エピローグ語るだけ・その11・カナンのインフラ整備
とある日の午後。
カナン王城では、大勢の貴族が集まった懇親会が行われていた。
家族参加可能な立食スタイルでのフリー歓談とあって、集まった貴族やその家族達も楽しそうに話をしている。
クィーン・マチュアの傍には護衛としてゼクスが待機し、入口近くでは幻影騎士団のマントを羽織った十六夜厳也が椅子に座ってのんびりとしている。
復興の話から始まり、各地方での収穫物や秋の納税に合わせた加工の話など、それぞれの領地特有の話が飛び交っているのだが、領地としては最も遠い位置にある『クルフ大湖都市領』の領主であるクラフト伯爵が、クィーンの元に向かう。
「女王様におかれましては、一つお尋ねしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
丁寧な物腰、相手を試すという雰囲気ではなく純粋な好奇心からの質問。
それを感じたクィーンがにこやかに頷くので、クラフト伯爵が話を始めた。
「このカナン魔導連邦には、マチュア様が作りし魔導具がかなりあります。中でも転移門、あれは大陸内を移動するのにもかなり有効な手段であると思われますが、未だゲートの接続先は異世界ギルドのある主要王都だけと伺っております」
ふむふむ。
クラフト伯爵が何を聞きたいのか、厳也も気になって耳を傾けている。
「この秋の王都への納税、各地方領地にも転移門がありましたら時間の短縮にもつながると思われますが、如何でしょうか?」
「それは、現時点では考えていません。確かに時間の節約という事ではかなり有効であると思われますが、あれを起動するのに必要な魔力は膨大です」
うむ。
予定通りの返答に厳也も満足。
だが、ここからがクラフト伯爵の本音である。
「成程。それは申し訳ございませんでした。そういえば話は変わりますが、陛下は機関車という異世界の乗り物をご存知ですか?」
「ええ。それは知っていますよ?それがどうかしたのですか?」
「この王都を視察しているときに小耳に挟んだのですが。街にやってきた地球人が、移動には不便という話を聞きまして、ちょっと気になったのでお話を伺ったのですが、タクシーや地下鉄というものがフェルドアースには普及しているそうで、それがあると便利だと申しておりまして。そのようなものをマチュア様は魔導具として作れるのでしょうか?」
おおっと、クラフト伯爵、かなりぶっ込んできましたなぁ。
以前、地方視察の時もマチュアはクラフト伯爵をなかなか食えない伯爵認定していた。そしてここに来ての切り込みである。
近くにいた貴族達も、耳がピクピクと動いたり襟を正してクィーンの方を見たりして、クィーンの話をじっと待っている。
そのクィーンは努めて冷静に目を閉じる。
(マチュア様、如何するのですか?)
『んー。順次、可能な部分から検討する』
念話で会話を終えると、クィーンが目を開く。
「そうですね。こと魔導具となりますと、研究や開発にも時間が掛かります。ですのですぐにとは返答できませんが、可能な部分から検討しましょう」
「ありがたきお言葉。それでは陛下の良き報告を待つ事にしましょう」
クラフト伯爵が頭を下げたので、周りで話を聞いていた貴族達も一礼し、またそれぞれが話の輪の中に戻っていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日、マチュアはいつものように馴染み亭ベランダ席で新しい魔導具の図面を引いている。
一つは大型魔導機関車、セフィロト世界のイスフィリア帝国で見た魔導機関車を、マチュアなりにアレンジした。
これはベースになったものがあったため、それほど時間が掛からなかったのだが問題はもう一つの図面。
「ふぅ。基本形はこれで行くとして、やっぱり大型の魔晶石か魔石が必要だよなぁ」
描かれている図面はカナン各部をつなぐ路面電車。
形状は札幌市の新型低床車両「A1200形」をイメージして描いていたのだが、駆動システムをとことんまで小型化する必要がある。
加えて、エネルギー媒体となる魔晶石が圧倒的に足りない。
このサイズの魔導具を動かすとなると、最低でも直径30cm以上のものは必要。そして魔晶石でそのサイズは滅多に見ることはなく、魔物の体内から取れる魔石に至っては、全長20mクラスの魔物になってしまう。
「今手元にあるのは、ドラゴンの魔石だけだしなぁ。それも魔導機関車に使う分しかないし……どうしたものかなぁ」
改めて空間収納を整理してみるが、やはり在庫がない。
「仕方ないか、とりあえず路面電車は後回しにして、先に魔導機関車からやってみっか」
そうと決まれば後は早い。
今までみたいに小型魔導具ならその辺の空き地で作っていいのだが(本当は良くない)、今回は大型。
グランドカナンの建材の置いてある広場に向かうと、そこに巨大な魔法陣を形成する。
「さて、図面はこれ、記憶水晶球をセット、材料は……あ、ルーンスペースから貰ってきた鉄材が大量にあるからこれで良し、さぁ、行ってみようか創造魔法起動‼︎」
──ヒュヒュヒュヒュッ……
魔法陣内の素材が次々と変異し、機関車の形をゆっくりと形成する。
マチュアのイメージはC5343型蒸気機関車、当時にしては斬新な流線型機関車である。
簡単に作れるように蒸気機関なのは変わらず、ボイラーシステムに魔導システムを組み込む。
副水車を引く必要があるが、そこそこに知識のある錬金術師なら制作可能なシステムで作り出している。
そして、マチュアが何かしていると決まって集まる大勢のギャラリー達。
何か儲け話につながらないかと商人達が集まってソワソワとしているのだが邪魔が入らないように今のマチュアの装備は白銀の賢者モード。
この姿で話しかける勇気のあるやつなど
「マーチュアさま、これは何作ってるの?」
「おっきーい。これもゴーレム?」
「鉄のお宿?」
子供達は無邪気である。
近くを通り掛かった子供達が、創造魔法の魔法陣の周りで目をキラキラと輝かせながら質問していた。
「ん?これは実験だね。新しい乗り物でね、これがちゃんと完成したら、カナンの領土の端から端までピューンって速く移動できるよ」
「ええええ、馬車よりも速いの?」
「ゴーレムホースよりも?」
「魔法の絨毯よりも速い?」
などなど、質問の雨霰。
「ゴーレムホースよりも速いけど、絨毯よりは遅いかなぁ。でも、すごい大勢が移動できるし、重い荷物も軽々と運べるよ?」
「「「うわぁぉぁ」」」
楽しそうに走り回っている子供達。なら、暇な今のうちに次の工程を作るとしよう。
魔導機関車に必要なものはレール。
ゴムタイヤなどこっちの世界ではまだ作れないし、馬車のような車輪では地面に埋まる。
しっかりとアスファルト舗装されているわけでもないので、やはりレールは必要。
「そんじゃ、とりあえず500m分作ってみっか……」
大して難しい加工ではないので、レールはあっという間に完成。ついでに枕木と杭も仕上げると、広場からフェルドアース区へと続く道路の端に枕木を並べ始める。
元々この辺りは砂利を敷いて地盤を固めてあるので、レールを敷くのも問題はない。
「えーっと、魔導機関車の軌間が標準軌なので、1435mmか。後で幅を合わせるトロッコを作るとして、取り敢えずは目測でやってみっか」
レールの幅を1435mmに合わせて置いて行き、杭を打って固定する。
気がつくと、フェルドアース地区の現場作業員達も作業に加わっていた。
「マチュア様、この幅はどれぐらいなのですか?」
「あ、この定規当てて測ってみて……って、人多いわ‼︎何があったのよ?」
「いや、今日の作業は終わりでして。暇なので宿に戻ろうと思ったのですが、マチュア様が何だか楽しそうな事してましたから」
そかそか。
それなら手伝いを頼むとしますか。
「夕方の鐘が鳴るまで、1人金貨一枚でどう?」
「「「「「「喜んで‼︎」」」」」
「それではご安全に」
早速作業が開始される。
流石に夕方までには終わることはないが、魔導機関車の完成まで予定時間175時間、それだけあればフェルドアース地区と資材置き場は接続出来る。
そのままマチュアは、毎日やって来ては夕方まで作業を続けていた。
………
……
…
そして魔導機関車完成日、早朝。
既に魔法陣は停止し、黒金の機関車がその場に鎮座している。
「さて、そんじゃ一度空間収納に収納して、精密作業で……レールの上に解放‼︎」
──ドン‼︎
鉄の擦り鳴る音と同時に、魔導機関車がレールの上に乗る。
朝から集まっていた人々は、その光景にドキドキしながら、これから起こる出来事を眺めていた。
マチュアは機関室に乗り制御水晶球に手を当てると、ゆっくりと魔導機関を動かす。
──シュゥゥゥゥ
機関部後方から水蒸気が噴き出す。
既にボイラー内圧力は稼働エリアまで高まっている。
「カナン魔導連邦試作型魔導蒸気機関車、始動‼︎」
──プシュー
主連動が動き動輪がゆっくりと回る。
魔導機関車がゆっくりと走り始めると、周りに集まっていた人々はオオオオオと歓声を上げていた。
「よし来た、このまま行きますか」
少しずつ加速し、フェルドアース地区まで向かう。
進行先レールの軌道内に人や獣が入り込まないよう、魔導機関車が走り始めると軌道外周に魔力シールドが展開する。
安全第一、まさか異世界初の機関車事故にならないように細心の注意を払いつつ、10分後には500m先のフェルドアース地区にたどり着く。
「500mを10分。時速三キロ、人の歩く程度の速度か。まあ、実感としては十分としておこう」
「あの、マム・マチュアは何をやっているのですか?」
フェルドアース駅で待っていた棚橋と蒲生、ツヴァイが走ってきた魔導機関車を見て絶句し、皆、ツッコミのタイミングを失っていた。
そこに町内会長の大谷がすかさずツッコミを入れたので、ようやく全員が冷静になる。
「何でぇ、しっかりとインフラ整備してんじゃねーか」
「これは西の資材置き場から走ってきたのですか。昨日の夕方に軌道が出来てたので何事かと思いましたよ」
「……クィーンからインフラ整備で何か開発しているとは聞いていましたが、まさかここまでやっていたとは……」
呆れ、驚き、やっぱり呆れ。
三者三様の反応ではないが、周りの反応は驚きばかりなり。
なのでマチュアもドヤ顔で機関室から降りてくる。
「どや、ついに作ったよ。まあ、ここにはこんな大型じゃなくて作業用の貨物台を引く魔導トロッコを置く予定だけどね」
「じゃあ、これは何に使うのですか?」
「カナン縦断鉄道。各領地とまではいかないけど、南端と北端を王都経由で繋ぐ。ここから先は人海戦術、森を開いてレールを引いては全て建築ギルドと冒険者ギルドに依頼します」
キッパリと告げるマチュアの顔が女王モードであるのにツヴァイも気がつくと、丁寧に頭を下げた。
「了解しました。そちらはクィーンに話を通しておきます」
「宜しくね。国家事業レベルになるのでかなり忙しくなると思うから、ツヴァイも手伝える所は手伝ってあげて。私は客車やら作業用魔導トロッコやら作らないとならないし、カナン王都を走る路面電車も設計しないとならないからね」
ニィツと笑うマチュア。
なお、後日、日本国の小野寺防衛大臣が視察という名目でカナンを訪れた際、魔導機関車を見てものほしそうにしていた事は言うまでもない。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






