはどういう了見だ。私カプリコーン商会と申します‥‥」

 と大騒ぎである。

 しかし、この3つの商会、ストームの時も騒がしかったような気がするのは気のせいであろうか。

「マ、マチュア、これどうやってコントロールするの?」

「身体が箒に触れているなら、魔力コントロールで。後は意思を汲み取って動くから。それは練習用なのであまり高く飛ばないのと、速度制限もつけてあるので安全だよ」

「そ、そうなの。と言う事で、マチュアは我がアルバート商会と独占契約しますので」

 とどさくさに紛れて、カレンがアルバート商会の名前を出す。

「そ。そんなぁ」

「カレン、独占契約はしないよー。それは友達だからあげただけ。上手く乗りこなせるようになったら、ライディングホース並みの速度に改造してあげるね」

「そんな事も出来るの?」

「そりゃあもう。あ、この空飛ぶ箒が欲しいなら、白金貨100枚用意してね、用意してくれれば何処にでも売りますから。それじゃあ訓練頑張ってねー」

 と予備の空飛ぶ箒を取り出して、ストーム達を追いかけるマチュア。

 その遥か後ろでは、カレンがチンタラと街の中に向かって空飛ぶ箒で飛んでいくのと、それを追いかける商人達の姿があった。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



「あれは、大騒ぎにならんか? 俺が鍛治師をやった時と同じように大勢の人が集まるぞ」

「構わん構わん。空飛ぶ箒は一本白金貨100枚だ。それぐらい吹っかけても構わないしょ。それなら誰も来ないって」

 ストームとは違い、今のところ錬金術を商売にする気は無いマチュア。

「さてアーシュ、この後はどう行けばいいんだ? 魔門と繋がっている場所はお前しか知らないんだからな」

「わ、分かっているわ。あの森に入ったら右に獣道があるからそこに入って。後は順番に説明するから」

 と動揺しながら呟くアーシュ。

 そのまま指示通りに進むと、小一時間ほどで古い廃墟に到着する。

「ここか?」

 と空飛ぶ絨毯から降りてバッグに仕舞うと、ストームは周囲に気を配る。

「あー、とんでもない魔障濃度だねぃ。それにかなり古い遺跡とみたけれど」

 とマチュアも箒をバッグに収めると、廃墟に残された文字などを探し出す。

「うん。作りから察するに、ティルナノーグがら逃げてきた水晶の民の居所だったみたいね。この地から別の場所へと向かったらしいわ」

 と彼方此方あちこちに刻まれた文字を解析するマチュア。

「彼らの文字が分かるのか?」

 とアーシュは驚きの表情をして見せるが。

「私に読めない文字は、汚い殴り書きぐらいよ」

 と自信満々に告げる。

「そのせいで、たまに自分の書いた文字が読めない事もフベシッ!!」


――スパァァァァァン

 と、空間から取り出したハリセンでストームの顔面を直撃。

「やかましいわ。文字なんて綺麗でなくても意思が伝わればいいのよ。いっそ現代に、この世界の念話と思念文字持っていきたいわ!!」

 と絶叫するマチュア。

「で、そろそろ本題に戻ろう」

「そうだ。この先には魔門があり、門番が一体それを護っている。今の私ではそれを止める事ができないので、注意した方がいい」

 と説明されたのに、スタスタとストームとマチュアは奥へと向かう。

 廃墟の奥は礼拝所となっていたのであろう、崩れ落ちているものの、巨大な狼の彫像が安置されている。

 その横少しの所に、黒い扉が現れている。

 高さはゆうに4mの両開き扉。

 その手前に、銀色に輝く甲冑が立っている。

 物陰からその様子を見ているストームたちは、甲冑が動くのか観察していた。

「あれはなんだ?もしかしてアレか?」

「ああ、アレだね。解析開始と」

 マチュアの目の前には、古代魔法語で解析結果が次々と表示されている。

「ビンゴだ。アイアンゴーレム、古代の魔導器、魔族の支配下で動いている。単騎での戦闘力はA+、体表面に魔法反射コーティングが施されていると」

「よし、なら俺一人で行く。ちょっと試したい事があるんだ」

「あ、材料としては良質だから半分頂戴ね」

 と緊張感の無い会話の二人。

「あんた達おかしいんじゃないの?あれは古代の文明が作った超兵器だよ?あの魔法反射には魔族でさえ手も足も出ないのだから」

 と明らかに動揺しているアーシュだが。

「なあに、俺にとってはあれはただの材料だ」

 と聖騎士の装備に換装する。

 ただし、両手の籠手は黄金に輝く『ムルキベルの籠手』であるが。


――フォォォォォォォォッ

 と突然ストームが門に向かって走る。

 それに反応して、目の前のアイアンゴーレムも立ち上がると、ストームに向かって身構える。


――ガシィッ

 と両者ともに両手を合わせると、力くらべの体勢となるが。


――ムニュッ

 突然アイアンゴーレムの両手が粘土のように形を崩す。

 ひるむ事なくその手でストームを殴りかかるが、ストームはそれを軽く受け流すと、アイアンゴーレムの右腕を掴み引きちぎった。


――ブチブチィィィッ

 ムルキベルの籠手は、すべての金属に対して効果を発揮する。たかがアイアンゴーレムなど、唯の鉄の塊のようなものである。

 すかさず残った左腕で殴りかかるが、それもたちまち千切られる。

 こうなると『永遠にストームのターン』である。

 足を掴むとグニャッと変形させ、倒れたところで両脚を一つに練り合わせる。

 10分も経たずに、アイアンゴーレムはただの金属の塊となった。

「おー、見事だね」

 と手を叩きながらマチュアがストームに近づく。

「ほらよ。体内から魔導核が三つ出てきたぞ」


――ポイッ

 とストームがマチュアにそれを投げると、次々とバッグに放り込むマチュア。

「で、金属の塊は?」

「内部はミスリルと鉄の合金、鎧はミスリルとクルーラーの合金かよ。これはいいもの貰ったわ」

「クルーラーでゴーレム作るから半分おくれ」

「ほらよ。ミスリルはこっちで引き取るぞ」

 とアーシュが呆けている前で、ゴーレムだったものを分けている二人。

「あ、あんた達のその出鱈目な強さはなんなの?」

「アーシュもいる?」

 とマチュアがアーシュに問いかけるが、アーシュは首を振る。

「そんなのはどうでも良いのよ。その強さがあったら、あの夜なんて私は一撃で殺せたでしょ、どうしてそうしなかったのよ」

 と叫ぶアーシュだが。

「高速で動く敵を出来るだけ無傷で捕まえるのは難しいんだぜ。特に相手は女性だ、顔に傷でもついたらマズイだろうさ」

 とストームは笑いながら告げる。


――フウ

 とアーシュはため息一つ。

「もう考えるのも馬鹿馬鹿しいわね」

 とアーシュも諦めの表情を見せると、ストームがバッグから鎧とショートソードを取り出してアーシュに手渡した。

「ほら、ここから先は装備もないとマズイだろうさ」

 その横ではマチュアが深淵の書庫アーカイブを起動し、先ほど回収した魔導核を改造してネックレスを作っている。

「これもついでにね。試作だけれど、魔障から身を守るお守りだよ。ついでに敵性防御の加護もつけておいたから、多少はなんとかなるでしょう?」

 アーシュとストームに手渡すと、自分もそれを身につける。

「ちょ。ちょっと待って、これからどうするの?」

「は? 魔門を通って威力偵察、ついでに向こうから魔門ぶっこわすだけだけど? じゃないとアーシュとは来ないよ」

「ああ。まさか『扉を見つけて壊しましたお終い』とでも思ったか?」

 ストームも籠手を元に戻した聖騎士最強装備となる。

 マチュアもストーム製のミスティック装備に身を包むと、ミスリルのナックルを装備するが。

「マチュア、こっちだ、最新型のアダマンタイトのナックルだ」

 とストームがマチュアに新品のナックルを手渡す。

「ほう、これはまた。名前は?」

「ワイズマンナックルとでも。マチュアの魔力を威力変換する優れ物だ」


――カキィィインッ

 と拳を打ち鳴らすマチュア。

「ガーゴイル程度ならミスリルでいけたけど、ここからはマズイからねぇ」

 まるで遠足かピクニックに行く感じの二人。

 そして準備ができると、マチュアが魔門に手を当てる。

「解析開始……よし」

――ヒュウウウン

 と扉が開き、暗黒の空間が広がる。

「行けるか?」

「ちょっと待ってねー。と、よしオッケー」

 何かを調べると、マチュアが頷いた。

「アーシュ、この扉の行き先は?」

「古い遺跡よ。魔門は元々、その遺跡にあった『異界の扉』というものを使っているのよ。それが何かは分からないけれど、魔道士達はその扉を使って月の門と繋げようとしているのよ」

 アーシュの言葉を信じると、いきなりマチュアが扉に飛び込む。

 続いてストーム、アーシュも飛び込んで行った。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 灰色の空。

 時折夕焼けのような空が入り混じる世界。

 その廃墟で、マチュアとストームとアーシュは静かに立っていた。

 背後にはやはり巨大な門。

「いらっしゃいましたメレスでしたっけ?」

「ええ。メレスであっていますよ」


――ガラッ

 近くの瓦礫が崩れる。

 とストームは周囲の警戒をするが、すぐに楯を身構えた。

「多分ガーゴイル。数は4体というところか」

「なら一人でいけるしょ? 私は扉の解析するから頑張ってねー」

 と扉に向かい深淵の書庫アーカイブを起動するマチュア。

「ちょっと待て、アーシュは誰が守るんだ?」

「そっか、じゃあアーシュは私と一緒にこの中ね」

 とアーシュを深淵の書庫アーカイブに引き込む。

「ストーム、暫く遊んでいて良いからねー」

「応」

 と、周囲の瓦礫から出てきたガーゴイルに向かって刀を身構えるストーム。

「さて、その間にこっちも急ぎますか」

「ストームさん一人でガーゴイル相手に良いのですか? あれはアイアンゴーレムよりもタチが悪いのですよ? 魔法も使ってきますし」

「心配なら援護に出ても良いけど?ここからは命の保証出来ないよー」

 と、目の前に拡がる解析データを眺めるマチュア。

 暫し時が過ぎると、ストームの方は大丈夫と判断したのか、アーシュもマチュアの方を見る。

「これは何を調べているのですか?」

「ん、此処以外の魔門のある場所ね。この世界には全部で4つの魔門があって、これはそのうちの一つらしいねぁ。残りの三つの座標は分かるけれど、そこに行くのはちょっとなぁ」

「残りの三つでしたら、七使徒のうちの二人の居城に一つずつあるのはわかります。ですが、もう一つは何処にあるのか」

「その場所って分かる?」

「セシル・ファザードとカレラ・ドラグーンの居城です」

「あとの一つがわからないか。七使徒の所にある可能性は?」

 と背後からストームが問いかける。

「可能性でしたら、私の知らない二人の七使徒が押さえている可能性もありますが」

「ここの場所はどうして知ったの?」

「ここはアーカムが教えてくれた場所ですから」

「ストーム、やばい、とっととガーゴイルを」

「とっくに終わっとる。で、罠が仕掛けてある可能性もあると」

「私なら仕掛けるね。ここから動くと……そうだなぁ」

 と近くの瓦礫を『雷撃の矢(ライトニングボルト)』で吹き飛ばす。

 その下には、マチュアの予想通りの『転移の魔法陣』が設置してあった。

「ほらねぇ。踏むと転移して何処かの牢獄行き。多分物理も魔法も封じる多重結界の中だろうねぇ、そしてこう呟くのさ」

 と、マチュアが深淵の書庫アーカイブを消して、魔法陣に近づく。

「飛んで火に入る夏の虫とはな。そこは全ての力を封じる多重結界だ、無駄なあがきはよせ。ってね」

 と告げると、マチュアが魔法陣に飛び込んだ。

――フッ

 とマチュアの姿が消える。

「あーーーーー! あの人なんで罠って分かって飛び込んだのですか」

 と動揺するアーシュ。

「それはずるいわ。俺にアーシュのお守りしていろってか」

 と、アーシュの手を掴むと、ストームもまた魔法陣の中に飛び込んだ。

「なんで私までェェェェ」


 暗い空間。

 光も何もない、ただ闇が広がっている。

 転移の魔法陣に飛び込んだマチュアは、突然その暗闇の中に放り込まれた。

「まあ、あとはストームがなんとかしてくれるでしょう」

「呼んだか?」

「ここはどこなのー、どうしてこんな所に転移してるのよー」

 とマチュアの真後ろでストームとアーシュが叫んでいる。

「あのねぇ。後ろにストームがいるから敢えて敵の罠に飛び込んだのに、どーーしてあんたもいるのよ。アーシュも止めなさいよ」

「無茶言わないでください。誰がこの人を止められるのですか?」

 とアーシュが叫ぶが。


「「シルヴィーかなぁ」」


 と同時に呟く。

「さてさて、まさかこんな罠に引っかかるとは思いませんでしたよ。飛んで火に入る夏の虫とは、正にこの事ですな。そこは全ての力を封じる多重結界です、無駄な足掻きは止めて下さいね」

 と穏やかな声が聞こえてくる。

「あ。マチュアの言った通りだ」

「本当に同じ事話していますね」

 とストームもアーシュも驚いている。

「このタイプは自分に自信があるタイプだからなぁ。次は自己紹介か?」

 とストームがボソッと、そこでしか聞こえないような声で呟く。

「私は七使徒の一人、メルキオーレと申します。あなた達が何処から」


――プッ

 とマチュアとアーシュが吹き出す。

「ど、どうしたのですか? 私が何かおかしい事を言いましたか?」

「いえ、ファザー・メルキオーレ、貴方は何もおかしい事は申していませんわ。ただ、このように一方的なやり様は問題があるのでは?」

 とマチュアがパチっと指を鳴らす。


――バフォッ

 と結界が解除され、何処かの教会のホールに立っている三人。

「ま、まさか私の結界を破壊するとは。一体何者ですか?」

「通りすがりのヒーローだ、私の名は仮面ビルダーストームっっっっっ」

 と突然変身するストーム。

「あ、初めまして。私はマチュアと申します。白銀の賢者の称号を受けています」

 とストームは放置して挨拶をするマチュア。

「白銀の賢者といえば、アレキサンドラと共に我々と敵対していた賢者ですか。しかし外見が変わりましたねぇ」

 しげしげとマチュアを見るメルキオーレ。

「ストーム、取り敢えずは変身を解除だ。メルキオーレさん、私達は貴方と話があって参りました。宜しければ場所を変えたいのですが」

――ピキィィィィン

 と仮面ビルダーストームの全身が輝く。

 そして元の姿に戻るのを確認すると、メルキオーレはマチュア達を別室へと案内する。

 その近くでは、修道士のような姿のイケメン美少年達がメルキオーレの事を心配そうに見つめている。

「大丈夫ですよ。何もありませんから安心して下さい。取り敢えず、紅茶をお願いします」

 パァァァッと全身で笑みを浮かべると、美少年達は何処かへ走って行った。

「さて、普通の人間がこのような所にわざわざやって来るとは、どのような用件ですか?」

「現世界及びティルナノーグに手を出すのはやめて頂きたい」

 とストームが間髪入れずに告げる。

「ああ、確かクラウンの起こしたティルナノーグ侵攻作戦の事ですか。あれは私は関与していませんよ」

「なら、そのクラウンとやらと話をつければいいのか?」

「それもそうでは無いのですよ。クラウンはファウストとかいう男を利用して、ティルナノーグの遺産を手に入れようとしました。ですが、ファウストはクラウンからその詳細を聞き取ると、クラウンの体内から魔族核を引き抜いて殺してしまったのです」

 丁度、美少年達が紅茶を持ってきたので、一旦紅茶で喉を潤す。


――ズズズズッ

 とマチュアは躊躇なく紅茶を飲む。

「サムソンの紅茶店から仕入れましたね。このフレーバーはティアドロップ商会自慢の紅茶ですよ」

「分かりますか。私は時折、あの魔門を使って買い物に行くものでして」

 というメルキオーレの言葉を信じて、ストームとアーシュも安心して飲む。

「ほう、いい茶葉だ」

「本当。こんなに鮮烈な薫りがするなんて」

 と各々が感想を述べると、メルキオーレも満足そうにして話を続ける。

「私達魔族にとっては、魔族核の破壊は死を意味します。貴方のように魔族核がその力を失っていても、残っていれば死ぬ事はありません。ファウストはクラウンの魔族核を取り込んで、彼の力と記憶の全てを受け継ぎました」

「つまり、ファウストと話し合えと」

「残念ながら、今のファウストにはアーカムが付いています。話し合いには応じないでしょうし、未だファウストはティルナノーグの中、現世界に姿を現すまでまだ100日はかかるかと」

 その言葉に、マチュアは指折り数える。

(やっべ、予定よりも4ヶ月早いわ)

 と動揺の笑みを浮かべてストームを見るマチュア。

 明らかに目が泳いでいる。

「私はアーカムから命令を受けて、現世界にある筈のファウストの半身を探しに向かった。だが、彼らに負けて、私はアーカムを裏切る形になった」

 アーシュは口惜しそうにそうに告げる。

「恐らくですが、貴方はアーカムに操られていたのですね。何らかの理由で、彼女に埋め込まれた術式が解けたのでしょう」

 と和やかに告げるメルキオーレ。

「七使徒は人間界には興味はないと?」

「そんな事はありませんよ。魔界は現世界ほど豊かではありません。魔界も一枚岩ではなくて、私やカレラのように人間と共に生きる道を探していたものもいれば、クラウンやカミュラのように魔族以外ぶっ殺す派もいらっしゃいます。セシルたちのように自分の世界に生きる者達の方が、私にしてみれはもっとも厄介でしょうけれどねぇ」

 と笑いながら告げる。

「さて、それでは本題に入ります。聞いた感じですと、あなた達魔族は私達の世界に来たいと考えている。でも、それは強硬派と穏健派に分かれていると、ここまでは宜しいですか?」

 ストームがメルキオーレに問い掛けると、彼は静かに頷いた。

「貴方は穏健派で、今でも自由に人間界にやってきてはエンジョイしていると」

「エンジョイどころか、月に二三度は買い物に出かけていますよ」

「そこなんですよ。魔族は魔門を通らないとこちらに来れないのですよね?」

 とマチュアが問い掛ける。

「転移でも、この空間を超えることは出来ませんからねぇ。廃墟の魔門は私の管轄で、この鍵がなければ開くことは出来ませんよ」

 と懐から真鍮のような鍵を取り出す。

「でも、私は鍵がなくても通り抜けることが出来ました」

 と慌ててアーシュが弁明する。

「アーカムの力でしょうねぇ。彼女は結界無効化能力を持っていますので、鍵がなくても開くことは出来るのでしょう。けれど、彼女は魔門を通っても現世界にはいけませんよ」

 と笑いながらメルキオーレは告げる。

「それはどうして?」

「彼女は肉体を保持していません。このメレスでは、魔族は肉体ではなく精神体で生きています。私のこの体も精神体です。肉体を生み出すためには魔族核が必要なのです。が、アーカムはカミュラから奪った魔族核で七使徒と同様の力を身につけました。ですが、奪った魔族核では肉体を作り出すことが出来ないのです」

 大体の話が読めてきたストーム。

「その魔族核を持っている肉体が欲しいので、アーカムは『ファウストの半身』を手に入れたいのか」

「それは私は知らない事。アーシュさんでしたか、あなたは肉体を持って人間界に向かい、向こうで魔族核の力を失った。逆に貴方は精神体には戻れないのですよ」

 ストームに続いてメルキオーレが告げる。

「魔族を捨てた私には好都合だな」

 とアーシュは告げる。

「私達としては、魔門を破壊したいのだが」

「それは構いませんが、私としても買い物に行けなくなるのは困りものです」

 という事ならば、止むを得まい。

「魔族とは、人の精気を糧に生きるとかそういうものですか?」

「それでも構いませんけれど、普通に人間と同じように食事は摂りますよ。大体、この人間のいない世界でどうやって精気を探せと? 餓死してしまいますよ」

「ごもっとも。でしたら」


――プスッ

 とマチュアはバックから銀色の旗を取り出して、この場に転移の祭壇をセットする。 

 さらに深淵の書庫アーカイブを起動して、祭壇を転移門ゲートに作り変えた。

 ただし、転移先は馴染み亭オンリー、カナンとサムソンの二箇所のみの祭壇を作り出した。

「これで私の店と繋がります。買い物に来る時や散歩でしたらこれでどうぞ。だたし、貴方と、貴方の信じる者のみで、人間界に来たらそのルールに従うという事でお願いします」

 と、メルキオーレは祭壇に触れる。

「これは凄いですねぇ。ええ、お約束します」

「では、魔門は破壊させていただきます」

 と告げると、メルキオーレはにこやかに頷いた。

「それでは、魔門まで送りましょうか?」

「いえいえ、あの場所は覚えていますから、では失礼します」

 と告げると、マチュアはストームとアーシュを連れて廃墟の魔門へと戻ってきた。


 相変わらず静かに佇んでいる魔門。

「そんじゃあ、とっとと破壊しますかぁ」

 と告げて素早く抜刀すると。


――ズバァァァァァァッ

 といきなりストームが扉を一閃。

「物体破壊技、『芦刈り』っ」

 その一撃で魔門は砕け散った。

「さて、どうやって帰る?」

「はぁ? ストームさん何も考えずに破壊したの?」

 とアーシュがストームに詰め寄る。

「それじゃあ、メルキオーレの元に戻って、あそこから帰りましょうか?」

 とマチュアの提案で、再びメルキオーレの元に転移する。

 そして、そこから一先ずサムソンの馴染み亭へと戻っていった。


誤字脱字は都度修正しますので。

その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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