閑話・四月朔日の、神々のあ・そ・び
『異世界ライフの楽しみ方』のメインストーリーは完結しています。 NEXT STORYから始まる物語は全て後日談であり、連載されるかどうかは神のみぞ知るです。
カナン魔導連邦は、努めて平和であった。
あの破壊神騒動から、はや30年。
今日は、隣国ベルナー双王国で、アステル・ラグナマリア・ゼーン新王の戴冠式が行われる。
この戴冠式より、幻影騎士団はアステル王の直属となり、ベルナー双王国の守りの楯となる。
マチュアによって齎された『魔導機関車』は、現在はカナン魔導連邦とベルナー双王国、王都ラグナマリアを結び、現在のラグナ・マリア帝国の主要交通機関となっていた。
他にも、マチュアは各国に魔導式飛行船を提供。
ラグナ・マリア帝国は、ウィル大陸の八割を実効支配することとなった。
この戴冠式を見るために、大勢の人が魔導機関車と飛行船に乗って、ベルナー双王国を訪れていたのである。
──王都ベルナー
アステル王の戴冠式を一目見たいという国民と、ストームの引退式を見たいという帝国民が大勢集まり、ベルナーはかつて無い混乱の坩堝となっている。
「あ、あの、父上、本当に私が国王になるのですか?私ではなく、カレン母さまの息子のミリアルドでも、立派に国王は務まると思いますが」
半ば青い顔で椅子に座っているアステル。
まだストームもシルヴィーも現役であり、立派に国王を務めていたのだが、二人同時に引退を宣言、国王をアステルに譲ることになった。
すでに帝国議会には、新国王の報告は終わっており、後は戴冠式で国民にお披露目をするだけであるのだが、アステルは今ひとつ乗り気ではない。
「はぁ? 今更遅いわ。俺は引退して鍛冶屋になるだけだし、シルヴィーが宰相補佐官としておまえの近くにいるだろうが、何が不満なんだ?」
「わ、私は、父上のような武勲を持っていません。フォンゼーンの血を引いていますが、私は武勲ではなく文才に秀でています」
「それのどこに問題が? 国王に求められるのは武力じゃねーからな? むしろ求心力と文才だ。おまえなら、そのどっちもあるだろうが」
「そ、そうは言いますが、やはり父上のような強さを、民は求めているように思えるのですが」
アステルが今ひとつ煮え切らないのには訳がある。
アステルは、一人の町娘と恋に落ちていた。
身分を隠して逢瀬を重ねていたのだが、この戴冠式の数日前に身分がバレたのである。
その翌日から、町娘の姿を見なくなってしまった。
アステルは、自分が身分を偽っていた事を、まだ謝っていない。
それどころか、彼女を好きな気持ちには変わりはなく、出来るなら結婚したいと思っていたのである。
「はぁ……父上、お願いがあるのですが」
「なんだ?」
「実は、私は恋をしています。結婚したい女性がいるのですが、その方は街の宿屋の一人娘でして。家業を継ぐ為に婿を取らないとならないのです」
つまり、アステルが王位を捨てて、その宿屋に婿入りしたいということらしい。
「……無理は承知で、お願いします‼︎ 身分差がありすぎて許せないというのも理解出来ます、そこをなんとか‼︎」
必死に頭を下げるアステルだが、ストームは空間収納からのミスリルハリセンを取り出して、アステルの頭を力一杯、痛打した。
──スパァァァァァン
「痛い、いや、痛く無いけど、心が痛い。いきなり何をするのですか?」
「お前なぁ……身分差がどうこう言っているが、俺は、元は鍛冶屋だぞ? カレンはサムソンのマクレーン商会の一人娘だったし、何を今更?」
そう、身分差云々の話は、ストームには通用しない。加えて告げるなら、マチュアにも全く効果がない。
「さて、そうなるとだな……解決策はいくつかあるがどうする?」
「いくつかといいますと?」
「一つ、今すぐにその娘さんをここに連れてきて、婚姻の儀もやっちまう。二つ、戴冠式の後で迎えに行って、婚姻の儀をやっちまう。そして最後は、さっぱりとその娘さんを諦める」
──ガチャッ
「面白いことがあると聞いて‼︎」
ストームが三つの選択肢を出した直後、マチュアが銀の扉を作り出して出てきた。
「……マ、マチュアさま、助けてください」
「何じゃらほい? 助けて? ストームが無理難題を押し付けたのか?」
「いえ、実はですね……」
カクカクシカジカとマチュアに説明をするアステル。これでマチュアが味方についてくれれば、父上をどうにか説得出来ると考えたのであるが。
「そのお嬢さんを連れてきたら? 宿屋の一人娘だっていってるけどさ、アステルと結婚して、ついでに宿も国営にしちまえばいいんじゃないか? 今の幻影騎士団は暇そうだから、宿屋で働かせればいいと思うよ?」
「その手があったか。アステル、おまえと娘さんの間に子供ができたら、その子に宿を継いで貰えばいいじゃないか?」
「な、何て出鱈目な……そんな適当な事で、良いのですか?」
いいも悪いも、そういうノリだけで、ストームとマチュアは国を経営していたから。
二人にとっては、何を今更感満載である。
「いいんだって。アステルが国王になって領土は一つになる事だし、キャスバルも引退、ストームマークツーが宰相になってシルヴィーが補佐官だろ? 国が傾く要素がどこにある? アステル、君の親父は大公だぞ? 世界最強の大公だからな」
マチュアの説明に、アステルは指折り数えて反論のネタを探す。
だが、ネタはないどころか、適当国家経営をしている二人の言葉に、説得されてしまっている。
「……では、今から彼女を探してきます‼︎」
「そうだね。でも、アステルがいくとやばいよ? 国王が街中を走り回っているというのがバレたら、人が集まって揉みくちゃにされるからな」
「その通りだ。その一人娘さんを探すのはマチュアに任せて、おまえは急いで教会に行って洗礼を受けてこい‼︎」
「え? 私が探すの? マジ?」
「マジだ。久しぶりのやりとりだが、日本と国交をしているおまえにマジの意味がわからない筈はないよな?」
うわぁ。
しゃーない、探してきますかと、マチュアは街中に転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
久しぶりの戴冠式がおこなわれる。
アステル王の姿を一目見ようと、王都ベルナーには大陸全土から人が集まっていた。
そのおかげで、街の中の宿屋の宿泊率は120%を超え、相室やら急遽ベッドをぶち込んで収容人数を上げたりで、中々満足出来る宿が少なくなっていた。
だが、ベルナー中央公園近くにある、『明けの明星亭』は、いつも通りののんびりとした空気に包まれている。
その理由は簡単で、『全室満員貸切御礼』の札が入り口に吊るされているから。
といっても、実際は部屋の半分が空き部屋であり、知り合いの紹介でしか宿に泊まる事が出来なくなっていた。
「……しっかし、マリーナの彼氏が、まさかアステル王だったとはなぁ。さすがに王様に、うちの娘の婿になれとは言えないわな」
「良い人だったのにねぇ。さ、マリーナもそろそろ元気を出して。うちの宿のはマリーナの料理目的のお客さんもいるんだからね」
「はぁ……」
両親の言葉も耳に届かないぐらい、マリーナは失意の底にいたのである。
「私が好きになったのは、王様でも皇太子でもないの。アステルっていう人で、身分は関係ないって言いたいのに……」
「まあ、おまえはそう言うが、相手はそういう理屈が通じないだろう? 王様なんだからな?」
そう娘を励まそうとしている父親だが、宿の入口にお客がやって来たので厨房から飛び出して行った。
………
……
…
「ここの宿だな、店主はいるか?」
「はい、私が店主のマイソンですが」
店主が出ていくと、入口には従者を連れた貴族が待っていた。
「ここの宿は、王城からも近くていいな。全ての客を追い出せ、今から、我がブロッケン伯爵家が宿を借り切るからな」
「え、ええっと……誠に申し訳ありませんが、それは困るのですが」
「何を困ることがある? 貴族が借り切るといったのだ、光栄に思え‼︎」
そう叫ぶと、ブロッケン伯爵の配下の者たちが宿に入り込み、食堂でのんびりとしていた客を追い出し始めた。
さすがに貴族に反抗しようという気概の客は居らず、皆、荷物をまとめて出て行ってしまったのである。
そしてブロッケン伯爵は、一休みするために食堂を訪れると、軽い食事を頼んでみた。
「……お、お待たせしました。当店自慢のメニュー、グランドバッファローの粗挽き肉を丸めて焼いたステーキです」
簡単にいうと、ハンバーグステーキ。
アステルが子供の頃、マチュアの馴染み亭で食べていた好物であり、アステルが彼女に教えたメニューである。
──パクッ……
「ふぉおぉぉぉお、なんだこの味は、こんな肉汁が溢れ出す料理は食べたことがないぞ‼︎」
「ありがとうございます」
「よし、決めた。おまえは俺の第七の妻になれ、毎日美味いものを作れ、いいな‼︎」
「そ、それは無理です‼︎ 私には、好きな人がいるのです」
「そんなの忘れればいい。君は、伯爵の妻になるのだぞ?」
ぐいっとマリーナの腕を掴む伯爵だが、その横からローブを着た女性がスッと現れると、まだ手をつけていないハンバーグをヒョイとつまみ上げて、口の中に放り込む。
「ムグムグ……ゴクッ。へぇ、よくここまで再現したねぇ。でも、香辛料の配合を間違えているし、種をちゃんとすりおろしていないね。60点」
「……貴様、何をしている? それは私が注文した料理だぞ」
「いやぁ、味見だよ、採点。という事で、この子はまだ料理が未熟なので、連れて行かないでくれるかな?」
「ほう、そこまでいうのなら、貴様はよほど料理の腕に自信があるのだな? それならば、このわしの食べた事のない料理を作ってみせろ。それでわしが満足したならば、その娘を連れていくのをやめてやる事にしよう」
「言質とったからな、そんじゃあ厨房を借りるよ」
堂々と、食堂奥の厨房へと歩いていくマチュア。
マリーナがいるかどうか見に来ただけなのに、余計な喧嘩を買ってしまった模様。
すぐにマリーナもマチュアの元にかけて来ると、頭を下げて謝罪している。
「助けてくれてありがとうございます。でも、伯爵さまが知らない料理なんてあるのですか? ブロッケン伯爵は、隣国ソラリス連邦の貴族でして、美食に煩い方と聞いていますが」
「まあ、大丈夫じゃない? 私の腕を信じなさいって」
という事で、まだカリス・マレス世界で作った事のない料理を用意するとしますか。
………
……
…
「ほれ、おまちどうさま。約束通りに、あんたの食べた事のない料理を用意してやったから、味わって食べてみろよ」
ブロッケン伯爵の前に出したのは、三つの料理。
一つはメイン料理の『スッポン鍋』。
もう一つは『クジラのタルタルステーキ』
そして最後は飴細工の『龍の髭』
「さあ、食べてみろよ‼︎」
白衣に着替えたマチュアが、伯爵の前でそう告げる。
「よかろう。まずはこのスープか。具が入っているが、これはなんだ?」
「はぁ? 食べてから聞けよ、そして少しは考えろよ。私が食材を説明して、あんたに余計な知識を与えたら、あんたは食べた事がなくても食べたって言えるじゃないか」
「生意気なハイエルフだな。上等だ‼︎」
そう言い捨ててから、伯爵は料理を試食する。
スッポン鍋でいきなりトドメを刺され、タルタルステーキで目を覚まされ、龍の髭で、再度トドメを刺され。
食後のブロッケン伯爵は、椅子に座って呆然としていた。
「はぁ〜。わからん。何もわからん。食材も、作り方も、何もかもわからん……」
「そりゃどうも。私の勝ちでいいよね? だったら、とっとと出て行きな。身分を笠に着て、何でも出来ると思ったら大間違いだからね」
「……気にいった。ハイエルフにも、こんなに料理に詳しいものがいるとはな。貴様、昨日から我が伯爵家で料理番を務めろ、異論は許さない、いいな‼︎」
──シュンッ
そうブロッケン伯爵が叫んだ時、マチュアはコックコートからローブ姿に換装した。
「はぁ。あんた、ラグナ・マリア帝国の真紅の大賢者、マチュア・ミナセを料理番として雇うって? 日当はいくら出すんだ?」
現在の白銀の賢者はミア。
マチュアは引退し、真紅の大賢者というマチュアのみの称号を貰っている。
そして、マチュアの正体を知ったブロッケンは顔面蒼白となり、意識を失った。
「あ、ああああ……ラグナマリアの大賢者…ガクッ」
「ありゃ。従者の皆さん、とっとと伯爵を連れて出て行ってくれないかな?」
「「「「ハッ‼︎ 喜んで‼︎」」」」
すぐさま従者たちは伯爵を連れて宿から出て行った。
「あ〜。ソラリスのブロッケン伯爵か。よし、今度、ソラリスにねじ込んでくるか…。って、お嬢さんや、顔色が悪いがどうしたの?」
「ヒイッ‼︎ ま、マチュアさま、お許しください」
真っ青な顔で頭を下げるマリーナ。
「へ? 何を許して欲しいと?」
「あの貴族の食べた料理です。アステルから話を聞いて、自分なりに再現してみたのですが……マチュアさまに無許可で、店に出してしまって……」
料理のレシピは、調理人にとって宝物に等しい。
それを勝手に作って出していた事を、マリーナは謝罪しているのであるが。
「あ、アステルの絡みか。じゃあ許さない」
「ま、マチュアさま、どうか娘をお許しください。娘の罪は、私が生涯かけて償いますので」
マリーナの父親が彼女の横で土下座する。
その光景を見て、マチュアはポリポリと頬を掻く。
「いや、そういうのじゃなくてね……マリーナといったね。ちょっと付き合ってもらうよ? お父さんはすぐに立ち上がって、さっき追い出された客に頭を下げて、また来てもらいなさい……命令ね」
「は、はいっ‼︎」
命令とでも告げないと、二人はずっと頭を下げるだろう。だから、良い命令をして、一旦この場を収める。
「わ、私は、どうなるのですか?」
「その前にひとつだけ聞かせてくれる? アステルの事は好きなの?」
真剣な顔で問いかけるマチュア。
すると、マリーナも覚悟を決めたらしく、真っ直ぐにマチュアを見て頷いた。
「私は、アステルが好きです。国王になったアステルでも、皇太子だったアステルでもありません。私の近くにいて、一緒に料理を作ったり、笑いながら試食してくれるアステルが好きなんです」
「はい、了解。ついでに転移だ、と‼︎」
──シュンッ
そのマリーナの言葉を聞いて、マチュアは先にこめかみに手を当ててストームに確認を取ると、マリーナを連れて転移した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ベルナー、セルジオ教会。
洗礼を終えたアステルは、すぐに王城へと戻る筈であったが、ストームがやって来て足止めされていた。
「……父上、私は、王城に戻らなくていいのですか?」
「いや、マッチュが、ここにアステルを置いておけって……ほら来た」
──シュンッ
アステルとストームの横に、マチュアとマリーナが姿を現す。
「ほい、ただーいまっと‼︎」
「お疲れさん。そして、君がアステルの彼女のマリーナさんだね」
「は、はひ、ストーム王におかれましては、ゴキゴキッげんゆるわしゅしゅ」
緊張のあまり噛みまくるマリーナ。
「あ〜、安心しろ、何かするわけじゃない。むしろ、何かするのはアステルだ」
──バン‼︎
横に立って成り行きを見ていたアステルの背中を、ストームが軽く叩いてマリーナの方に送る。
すると、アステルも察したのか、マチュアとストームの方を見て、彼女を抱きしめながら告げた。
「父上、そしてマチュアさま。俺は、マリーナと結婚する。どうか許して欲しい」
「だってさ。マリーナさんは、どうする? アステルを受け入れてくれるか?」
ストームが穏やかな表情で、マリーナに語りかける。すると、マリーナもようやく事の顛末を理解した。
「前ストーム王。私、マリーナは、アステル王と共に歩みたいと思います」
「よかろう。サムソン前王ストームと」
「カナン魔導連邦のミナセ女王が見届けた。二人の婚姻は、これで結ばれた事になる」
「マリーナ。君の宿については心配しなくていい。王城から人を派遣して、君達の子供が後を継ぐまで、ちゃんと守ってやろう。ストーム・フォンゼーンが約束する」
「料理の指南は、馴染み亭からシェフを派遣してあげるね。マリーナも、色々と教えてもらうといいよ」
ストームとマチュアからの贈り物。
この言葉に、マリーナは喜びの涙を流している。
「さて、そんじゃ戴冠式のついでに、王妃のお披露目もやっちゃいますか……いくぞ、皆の衆‼︎」
「え? お披露目って……まだ心の準備が」
「まあ、マチュアだからなぁ。言い出したら聞かないから、諦めた方がいい。そして、慣れることだな」
──シュンッ
ストームの言葉にマリーナは静かに頷く。
そして少し遅れた戴冠式には、アステル王とマリーナ王妃のお披露目も同時に行われた。
幸せそうな二人を影から見て、マチュアとストーム、シルヴィーも満足そうであった事は、いうまでもない。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
戴冠式のあとで。
「そういえば、マチュア、おまえは戴冠式を見に来たのか?」
「まっさか。告知だよ、告知‼︎」
そう告げると、マチュアは大きなポスターを取り出して壁に貼り付ける。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
2022年・冬。
異世界ライフの楽しみ方、アニメ化決定。
詳細は夏まで待て‼︎
放送局は『HTN放送』と『東京YTV』の二社独占。
主題歌『新世界〜freedom〜』を歌うのは、異世界の歌姫・ロッテちゃん。
その他詳細は、タイトル参照。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……マジか?」
「タイトルを見ろって。何でストームまで、突っ込んでくるかなぁ?」
「しかし、この告知のために、ここまでストーリー練り上げたのか?」
「だ、か、ら、タイトルを読め。そしてアステル王の就任、おめでとうさん。そんじゃ、私は帰るから」
「……じゃあな、また、いつでも遊びに来い」
「心配するな、三日に一度は遊びに来ているから」
──シュンッ
それこそ、マジかよ。
このポスター、明日になったら剥がすからな。
to be continue……
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
わたぬき限定ストーリーですが、アステルの戴冠式は本当ですw
血迷っても、放送局とか調べないようにw






