エピローグ語るだけ・その12・軍事バランスとは
長閑な昼下がり。
その日のマチュアの仕事は、異世界大使館勤務。
まあ、勤務といっても、カルアド関係とラグナ・マリアの転移門関係がメインであり、今の申し込みの分は全て精査が終わっている。
マチュアの方針で、ラグナ・マリアとフェルドアースを繋ぐゲートは、ひとつの王領につき1カ国だけに限定し、それ以上の追加はしばらくは行わない事に決定した。
なお、現在の転移門の接続は以下のとおり。
カナン魔導連邦 ⇆日本国
サムソン王国 ⇆ルシア
ベルナー双王国 ⇆アメリゴ
ラマダ王国 ⇆インドゥラ
プラトーン王国 ⇆グランドブリテン
ケルビム王国 ⇆ラス・ディバレー共和国
ヘインゼル王国 ⇆サウスアラビア
クフィール王国 ⇆フランゼーヌ
元々の申請順で開放する予定であったが、国連事務総長らと協議した結果として決定したのが現在のゲート接続先である。
後日、ラグナ・マリアの各国にもう一つずつゲートの接続先を検討する事にはなっているが、それはまだかなり先になる予定である。
「相変わらず申請は多いなぁ。初期三国以外は国連との協議だって話してもダメなんだからなぁ」
「全くです。それでマチュアさんにお仕事です。中国・上海郊外に『異世界公司』が完成するそうで、クローズタイプの転移門がお披露目されるそうです。その招待状が届いていますが」
おおっと。
この、タイミングで中国からの招待状が届くのは想定外であるが、マチュアはニイッと笑った。
「そーかそかそか、喜んで行ってきましょう。何なら一週間ぐらい早く前乗しても構わないわよ?」
「そこはご自由に。あちらがどんな意図でマチュアさんを招待したのかもわからないのですからね」
「まあ、そうなんだよなぁ。それで、私が行く事は日本政府は知っているの?」
「どうでしょうかね。国家機密レベルのものを公開お披露目ですからねぇ。国内でのお披露目で、マチュアさんを招待したとかでは?」
その可能性が一番高い。
国が保有する転移門は、どう考えても他国に対して広めるものではない。
しかも中国主体でとなると、明らかに自分たちの力を世界に誇示する為のもの以外何者でもない。
それを何故マチュアに?
「ん〜。まあいいわ、行ってみてから考える事にするわ」
まだ見ぬものをあれこれ考えるより、直接見てから考える事にしようそうしよう。
取り敢えずマチュアは、手が足りない人の手伝いと出かける準備をする事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
盛大な花火と大勢の観客の歓声が響く。
中国初の異世界公司の誕生とあり、大勢の人民が諸手を挙げて歓喜に震えていた。
そんな中、マチュアは1人貴賓席。
他国からのゲストは大使館責任者達がほとんどであり、国家元首クラスの人は招待されていない。
「まだ手の内は公開しないって所かな。それで、私に何かご用ですか?」
隣の席に座っている、フードを被った老人にマチュアは問いかける。
「お初にお目にかかります。私はヨギと申します」
「ん〜、マスター・ヨギって貴方でしたか。その節は、色々とお世話になりましたねぇ。それで、この私を招待した意図は何ですか?」
初めから何かあると疑って、そして目の前にかつて敵だったらしい魔人がいる。
これで何かを企んでいる事は事実である。
「いえ、マチュアには私達の同志となって貰う。貴方の魂の波長は全て分析が終わっていましてね。エクストラを使った際に作ったこれがあればね」
スッ、と懐から鉛筆大の杖を取り出すと、ヨギは魔力を注ぐ。
エクストラを使った際に研究した成果の一つ、対象の人間の魂の波長を隷属化するこの術式。
それを使ってマチュアを隷属化し、自らの支配下におこうと考えたのだが、そこは詰めが甘い、ザッツ・スイート。
──ビシッ
突然杖が砕ける。
「な、貴様何をした‼︎」
「何もしてないから。まあ、あんたが私に敵対したいって言う意図は分かったわ」
マチュアは首筋に手を当てると、破壊神モード1を起動する。
刹那、魔人であるヨギは心臓を握り締められたような感覚に陥り、その場に膝から崩れた。
「ガバッ……ハアハアハア……あ、貴方は一体……」
「私が何者かなんてどうでもいいわ。早く座って、外から見たら何かあったのかって驚くでしょ?」
ゆっくりと神威を弱めると、ニッコリとヨギを椅子に座るように勧める。
これに従ってヨギも引き攣った笑みを浮かべつつも、椅子に座ってマチュアを向く。
「まさか……この波長、この神威……貴方は破壊し」
「ストップ。それ以上は良くない。まずはこの式典をちゃんと終わらせてから。話はそれからね」
「い、イエス……」
それ以上の言葉はない。
ヨギは椅子に座ったまま、どうにか表向きは穏やかな笑顔で式典が早く終わるのをじっと待っていた。
………
……
…
上海・異世界公司地下。
地上からはスロープを使って降りられるその先に、異世界グランアークとフェルドアースを繋ぐゲートがあった。
人民解放軍による幾重のチェックを通り抜け、マチュアはヨギと共に転移門の前にやって来た。
「ふぅん。空間湾曲型の転移門かぁ。魔力波長から察するに、設置したのはカーマインだね」
「さ、左様。だが、扉が設置されてからしばらくして、開かなくなってしまった」
まあ話を聞いてみると、ストームがカーマインを滅した時点でゲートが閉ざされたまま開かなくなったらしい。
「カーマインが死んだから、魔力波長が届かなくなったのか。一番安全なセーフティシステムなんだけど、ここでそれが裏目に出たのかぁ。そんで、ヨギさんはこの地上に取り残されてしまったと」
「うむ。まあ、こう見えてもこの国では重鎮扱いであるし、我ら魔人を滅する事が出来る兵器など存在しないからな。なので、我の生活と安全を保障する代価に、我々の魔術を教えていた」
それについては、マチュアがとやかく言う権利もない。
魔人の使う魔術は秘薬を必要としないが膨大な魔力を消費する。
このフェルドアースの人間には到底使える代物ではないから。
「それで、あんたは私を隷属化してこの扉を開きたかったの?」
「うむ」
「グランアークに帰るため?」
「それもあるが。向こうに取り残された人々の安全を保障してやらなくてはならない。この国は、マチュアが日本にゲートを開いてからどうにか異世界の土地を求め始めていた」
そこからの話は酷いものであった。
中国はどうにか日本の転移門を手に入れるために様々な方向に根回しをしていた。
国連の常任理事国であるのを良い事に日本に対しての揺さぶりを掛けたり、国連に日本に対しての制裁措置をするよう求めたり。
とにかく転移門と、その向こうの土地を手に入れる為にはどんな手を使っても構わないと言う方針であったらしい。
当初はルシアもそれに追従していたのだが、アメリゴが転移門と異世界の恩恵を得、その直後にマチュアとフーディン大統領との密約によりカルアドを手に入れた時点でルシアは離れた。
結果、中国は日本を対して軍事力による侵攻さえ考えていた時に、オーストラリア上空に現れた浮遊大陸。
そしてヨギの中国接触により、状況は一変。
日本に対しての敵対行動により世界を敵に回すよりも、ヨギと手を組んで時間と財力を注いだ方が理であると判断。
そしてカーマインの命令によりヨギは欧阳国家主席と接触、蘇陽を土地ごとグランアークに転移させた。
そしてカーマインが転移門を設置すると、フェルドアースとグランアークを入れ替える計画が発動したらしい。
「……ガバガバの計画のようだけど、レムリアーナがあれば難しくはないわね。中国は隠蓑として使っていたのね?」
「左様。まあ、マチュア達によってレムリアーナが奪われた時点で計画は頓挫したが、中国には転移門が残っていた。この上海転移門はその時に作ったものだがな」
「それで、国を挙げて歓迎式典をして、私を捕まえて味方に引き摺り込む……って所か」
静かに転移門に手を当てて魔力波長を確認すると、そのまま波長を上書きする。
万が一マチュアがいなくなっても、こっちの管理神マチュアでも可能な二重書きこみを行うと、扉をゆっくりと開いた。
──キィィィィィン
銀の扉が虹色に輝く。
そしてゆっくりと開くと、蘇陽の地下にあるゲートに接続した。
「な、何と‼︎良いのですが、我々中国が異世界を手に入れる事がどれほど危険なことか、マチュアは分かっているのではないのか?」
「ん?これ、私しか開けないように上書きしたからね……これって。意味わかるでしょ?」
転移門を人質にした交渉。
これにはヨギも頭を抱えた。
「一ヶ月。その後は自動で閉じるから……それとヨギ、あんたには色々と聞きたい事があるからね。あんたの力で創り出された魔導潜水艦とか、その他色々と……全て見せてもらいましょうか?」
「は、はは……私には拒否権は無いのですね?」
「そうねぇ……ついでに欧阳も同席してもらいましょうか。それが嫌なら、このゲートはすぐに閉じる」
既に断る事は出来ない。
ヨギはすぐさま欧阳に連絡を取ると、ヨギの研究所へと移動する事にした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
上海郊外、ヨギの研究所。
表向きは大きな貿易商、蓮綿公司と言う看板がある建物の地下、そこにヨギの研究施設がある。
既に連絡が届いていたのか、欧阳国家主席が笑顔でマチュアを迎えてくれた。
「ヨギ老子、マチュアを手に入れたのですな?」
「まっさかぁ。あんな子供騙しに引っかかる私じゃないわよ。初めまして欧阳国家主席、カナン魔導連邦のマチュア・ミナセです」
ニッコリと右手を差し出すマチュアに、欧阳は動揺の色を見せるがすぐにマチュアと握手する。
「ヨギ老子、詳しくご説明をお願いしてよろしいですか?」
そのままヨギは、先程までのマチュアとの会話を全て説明した。
その上で、一ヶ月のゲート開放条件に、ヨギの研究を見せてもらいたいと告げたのである。
そして欧阳はハァ……と、ため息をつくしかなかった。
「マチュア小姐、転移門の件はありがとうございます。一ヶ月と言う期間ですが、それを伸ばす事は出来ますか?」
「グランアークとの接触は最小限にしていただけると助かりますがね。閉じた後でまた考えましょう。それと、中国はグランアークを手に入れられるのでカリス・マレスとの接触は禁止します。カルアドについては考慮しても構いませんが?」
マチュアがニィッと笑うと、欧阳は両手を自分の顔の前で合わせると、静かに頭を下げた。
「对不起……これまでの、マチュア小姐に対してを謝罪します」
絶対に頭を下げない中国が頭を下げる。
彼らにとって謝罪とは滅多にしてはならない事。
謝罪はすなわち、自身の非を認める事。
日本人は、社会的に挨拶レベルでの謝罪は幾度となく行う。これは対人関係などもスムーズを行う為であるが、中国にはそのような文化はない。
謝罪はすなわち自身の非を全て認める事であり、全責任を負わなくてはならない事。
欧阳は、マチュアとその周囲に対しての全ての非を認めたのである。
「欧阳の、私に対する謝罪に感謝します。これで貸し借りはなし、対等に話す機会を与えます」
色々とあったが、これで蟠りはない。
これで欧阳もようやく交渉のテーブルに就く事が出来たのである。
後日、中国籍の人に対してもカナンへと渡航が認められるようになるが、それはまだ少し先の話。
そのままマチュアは欧阳やヨギと共に中国軍部における『試作型魔導兵器』を見学したり食事会を楽しんだ後、一週間の視察を終えて日本へと戻って行った。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






