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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第14部・古きを越えて新しき世界へ

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微睡みの中で・その35・国境都市ラソーラで、商会と話してみた

『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。

 マチュアがポンプを設置した日の夜。


 一般区下町近辺の井戸には、彼方此方あちこちの商会から雇われた冒険者や胡散臭いチンピラが集まり、お互いを警戒しつつうろうろとしていた。

 彼らの目的は一つ、依頼主の命令でこの井戸の上に乗せられている奇妙な道具を盗み出す事。

 チンピラが盗みを働くのならいざ知らず、冒険者たちは依頼であっても犯罪行為に手を出してはならない。にも拘わらずここにいるという事は、彼らは犯罪である事を理解して、井戸の道具を盗みにやって来たのである。


 最初に到着したチンピラがポンプにへばりつきロープをかけて引っ張っても、ポンプはびくともしない。精魂尽き果てたチンピラの次に井戸を調べていた冒険者は、同じようにロープを掛けてから馬で引っ張ったものの、やはりポンプはピクリとも動かなかった。

 その次の冒険者は井戸の周りを丸く囲っている石を破壊するために、力いっぱい鶴嘴を振り落とす。

 それはある意味では正解であり石は次々と音を立てて崩れていくのだが、その音を聞きつけた騎士たちが急遽駆けつけて来て哀れ泥棒ご一行は騎士団にお縄となってしまった。


 こんなことが一晩のうちに四ヶ所で起こった為、騎士たちも不思議に思っていたのであるが。

 捕まえた犯罪者は犯罪奴隷として奴隷商会に買い上げられ、その買取金の3割が騎士たちにも分配される為に騎士達も気合十分で巡回を続けていた事は言うまでもない。


………

……


 朝。

 マチュアの朝は早い。

 水無瀬真央であった時代の習慣、朝早くから市場に仕入れに向かう。

 異世界転移してからは仕入れこそ少なくなったものの、日課である八極拳の鍛錬は欠かさず行っている。


──ダン‼︎

 震脚からの技の出を一つずつ倣い、流れを崩すことなく、風がたなびくかのように体を動かす。

 静と動、二つの動きを一つずつ、手を抜くことなく繰り返し、約1時間の鍛錬を終える。


「マチュアさま、これをどうぞ‼︎」


 マリーが水桶とタオルを持ってマチュアの元に駆け寄ると、濡れたタオルを絞ってマチュアに手渡す。それを受け取ると、マチュアは笑顔で一言。


「あー、済まないねぇ。こんな朝早くに」

「いえ、私達は別に大丈夫ですから。それよりも、あれをどうにかしないと大変ですよ?」


 汗を拭いつつマリーの告げた『あれ』をチラリとみる。

 そこには、正門外に集まり、マチュアを出せと騒いでいる大勢の人々の姿が見えていた。

 一般区の汲み上げポンプを見た商人や貴族がこぞって集まって来たらしく、マチュアもこうなる事はある程度予想はしていた。

 まあ、それでもこちとら日課があるので全て無視し、外で放置していたのはいつものマチュアであるが。


「仕方ないなぁ、そんじゃ相手してくっか。ダン、何かあったら私に言いなさいね?」

「分かってます。そもそも私たちは、許可なくこの敷地外には出られませんから」

「あ、そうなの?」

「はい。俺もマリーも、あの子たちも魂はこの土地に縛られています。この仮初の体で自由に動く事は出来ても、この敷地から外には出られないのですよ」


 マリーの顔をチラリとみるが、彼女もダンの言葉に苦笑していた。


「そっか。魂のレベルで縛られてるのか……冥府の神の管轄だから、こればっかりはなぁ……」

「はい。ですが、マチュアさまの命令なら、外に出る事は出来ますよ。買い物とかでしたら」

「ほほう。それは蘇生した私との契約が最優先なのかぁ。ま、外に出たくなったら教えて。買い物をお願いするから、ついでに遊びに行くといいよ」

「「はい」」


 ダンとマリーが破顔する。

 小さい二人は疲れてまだ眠っているらしいし、これ以上外で騒がしくされても困るので、マチュアは面倒だが相手をする事にした。


………

……



 西門外には、大勢の人だかり。

 それ程騒いでいる様子はなく、皆口々に井戸の上に設置されているポンプの事を話し合っている所であった。


「おはようございます‼︎こんな朝早くから人の家までやって来て、一体何の御用ですか?」


 やれやれという表情で外の人たちに話しかけてみると、我先にと自己紹介からの『是非、井戸についている道具を売って欲しい』の集中連打。

 しまいには商会同士で喧嘩を始める始末なので、マチュアは堂々と声高らかに叫ぶ。


「あの道具は、わたしが他国から買って来たものですよ。当然私には作り方も分かりませんし、自分の家につけた分と街に設置した分で最後ですから」

「なら、作り方を知らないか?」

「製法を教えてもらえたら、うちは高額の謝礼を支払うぞ」

「いや、あんな街の中につけるよりも貴族街に付けた方がいい、なんならウチが取りなしてやるぞ」


 などなど、欲の皮の突っ張った人々と言うのはどうも醜く見えてしまう。

 なので、あっさりと一言で解決することにした。

 拡張エクステバッグから一本の杖を取り出して、それを外の人々に見せる。


「これも海の向こう、アドラー王国で買って来た魔法の杖ですが。これはものを固定する魔法が付与されていまして、これを使って汲み上げポンプを井戸に設置したので、あれは外れませんよ」

「その杖で外せないのですか?」

「それがねぇ、外すための杖もあったのですが‥‥道中で盗まれてしまいまして。まあ、基本あちこちに動かすものではないので、諦めてくださいな」


 他国から買って来たもので、予備は無い

 当然作り方も知らない

 魔法で固定したので外れない


 この三つの説明で、大半の商会は諦めて立ち去ってしまう。だが、物分かりの悪い商人と貴族はまだ残っているようで、近くに何台か馬車が止まっていた。


「この家の汲み上げポンプ? とやらは基部を破壊して外せないのか?」

「あ〜、あんたアホか? なんでウチが使っているものをあんたに売らないとならないんだよ」


 馬車から出て来た商人の一人、カイゼル髭を生やした細身の老人が偉そうなことを言うので、マチュアも堂々と言い返す。


「なんだと小娘、この俺が誰か知らないようだな」

「知らんわ」

「このラ・パヤーオでも数少ないAランク商会の商会主であるリーゼロ・スクラーロを知らないとは無礼な。いいか、明日までにその汲み上げとやらを外しておけ、俺が適正価格で買い取ると決めたからな‼︎」

「こ、と、わ、る‼︎」


──ブチッ

 リーゼロのこめかみの怒筋がピクピクと動く。

 まさか目の前の小娘がこうもあっさりと断るとは思ってなかったのであろう。


「良いだろう、この町で生活出来なくなっても後悔しない事だな‼︎」


 吐き捨てるような捨て台詞を吐いて、リーゼロがのっしのっしと歩いていく。

 これで邪魔な相手はあと馬車が二台だけ。

 その馬車をチラリと見ると、一人の紳士が馬車から降りて来て、マチュアの前で一礼した。


「初めまして。わたしはキアヌ・ディモンと申します‥‥」


 丁寧にあいさつをしてきたので、マチュアも軽く一礼して自己紹介しようとしたのだが、キアヌがボソッとマチュアにだけ聞こえるように呟いてきた。


「(ミナセ大公閣下におかれましては、身分を隠しているようですので普段の言葉づかいで失礼します)

‥‥ゴホン、あの汲み上げポンプのことで、少々お話を伺いたいのですがよろしいですか?」

「あー、あんた鑑定眼持ちかぁ。レベルはいくつ?」

「5レベルでございます。それで、お話を伺わせていただいてもよろしいのですか?」

「ん、許可する。マチュアの名において、キアヌ・ディモンが我が家の敷地内に入ることを許可します」


――ガチャン

 ゆっくりと正門が開くと、マチュアは一歩だけ横にずれた。


「それではこちらで‥‥」

「かたじけない」


 それで話はおしまい。

 後はキアヌと話をしてみたいと思ったところで、更に横やりがストライク!!


「待ちたまえ、私もその話し合いとやらに参加させていただきたいのだが!!」


馬車から飛び降りて来た肉まんじゅう‥‥もといでっぷりと太った貴族が、マチュアとキアヌに向かって待ったをかけて来た。


「キアヌ殿、あの方は?」

「あの方はヤーロス・カズラック伯爵です。ラ・パヤーオの軍務局の副責任者を務めています」

「へぇ。あの体形で軍務局とは片腹痛いんだが、陰ではかなりの実力を隠しているのかなぁ‥‥と、申し訳ございません、我が家は一見さんはお断りいただいていまして、では失礼します」


 あっさりと断って正門を閉じようとすると、ヤーロスが慌てて正門に向かって飛び込もうとして、手前に貼ってある結界にぶつかりずるずると崩れ落ちていった。


――ドゴッ‥‥


「こ、これはなんだ!!」

「あ、泥棒除けの結界ですよ。私が許可した者以外は入る事が出来ませんので。そして、これもアドラー王国で購入したものですので今の私は持っていませんから」

「な、何だと!! この屋敷は魔導具の塊のようではないか、気に入ったぞ。この屋敷は今から儂のものだ!! 貴様はとっとと荷物を纏めて‥‥いや、荷物もそのままですぐに出ていけ、これは伯爵の命令である!!」


 うん。

 そんなところだと思ったので、丁寧にお断りしようそうしよう。


「うるさいなぁ。私が購入したんだから私のものでしょ? あんた泥棒なの?」

「な、何だと!! この小娘が!! 不敬罪ですぐに処刑してくれるわ!!」

「あ~はいはい、そういうのいいですから、それじゃあ私はこちらの方と話があるので失礼しますね」

「貴様ぁぁぁ!!」


 まだ何か叫んでいるようだが、正門を閉じて遮音結界を起動すると音はぷっつりと聞こえなくなった。

 

「マチュア殿、あの方を怒らせると後が怖いのですが」

「私の正体知っているなら気にする事はないわよ‥‥と、それはまあ、ここだけの話という事で‥‥」


 笑いながらマチュアはキアヌを自宅へと案内する。

 大きな屋敷という事もないのに、何故ヤーロスはこの家を欲しがったのだろう?

そんな事を考えつつ、マチュアは居間にキアヌを案内すると、急いでティーセットを準備した。


‥‥‥

‥‥


「さて、単刀直入に聞くけれど、私に近づいて来た理由は何かしら?」


 まどろっこしい話は不必要。

 なので直球勝負で話を始めることにしたマチュア。

 そしてキアヌもすでにマチュアのことについては、商会に置いてある『通話の宝珠』を使ってイスフィリアにある支店から大抵の情報は得ていたのである。

 ならば、ここのもうけ話に乗らない訳にはいかない。


 すぐさまキアヌも空間収納チェストからバッグを取り出すと、誓約書を用意した。


「私はマチュア大公の秘密を漏らすような事はしません。もしもそのような事になった場合、私の命を捧げる事にします!!」


――シュッ

 右手を胸元に当てて宣誓するキアヌ。

 すると白紙であった羊皮紙の上に、黒い妖精が姿を現した。


契約は成された(エンゲージ)‥‥』


「げっ!! 契約の精霊エンゲージかよ。そんなものを呼び出すなんて、これもあんたのユニークスキルなの?」

「はい。これで私はマチュア様から見聞きした情報全てを外に漏らす事はありません。では本題に入ります。私共ディモン商会はマチュア殿と個人的に取引をお願いしたいのです。出来れば専属契約ということで」

「‥‥カナン商会ではなく私と?」

「はい。今、私の目の前にいるのはカナン商会筆頭のマチュア・フォンミナセ大公ではなくCランク冒険者のマチュア・ロイシィさんですので」


 ほうほう。

 予想外に話の進みが速い。

 エンゲージまで使って私の信用を得たいという気合、しかと見た。

 ならば断わる道理はない。

 ちょうどマチュアとしても、自分の代わりに矢面に立ってくれる商会を探そうとしていた所なので、これはお互いにウィンウィンな関係を結べそうである。


「では、その申し出を受けますので‥‥って、契約書、いる?」

「一応形式上ではありますが、こちらをご用意しました」


 バッグから取り出した専属契約書。

 内容は『マチュアがディモン商会に持ち込んだものの権利は全てマチュアが有しているものとし、ディモン商会は許可を得てそれを販売するものとする。その際の売り上げに対して、ディモン商会は25%のマージンを得る事とする』といった細かい商業でのやり取りが網羅されていた。

 一通り目を通してみるが、マチュアとしても特に問題はない。

 ならばとすぐさまサインをして魔法印をしっかりと押すと、一通はマチュアが保管する。


「よし、これで契約は成立だね。そんじゃ最初の販売品、これね」


 空間収納チェストから『汲み上げ式ポンプ』の図面を取り出すと、あらかじめ作っておいた『固定化の杖』とワンセットでテーブルに並べた。


「こ、これは準備の良い事で‥‥これを見せられて断る事などありますまい。全て買い取らせていただきますよ」

「よろしく。そんでね、売り上げは私はいらないから、一般区の井戸全てに設置出来る?」

「あ、そういう事ですか。それはかまいませんよ、販売先は個人で井戸を持っている貴族や王族、商会などの業者を専門と出来ますので、では‥‥」


 すぐさま話し合いが始まると、午後にはキアヌはワクワク笑顔でマチュアの屋敷を後にしていた。

 そしてふと気が付いた。

 あれだけ騒いでいたヤーロスの姿がどこにもなかった事に。



誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  正門を開く前は外部の音が聞こえている(会話もしている)のに、一度開けた門を閉めたとき自動的に遮音結界が発生するというのは、矛盾があるのではないでしょうか。
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