エピローグを語ろう・その9・暗躍したい貴族ギルド
ソラリス連邦侵攻が終わり、ケルビム皇帝も安堵のまま退位。
そしてライオネル・ラグナマリア・ラマダ新皇帝の就任と、ラグナ・マリア帝国はこの一ヶ月の間に目まぐるしく情勢が変わっていた。
ライオネル皇帝就任後、新皇帝の誕生をよしとしない反対勢力が暗躍を開始したという噂を十四郎以下幻影騎士団の諜報部隊が入手し、ストームの元に届けたのだが。
それとほぼ同時期に六王会議でも、この件が話し合いに出て来たのであった。
「まあ、こうなる事ぐらいは想像出来ておるわ。先代のケルビム皇帝まではラグナ・マリア直系の血筋ゆえ、誰も疑う事はなかったであろう。
だが、ラマダ家は直系とは言え一度はラグナ・マリア家から放逐された血筋、それが今更帝国に戻って来て皇帝を継ぐなど、旧体制派がよしとしないであろうなぁ」
淡々と話を進めるライオネルだが、その場に集まっている六王も頭を悩ませている所である。
「私、ヘインゼル王領では、旧貴族家が集まって『貴族ギルド』なるものを設立したいという申し出がありました」
「ふぅん。その貴族ギルドって一体なんなのかしら?」
「申請書類によりますと、貴族による集まりで、色々と問題があった場合に相談したり定期的に催し物をする為のものだそうですが。
問題の解決については貴族院があるので却下し、催し物などについてもわざわざギルドを設立する必要はないという事で却下してあります。
ですが、それをよしとしない伯爵家などが裏で何かしている可能性があります」
ミストの問いかけにブリュンヒルデも淡々と説明するのだが、裏で暗躍されていると尻尾を掴むのが難しく、対応に遅れが出てしまう可能性があると懸念しているらしい。
「あの、私は新参者ゆえあまり細かい部分についてはわからないことが多いのですが、そのような貴族家は帝国に対しての謀反有りとみなして処分出来ないのですか?」
手を上げて問いかけるのは、リチャード・ラグナマリア・ラマダ。
まだ三十代のラマダ王領新王であり、この場に来たのは顔合わせのみであった前回と合わせて二回目である。
まだ王としては若く、これから様々な事を学ばなくてはならない。
「まだ暗躍しているっていう証拠はないのよ?それに該当する伯爵家はあの10年戦争期にヘインゼル王領で最前線を指揮していた先代の第三騎士団長の家系なのよ。
今の伯爵は昨年亡くなった先代の後を継いだばかりなのですけれど、晩年に生まれた子なので甘やかし過ぎたのでしょうね」
「私が洗礼をした時も、彼は貴族の血と言うものを過大に考えている節があるのよ。『平民は貴族に支配されるものである。貴族の血筋は絶対である』みたいな事を話していましたから」
今度はパルテノまで頭を抱えている。
そこまで、話に出てきたマスドライバー伯爵家というのは悪い意味でのテンプレート貴族なのである。
そしてその取り巻きもまたロクなものではないらしい。
「ラグナ・マリア全国に、カナン魔導連邦のような思想が定着すると良いのだがなぁ……マチュアよ、何か手がないか?」
腕を組んで考え込むライオネルが、マチュアに助け舟を求めた。
「うちだって一枚岩じゃないわよ。つい昨年だって、うちの貴族院がミストのところの貴族院とつるんで悪さしていたんだし。これだけ多くの人が集まっているんだもの、思想が違う人がいて当然」
「それでもマッチュのところは上手くやっているだろう?」
「飴と鞭。うちの国はね、私に逆らったら鞭をあげるけど、良い行いをしたら飴がもらえるから。その飴の最も大きいのが、カナン魔導連邦に分国王として陞爵できる権利だけどね」
とんでもない飴を用意したものだから、カナン魔導連邦の貴族はこぞって善政を敷くようになっている。
「その手がうちでも使えるといいのですけれどね。ヘインゼル王領はもう分譲する領土がありませんから」
「そうだな。となると、今使える手を使ったほうがいいか。ブリュンヒルデ、そのマスドライバー伯爵家に手紙を渡してもらいたいのだが、頼めるか?」
「それは構いませんけれど、どうするのですか?」
「いや、そこの息子たちが蜃気楼旅団の入団試験を受ける為の手続きをしていたから、まとめて説教してやるわ」
手元にあった資料から入団試験を受ける貴族のリストを取り出すと、ストームはニヤニヤと笑っていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
とある日の午後。
ベルナー双王国・浮遊戦艦ヴィマーナ直下にある蜃気楼旅団詰め所前広場では、定期的に行われている蜃気楼旅団の入団試験が行われている最中である。
蜃気楼旅団に入団したものは、一定期間実績を積み更なる試験を受けて合格する事で、大陸最強の名を持つ幻影騎士団に入団する事が出来るのである。
そのため、ラグナ・マリア帝国の各地から蜃気楼旅団に入団する為に、日夜大勢の騎士見習いや冒険者達が集まっていた。
――ヒュヒュヒュンッ
「平和っぽいねー」
「うむ。実に平和である。先日までのソラリスの侵攻がまるで嘘のようであるなぁ」
試験に参加している騎士や冒険者の攻撃を全てかいくぐり、カウンターで当身をぶつけていくポイポイと斑目。
本日の試験官はこの二人に加えて、カナン魔導連邦の十六夜厳也が加わっていた。
実技試験のルールは一つだけ。
試験官に一撃でも入れられるか、それに近い攻撃が出来たら合格。
必死に攻撃を繰り出しているものの、どれも合格基準を満たす者はいない。
それどころか、勝てないとわかって逃げる者までいる始末である。
「おい、貴様はこの国の貴族か?」
厳也の前に現れた三人の騎士が、腰に手を当てて厳也を指さしながら叫ぶ。
「いや、拙者はこの国の貴族ではないのでござるが」
「なら、この方、ヘインゼル王領はマスドライバー伯爵が一子、ポンコーツ様の攻撃から逃げるなよ」
「そして俺たちの攻撃もな。俺はヘインゼル王領のマクセルオン男爵家長男、ヘッポコリーノだ」
「同じく、イルベーダ男爵家長男、ヨサコイーノだ。いいか、ポンコーツ様の攻撃を躱した時点で不敬罪で処刑だからな!!」
そう叫ぶ勘違い三人組が、一斉に厳也に切り掛かって来る。
だが、その動きをのんびりと観察して、厳也は楽々と躱していく。
「どいつもこいつも剣技レベル50前後。セフィロト換算で1レベルでござるか‥‥これも統一してもらった方がよいでござるなぁ」
厳也は、試験中にも拘わらず世界法則を考えてしまう。
だが、その態度に三人組は激高してしまう。
「き、貴様、我が神速の一撃を躱したな!! 父上に報告して処刑してもらフベシッ!!」
――スパァァァァァン
文句を言うポンコーツに向かって、厳也は神速でミスリルハリセンを引き抜いて力いっぱいぶん殴る。
更に切り掛かって来た二人の顔面にもハリセンを叩き込むと、見学席で見ていた彼らの親の元にすたすたと歩いて行く。
「さて、あんたらの息子達は全て不合格ですなぁ。そもそも目上の者に対しての態度を改めさせない限りは、蜃気楼旅団どころかどの仕事についても大成出来ませぬぞ」
「な、何だと!! 私が家はヘインゼル家に仕えている騎士家であり、かつての10年戦争での功績を認められた貴族家であるぞ!! その私にそのような無礼な口を叩いて無事でいられると思うな!!」
「そうだ、そこの騎士よ、この男を捕らえよ!! 貴族家に対しての不敬罪だ!!」
近くに座っていたらしい残りの二人の親達も立ち上がって叫ぶが、厳也は着物に記されていた幻影騎士団の紋章を見せて一言。
「我が幻影騎士団はベルナー双王国直轄にして皇帝より伯爵家相当の地位を得ておりますが。それに、あのボンボンたちは貴族の血筋ではありますが、本人たちが叙勲された訳ではござらぬ、以前もカナンのマチュア陛下がおっしゃっておられましたぞ」
「偉いのは貴族本人であって、その家族は爵位の恩恵を受けられない‥‥だったか?」
「誰だ、そんな偉そうな事を言っても貴族の血筋は選ばれたものだ!!」
マスドライバー伯爵たちの後ろから聞こえてくる声。
それに思わず振り向く三家であるが、その場にいたフルプレートのストームの姿に思わず凍り付いてしまう。
「貴族の血筋は選ばれたものじゃないよなぁ。貴族本人が努力して得たもので、息子はそれに乗っかっているだけだよなぁ‥‥」
「フ、フォンゼーン王‥‥これはですね」
「ええ、そこの男が私達の息子に無礼な口を叩きまして‥‥その‥‥」
「そうです。その男は貴族に対して無礼な口を叩いたのです!! すぐに処分していただけますか!!」
自分たちのやったことを棚に上げて、必死に叫ぶ三家だが。
「だそうだが、どうするよ、カナン魔導連邦の十六夜伯爵さんよ」
「「「え‥‥伯爵だと?」」」
「うむ。一応法衣貴族ではあるがこの十六夜厳也、マチュア・ミナセ女王陛下より正式に爵位を授かっておるが‥‥というか、幻影騎士団の半分以上は正式な法衣貴族であるぞ」
そう告げる厳也。
ここ最近というか、以前から騎士団は貴族よりも格下とみる貴族が多い為、幻影騎士団の半分以上は領地を持たない法衣貴族として正式にマチュアもしくはストーム、シルヴィーより爵位を受けている。
まあ、普段はそんなのはちらつかせる事なく過ごしているのだが、今回のように勘違いした貴族をへこませる時には有効である。
そもそも、この場にマスドライバー伯爵たちを招待したのもストームの策略、他にも各領地で血筋や爵位をカサに着ている貴族達が招待されていた。
「‥‥という事で、あんたらの息子たちはみな失格だ。荷物を纏めてとっとと帰る事を勧めるぞ」
「「「はいっ、大変失礼しました!!」」」
一斉に立ち上がって敬礼するおやじ達。
そして後ろで震えている息子たちを捕まえると、一目散に立ち去っていった。
そして、ストームは集まっている貴族達に軽く一礼をすると一言。
「皆さまは貴族だからと権力を傘に着て普通の市民たちに対して強要などは行っておりませんよね?そのような事実があった場合、ライオネル皇帝からその貴族は降格する事もあるという通達を受けましたので」
そう告げるストームと、思わず息を飲む貴族たち。
「そ、そんな事はない。我が血筋にかけて誓おう」
「ええ。我が領地でもそのような事があったら厳重に注意する事を誓いましょう」
次々と誓いを立てる貴族達。
すると厳也も物陰でマチュアに戻ってやって来る。
「今の言葉、ラグナ・マリア帝国王室顧問である白銀の賢者マチュアと帝国剣聖ストームが聞いた。もしも言葉を違えた場合、その者の爵位を返上してもらう‼︎」
──バッ‼︎
素早く空間収納から羊皮紙を取り出すと、それを貴族達に見せた。
貴族法により、違反したものはマチュアとストームの独断で処分してよいという但し書きとサイン、そして皇帝印が押された公的書面である。
「あ、そうそう。あんたらの領地には、うちの幻影騎士団の手の者が住んでいるから何かしたらすぐバレるので宜しく」
最後の一言は嘘であるが、今の二人のパフォーマンスがあるので十分に効果はある。
そしてすぐさま貴族達が領地に戻り、綱紀粛正を始めたのはいうまでもない。
〇 〇 〇 〇 〇
ベルナー双王国・ベルナー城貴賓室
休暇でベルナーを訪れていたブリュンヒルデとパルテノの二人が、シルヴィーの子供を眺めながらニコニコとティータイムを楽しんでいた。
「‥‥目元がストームそっくりよねぇ。でも口元はシルヴィーに瓜二つよ」
「うむ。いい骨格だ。戦士としての成長も期待できるなぁ」
「ちょ、ブリュンヒルデ、まだまだ早いわよ‥‥ねぇシルヴィー」
「そうぢゃのう。妾としては、元気に育ってくれれば構わぬと思っておるぞ」
などなど、長閑なティータイムであるが、そこにストームがやって来てティータイムに参加した。
――ガチャッ
「よう。ブリュンヒルデ、例の貴族達はみな撤退したぞ。まだあんな勘違い貴族が跳梁跋扈しているのか?」
報告書を受け取って目を通すブリュンヒルデが、思わずため息をついてしまう。
「はぁ。ラグナ・マリア帝国の貴族法を改定する必要もありますね。10年前のミストの取り締まりでかなり減っては来ているのですが、相変わらず『貴族の権利は血にも受け継がれる』の意味を取り違えているものが多いですね」
「ああ。マチュア曰く、『偉いのは親であんたは偉くない』を徹底する必要があるな。カナン魔導連邦はこれを徹底しているらしく、親の権力を子が振るうと親にペナルティーが発生している。うちのサムソンもそれに倣って取り締まりはしているし、ベルナーも取り入れている」
「まあ、そうは言っても旧態依然の貴族は受け入れ難いらしいからのう‥‥」
腕を組んで頷くシルヴィー。
これにはパルテノも同感であるらしい。
「ライオネル皇帝陛下の時代になったのですから、貴族院にこの事を通達する必要がありますね。ですが、古い貴族家は反発するでしょうけれど」
「まあな。そのあたりも色々とテコ入れする必要があるよなぁ‥‥それでブリュンヒルデ、そのリストの貴族家の処分はどうする?」
「貴族院に呼び出して、私が注意しましょう。10年戦争の時の活躍により陞爵した貴族家ですが、その後は身分に胡坐をかいているだけですので、今一度綱紀粛正を行うようにします」
真面目な顔で告げるブリュンヒルデの姿を見て、パルテノも静かに頷いている。
「はぁ~。なんか知らんが、6王になったらいきなり仕事が増えてしまったからなぁ」
「それも王のつとめぢゃ。妾は母の務めに精を出すのでがんばるのぢゃぞ」
「はいはい‥‥がんばりますよ」
笑いながら呟くストームに、ブリュンヒルデやパルテノも声を上げて笑いそうになってしまった。
その様子を見て、シルヴィーは生まれて間もない一人息子を抱きしめながら、静かにほほ笑んでいた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






