エピローグを語ろう・その4・新しい皇帝と新しい街
ソラリス連邦の反乱から一か月程経った、とある日。
ラグナ・マリア帝国王都ラグナ・王城六王の間では、いつものように定例会議が行われていた。
諸王が集まっている中、今回から一年間育児のためシルヴィーは不参加となり、代王としてストームがベルナー双王国代表の席に座っている。
そして窓際のアドバイザー席ではいつものようにマチュアがのんびりとティータイムを楽しんでおり、会議が始まるのをのんびりと待っていた。
やがてケルビム皇帝が席に着くと、全員が立ち上がり一礼する。
「それではいつもの定例議会を始めるとしよう‥‥」
そのケルビムの言葉で各国らの報告が始まる。
大体の内容は先日のソラリス連邦の侵攻による被害復興をはじめとした国内の回復状況、各地で大掛かりな暴動や戦争を匂わせている者がいないかなど、努めて平和的な報告と話し合いが進んだ。
概ね復興は順調であり、マチュアやストームが裏技を駆使しなくてはならないような大きな事件も何もない。
その為、話し合いはスムーズに終わろうとしていたのだが。
「さて、では最後になるが、儂、ケルビム・ラグナマリアは帝位を退位する。先代皇帝レックス・ラグナマリア殿との約定もあるが、年齢の事もあるのでな‥‥死して帝位を譲るよりも平和的解決であろう」
まさかの宣言ではあるが、その場の一同は、いつかはこの時が来ると思っていた。
なので多少の動揺はあるものの、すぐこの場で次代皇帝を選任しなくてはならない。
「それでは。帝国法にのっとり、私ブリュンヒルデ・ラグナマリア・ヘインゼルが監督家として皇帝選定についての審判を務めさせていただきます」
あらかじめ用意されていたミスリルの札。
そこに魔力で次代皇帝家を記して伏せたまま自分の前に置く。
そしてブリュンヒルデがミスリルの投票箱をテーブル中央に置くと、その場の諸王が順次、札を箱に収めていく。
そして全ての投票が終わると、ブリュンヒルデが開票し、札を並べていく。そこに表示されている、もっとも投票数の多い家が皇帝家となる。
みな頭を悩ませて札に名を記し、そして最後の一人であるアルスコットが札を伏せて札を投票すると、パルテノが手を上げた。
「では、開票します‥‥」
――チャッ
次々と開かれる札。
そこにはラマダ家が3、ベルナー家が2つ名前が連ねられていた。
なお、ヘインゼル家は選任監督家故に投票権はない。
「では、次代皇帝家はライオネル・ラグナマリア・ラマダ家が務めることとなります。監察家はシルヴィー・ラグナマリア・ゼーンとし、シルヴィーが産休ゆえ監察家代行はストーム・フェン・ゼーンが務めることとなります。これに対しては一切の意義無きよう」
――パチパチパチパチ
拍手が起こり、ケルビムが席を立つ。
そしてそこにライオネルが座ると、アルスコットが手を上げる。
「失礼ながら。先代ケルビムさまが帝位に就いた時は監察家はいませんでした。ですが、何故今回は監察家が存在するのですか?」
「それはね、今回の投票が満場一致ではないからだよ」
後ろでマチュアが手を上げて説明を始める。
皇帝選任については、満場一致の場合は問題がないのだがそうでない場合は確執が生まれる事がある。その際に、皇帝を監視するという理由で監察家が置かれるのが通例であるらしい。
万が一皇帝が暴走したりしたら。、監察家が責任をもって皇帝を諫め、それを止めなくてはならないのだが、今回の監察家に対しては、ライオネルもやや渋い顔をしてしまう。
「まあ、満場一致はないと思っていたがな。ストームは俺に票を入れたのか?」
「ああ。俺は全体的な観点で決めただけだし、お前が何かしでかしたら俺が滅してやるから心配するな。俺がいなくてもマチュアもいるし」
「そういうこと。なのでライオネル相手なら私も遠慮なくやらせてもらうので覚悟するように」
「‥‥マジか」
やれやれと困り果てた顔のライオネル。
この後はライオネルが即位する為の準備に入る。
ラマダ家直系から一人ラマダ王領を治める国王が即位し、そしてライオネルが皇帝の座に就く事になる。
「でも、もしもマチュアに皇帝選任の権利があったら、私はマチュアに一票入れていたわよ」
「私もです。この中ではマチュアさんが一番皇帝にふさわしいのに残念ですわ」
「あ、それなら僕も入れてました‥‥はい」
ミストとパルテノ、アルスコットがそう告げたとき、マチュアとその隣に座っているケルビムが目を丸くしていた。
「‥‥え? 私とストームも王爵持っているから、選ばれる可能性あったんだよ?」
「その通りだ。まあ、俺もマチュアに任せると遊び相手がいなくなるからライオネルに入れたがな」
「マチュアとストームの言う通りじゃよ。何じゃ、さてはお前たち帝国法の皇帝選任の項目をちゃんと読んでいないな?」
ケルビムが笑いながら告げたとき、その場の全員が一斉に脱力した。
「それが判っていたらマチュアにしたわよ‥‥もうやり直しは効かないのよね?」
ミストがブリュンヒルデに問いかけるが、彼女は頭を左右に振っていた。
「私は選任監督家なので全て判っていましたが。私もマチュアさんがなると思っていましたし」
つまり、帝国法を詳しく読んでいないか忘れていた三人のおかげてマチュアは無事に皇帝の座に就く事はなかったのだが、今の一連の説明を受けてライオネルが拗ねた。
「なら、俺が引退して帝位をマチュアに渡せばいいんだな」
「一度皇帝になったら、最低でも10年は努めなくてはならないのですよ。その上で正当な理由があるのならば、帝位を降りる事は出来ますが。まあ、これも運命と思って頑張ってください」
淡々と告げるブリュンヒルデに、ライオネルも覚悟を決めた。
「それに、私やストームが皇帝になったら面倒だよ?私は不老不死だから、飽きるまでずっと皇帝だよ?そんな一代統治帝国なんて面白くも何ともないよ?」
「わかった‥‥なら、せいぜい俺の好きなように‥‥出来ないが、このラグナ・マリア帝国をより良くしていく方向で頑張らせてもらうとする。以上だ」
――パチパチパチパチ
あまり締まらない就任の挨拶であったが、これもラグナ・マリア帝国のいつもの風景。
それをマチュアはのんびりと眺めていた。
〇 〇 〇 〇 〇
「では、ライオネル様が次代皇帝として選任されたのですか。おめでとうございます」
カナン魔導連邦・王都カナン。
王城の執務室で、マチュアは帝位継承についての結果をクィーンやイングリッドに説明していた。
皇帝が変わったからと言って、カナンは取り立てて何か変わる訳でもなく、今まで通り努めて平和である。
「まあ、特に何も変わらないけどね。南方のソラリス連邦の件もブラウヴァルト森林王国の件も全て終わっているし、これといって大きな事件も起こる様子もない、努めて平和だようちの国は」
「あの、それ、死亡フラグにも繋がりますので迂闊な事は言わない方がいいですわよ」
そっとマチュアに忠告するクィーン。
なのでマチュアも手をひらひらと振りつつはいはいと生返事。
「それで、この後の仕事は?」
「私は貴族院に向かいますわ。今日は各領地からの定例報告会がありますから。イングリッドはいつも通りの執務ですし、マチュア様に特にお願いするような事は‥‥はい、これを」
思い出したかのように、どさっと手渡される書類の束。
「これは?」
「フェルドアースからの移民者からの陳情書ですわ。まあ、希望と言いますかアンケートと申しますか。それに目を通していただいて、可能ならば色々と対策をしていただきたいのです」
「さすがに異世界の件については、クィーンだけでは手が足りませんし専門知識も必要となりますので」
クィーンの説明に補足を入れるイングリッド。まあ確かにその通りだし異世界が関わっているという事はマチュアの仕事。
なのでそれは引き受ける事にしてまずは軽く目を通す事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
グランドカナン、フェルドアース地区
合計9丁ある区画には、フェルドアースから引っ越してきたテストケースによる移民者が大勢住んでいた。
既に真ん中にある5丁目には商店街も作られており、異世界大使館より許可を貰ってやって来た地球の商店や元々カナンにいた商店などが集まり、不思議な賑わいを見せていた。
その一角にある町内会自治会館に、マチュアはのんびとりやって来ていた。
「たーのもーう」
「はいはい、どちら様で‥‥ってマチュア陛下?」
「いや、まあ、職務的には女王だからそれでもいいや。このアンケートという名の陳情書の件で色々と話を聞きに来たんだけれど、暫定町内会長いる?」
そう問われたので、取り敢えずのマチュアは応接間に案内されると、部屋の奥から現在の町内会長が姿を表した。
「これはこれは陛下。私がフェルドアース地区町内会長の大谷浩平です。本日はどのような件でしょうか?」
「まあ、この陳情書の件で話し合いをね。もう少しで棚橋さんも来るから少し待ちましょう」
既に棚橋大使の元にも連絡を入れてある。
なので迅速的かつ速やかに話し合いを行う算段である。
やがて棚橋もやって来ると、早速陳情書を開いて話し合いが始められた。
………
……
…
「一番多いのは、フェルドアースに戻る時の交通費の負担軽減ですね。まあ、ここに来てもうすぐ一年になりますから、そろそろ文明が寂しくなるのではないですか?」
棚橋が切り出したのは一時的帰還の際の金額。
片道2万円は高いというのが書き込まれており、これには棚橋も頭を悩ませていた。
だが、マチュアの意見は全く正反対。
「高いですかねぇ。東京から鹿児島や北海道に帰省するとしても、早割使わなかったら3万ですよ?」
「まあ、そうなのですけれど。このカリス・マレスからフェルドアースに戻る際には、異世界ギルドの発着ゲート経由千歳空港ゲートですよね?そこから更に乗り継ぎがある人もいますから、実質かなり高くつく事になります」
「あ〜成程ねぇ。それは誰でもどこでも一緒なので却下。私ではなく異世界ギルド前の旅行会社と相談して下さいな。帰省パックみたいな作ってもらえるように政府が交渉、はい次」
ダン、と魔法印を押して棚橋に手渡すと、棚橋もトホホと困り果てた顔になる。
そんな事は知らぬとばかりに次の案件を手に取る。
「ゲームセンターなどの娯楽施設が欲しい?」
「ええ。フェルドアースとの最大の違いは娯楽です。まあ、リタイアメントビザのような気分で申請してくる方も多く、このカナンではどのような娯楽がありますかという問い合わせもあります」
ははあ。
その気持ちはよくわかるが、カナン魔導連邦では国営の娯楽というものは特にない。
せいぜいが街にある劇場で観劇をしたり、酒場で吟遊詩人が歌うのを聴いている程度。
大人にとっての娯楽が存在しない。
「だってねぇ。日本人で言う熟年者になると、カナンじゃ死んでる人の方が多いからなぁ」
「「え?」」
そのマチュアの言葉に、二人は絶句する。
「え?じゃなくてね。日本みたいに医療設備が完璧じゃないのよ?いくら教会で病気も怪我も治るとは言っても、そもそもの人としての寿命が短いのよ。カナンの最高齢……あ、それはなし。エルフがいるから参考にならないから人間で言うと、良くても大体60ぐらい?」
尚、マチュアが国王となってカナン魔導連邦で様々な改革をしたから60ぐらいまで生きる人がポツポツと出はじめているのであって、それ以外の国での平均年齢は大体50代で老人扱い。
「え?それって魔法で病気が治ったとしてもですか?」
「あのね、病気や重篤な怪我を癒せる魔術は神聖魔法の第三聖典以上なの。かすり傷程度や軽い裂傷なら第一聖典で良いけど、骨折して予後が悪くて死ぬなんて当たり前の世界なんだからな?」
「では、普通の人はどうやって怪我や病気を治療するのですか?」
「大都市圏なら教会。けど、それも確実じゃないから薬草からポーション作ったり買ったり、病院ないから大変だよ?」
そう聞くと、異世界での生活は歳を取るとかなり危険でをある事が理解出来る。
「なので、年寄りの娯楽ってあまりないのよ。若いのはほら、歓楽街で娼館いったり酒場で酒飲んでれば良いし。後は冒険?」
「あの、冒険って娯楽なんですか?」
「一部は娯楽だよ。トレジャーハンターって娯楽じゃん」
それもそうかと理解するには、まだ棚橋も大谷もこの世界に毒されてはいない。
「まあ、有り体に言うとこの世界はMemento mori。死を想えってね」
「はぁ。では娯楽はないと」
「残念だけど、王都近くには温泉はあっても湖はない。海は遠いから川で遊ぶ程度?」
「温泉があるのなら、そこを開発すれば」
「カナンからそこまで馬車で二週間だよ?」
おっと。
往復で一ヶ月の旅路となると、予算もかなり高くなる。
「そこは転移門で」
「繋ぐ気ないし。日本人は何でもかんでも楽したがるねぇ。日本は、苦労の先にある幸せは知っている国じゃなかったっけ?」
「そ、そうですが……」
「という事で保留。ボーリングやビリヤードは一部貴族は持っているから、そう言う電源のいらない娯楽施設については考慮してあげる。あとダーツは駄目だから」
「ダメといいますと?」
「冒険者クラスだと、試合にならないのよ。お互い狙った的に必ず当てられるからね」
あー、納得と棚橋と大谷も理解。
そして次から次へと陳情書のチェックは続けられた。






