微睡みの中で・その38・国境都市ラソーラで、こっそりとね
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
商会ギルドマスターの執務室。
そこにあるソファーの下座に、ギルドマスターが座って待っていた。
どことなく緊張した感じで、そしてマチュアが部屋に入って来るとすぐさま立ち上がって一礼して来た。
同行してきたマードックもすぐさまギルドマスターの横に立つ、静かに頭を下げたので、これはばれているなぁとマチュアも諦めてソファーに座った。
「堅い話はしたくないので。私はフリーランスの冒険者のマチュアで、ここには商品になるシルクとその加工品を持って来た。それでいいでしょ?」
「え、ええっとですね」
「どうせ鑑定盤で製作者の名前を見てピンと来たのでしょ? どこまでわかったのかしら?」
もう完全にばれていると見越して、空間からティーセットを取り出すとギルドマスターとマードックにも差し出して座るように指示する。すると素直に座って汗を拭いつつも、ギルドマスターは話を始めた。
「はいっ。マチュアさまが偽名を使っているということ、イスフィリア帝国の大公家であること、そして稀代の錬金術師である事まで理解しております。それで、今後はどのように接したらよろしいのでしょうか?」
「僕‥‥いえ、私としても、マチュア様の担当などとても出来るとは思いません‥‥もっとベテランの、そうです、ローズ主任とかが適任かと思われますが」
はぁ。
やっばりばれてーら。
それなら口止めするに越したことはない。
「私の事は全て口止め、正体を話すの禁止、態度を変えるのも禁止。私はこの国ではフリー冒険者のマチュアさんでおっけーね? それとこの商品はタグを変えるから待っててね」
すぐさますべての商品をソファーの横にあるスぺースに置くと、魔法陣によって『製作者・マチュア・フォン・ミナセ』の部分を『製作メーカー・カナン商会』に書き換える。
「これでよし。という事で私の担当は今まで通りマードックさんでお願いします。今後も色々な商品を持って来ますが、その時は適正価格で買い取ってくださいね。ではこれで失礼します」
淡々と話をして否定や突っ込みを入れさせず、マチュアはすっと立ち上がって部屋から出て行こうとする。
「あ、は、はい‥‥いや、判った、それで頼む」
「僕も今まで通りで。では、先程の引き取りについての説明をしますので‥‥カウンターに行きましょう」
「そうそう。ではよろしく」
にこやかに返事を返してから、マチュアはマードックを伴ってカウンターへと向かう。
そして一人部屋に残っていたギルドマスターは、マチュアの用意したティーセットに付いて来たケーキを一口食べて‥‥長閑なひと時を、誰にも邪魔させる事なく部屋の鍵を掛けて楽しむ事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
さて。
大金貨4枚を手に入れたマチュアは、その足でのんびりとディモン商会へと向かう事にした。
幸いなことに商会ギルトで道順も教えてもらったので、道中屋台で買い食いしながらのんびりと歩いて行く。
商会ギルドに卸したシルク関係で大騒ぎになるかと思ったのだが、皆商品を手に入れる為に商会ギルドで商談を行わなければならないらしい。
直接マチュアから手に入れるという方法もあるのだが、もしもマチュアが持っていなかった場合、他の商会に先を越される可能性があると踏んだらしい。
そんなこんなでマチュアも問い詰められる事なく、何とか道に迷わずにやって参りましたディモン商会。
さすがは大商会を名乗るだけあって二階建ての豪華なつくり、外にはいくつもの馬車が集まっていた。
そんな中を堂々と店内に入っていくと、知った顔の人はいない者かとをきょろきょろと見渡すが、初めて来る場所ゆえ知らない人ばかりなり。
「まあ、あんな偉い人がほいほいとカウンターにいるはずないよなぁ。まあ、ダメ元で話してみっか」
そのまま空いているカウンターを探して向かうと、受付に冒険者カードを提示して話を始めてみた。
「Cランク冒険者のマチュアですけど、キアヌさんとの面会をお願いします」
堂々と告げたのだが、ギルドカードを確認した受付は冷ややかな目でマチュアを見ていた。
「申し訳ございませんが、フリーランス冒険者からの予約なしの取次は受けておりません。あちらにある面会申請カードに必要事項を記入して、もう一度こちらに提出をお願いします。キアヌさまのスケジュールによっては、すぐに会えることもありますので」
「おおっと、これは失礼しました‼︎」
慌てて記入用紙の置いてあるテーブルに向かい必要事項を記入して提出すると、再度受付の元に戻って提出する。
それを確認した後、所定の手続きを取ると受付が事務的にマチュアに説明した。
「はい。それでは順番に審査しますので、少々お待ちください」
「あー、審査もあるのかぁ。時間かかります?」
「いえ、審査自体はすぐです。本日中に会えるかどうかにつきましては保証いたしかねますので」
そう説明されて、マチュアは待合室に案内されると空いているテーブルに着いてのんびりと待つことにして……。
──ダダダダダダダダ
部屋の外から、誰かが走ってくる音。
そしてガチャっと扉が開かれると、先程の受付が血相を変えてマチュアの方にやって来た。
「マチュア・ロイシィ様、キアヌがお待ちです、こちらへどうぞ」
その場にいた他の商人達もキアヌとの話があって順番を待っていたのだが、全ての人の順番を飛ばしてマチュアが呼ばれた事に皆不快感を表している。
まあ、それはマチュアも慣れたものと、受付に向かってにっこりとほほえむと、いつもの口調で話を進めた。
「あ、話が出来るなら私は後でいいよ、順番が先の人から回してあげてください」
「かしこまりました。では、マイスター商会の方、こちらへどうぞ」
こんな所で敵を作る訳にはいかないから、いつも通りに順番待ちをしていた人に優先権を渡す。受付もその意味に気が付いたのか、それならば別の商人をとマチュアにはもうしばらく待ってもらう事にした。
そこから約一時間。
キアヌもマチュアの話していた事を受付から聞いたらしく、努めて順番に面会を進めていた。
そしてようやくマチュアの出番となり、キアヌの執務室にマチュアが案内された。
「お久しぶりです。順番の件、申し訳ない。受付にはマチュアさんについての説明をしていなかったものでな」
「良いっていいって。私も変に敵を作りたくないからね。そんで、これ何だけど、買う?」
堅苦しい挨拶は後回し、マチュアは持ってきたシルク素材とアンダーウェア一式を取り出してテーブルの横に並べていく。
キアヌもそれらを一つ一つ手に取って確認するが、時折首を傾けてしまっていた。
「実に素晴らしい、見たこともない素材です。このアンダーウェアなど、どうやって装備したら良いのかわかりませんが……一つ伺ってよろしいですか?」
「ん?構わないわよ?」
「この布地ですが、普通のハサミや針では切る事も貫く事も出来ませんよね?」
はい正解‼︎
ワームの糸から作り出したシルク素材は、一般のハサミや針では傷ひとつつかない。ということで、マチュアは空間収納からアダマンタイト製のハサミと針、そしてワームの生糸の束を取り出した。
「そ。という事で、セットで買う?」
「成程、この布地は何処かに卸しましたか?」
「商会ギルドに同量。ただしハサミと針、糸は卸してないよ?」
「正しい判断です。纏めて購入しましょう。出来ればハサミと針、生糸は少し多めにお願いしたいのですが」
「ほいほい。なら、これだけあればいいかな?」
すぐさま魔法陣を起動して量産化でアダマンタイト製ハサミと針を100ずつ量産すると、それも纏めて卸す事にした。
マチュアについてはキアヌもその正体は知っているので、目の前で錬金術を使われても今更ながら‥‥少ししか驚かない。
まあ、実際にはマチュアが使っているのは魔術であり、錬金術ではないのだが、判らない人にとってはみな同じなので敢えて説明する事もない。
「ほほう、やはり商標登録はカナン商会ですか。つまり製作はマチュアさんで行っているのですね? はい、問題ありません。こちらが代金となります」
ジャラッと大金貨の収められた袋をマチュアに手渡すと、中身を確認しないまま空間収納に放り込む。
「あ。あの、確認はしないので?」
「信じてるからいいよ。じゃ、また布地が足りなくなったら連絡をください」
「すぐに足りなくなると思いますよ。本日も良い商売ができました、ありがとうございます」
「こちらこそ。では、失礼します」
ガッチリと握手してから部屋を出るマチュア。
納品したので、後は商会の仕事。
マチュアはダン達のお土産に串焼きを少し多めに買うと、のんびりと帰路についた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
さて。
マチュアがシルクを商会ギルドとディモン商会に卸した翌日、ラソーラの街の中ではちょっとした騒動が起こっていた。
シルクを加工出来る職人が一人もいない為、折角の超高級反物もただの長い布切れとなってしまった。ただ、一緒に納品したアンダーウェアは別物で、貴族の妻や娘たちが競って購入し品切れとなってしまったのである。
それまでの下着といえばドロワーズが基本、そんな世界に現代デザインの扇情的とも取れるショーツと、お揃いのブラジャーが初お目見えしたのである。
付け方などは予め用意しておいた説明書があったのでそれ程困る事はなかったようだが、付けただけでボディラインが引き締まり艶やかな雰囲気が溢れ出しているのである。そのようなものが出回ったとなると、どこの貴族も欲しくなるのは道理、しかも王家にはまだ噂だけで実物が届いていない。
ならば手に入れなくてはならないと王城執務官がわざわざラソーラまでやってくるが、既に品切れであり入荷予定もない。
同じようなデザインの下着を作りたくても、商標登録されている為作る事も出来ないという事態が発生していた。
そんな騒ぎになっているとは露知らず、マチュアは自宅でのんびりとシルク製のスーツやドレスを作っている所である。
「うわあ。マチュアさん、これって街で噂のアレですよね?」
「男性用のスーツや女性用のドレスなんて、まだどこにも出回っていませんよ?」
「「綺麗‼︎」」
ダンやマリー、アンナとニーナの四人にも子供服を誂えてあり、今は試着して貰っている所である。
「ん〜、まあ良いか。ならば記憶水晶球を取り出して登録……ほい、ありがとうね、それはあげるから、お出掛けの時とかに着るんだよ?」
「「「「はい」」」」
嬉しそうに頭を下げて、子供達が部屋から出て行く。
そして別に拵えた戦闘用装束を取り出すと、影の中からポイポイが出てくる。
「ほい、これがポイポイ用のやつね。今までのものよりも柔軟性と強度、後各種抵抗能力が強化されているから」
「ありがとうっぽいよ‼︎ でも、こんなの作ってどこかと戦争するっぽい?」
「しないわよ。私はしばらくのんびりとする事にしたんだから。イスフィリアはどんな感じって、まあ、私だから知ってはいるけれどね」
並列思考でイスフィリアにいるマジックジャー・マチュアの行動も全て熟知している。
特に問題もなく、努めて平和な日々が続いているようで。
「隣国の魔人族の国が、そろそろ戦争するっぽいよ? イスフィリア以外をまずは手中に収めて、大樹の破壊を取り込んだ国の騎士達に命じているっぽい」
「あーっそ。それ、あっちの私には説明していないよね?」
「ん~、ポイポイが一人で収めてくるから問題ないっぽいよ?」
「ならいいわ。持てる戦力全て投入して収めて来て頂戴」
「わかったっポイ!!」
――シュッン
それだけを告げて、ポイポイは一瞬で姿を消す。
「ふぅ。ここまでは戦陣は届かないからいいか。て、ドレスでも量産しますかねぇ」
先程の子供用デザインを始め、様々なデザインのドレスを作り出してある、後は量産化で一気に量産して販売するだけ。
既に噂を聞きつけて来たのか、時折建物の外を商人の使いらしき人がちらほらと見え隠れしているのだが、入口の柵に『シルク製品のご用命は、全てディラン商会へ』という看板をぶら下げてあるので商人達も諦めて立ち去って行った。
まあ、それでも引き下がらない一部の貴族がやって来るのも時間の問題ではあるが。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






