微睡みの中で・その36・国境都市ラソーラで、偉い人たちが来た
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マチュアがキアヌに汲み上げポンプの図面を売ってから。
キアヌはすぐさま商会にギルドに向かい、『汲み上げポンプ』の図面をギルド奥にある神殿の間にある『商売の精霊ブンザイモン』の祭壇に捧げた。
すると、キアヌの目の前に二通の書類が浮かび上がった。
一つは商会ギルドに保管するもの、そしてもう一つはキアヌが保管するもの。
ありていに言うとアーキンドーは『著作権を登録し管理する精霊』であり、商会ギルドのギルドマスターにしか使えない特殊なユニークスキルにより顕現し、商品を登録する事が出来るのである。
これで『汲み上げポンプ』はキアヌ及びディモン商会でしか製造・販売をすることが出来なくなった。他の商会や技術者が複製を作ろうとしても必ず失敗し、同じものを作る事は出来なくなったのである。
「しかし、巷で噂になっている汲み上げポンプをディモン商会が製作していたとはねぇ‥‥」
「まあ、いろいろとありましてね。では、今後もちょくちょく登録に伺いますので」
「私共商会ギルトとしては登録料さえいただければかまいませんよ。こちらの汲み上げポンプでしたら著作権は4年更新となっていますが、更新は為されるのでしょうねぇ‥‥と、キアヌさん、こちらの所ですが‥‥」
商会ギルドマスターが契約書を見ていると、一番最後の欄に不思議な注意書きが記されていた。
『但し、これらの登録とは無関係に〇〇〇〇〇は登録された商品を自由に製造・販売することが出来るものとする』
〇〇〇〇〇の部分は見たこともない文字で記されているが、しっかりとマチュア・フォン・ミナセの名前が記されている。
それが誰なのか文字は読めなかったもののキアヌはすぐに理解してポン、と手を叩いてしまう。
「ああ、そこは気にしないでください。アーキンドーが気を使ってくれたのでしょうから」
「はぁ、そうでしたか‥‥まあ、これは確かにお預かりしましたので」
そして登録料を支払ってキアヌはディモン商会へと戻って行く。
これから忙しくなる。
今までのようなのんびりと堅実に行ってきた仕事ではない、生き馬の目を抜くような忙しい日々が始まるのである。
‥‥‥
‥‥
‥
早朝。
マチュアが井戸へ水を汲みに向かった時、正門外には完全武装の騎士団が隊列を組んで待機している姿が見えた。
「何だありゃ?」
結界があるため敷地内には侵入できない、にも拘わらず外に待機しているのはなんでだろうと首を傾げていると、奥からヤーロス・カズラック伯爵が笑いながら姿を現した。
「さて小娘よ、諦めて屋敷を手放す気になったかな?今ならまだ間に合うぞ、こちらにも切り札は用意してあるのだからな?」
ニマニマといやらしい笑いを見せるヤーロスだが、マチュアはキョトンとした顔で空間収納から土地の売買契約書を取り出して掲げた。
「あんたアホか?私は正式に手続きをしてこの土地を買ったんだからな」
「そのような事は無効だ‼︎王国法に基づいてこの土地を軍務局で徴収する」
王国法?
土地の徴収?
全く意味がわからない。
「あー、その王国法とやらでは、無実の民の土地を勝手に徴収出来るのかい?」
「そんな事は出来ない。が、罪人の土地や資産は王国法により徴収する事が出来る。貴様の罪は不敬罪だ‼︎これよりジャッジメントスキルを行使させてもらう‼︎」
出たな最強のチートスキル。
だが、マチュアはのんびりと様子を見る事にした。
「どうぞどうぞ、使ってみてくださいな」
ヤーロスの背後から司法官が姿を現すと、正門の柵越しにマチュアを睨み付ける。
そしてスッと手を上げると、高らかにスキル行使宣言を始めた。
マチュアも同様に手を上げると、同じようにジャッジメントスキルを起動する。
「我、リングルの名においてジャッジメントを発動する。罪人マチュア・ロイシィが不敬罪と認められるなら、この魔法の結界を破壊したまえ‼︎」
「我、マチュアの名において『ファイナルジャッジメント』を起動します。ヤーロスが私に対して行った行為に正当性が認められない場合、今後私と関わる事を禁止します」
同時に現れた二人の精霊。
共に右手で天秤を持っているのは同じであるが、リングルの召喚したジャッジメントはまだ若い男性の姿、かたやマチュアの召喚したジャッジメントは髭を蓄えた老人。
まさか二つのジャッジメントが同時に現れるなどリングルもヤーロスも思っていなかったのだろう。
そして、この後で読み上げられる判決に、二人は腰を抜かしそうになってしまう。
『マチュアに対しての不敬罪は認められない。彼の者の魂は高潔であり、如何なる不敬罪も適用されない。よって無罪とする』
『リングル及びヤーロスは己の欲の為に王国法を捻じ曲げて使用した、故に正当性は存在しない‼︎ リングル及びヤーロスは今後マチュアと接触することを禁じる‼︎』
──ジャキーン
鈍い金属音と同時に、ヤーロスとリングルの右腕に金属の腕輪が嵌められた。
「こ、こんなバカな‼︎」
「これはジャッジメントの『戒めの腕輪』か‼︎」
慌てて腕輪を外そうとするが、その瞬間に二人の全身に激痛が走る。
突然の耐えられない激痛に、ヤーロスとリングルが転げまわっているではないですか。
「あ、いや、ジャッジメントのじっちゃんや、それはいくらなんでもやり過ぎではないかな?」
慌ててマチュアがジャッジメントに問いかけると、顎髭を撫でつつフムフムと考える。
そしてジャッジメントが軽く指パッチンする。
──ヒュウンッ
すると二人に課せられた腕輪が消え、手の甲に天秤の紋様が浮かび上がった。
「はぁはぁはぁ。こ、この小娘がぁ‼︎ 騎士団よ、この女を斬り殺してウビャヒャヒャヒャヒャヒャ」
激昂したヤーロスが処刑命令を出そうとしたとき、突然ヤーロスが腹を抱えて笑い始めた。
「ま、まさか……激笑の術式ですか‼︎」
リングルが慌ててジャッジメントに問いかけると、ジッャジメントが目を細めつつ静かに頷いている。マチュアの嫌がる事はしまいと刑罰を軽くしたのであるが、マチュアにしてみると却って地獄を見ているような気がする。
「あ~、そうみたい。ということでヤーロスさんの騎士の皆さん、今のジャッジメントは聞いていただけましたよね? どうしますか? 私を罪人として捕らえる事は出来なくなりましたよね?」
「うむ。ジャッジメントの決定に間違いはない。ではヤーロス様、我々はこれで失礼します!!」
その場の騎士全員がマチュアとヤーロスに敬礼をして立ち去って行く。
その場には、どうにか笑いの収まったヤーロスと、その光景を呆然と見ているリングル、そして正門の中で笑っているマチュアしかいない。
「あの~リングルさんは軍務局の方ですよね?」
「う、うむ。裁判を担当しているが何か?」
「今日のこれって、判例として残ります? 私はいかなる対象からも不敬罪として捉われないって‥‥一応二人のジャッジメントの決定なのですが」
その問い掛けにリンクルも頭を抱えたくなってしまう。
だが、ジャッジメントの決定は絶大にして絶対。何人もこれを覆す事など出来ない。
「う、うーむ。前例がないが決定事項である。ファイナルジャッジメントなど初めて見たし‥‥この件については貴族院と王立執務官にも報告させてもらうがよろしいかな?」
「それは構いませんので。あ、ヤーロス伯爵はどうぞお引き取りを。先程のジャッジメントの判決に、まさか不服などないですよね?」
「う、うむ‥‥では失礼する」
不服しかなさげなヤーロスであるが、ジャッジメントを使ってまでマチュアの家を手に入れようとして目論見がもろくも崩れ去ってしまった。
そしてがっくりと肩を落としたヤーロスとリングルの二人は、近くに停めてあったらしい馬車で急ぎその場を離れて行った。
〇 〇 〇 〇 〇
とある昼下がり。
子供達と一緒に薬草畑の手入れをしていたマチュアの下に来客が訪れた。
そこはかとなく豪華なつくりの馬車が二台、それを先導している普通の馬車が一台。
マチュアの家の近くに停車すると、中からいかにもといった貴族が4人、馬車から降りて正門前へと向かってきた。
「‥‥どちら様ですか‥‥って、リングルさん、本日はどのような御用でしょうか?」
先頭に立っていたリングルの姿に少しだけほっとした。
またどこの貴族がいちゃもんつけに来たのかと心配であったが、そんな事はどうやらなさそうである。
「マチュアさんにぜひお会いしたいという方を案内してきた。家の中に案内していただきたいのだが」
悪意があったなら、激笑の術式が発動しているはず。
なら、悪意は全くないと理解出来たので、マチュアはリングルの言葉を信じて正門を開いた。
「ではどうぞ」
そのまま応接間に案内してから、マチュアは厨房でティーセットを用意すると、ガラガラとワゴンを押しつつ応接間へと向かう。
そして来客の方々にマルムティーとケーキなどを差し出してから椅子に座る。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「では。私は王国執務官補佐のルウリー・アーロックです。こちらは貴族院の紋章官のアルタイル・バックマン。リングルの報告を聞いて、直接話をしに来た次第です」
「マチュアさんに対しては、如何なる不敬罪も適用されないというジャッジメントの判例を伺いまして。それが事実ならこの国では爵位を持たなくてはならないのですが」
普通なら『貴族に逆らうから不敬罪として裁くことが出来る』のであって、『不敬罪で裁けない相手だから貴族にする』って、それ逆じゃね?
「はぁ、成程お断りします」
「ええ。それで登録という事になれば……え?」
「断るのですか?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。この場で簡易的に叙爵して紋章の登録までこぎ着けたかったのだろうが、まさか貴族になるのを断る者があるとは思っていなかったのだろう。
「はい、そんな面倒臭いものはお断りさせて頂きます。私は、この地でのんびりとしたくてやって来たのですよ?」
「そ。それでは困ります。貴族の面子を平民が潰したとなると、貴族院が黙っていられません」
「でも、ジャッジメントの決定は絶対なのでしょ?ならそれに従わせればいいじゃない」
それが出来たら苦労はしない。
兎にも角にも貴族は体面を気にする。
マチュアが好き勝手していると、それに倣って他の平民も貴族を甘く見るようになる。
そうなると彼らを裁いてマチュアを裁かないという理由づけが必要になる。
ジャッジメントの決定だから、そう公開すればことは簡単なのだが貴族院が全会一致でそれを否決した。
『例え理由があっても、例外を認める訳にはいかない』
故に妥協点としてマチュアを叙爵する事で貴族としてもメンツを保てると言う事になった。
「それが出来たら苦労はしません。どうか叙爵を受けていただけませんか?」
「これは国王からの要請でもありますし、何よりもあの愚弟がこの事を知ったら、マチュアさんを何とか取り込もうと動くに決まっていますから」
あー面倒臭い。
面倒なんだけれど、こればっかりは受けられない。
ラグナ・マリア帝国王爵、カナン魔道連邦女王、イスフィリア帝国大公家、そして聖大樹教会最高枢機卿と、ただでさえとんでもない爵位を持っているのに、これ以上増やしてなるものか。
「私は他国で爵位を受けています。その為、この国では爵位を授かる事は出来ません」
そう告げてから、空間収納からイスフィリア帝国大公家の紋章の入った襟章を取り出してテーブルの上に置いた。
それを見てルウリーがアルタイルに本物かどうか問いかけるが、アルタイルは真っ青な顔でただ、無言でうなずいていた。
「……あ、あの、マチュア・ロイシィという名前は偽名でしょうか?」
「本名はマチュア・フォン・ミナセと申します、イスフィリア大公家です。まあ、旅をしている途中なので、私はこの国にいる時はマチュア・ロイシィですのでご了承ください」
「わ。わかりました。それで、この事は王家に報告してもよろしいでしょうか?それと貴族院にもこの話を通しておきたいのですが」
んー。
王家にならバレても仕方ないが、貴族にバレると擦り寄ってくるアホのせいで正体がバレるだろうなぁ。そんな事になったら、ここで大樹を育てるプロジェクトが台無しになる。
「王家に対してのみ、私の正体を明かす事を許します。但し貴族院に対しては駄目です。アホな貴族達がすり寄って来て、私の平穏な時間を奪いかねませんので」
「わかりました。可能であればぜひ王城へもいらして頂きたいのですが」
「それも断ります。一介の、それもCランクのフリー冒険者が王城に招待される謂れがありません」
その一言で、その場での話し合いは一応決着がついた。
だが、後日とんでもない事になりそうな予感はあった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






