浮遊大陸の章・その11 対策会議と皇帝の独り言
王都ラグナにある大きめの会議室。
月の門で起こった魔族襲撃について、魔術師たちがミストに報告を行っていた。
その後ろでマチュアとストームは、時折ウンウンと頷きながら一連の報告が終わるのをじっと待っている。
「ご苦労様。では休息を取って下さい。また三日後には次の月の門に向かって貰いますので」
「了解しました‥‥それでは失礼します」
と一礼して、その場から立ち去る魔術師たち。
「さてと。大体の報告は受けたけれど、相違ないのよね。一体どういう事かしら?」
とミストがストーム達に問いかける。
その言葉の真意を考えて、マチュアがスッと手を挙げた。
「思うに、ティルナノーグの封印解放については、魔族側にもそれを待っている者がいると思われますね‥‥面倒くさい話ですけれど」
「何の為に?」
「ティルナノーグの解放によって、彼等が何を求めているのかなんて知りませんよ。ですが私達とは対極に、魔門に、魔力を注いで扉を開こうとする者達がいるのも事実です」
「少なくとも、護衛の騎士を増やした方がいい。今回の魔族側の動きに対処するには、今以上の戦闘力を持つものか、もしくは圧倒的な数で挑んだほうが良い」
ストームの言葉が重くのしかかる。
月の門浄化部隊の騎士ですら、あのマチュアとストームの特訓を切り抜けたエリート達である。
多勢に無勢とはいえ、そこまでの実力差があったというのを思い知らされたのである。
「魔族がこの世界に来る為には、魔門と月の門を繋がなければ来ることができない。そして月の門は、ティルナノーグにも存在している。月の門を通じて、私達が魔族の世界に向かうことも可能。ふむふむ……」
とミストが何かを考えている。
「なら、月の門を破壊すれば」
「「ダメに決まっているだろう」」
とマチュアとストームが同時に突っ込む。
「あれはティルナノーグとこの世界を繋げる大切な遺産だろう?水晶の民の遺したものを、はい危険ですからという理由で破壊して良いはずなかろうが」
「その通りですよ。何を阿呆な事を言いますかこの王様は」
まさに、ミストにフルツッコミ状態である。
「貴方達の言い分も分かるけれど、臣民を犠牲にしない最小限の方法でもあるのよ。まあ、魔力の回収と危険度合いは同じだから、残すほうが良いとは思うけれど」
と改めて告げるミスト。
「はい、王様会議ー、あの扉を破壊しないほうがいい人」
とマチュアが告げると、マチュアとストームが、手を挙げる。
「二対一でミストの負けね。」
「クッ。分かったわよ」
とミストは諦める。
ストームの剣聖の身分も賢者と同じ、王位と同等である。
「さて、話を戻しますね。これは今回の事件でわかった事なんですが、魔族側と人間側で貿易を行なっていた地域があるのをご存知ですか?実はですね……」
とマチュアが例の遺跡で見た文字について話を始めた。
最初は驚いていたけれど、ミストは途中から真剣な表情で話を聞いている。
そして話が終わると、ふぅ、と溜息をつく。
「成る程ね。古い歴史や残っている文献にも記されてはいたけれど、まさか本当にあったとはねぇ」
「ええ。そこでですね、ティルナノーグやファウストの件は置いておくとして、後日またそのような事が出来ないかと思うのですよ」
「難しいわよ。レックス皇帝は今の平和を長く維持するのが良しと思っているわ。私もそれには賛成。なので大きな波が帝国に押し寄せて来る事を、皇帝は望んではいない」
とミストは二人に説明する。
付き合いは短いものの、何度も会っている二人にもそれは理解出来た。
「異種族交流について寛大な国は何処でしょうか?」
「この大陸だと最南端の小国家が寛大ね。それ程豊かな国ではないけれど、何故か大勢の人が集まる国なのよ。冒険者が長期滞在する国でもあるし、何より、古き魔導国家のあった土地と言われている所なのでねぇ」
――キュピーン
とマチュアの瞳が輝きを増す。
「国交は?」
「不可侵。お互いに干渉せずで話はついているはずよ」
その言葉に、マチュアは腕を組んで考えている。
「また余計なことに首を突っ込む気なのかしら? 今はまず、ティルナノーグの件を片付けないといけないのでしょう?」
「ああ、そういう事だ。マチュアは余計な事はしないようにな」
とミストとストームに釘を刺される。
「分かっていますよ。現状はよく理解しています。当面は月の門浄化部隊には各部隊に二人ずつ、幻影騎士団のメンバーを出向させます」
それだけでも大幅な増強である。
「幻影騎士団って、そんなに団員はいました? 私もあまり把握していないのですけれど。そもそも新規の募集なんてしているのかしら?」
「新規募集というか、スカウトはしていますよ。今は8名しか居ませんので、ウォルフラムとアンジェラ、斑目とポイポイ、ワイルドターキーとズブロッカでチームを組ませて各部隊に配置しましょうか」
「私とストームは単騎で問題ないので、緊急時に加勢する方向で。このまま第一部隊には私が付きますね」
とトントン拍子で話が進む。
後はベルナーに戻り、シルヴィーに話を通すだけであるが。
――ガチャッ
と立ちあがる、マチュアとストーム。
「では一旦私達はベルナーに戻って報告しますね」
「あら、シルヴィーなら昨日から王の務めでラグナに滞在中よ。今呼んであげるわね‥‥すまないけれど、執務室のシルヴィーを呼んできて頂戴」
と侍女に命じて、シルヴィーを呼びに向かわせる。
数分後には、スタタタタタッとシルヴィーがやってきた。
「久しぶりぢゃ。元気にしておったか?」
「ああ、シルヴィーも、変わらないな」
――ポンポン
とシルヴィーの頭をポンポンと叩くストーム。
「実はシルヴィーにお願いがありまして、実はですね……」
とミストがこれまでの経緯を説明する。
「ふぅむ。成程のう。そういう事なら構わぬぞ」
「助かりますシルヴィー。今の帝国で最強を誇る幻影騎士団をお借りするというのも心強いですわ」
と頭を下げるミスト。
「最強はロイヤルガードだろう?あれは相手したくないぞ」
「同じく。単騎であれを十人相手するのは御免被るわ」
と笑いながらストームとマチュアが呟くが。
――ガチャッ
「ロイヤルガード全員相手が前提とはなぁ。頼むから余の騎士団を全滅するような事は避けてくれよ」
と皇帝が室内に入って来る。
――ザッ
とシルヴィーとミスト、ストーム、そしてマチュアの4名は立ち上がり、深々と一礼する。
「公式の場ではないから構わぬ。楽にしてくれ」
と笑いながら告げるレックス皇帝。
「現在の状況を報告してくれ」
「はい。現状確認できている月の門は全部で84、そのうち50までは魔力の回収を完了しています。残りについては、随時部隊の派遣の準備を行なっている所ですが、ここに来て壁にぶつかりました」
ほう、と眉をピクッとさせてミストに問いかける。
「壁とは何か?」
との問いに、先程まで話をしていた魔族の侵攻について説明する。
「足りない戦力はAクラス冒険者で補えるか?」
「可能です。ではそちらの方向で進めてみます」
とミストが頭を下げる。
「レックス皇帝、それとミストとシルヴィー、例のお触れを出してから、何か変わった事はなかったか?」
ストームが単刀直入に問いかける。
「一部の貴族は、帝国から抜け出した者もいますね。保養という名目で隣国に流れた者もいますけれど、概ね大きな騒ぎにはなっていませんわ」
「ベルナー国も同じくぢゃ。暫くは市井の者達も騒ぎ立てておったが、妾が広場にて直接説明したせいか、すぐに元に戻ったぞ」
二人の報告から察するに、まだ人々には実感が無いのだろう。
その裏では、確実に魔族が蠢き、何かを画策しているのは事実である。
「ティルナノーグからの防衛に参加したいという冒険者のリストもあちこちのギルドからあがっては来ている。参加の最低条件が『魔法もしくは波動が扱えるもの、扱えない場合はAランク以上の魔法武器を所持している事』となっているから、それなりに人数は絞られているがな」
とレックスも静かに告げる。
「なら問題はないね。じゃあ、私はうちに帰って様子でも見てきますか」
とマチュアは立ち上がると、そのまま会議室を後にする。
「同じく。また、何かあったら報告するから」
ストームもマチュアの後を追うようにその場を後にする。
「しかし、何故皇帝陛下はうちのストーム達に甘いのぢゃ? 妾には分からぬが」
とシルヴィーがレックス皇帝に問いかける。
「古い約束だ。そう、今から2000年も昔の話になる……」
と、レックスは、遠くを眺めるように呟いた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
この大陸では、過去に二回、大陸全土を揺るがす大災厄と呼ばれる出来事が起きた。
最初は今から2000年前にも遡る。
当時の出来事については、今は伝える者も無く碑文すら残っていない。
ただ言える事は、大陸全土を覆う黒い結界により、この大地の生きとし生けるもの全ての命が失われそうになったという事だけである。
だが、当時の大陸で覇権を持っていた大国の姫巫女と、何処からやって来たのかわからない一人の若者によって結界は破壊され、大陸で猛威を振るっていた『存在』を遥か時の彼方へと飛ばしてしまったのである。
この姫巫女と勇者こそが、このラグナ・マリア帝国の基盤を作り上げた始祖であると伝えられている。
ラグナは長命であったらしく、500年の寿命を持っていたらしい。
その長き時の中で、ラグナはこの帝国の基盤をしっかりと作り上げた。
そして500年の後に再び災厄が訪れることを予言して、子供達に未来を託した。
『遥かな時の彼方、また勇者となる者が現れる。誰も逆らってはいけない。私やマリアに接するよう、その者を親と同じと思い、力を請いなさい。彼の者は、神より与えられし『祝福』を受けているのだから……』
残された子供達は先王の言葉に従い、国を守っていた。
そして今から1000年前、ラグナ没後500年の境目に、竜族が大陸全土で猛威を奮い始めた。
時同じくして、浮遊大陸ティルナノーグでは魔族が長き沈黙を破り、ティルナノーグに眠る『大いなる遺産』を奪う為に侵攻を開始した。
その時、戸惑う民の前に姿を現したのが、神により大いなる加護を授かった吟遊詩人のアレキサンドラである。
ラグナの子孫達、当時は八王家の者達は先王の言葉に従い、アレキサンドラに助けを請うたのである。
彼女は歌と類い稀なる魔術の知識によって、ティルナノーグを魔族ごと時の彼方に封じ込め、大陸で猛威を奮う五大竜のうち三竜を従わせ、残る二竜に眠りを与えると、竜族と共にこの地を後にした。
『1000年の時を超えて、ティルナノーグは再び姿を現します。私の力では魔族を抑える事しか出来なかった。ですが、その時が来たら、私のように大いなる神の加護を持つものが帝国にやってくるでしょう。力を請いなさい。彼の者には誰も逆らってはいけません。これは始原の王ラグナとマリアの言葉です。彼の者は、神より与えられし『祝福』を受けているのですから……』
この後、この大陸は静かな時が流れていった。
そして今に至るのである。
「これが、ラグナ王家に代々伝わる英雄の物語だ。誰にも口外するなよ」
とレックス皇帝はその場にいたシルヴィーとミストに告げる。
「そ、それではストームとマチュアが、今の時代の勇者であると?」
「二人がこの地を訪れていなければ、王都をボルケイドが襲い、その怒りを鎮めるためにベルナー家は滅んでいた。ティルナノーグの封印は解放され、恐らくは帝国は存在していないだろう」
ミストの言葉に、レックスがそう告げる。
「ボルケイドの到達だけで、王都は全滅している。以前ブリュンヒルデが討伐したドラゴンとは規模が違う。私があの二人に対して寛大なのはそういう理由だ。ストームに授けた聖剣は勇者ラグナの使っていた武器。これは王家の者しか知らない事だがな」
と笑いながら告げる。
「それで全て理解したのぢゃ。なら、どうしてあの二人を勇者認定しないのぢゃ、勇者として名を出せば、臣民全てが落ち着くのではないか?」
「それは、あの二人はそれを望んでいない。彼らは、自らは立ち上がろうとはしていない。我々に進む道を示してくれているのだ。私の予測だが、二人が本気を出せば二人でティルナノーグに向かい、全てを終わらせる事が出来る筈」
と、ミストとシルヴィーは、思い出した。
以前、ティルナノーグに向かう為に結界を張るという話の時の、二人の言葉を。
『戦闘の度合いにもよるけれど、半月は張りっぱなしで行けるよ。ストームは?』
『いっしゅ‥‥7日ぐらいは戦いっぱなしでもいける』
「先王ラグナは帝国の基盤を作った。吟遊詩人アレキサンドラは、我々では対処できない大陸の脅威を退けた。ならば、ストームとマチュアはどうなのか?」
とレックスが二人に問う。
「私達自らの力で、脅威を排除出来るようにと道標を作っているという事ですか?」
コクリと頷くレックス。
「シルヴィー、君は幸せなのだよ。時の勇者二人が、君の為に力になってくれる。私や他の五王は彼らを従わせる事は出来ない。が、二人は君の為には全力を以て応えてくれる」
そう告げると、レックスは静かに立ち上がる。
「では、そろそろ私の独り言は終わるとしよう。今の事は他言無用。ティルナノーグの件、失敗は許されない。以上だ」
素早く立ち上がると、ミストとシルヴィーは一礼してレックスを見送った。
――ガチャッ
扉から外に出ると、そこではロイヤルガードが二人待機している。
「王よ、全てを話さなくてよろしいのですか?」
「構わん。所詮は私の戯言だ……執務に戻る」
と歩き始める。
(竜に捧げられし聖なる巫女か。巫女を救うために勇者が姿を現した時、巫女はスタイファーの秘めたる力に目覚め、帝国を未来へと導く……二人には伝えていない王家の伝承か……)
王家に伝わる詩篇の一つを思い出し、苦笑しながらレックスは戻っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
サムソンの馴染み亭はとんでも無い事になっていた。
ストームとマチュアの二人が戻って来た時、アーシュの意識は戻っていたのである。
尤も拘束の魔術が施されていたので、マチュア本人かそれ以上の魔力を持つ者でなくては解除する事は出来ない。
発動時に時間制限をかけるという方法もあるのだが、逃げられると厄介なので無制限で施してある。
「こんなに清々しく腹立たしい感覚は初めてだ。私に何をした?」
魔法陣の中で、アーシュがそう吐き捨てるように呟く。
すっかり魔障を抜き取られ、ただのダークエルフのようになっている。
そんな姿を見てマチュアが一言。
「ストーム、賭けよう。私はこの後の尋問でアーシュが『クッ殺』する方に特製カレーを、寸胴4つだ」
「なら、俺はしない方に賢者用ローブの材料になるクルーラーのインゴットを10本」
――ガシッ
ガシッと拳を合わせるマチュアとストーム。
「フッフッフッ。さて、君には色々と聞きたい事がある。どこから来たのか、誰の命令なのか、全て洗いざらい教えて貰おうか!!さもなくば、その身体に聞くとするがどうするかね?」
とニィッと笑いながらアーシュに告げるマチュア。
(さあ、言いなさい。そんな脅しには屈しないと。殺せと言うのです)
なんかワクワクしているマチュアだが。
「いいだろう。魔障を抜かれて唯のエルフにまで戻された以上、既に帰る所などない。今更戻った所で処刑されるのが落ちだ」
背後で、ストームがガッツポーズからの『サイドチェスト』のポージングを取っている。
明らかなる勝利宣言であろう。
「い、いや、あのね、そこはプライドを守る為に、仲間を守る為にね、クッ殺せでしょ?」
動揺しながらそうアーシュを説得するマチュア。
だが。
「戻ったら任務失敗で殺される。なら、ここで汚くても生きる方を選ぶ」
キッパリと言い切るアーシュある。
――トントン
とマチュアの肩をストームが叩く。
「シーフードカレー二つとノッキングバードのカレーを一つ、ワイルドボアの激辛カレーも一つな」
「くっそぉぉぉぉぉぉぉっ」
――ガタッ
と膝から崩れ落ちるマチュア。
そんなの放置で、ストームがアーシュに話しかけた。
「とは言え、まだあんたを信用してはいない。さっきの話だが、どこから来たのか、そして黒幕は誰なのか教えて欲しい」
そう問われると、アーシュはゆっくりと話を始める。
「私の出現先はこの街の郊外にある古い遺跡さ。黒幕は最近になって7使徒に加わった仮面の導師『アーカム』。古き七使徒の一人『カミュラ』を殺して加わった魔族だ」
「どこから来た?」
「魔界と言えば分かるかな?人間は魔界大陸と呼んでいる場所だ。私はメレスの王都イグシールの魔道士の家系でね。古きダークエルフの民だよ」
「ここに来た目的は?」
「ファウストの半身の回収だね。間もなく解放されるティルナノーグにいる筈のファウストを、完全体にする為に必要なのでね」
「これからどうするんだ?」
「さあねぇ。アーカムの元に戻った所で、任務失敗で殺されるのがオチだしねぇ。魔障はすっかり抜かれて、魔族核が力を失ったから、あんたたち人間と同じ力しかないからねぇ」
「さて、マチュア、なんで黙っているんだ?」
とマチュアの方を振り向くと、いつの間にか深淵の書庫を起動して中に籠っている。
「そのまま続けて」
「あ、そういう事な。それじゃあ、七使徒の名前と居所を教えて貰おうか?」
「殆どメレスに居るわ。仮面の導師アーカム、竜族の獣人カレラ・ドラグーン、背徳者ファウスト、暗黒騎士セシル・ファサード、闇司祭メルキオーレ、後の二人は知らないわ」
と告げると、アーシュはストームに一言。
「喉が乾いたわ。何か飲むものを頂戴」
「ああ、ちょっと待っていろ」
とストームが階下に水を汲みに行く。
「その中にいると、私の言葉に嘘がないことは分かるでしょ?」
とアーシュがマチュアに告げる。
その言葉には、さすがのマチュアも驚いている。
「ちょ、どうして分かったの? 確かに貴方の言葉に嘘偽りがないかは調べていたけれど」
「アーカムも貴方と同じ魔法陣を使うのよ」
つまり、アーカムはマチュアクラスの賢者の資質を持っているということになる。
「これは参ったわ。まさかそこまでの人材が魔族にいるなんてね」
「魔族の成り立ちは知っているでしょ? 純魔族はそれぐらいの力を持っているわよ。私達みたいに魔導核を後から受けた半魔族とは違ってね。その上の真魔族に至っては、伝説でしかないわね」
とアーシュが呟いていた時、ストームがコップに水を汲んで持ってくる。
「このままじゃ飲めないか。マチュア、拘束解除で」
「よろしい」
と指をパチンと鳴らすマチュア。
――ビシッ
とその刹那、アーシュの拘束が解除された。
「ここまで情報をあげたのだから、そろそろ信用してくれたという所かしら?」
とアーシュが二人を見ながら告げる。
と、ストームがマチュアを見ると、マチュアもニコリと笑って頷く。
「嘘偽り一切なし。信用に値するかどうかは別として、ちょっとだけ監視させてもらっていいかしら?」
とマチュアの右手人差し指が白く輝く。
「お好きにどうぞ。もう私には行く所なんてないので」
と告げるので、アーシュの右手の掌に光る文字を書き込む。
「これは?」
「いつ何処に居ても、私の深淵の書庫で居場所を確定する事が出来るのよ」
と告げたものの、実際はただの魔力の落書きだけ。
魔法でアーシュを縛り付ける気はない。
「ふぅん。まあいいわ。それで、私はこれから何をすればいいのかしら?」
と告げたので、マチュアは空間から馴染み亭の制服を取り出すと、それをアーシュに手渡す。
「えーっと、月の給料が‥‥で、休暇が‥‥でね。後、ストームの仕事の手伝いもあるので、貴方は基本このサムソンで勤務ね」
「はぁ?」
と動揺するアーシュ。
捕まえられて牢獄ぐらいは覚悟していたのだろう、まさかここまでフリーにされるとは思っていなかったようである。
「うちの仕事といってもなぁ。鍛冶師なのでそんなに仕事はないが、納品と注文の受付、在庫の管理と武具の磨き上げぐらいはやってもらうか」
と大量の羊皮紙をテーブルに置くストーム。
「この店は週に一度の夜のみ営業。それ以外はサイドチェスト鍛冶工房の受付兼販売を行っている。つまりは普段のアーシュは鍛冶屋の店員、週に一度は酒場の店員だ。これでいいか?」
と告げられて言葉も出ないアーシュ。
「何で信用してくれるんだ? 私が裏切る可能性は考えていないのか?」
「もしそうなら、俺達の認識不足という事だ。あんたは決して裏切らない。マチュアと俺がそう信じたから、あんたも俺たちを信じろ」
「そういう事。私達の世界にはこういう名言があってね。『てめぇを信じるあいつを信じる、あいつを信じられるからてめぇを信じられる』ってね」
「グレンかよ‥‥」
とストームとマチュアが笑いながら告げる。
「ということで、まずは‥‥」
とマチュアとストームが一階に向かうと、そのままバケツとモップを手渡す。
「自分で壊したんだから、片付けぐらいは出来るよね? その後でアーシュがやってきた門を教えて。ぶっ壊すから!!」
とガシッと両手の拳を打ち鳴らすマチュア。
「という事だ。マチュアが一番怒っている理由はな、店を壊したからだよ」
とあっさりと告げるストーム。
「ああ、この二人には敵わないなぁ‥‥」
とようやくアーシュは笑って呟いた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






