微睡みの中で・その30・ラ・パヤーオ王国に、遊びに行こう
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
イスフィリア帝国を後にして。
──ガラガラガラガラ
のんびりとラ・パヤーオへと馬車は走る。
帝都から出る前に、マチュアは正体を隠す為に変装する事にした。
『認識阻害』のイヤリングを作り装備することでエルフ特有の長耳を人間サイズにし、『印象操作』のペンダントを作って自分のカリスマ値を下げる。
さらに『鑑定阻害』の指輪をつけて自身が鑑定された場合は『偽装ステータス』が表示されるようになり、装備は全て街の道具屋や衣装屋で買ったものを装備し、どこからどう見ても普通の町娘に変装した。
そのまま国境手前の都市まで転移してから、のんびりと乗合馬車でラ・パヤーオへと向かう。
――ガラガラガラガラ
一緒に乗っているのは知らない人々。
旅商人さんや冒険者、隣国の街へと買い出しに向かう人、そして吟遊詩人。
緊張した様子もなく、みんなのんびりと馬車の旅を楽しんでいた。
「おや、お嬢ちゃんはどこから来たんだい?女の子の一人旅なんて珍しいなぁ」
初老の商人が顎髭を撫でながらニコニコと笑いながらマチュアに話し掛けて来たので、マチュアもにこりと笑いつつ話に乗る。
「イスフィリア帝都からですね。見聞を広げる為にパヤーオに向かう所ですよ」
「ほほう。という事は、お嬢ちゃんは冒険者かな?」
「いえいえ、旅の商人という所ですよ。まあパヤーオでは冒険者としての登録する予定ですけどね」
旅の商人と言う所で老人の目がキュピーンと光ったような気がするが、それは気のせいと言う事で、後はのんびり会話を楽しむ事にした。
「ほほう、旅の商人でしたか。何か商品はお持ちですか?私はパヤーオの商業ギルドに登録している商人でしてね。ダウナーという者じゃよ」
「これは丁寧に。私はロイシィとお呼びください」
あらかじめ作っておいた商会登録証。
登録名義はマチュア・ロイシィ、商会は無くフリーの商人として登録してある。
「ではロイシィさん、貴方はどのような商品をお持ちで?」
「私は香辛料を取り扱っていまして……」
肩から下げているバッグから小さな壺をいくつか取り出す。そこにはあらかじめ様々な香辛料が納められており、ダウナーはその一つ一つを丁寧に鑑定していた。
商人必須スキルの一つ、鑑定眼を使っているのだろう、ダウナーはふむふむ、これは、などど独り言を呟きつつ頷いていた。
「ふぅ。近年稀に見る上質な香辛料ですね。これを販売しているのですか?」
「はい。イスフィリアで結構売ってしまい在庫はあまりないですけれどね」
「うんうん。では、パヤーオの王都に来たら私の商会まで来るとよい。他の商会の2割増して買い取ってあげるよ」
お、キタコレ。
そこからは激しい交渉の雨あられ。
傍らで見ていた冒険者や他の商人たちも、暇つぶしと言わんばかりに見学しチャチャ入れながら盛り上がっていた。
休憩や夜営時にはマチュアも料理を手伝い、馬車の客たちは見たこともない香辛料を使った料理に舌鼓を打った。
そんなこんなでイスフィリア国境を越えて最初の町、国境都市ラソーラへと何事もなく辿り着く事が出来たようで、めでたしめでたし。
「まあ、そうそう野盗やら魔物に襲われる事はないと思っていたけれど、ほんーーとうに何もなかったなぁ」
馬車から降りて縮まった筋肉を伸ばしつつ、マチュアは街の中をぐるりと見渡す。
別段おかしいところも何も感じない。
よく言えば牧歌的な、悪く言えば寂れた都市である。
それでも人々の姿は多く、その中にチラホラと冒険者のパーティーらしきものも見え隠れしていた。
「ロイシィさんや、冒険者ギルドはこの先、大体10分ほど歩けばあるからな。この街の冒険者は国境が近い事もあって結構荒くれが多いから気を付けるんだよ?」
「最後までありがとうございます。ダウナーさんもお元気で」
ダウナーはここから馬車を替える。
もう少し大型の乗合馬車の商隊に乗せてもらうらしい。
まあ、マチュアはそんなに急ぐ事はないので、この町で少しのんびりとする事にした。
「さてと。それじゃあ行きますか。ほんーーとうに久しぶりの冒険者登録に」
フェイクステータスは有効化したまま、今回は戦士として登録する。
魔術なんて使った日には、また大勢の人に集まられるので今回は全力で自重する。
そう、カリス・マレス世界に初めて来た時のように、とにかく自重。
はて、一体いつから自重の精神を忘れたのやら?
そんな事を考えながらのんびりと歩いていると、やって来ました冒険者ギルド。
大きさはよくある小学校の体育館程度と、とにかくでかい。
彼方此方の世界の様々な冒険者ギルドを見て来たマチュアでも、この規模は初めて見る代物である。
「ふぁぁぁぁ、何じゃこりゃ? とにかく行きましょ」
そのまま堂々と建物に入るマチュア。するとお約束通りに、広いロビーに集まっている冒険者達がマチュアの方を向いて、そしてすぐに視線を外していく。
まるで無関心という感じの反応に、マチュアもややほっとしていた。
(よし、認識阻害スキルがちゃんと発動しているなぁ。恒例の新人に絡む阿呆も女性冒険者に絡む自称ベテラン変態冒険者もいないなぁ)
うんうんと納得したままマチュアはカウンターへと向かって行く。
「お疲れ様です。依頼の報告ですか?」
「いいえ、新人です。冒険者登録をしたいのですが」
にこやかに話しかけてみる。
何事も第一印象は大切ですよね。
「はい。国選冒険者でよろしいですか?」
「え?」
「‥‥まず、冒険者について説明させていただきますね」
マチュアの反応から、まったくの素人であると判断した受付は、この国の冒険者の仕組みについて説明を始めた。
基本的には世界統一ルールなので変わらず。
冒険者ランクもGから始まりSランクまで。依頼難易度によって昇級ポイントが変わり、一定ポイントが溜まると一ランク上昇。
Bランク以上はさらに試験クエストがあり、試験官の冒険者とともに依頼を遂行し内容を評価される。
そして、ここからが大きな違い。
この国には国に登録する国選冒険者とフリー冒険者の二つが存在する。
違いは依頼の報酬と義務と権利。
「つまり、国選冒険者というのは、報酬がフリー冒険者よりも高額な代わり、『特務』っていう強制参加依頼があるのですね?」
「はい、さらに国選冒険者は自動的に『騎士爵』が与えられます。名誉爵位ではありますが、さまざまな施設の恩恵があると考えてください」
「なるほどわかりました。ではフリー冒険者の登録をお願いします」
「はい‥‥え? 国選冒険者試験は受けないのですか? 」
「冒険者になるのに試験はないですよね? 落ちそうだから受けないです。フリーでお願いします」
きっぱりと告げるマチュア。
それに対して、ハァ~とため息をつく受付。
「それでは、ここからは別の受付に代わってもらいますので」
「あ、そういうのもあるのですか?」
「はい。私達受付は専属冒険者登録が出来るのですよ。その冒険者の活躍によってボーナスが与えられたり、ギルド員ランクがあがるのです。では、フリー冒険者の担当をお呼びしますので、少々お待ちください」
それまでの笑顔がスッと消えて事務的な表情になる受付。
そしてその場から離れていくと、奥からいかにも下っ端っていう雰囲気の歳若い受付がやって来るのが見えていた。
「うわぁ。いきなり態度変えやがった‥‥最低な受付だなぁ」
「まあ、ロニーさんにはBランクギルド員ですから。初めまして、マチュアさんの担当となりますアマレッティと申します。まだFランクギルド員ですが、よろしくお願いします」
「はいはい。では登録してしまいましょ‥‥」
そのまま淡々と手続きをしてギルドカードを受け取ると、すぐさま魂の護符とリンクしてスッと消していく。
「マチュアさんは戦士登録ですが、装備はあるのですか?」
「あるよ。ほらね?」
予め腕に装備してある『換装の腕輪』に触れてみる。すると、マチュアは一瞬で町娘スタイルから龍頭武衣と呼ばれる武闘着に換装した。
両腕にはフィフス・エレメントがしっかりと装備されており、背中には三節棍も背負っていた。
この世界には存在しない職業である修練拳術士であるが、マチュアは説明が面倒いので戦士という事で登録してみた。
「軽装戦士ですか?」
「そんな所だね。ということで依頼でも受けてきますか‥‥」
そのままスキップしながら依頼の張り付けてある掲示板へと向かう。
認識阻害があるので、こんな格好でも注目を浴びる事はないのだ。
「おいおい、なんだその恰好はよぉ。お前、冒険者舐めているのかぁ?」
「そんな変な恰好しやがって‥‥お、その籠手は良さそうじゃねぇか、初心者にはもったいないぜ」
「そうそう。俺達がもらってやるからよ、ありがたく思うんだな」
「あれ?なんで絡まれるのよ?」
認識阻害、仕事しろと言いたい所ではあるが、マチュアの姿が世界レベルで奇抜すぎたので、認識阻害スキルが弱まっていたというのが正解。
「ハァ? あんた達誰さ。人の物を勝手にねだるんじゃない。ほら、どいて頂戴っ」
シッシッと手で追い払うようなしぐさをするマチュアだが、男たちは馬鹿にされたと取ったのか真っ赤な顔でマチュアに掴み掛かる。
──ガシッ
力任せに肩を掴まれるマチュアだが、努めて冷静に周囲で見ている冒険者に一言問い掛けた。
「あのー。ここって自称ベテランが下の冒険者にたかっていい所なのかしら?」
「いや。よくはないけれど、冒険者っていうのは基本的には自分で身を守れないと駄目でな。洗礼として素直に殴られておけ」
「そうそう。『暁のグラッハ』はBランク国選冒険者だからなぁ。ポッと出の初心者が勝てる相手ではないぜ」
「そういう事だ。まあ、あんたも女なら、グラッハ達の怒りを鎮める方法ぐらいは理解出来るだろうさ」
自分の胸元に手を当ててユッサユッサと揺するふりをしている下衆な男もいる。
なら、マチュアは素直に‥‥反撃に出る事にした。
──グニャッ
肩を掴んでいる腕を取って力いっぱい外に撥ねる。
合気で関節を固めてそのまま床に向かってグラッハを投げ飛ばすと、呆然とした残り二人の懐に飛び込んでまっすぐ正拳突きを叩き込んでいった。
──ドゴボグボォォォォォッ
口からいろいろな体液を噴き出して悶絶する二人と、痛みを堪えて立ち上がって、ロングソードを引き抜くグラッハ。
「こ、この女ぁ!! ふざけた事しやがって!!」
激高して切りかかってくるグラッハの攻撃をヒョイヒョイとかわしつつ間合いを取るマチュア。
そのまま右手に気を集めると、力いっぱい踏み込んでグラッハの胸元めがけて掌底を叩き込む。
「猛虎‥‥からの勁砲っっっっっ」
──ドッゴォォォォォォォォォォォォォッ
グラッハの体内をマチュアの練り上げられた気が駆け抜ける。
普通の人間相手なら、ちょっとだけ練り上げた気を撃ち込むだけで充分に威力がある。むしろ本気で練り上げたなら、エンシェントドラゴンの肉体すら吹き飛ばす事も可能であろう。
「グバボブァァッ」
二人の仲間と同じように、グラッハも口から色々といけないものをスプラッシュして床に蹲った。
それを横目に、マチュアは掲示板から自分に合う依頼を探してみる。
「常設依頼は討伐部位を持ってきて提出か。なら、この薬草採取とついでにいくつか討伐を見繕ってみますか」
ペリペリと薬草採取の依頼書をはがして受付に持っていくと、マチュアはそのまま冒険者ギルドから外に出ていった。
‥‥‥
‥‥
‥
うわぁ。
国選冒険者の中でも問題‥‥ゲフンゲフン実力派のグラッハさん達が、マチュアさんに一撃で伸されてしまいました。
新人冒険者、それも登録したばかりの新人にですよ?
私が担当としてマチュアさんに付いた時は、またかと出世は諦めていたのですが、その憂いは一瞬で晴れてしまいました。
グラッハさんの担当だったヘルゼさんは、マチュアさんが絡まれた時にニヤニヤと笑っていたのですよ? その光景を止める事なく、まるでマチュアさんがやられていい気味みたいな顔で。
でも、そのヘルゼさんの顔が、一瞬で絶望に代わってしまいました。
まさかマチュアさんがあそこまで強いとは、誰も想像していなかったのでしょうね。
ほら、ヘルゼさんが私をチラチラッと見ていますよ。
残念でした、担当の変更は冒険者と受付の総意でなくては出来ないのですよ。
さあ、マチュアさんが戻って来るまでに、私としても彼女のバックアップ体制を整える事にしましょう。
この町に来たばかりですから、町のガイドブック的な案内書を作ってあげないと。
それに、効率よくランクを上げる為の依頼のチョイスもしなくては。
ですからヘルゼさん、こっちをチラチラと見ていても駄目ですってば‥‥。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






