破壊神の覚醒・その1・揺蕩う時の中で
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
──コポコポコポコポコポコポ
イスフィリア帝都郊外・サンマルチノ地区。
マチュアがカナン魔導学院を建設した数年後に建造した、カナン商会の本店。
それまではカナン魔導学院に入らなければ魔導具をはじめとするカナン商会の商品を購入することができなかったのだが、貴族院と王室執務官から懇願され、人が集まりすぎないようにと郊外にカナン商会・ラ・パヤーオ支店を建設した。
今はアーカムとマチュアの眠る水晶の棺、そして時折様子を観に来るもう一人のマチュア・マジックジャーのみが出入りしている。
「はぁ。あれから三ヶ月よ。この子はまだ起きる様子がないのよねぇ。貴女もマチュアなら、何かわからないかしら?」
ベランダにある席で入れたてのコーヒーを飲みながら、アーカムが正面で魔導制御球を眺めているマチュア・マジックジャーに問いかける。
「ん〜。神威及び魔力の回復は完了していますねぇ」
「え?ならなんでこの娘は起きないのよ?」
「起きる事を拒否してますね。今見ている夢は、ラ・パヤーオの国境都市・ラソーラで過ごした三年間ですよ。何もなく、マチュアを普通の市民として見てくれていた人々に囲まれた三年間。私が保護した子供達も立派に成人……というか独り立ちしたし、今頃はそれぞれの得意分野で頑張っているんだろうなぁ」
並列思考により、夢を見ているマチュアの様子も手に取るようにわかる。
だからこそ、マチュアは目を覚ましたくはない。
やさしい時間が終わりを告げる事を、その手で魔族を殺さなくてはならないという重圧に耐えられないから。
いや。
それは建前。
本気で恐れているのはただ一つ。
マチュアが、破壊神として覚醒したから。
少しでも本気を出せば、この世界を滅ぼすことなど簡単である。
破壊神の仕事は混沌を生み出し、全てを無に帰す。
それ故、その力は多用してはならない。
だが、マチュアの心はまだ神としては未熟。
ほんの少しの衝動で、何が起きるのかなんて自分でも想像がつかない。
だったら。
今のまま、夢を見ていたい。
楽しかった時間、やさしい時間。
人々が笑顔で過ごせる世界。
それを思って眠っていたい。
………
……
…
「って、所ですかねぇ」
「ふぅん。つまり現実逃避しているのね」
「そういう事ですよ。我ながら呆れてものも言えませんわ」
──ブゥン
アーカムとマチュアが空間から青生生魂ハリセンを引き抜く。
それを構えて両手でバシンバシンと音を鳴らすと、二人同時に振り被った‼︎
──スッパァァァァァォァン
振り下ろした瞬間にマチュア・マジックジャーが水晶の棺を解除、そのままハリセンはマチュア本体の顔面と頭頂部を直撃した。
「イッタァォァァァァァ。いや、お約束だから痛くないけど何すんじゃい‼︎」
「Buenos dias、マチュア。貴女が眠って三ヶ月よ、そろそろ魔族滅ぼしに行きましょう?」
にっこりと笑うアーカム。その横でマチュア・マジックジャーもこくこくと頷いている。
「はぁ、ちょいと記憶のすり合わせ。並列思考かーらーメモリーをインプット……ほいほい、三ヶ月の間、ここで眠っていたのね?」
「現実逃避してね。さ、貴方の恐れていた事が起こらないように、貴女が魔族を滅亡させないと」
そう呟くアーカムに、マチュア・マジックジャーも頷いている。
「それじゃあ、私は学院に戻るからね。どうせこの後は……と、私だから理解したわよ、こっちは私が何とかしてるから。本体は本体の仕事をなさい。私は亜神程度の力しかないんだから、この世界を守る事は出来……るから」
「せやね。そんじゃ、ポイポイさんの所に合流しますか‼︎」
ゴキゴキッと拳を鳴らすマチュアと、一瞬で黒衣のローブを身に纏うアーカム。
既にアーカムも力を完全に取り戻しているので、今の二人に勝てる相手がいるとすればストームぐらいである。
「そうね。あんたが起きるまではポイポイさんが偵察任務をしてくれているのでしょうけれど、私では連絡が取れないから状況が把握しきれていないのよ」
「ああね。そういう事ね。さて、ポイポイさんや、そっちの状況はどんな感じだい?」
念話でポイポイに問いかけるマチュア。
『避難した魔族は城の外に出ていったっポイ。城の周囲は結界で囲まれていて、肉体を持つものは通れないっぽいよ』
「そかそか。それで、あの偉そうな魔族の長は今は城にいるの?」
『いるっぽい。城の中にはいくつもの転移門が設置してあって、それで外世界に向かえるっポイよ。たまにダート、あの魔族の王様が転移門の向こうに行って、大量の魔宝石を持って帰ってきているのを見たことあるっぽい』
「そかそか。おそらくはセフィロトの他の世界に行って人間殺しているんだろうなぁ‥‥」
――ザワザワッ
マチュアの中で何かがざわめき始める。
体色が黒に染まり始め、翼と尻尾が伸びてくると。
――スパパァァァァァァァァァァァァァァァン
すぐさまアーカムがハリセンで後頭部を痛打する。
それで正気に戻り元の姿に戻るのだが、アーカムは真っ青な顔でマチュアに食って掛かった。
「まだ早いし、ここで神威を開放しないで頂戴。The・onesの神威と違ってナイアールの神威は破壊の波動なんだから、普通の人間が受けたら即死するわよ!! 放出するなら負の神威ではなく正の神威、善とか聖とかあるでしょ‥‥って、破壊神だから使えても無か破壊しかないのね」
「ふぁっ!! それは済まないわ。まだそこまでコントロール出来ていないからねぇ。危ない危ない、気を付けないとね」
スーハースーハーと胸を大きく膨らませて深呼吸すると、マチュアは立ち上がって軽くストレッチ。そして装備を白銀の賢者最新版に換装すると、ポイポイに連絡を入れた。
「さて、そんじゃポイポイさんや、そこまで転移するので陰から飛び出して頂戴な」
『了解っぽい!! すぐに飛んでこないとポイポイが危険っぽいよ』
――シュンッ
ポイポイの持っている魔導具の座標を起点として、マチュアはアーカムとともに転移する。
そして目の前に広がっていた光景は‥‥。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「‥‥ほう。いきなり敵陣ど真ん中に飛び込んでくるとは、いい度胸じゃな」
広いホールの中央。
ダイニングテーブルに座ってゆっくりと食事をとっていたダートが、のんびりと口元を拭きながらマチュアたちを睨みつける。
突然のマチュアの来訪に驚きはしたものの、今まで戦っていたボストン達からの報告は受けているので、このぐらいやってもおかしくはないと理解していた。
そのうえで、逃げることなく堂々と席を立って飛び上がると、マチュアの目線の高さまで浮上する。
「やあ、どもども。悪いけれど、滅んでもらうよ?」
「阿呆が。滅べと言われてはいそうですかっていう事を聞くやつがどこにおるというのじゃ? それに滅ぶのは妾ではない。貴様達の方じゃよ!!」
――パチン!!
ダートとマチュアがほぼ同時に指を鳴らす。
ダートは自身の持っている神威スキル『ネットショッピング』で神滅マグナムという神々を滅する事の出来るとんでも武器を買い構えたのだが、それをマチュアが却下を使って打ち消したのである。
「‥‥ほう。そのような技があるとはな。だが、それを使っていると貴様も攻撃出来ないではないか?」
――ブゥン
再びダートが神滅マグナムを買って構えたが、今度はマチュアが却下を使い同時にアーカムが空間収納から剣を抜き出して切りかかる。
更にポイポイも背後に回ってミスリル糸を両手で操りダートを絡め取ろうとするのだが、全てダートの体の周囲に張り巡らされていた目に見えない結界によって阻まれてしまった。
「くっ‥‥神威結界ね。何でこんなものが」
「これはポイポイには無理っぽいから、ここは任せるっポイよ!!」
すぐに諦めてダートの背後から離れると、ポイポイが陰に隠れて部屋の外に駆けつけて来た衛兵を殲滅する為に向かう。そしてアーカムも神威を開放して身構えると、今度は手にした剣にも神威をゆっくりと注いでいく。
「‥‥千日手というのを知っているか?」
ダートは笑いつつマチュアに問い掛ける。
当然そんな事は十分理解しているが、敢えてそれを言葉に出す事はない。
「さあね」
「お互いの力が均衡しているとな。相手に有効な一撃を与える事が出来ずに手詰まりな状態が続いてしまうのじゃよ。そういう時はどうしたらよいか知っているか?」
「‥‥まあ、想像はつくけどね」
――シュンッ
一瞬で姿を消すダートだが、やはりマチュアの却下によって実体化を余儀なくされてしまう。
これにはダートもかなり驚いたらしく、マチュアの方を観察するかのように睨みつけていた。
「魔法中和術式は、相手が使う魔術を理解していないと使える筈がないのに‥‥ネットショッピングはこの前見られていたから中和されても理解できる、だが、何故妾のショートリープまで見抜いているのじゃ?」
「いや、見抜かなくても無力化できるし。ということで、申し訳ないけれど、この前みたいなミスはしないからね」
ゴキゴキッと拳を鳴らすマチュアだが、ダートがクックックックッと笑いつつ自身の右胸に手を当てたのを見逃してはいなかった。
「ならばやむを得ん。破壊神よ、妾にその力の一片を与えたまえっ!!」
右手に隠し持っていた魔宝石。
それを自身の胸元に突き刺して魔力を注ぐ。
ちょうど突き刺した真下には破壊神の神核が埋め込まれており、ダートはそこにもてる限りの魔力を注いで破壊神としての覚醒を行おうとしていた。
見る見るうちにダートの胸元に巨大な魔術印が浮かび上がる。
破壊神を現す魔法陣が胸元に現れ、そこにダートの力が吸い込まれていく。
――ドクン
ダートの中、神核が鳴動を始める。
それはやっくりとダートの体内に根を伸ばし、ダートをゆっくりと改造していくようにも見えている。
「うはは、うはははぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。ミヨ、ワガタイナイニアル、ハカイシンノチカラガカクセイシタノダ!! モウ、キサマナドオソルルニタラズジャ」
体表面が漆黒の鱗に覆われていく。
背中から生えていた妖精のような翼が根元からちぎれ落ち、竜のような翼がメキメキと音を立てて生えていく。
頭部には無数の角が皮膚を突き破って伸び始め、額には第三の瞳がゆっくりと形成されていく。
「ハーーッハッハッハッ、コレゾハカイシンノチカラナリヤ、コノチカラガアレバキサマナドオソルルニタリズジャ」
そう叫んでみたものの、目の前に立っていたはずのマチュアやその後ろのアーカムの姿はどこにもない。慌てて振り返ると、そこにはやれやれと困った顔のマチュアが血塗られた手を腰に当ててダートを見ていた。
「はぁ。私の力の片鱗があんな化け物を生み出すと知ったら、怖くて覚醒なんて出来ないわよ」
「ナンジャト?」
「だから、あんたの中にある破壊神の力は、それを制御出来ないと崩壊に繋がるっていうのよ。しかもあのかわいい妖精スタイルがこうもまあ、化け物のような姿になるなんて‥‥」
「ナニヲイツテイル?」
そう呟いたとき、ダートの口元から血が流れているのに気が付いた。
「ナンジャコレハ?」
「まあ、あんたの中にある破壊神の神核、確かに返してもらったからね‥‥」
腰に当てていた血塗られた手を前に差し出す。
そこには、一瞬でダートの中から抜き取った破壊神の神核が握られていた。
「バカナ‥‥コノマエハ、アンナニアッサリカテタノニ‥‥」
「まあ、却下の欠点よね。一度でも見た事のあるものしか打ち消す事が出来ないっていうのはね」
アーカムがそう告げると、マチュアもうんうんと頷く。
「私の場合は深淵の書庫が瞬時に解析してくれるので、ほとんどの術式は打ち消すことが出来たんだけどね、神核から身に着けたユニークスキルについては解析が間に合わないのよ、それでこの前は後手に回ったんだけどさぁ‥‥あんた、手に入れたユニークスキルに頼っているだけじゃ無理だよ」
――ガフッ
口元から大量の血を噴き出し、その場にヨロヨロと降りていくダート。
もう立っているだけの気力も魔力もなく、ただ消滅するだけの存在となってしまっていた。
胸元の傷口からシュウシュウと紫色の煙が立ち上り蒸散していく。
「‥‥あんた、魔族の王というには随分と弱いよね?」
「ふん‥‥妾が弱いわけではないわ。妾の纏っている結界を破れる魔族などおらぬし、体内には100を超える魔人核が常に周囲に対して警戒しておるわ。貴様が‥‥規格外なのじゃよ」
既に体は消滅し始めている。
マチュアはダートの近くに近寄って、その体をひょいと持ち上げる。
「まあ、あんたが魔族として人間と共存している道を選んでいたら、こうはならなかったでしょうね。自業自得と思って素直に召されて頂戴ね」
「ふん‥‥輪廻の果てで貴様を待っているわ。その時は覚悟して‥‥」
――フワサッ
ダートの体が全て散った。
そしてマチュアは手にしていた神核をじっと見つめると、意を決してそれを体内に取り込んでいく。
――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
ゆっくりと体内に溶け込んだ神核はやがてマチュアの中にある神核と一つになる。
これでマチュアの中には4/8破壊神の神核が宿ったことになる。
「さて、マチュアさん、これからどうするのかしら?」
「この魔族の土地を全て破壊する‥‥と言いたいけれど、転移門の解析を始めましょ。そのあとで不必要な転移門は完全破壊で終わらせるわ。ポイポイさんは歯向かう魔族を殲滅していって」
「歯向かわなかったらどうするっぽい?」
「滅んだ世界の中で、人間のいない世界を魔族にあげるわよ、そこで静かに暮らしなさいって。と言うことで、アーカムは建物の中の転移門の解析をお願い。私はこの時空に浮かんでいるこの大地を掌握するから!!」
そう告げられてポイポイとアーカムは行動に入る。
そしてマチュアは深淵の書庫を起動すると、この次元潮流の中に浮かぶダートの大地を解析し始めた。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






