微睡みの中で・その34・国境都市ラソーラで、ポンプを作ってみよう
さて。
子供たちも増えたということは、家を新たに一つ増やさなくてはならない。
なので空間収納から大きめの屋敷の証紙を一つ取り出してマチュアの家の隣に設置すると、子供達にはそこに住むように説明した。
「基本的には、あんたたちは食べなくても死なない。けれど、もう一度生まれ変わったというか、生き返ったからは、今度こそ幸せに生きてほしいのよ。それでね、ただ生きているだけでは駄目、何か目標を持って生きてほしいわけだけど‥‥わかる?」
「「「「はい」」」」」
うむ。
物分かりが良くて助かる。
「それじゃあ、君たちは何をしたいのか考えて、そして私に教えて。出来る事ならアドバイスぐらいはしてあげるからね」
「「「「「はい!!」」」」」
一斉に返事を返すと、子供たちは円陣を組むように座り、話し合いを始めていた。
なのでそこはそっとしておくことにして、マチュアは自宅工房に戻っていくと、汲み上げポンプの開発を始める事にした。
「さてと、深淵の書庫起動、私の雑学データーベースから汲み上げポンプの図面を展開して」
――ピピピッ‥‥シュゥゥゥゥゥッ
すぐさま深淵の書庫のモニターに図面が開くと、マチュアは羊皮紙を開いて図面を
転写した。
それと同じ図面を3つほど作って空間収納に放り込むと、作業台の上に様々な鉱石を広げ始める。
「こういうのはストームが専門というかグランドマスターなんだけどなぁ。まあ、私もマスターレベルのスキルは持っているから何とかなるか」
銅鉱石と錫を取り出して並べると、それを眺めつつウームと考え込む。
この二つの材料があれば、錬金術で青銅のインゴットを作り出すのは簡単である。だが、それを人に教えるとなると?
「あ、別にそこまで考えなくていいか。『融合』からの形成‥‥と」
――シュゥゥゥゥゥッ
一気に銅鉱石から不純物が取り除かれ、さらに錫と溶けて混ざり合うことで青銅のインゴットを作り出した。これを鍛冶でやるならば銅鉱石を1,060℃に熱して溶かし、そこに錫を加えてなんやらかんやらと時間がかかるのだが、魔法によりそれらはショートカット。
ここからは鋳造となるので、押し型を作り出して溶かした青銅を流し込む。
本体
ハンドル部分
押金
水口etc‥‥
一通りの材料を作り出し、最後に組み合わせて完成。
青銅のロングパイプと接続して、手動式ポンプの出来上がりでございます!!
「ということで完成と‥‥どれどれ、実験してみますか‥‥の前に、メモリーオーブに登録して‥‥」
いつでも量産可能なようにメモリーオーブに登録すると、マチュアはさらに量産化の魔法で量産を開始。
そして家の外にある井戸に向かって歩いていくと、ちょうど子供たちが井戸水を汲み上げているとこに出くわした。
「んんん? 水汲みなんかして、どうかしたの?」
「はい。僕と彼女は、庭の一角で薬草を育てたいのです」
「私たちは家のお風呂の準備です」
最年長の男子‥‥といっても12歳ほど、名前はダン。そのダンと同い年で最年長女子のマリーは薬草畑を作りたいと申し出て来た。
すでにダンが木の枝で地面に畝を作るための道筋を刻んできたらしく、そこに水を撒いて土を柔らかくし、そして畝を作っていくらしい。
「えーっとアンナとニーナだったかしら? どうしてお風呂って……あ、そっか、ダンとマリーのためなんだね?」
「「コクコク」」
あまり言葉を発しないアンナとニーナの双子の女の子は、汚れて帰ってくるダンとマリーために風呂の用意をしていた。
マリーがみんなの現状を説明してくれるので、マチュアとしてもとやかく言いたくはない。
「そっか。困ったら何でも聞いてね‥‥それと、ちょっとまってて、一度井戸にこれをつけるから」
拡張バッグから取り出した手動ポンプ。
井戸に鋼鉄の蓋をしてから、手動ポンプをボルトで固定、さらに固定化でがっちりと固定すると、ポンプの上から呼び水を注いで準備オッケー。
「それじゃあニーナ、このレバーを動かしてごらん?」
「コクコク」
頷いてからニーナがレバーを上下に動かす。
すると井戸水がポンプによって汲み上げられ、水口から一気に噴き出してきた。
「「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
「マチュアさん、これは何ですか!!」
「これはポンプって言ってね、水を汲みだす道具だよ。これで井戸に身を乗り出して汲み上げる必要もないし、なによりも蓋をしてあるから安全でしょ?」
「はい。本当のことを言うと、井戸が怖かったのですよ。いつか落ちたらどうしようって」
「でも、これで水を汲みやすくなりました。ありがとうございます」
そんな丁寧に謝られてもと思うところだが、ここは素直に受けっておく。
「いえいえ。それじゃあ私はちょいと出掛けて来るので、留守番をお願いしていいかな?」
「はい。お客様がいらした時はどうすればよろしいですか?」
「名前だけ聞いておいて、後でこちらから伺いますって伝えておいて。決してこの敷地には入れちゃあダメだからね‥‥と、危ない危ない、設定追加しないとね」
すぐさま子供たち全員に対して、家と敷地に入る許可を追加しておく。
万が一に押し掛けられても、ここに逃げ込めば安全である。
「それじゃあ、行ってきますね」
「「「「はい‼︎」」」」
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
のんびりと馬車に乗って、マチュアは先日子供が落ちた井戸にやって来た。
今日も井戸の周りには水を汲みにやってきた老若男女が、まさに井戸端会議に花を咲かせている。
そこから少し離れた場所に馬車を停めると、カバン一つで井戸に歩いていく。
「おや、こんなところに貴族様かい?」
「いや、貴族紀章をつけてないから違うなぁ……お嬢ちゃん、こんなところに何の用だい?」
「この辺りはスラムよりは安全だけどね、女の子が一人で歩いていると危険だよ?」
「ありがとうございます。まあ、皆さんの為になるものを作りますので、少々お待ちください」
などなど、あまり警戒した雰囲気もなく気軽に話しかけてくるので、マチュアはにっこりと笑ってから拡張バッグから手動ポンプの材料を取り出すと、そこで組み立てを始める。
井戸の上を封じる金属板、汲み上げポンプ、井戸からみずを汲み上げるためのパイプなどを次々と用意し、最後に少し大きめの金属板を取り出した。
「識字率が少ないと厄介だから……」
金属板に油性マジックで『取扱説明書』を書き込んでいく。
図解説明も入れた簡単なもの、そして故障した際にはここまでご連絡くださいとマチュアの自宅の住所まで記しておく。
その作業を、好奇心に駆られた子供達や近所の大人たちも少し離れた場所から見ていた。
やや暫くして井戸から人々が離れたのを確認すると、マチュアは早速井戸にポンプを設置し始める。
鉄板で井戸の上を塞ぎ、中央の穴からパイプを下ろし始めると、周りで見てた大人たちも慌てて井戸に駆け寄ってきた。
「おい、一体何をやっているんだ‼︎」
「井戸を塞いだら、俺たちが水を汲めなくなるじゃないか、早く外してくれ」
「何だ何だ、どっかの貴族の嫌がらせか! そこを退けよ‼︎」
「いや、ちょっと見ててくださいな。もし失敗したらすぐに外しますし、ほんの30分ぐらいで終わりますから‼︎」
すぐさま集まった人たちに頭を下げると、30分ぐらいならと納得して周りでマチュアの動向を伺っている。すぐさま作業は再開、パイプを下ろして接続、また下ろして接続を繰り返してからいよいよポンプを台座に置く。
全てボルトで固定してから、こっそりと強化と固定化の魔法を施して外されないようにすると、いよいよ実験開始。
──ザボァァァァ
ポンプ上部の水受けに水を注いで蓋をすると、近くで見ていた子供をチョイチョイと呼ぶ。
「ちょいと手伝ってくれるかな?」
「んんん、何をすれば良いの?」
「このレバーを上下に動かして欲しいんだけど、力はあるかな?」
「朝と夕方に水を汲みに来てるから大丈夫だよ!そーれぃ‼︎」
──コキコキ……ザッバァァァァァ
最初は手応えはあったものの水が出てこないが、徐々に水が汲み上がってきて、最後には水口から大量の水が溢れ出した‼︎
「「「「「うわぁぁぁ、何じゃあそれは」」」」」
見ていた大人も子供も絶叫をあげたので、マチュアはポンプの真横に取扱説明書の書かれた金属板を設置した。
「これでよし、はい大人は集合して‼︎」
周りの大人がマチュアの声で集まると、マチュアは汲み上げポンプの使い方をみんなに説明した。
そして万が一動かなくなったりした時は、わたしの家に来てくれたら修理すらからと伝えると、道具を片付けて次の井戸へとマチュアは向かった。
最初の井戸でマチュアの様子を伺っていた大人たちが数人マチュアの作業を手伝ってくれたおかげで、この日は合計4カ所の下町の井戸が汲み上げポンプに切り替えられていった。
………
……
…
俺の名前はキアヌ・ディモン。
このラソーラでも一、二を争うディモン商会の会長である。
ラ・パヤーオ王都にも支店を置いている超有力商会であると自負している。
その俺が、ここ最近やってきた得体のしれない冒険者の動向が気になって仕方がない。
突然冒険者登録をしたかと思えば、即日でランクCまで駆け上がっているし、Aランクの魔物の素材を大量にギルドに卸しているし。
かと思えば一般区画の外れ、呪われた教会跡地を購入して自宅を建設している。
あの土地には子供の幽霊が出るんだぞ?
しかもそれを知って無理やり家を建てたやつらは、三日と持たずに全てを売却して逃げている土地だぞ?
気になって女の家の柵越しに眺めていたら、見たこともない道具を井戸に付けているじゃないか!!
何?
何だあれは?
魔導具なのか?
あのレバーを動かすだけで、水が大量に溢れているじゃないか!!
欲しい、あの魔導具が欲しい。
いくら出したら譲ってもらえるだろうか‥‥え? 力づく?
馬鹿な事を言ってはいかんよ、このディモン商会は質実剛健、真面目な商売を心掛けている。
確かに俺はいかついおっさんで禿げ、頭のあちこちに傷がついてはいるが、それも俺が元冒険者上がりの商人だったからだ。
さて、あの女との交渉は後日改めてとするか。
ん?
あの女がいたぞ、なんで一般区になんているんだって‥‥えええ?
なんであの魔導具を町の中に設置しているんだ?
他の商人が目を付けてしまうだろうが、いや、それよりも夜になったら盗まれるぞ!!
あの女は馬鹿なのか?
いくらこの都市が治安が良いとはいえ、宵闇に紛れて犯罪者が徘徊ぐらいはする都市だぞ!!
仕方ない、巡回騎士に金を握ら‥‥頼み込んで、井戸周辺の警備を少し強化してもらうとするか。
明日の朝にでも、あの女の所に商談を持ち込むとしよう。
どうせ他の商人達も同じような事を考えていると思うから、出来る限り早く、そして先方の気分を害しないように努めなくては‥‥。
さあ、明日が我が商会にとっての命運を賭けた交渉となるだろう。
ふっふっふっ、このディモン商会の実力を知らしめてあげようではないか!!
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






