微睡の中で・その29・帝都サムシングで、法皇様のお帰りである
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さて。
何だかんだと、ロマネス法皇が来訪して一週間が経過した。
マチュアの組んだスケジュール通りに、そしてややスケジュールにアドリブが入ったものの無事に最終日を迎える事が出来た。
そしてガーランド帝国へと帰還する前夜。
ロマネスは式典を終わらせた後、マチュアのいる学院棟隣のカナン商会へとやって来た。
カナン商会は24時間営業、すぐにマチュアに連絡が入りロマネスは執務室へと案内された。
「おや、こんな夜遅くにどうしたのですか?」
「明日にはガーランドに戻らなくてはなりませんので、マチュア様にこっそりとご挨拶に参りました」
ロマネスはマチュアの正体を知っている
そしてマチュアも、ロマネスが自分の正体を見抜いているのを知っている。
ならば話は早い。
スッ、と跪こうとしたロマネスを強制的に椅子に座らせると、マチュアは一瞬でティーセットを用意してマルムティーをロマネスに差し出す。
「あ、あのですね、マチュア様」
「様は禁止ね‥‥と言いたいとこだけと、無理そうだからそのままでいいよ。それで私に何の用事かな? 明日には帰るんでしょ?」
「はい。明日には港町に向かって、そこから二か月の旅となりますが。本国に戻り次第、世界中の聖大樹教会に連絡を入れます。魔族侵攻を止めるために大樹の活性化を促す予定です」
自分がやるべきことを、ロマネスはしっかりと理解していた。
伊達に世界の法皇と呼ばれてはいないという所である。
「それはよかったわ。まあ、あっちに戻っても、しっかりとやってくださいな。私に連絡したかったら『神託』スキル使えば神域に招待してあげる。そこで話すればいいと思うから」
「あ、は、はい。ではそうさせてもらいます。それとですね。マチュアさんの使った転移門の魔術式、それを私にも伝授していただけますか?」
「あ、そっちか。あなた以外の人に伝授しないというのなら構わないけれど、ロマネスが修めているのは神聖魔術だよね? 使えないよ?」
「いえ、ベゼルは魔術式を使えます。ですので彼女に使ってもらう事になります」
ほほう。
器によって使える魔術が違うというのは面白い。
「他に出さないというのなら構わないわよ、ほい」
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
すぐさま転移門の術式を作ってあげるマチュア。もっとも、転移門は永続化を用いない限り持続時間は一分程度しかないし、大きさを変化させない限りは人間が出入りする程度の扉しか作れない。
その程度の時間なら数人の人が出入りするレベルであるし、ロマネスが悪さするとは考えていない。
「ほれ、取り込み方はわかる?」
「いえ、スキルの取り付けは専門の錬金術師でなくては出来ませんので」
「あっそ。なら‥‥」
そのままマチュアはロマネスの手を取ってスキルオーブを握らせると、ロマネスの魂にスキルオーブを定着させる。そのまま取り込み方などを伝授してもよかったのだが、それはまた別の人の役割だろうと思ってやめておく事にした。
「あ‥‥わかります。今、私の中に転移門のスキルが刻み込まれたのですね?」
「そういうこと。本来は確か第5聖典の魔術式なんだけどね。まあ、一つのスキルとして書き込んでおいたので、うまく使ってね」
「はい。私は大抵のスキルはユニークスキルの『大樹の加護』で賄っていますので、スキルスロットにはまだ空きがありますから」
そりゃあ便利だわ。
ということで、その後は他愛いない話をした後、明日の準備もあるのでロマネスは素直にホテルへと戻って行った。
そしてロマネスを見送ってからマチュアも自室へと戻ると、どさっとベッドに横になる。
「神威フィルターって凄いなぁ。この体がマジック・ゴーレムなのはロマネスには分からなかったのか。鑑定眼阻害効果がしっかりと働いているんだなぁ」
思わず自分の頬を引っ張るマチュア。
既にオリジナルボディは、乗合馬車でのんびりと隣国ラ・パヤーオに向かっている。
思考が二分割しているので、向こうの体でもこっちの出来事をダイレクトに処理できるという優れものであるが、深淵の書庫とリンクしているマチュアだからこそ制御可能なのである。
ちなみにアーカムも同じボディをマチュアに作って貰って空間収納に収納している。
「この体だと神威も半減以下だし使える神威コマンドも限られるか。ステータスはゴーレムボディ依存で、まあ、その辺のSランク冒険者が束になっても跳ね返せるが、ポイポイ相手だと確実に負けるかぁ。ま、普段使いには良いかもね」
開いたウィンドウでステータスやスキルを確認してから、取り敢えずオリジナルに近い能力まで調整を行うと、マチュアはゆっくりと眠りについた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
観衆の見守る中、ロマネス法皇は帰路に就く。
聖大樹教会で最後のミサを行うと、目の前の馬車に乗って屋根の上にあるテラスにスッと立ち、観衆に向かって手を振った。
「さて、それでは帰りますので、ちゃんとつかまっていてくださいね」
「ええ、宜しく頼むぞ」
御者台から上に向かって話しかけるマチュアに返事を返しつつも、ロマネスは手を振りつづけている。そして帝都サムシング正門から外に出ると、マチュアは転移門を起動してその中にスッと入っていった。
………
……
…
「……あの、マチュア様、ここはどこでしょうか?」
転移門の出た先。
そこは、ロマネスがよく見慣れた風景。
巨大な大樹に覆われた城塞都市、その外に広がる豊かな田園風景。
「え?港町まで送るのも面倒だから、あんたの国に転移門を繋いだだけだよ。もうすぐ港町に向かったアーカムが、帆船も転移門を使ってこっちの港町まで運んでいる筈だからね」
あっけらかんと告げるマチュアに、ロマネスはハァ、とため息をついてしまうが。
――ザザザザザッ
フルプレートの騎士たちがマチュアの馬車の周囲を取り囲む。
そして一斉にハルバードを構えると、騎士団長らしき羽飾りをつけた男が前に出た。
「そこの者に告げる。ここは聖大樹教会にとって最大の聖域である『大樹大聖堂』である。怪しげな馬車とゴーレムホース、どこの所属の者か告げよ!! 返答なき場合はその首を落とさせてもらう!!」
妙に張りのいい声に魔力を乗せて、騎士団長は叫ぶ。
ならば自己紹介しようそうしよう。
――シュンッ
一瞬で御者台から騎士団長の目の前まで転移すると、白銀の賢者モードに装備を換装する。
そして丁寧に頭を下げると、にっこりとほほ笑んで。
「お出迎えご苦労様です。私はイスフィリア帝国所属のマチュア・ミナセと申します。ロマネス法皇様を護衛して参りました」
――ギィィィィッ
ゆっくりと横にある扉が開き階段が自動で降りてくる。
そしてロマネスがゆっくりと姿を現すと、その場の騎士団が全員武器を下して跪いた。
同時に聖堂から次々と司祭や助祭たちが飛び出してくると、左右に分かれて並び立ち胸に手を当ててじっとロマネスを見つめている。
「ハミルトン、出迎え苦労であったな‥‥ではマチュア殿、私はこれで失礼します。またお目にかかる日を、楽しみに待っています」
そう告げてマチュアに近づくと、傍らで待機していたベゼルがハミルトンと呼ばれた司祭が持ってきた銀の装飾の施されたトレーを受け取り、そのままロマネスの下に持ってくる。
そして上に置かれている緑地に金銀の刺繍の施されたストラを手に取ると、ロマネス自らマチュアの首にそれをかけた。
――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
その場の全員が声を上げて驚く。
聖大樹教会では、ストラはその色と刺繍、そしてそれを身に着ける場所によって階級が区別される。
マチュアの受け取ったものは最高司祭と同じ色と紋様であり、首から下げることを許されているものは法皇並びに最高枢機卿のみ。
そしてここ何百年も空位であった最高枢機卿に、マチュアが正式に叙階された事を意味している。
法皇の決定は絶対であり、誰も異を唱えることはできない。
「天と大地と、すべての生きとし生けるものに、大樹の加護のあらんことを」
「天と大地と、すべての生きとし生けるものに、大樹の加護のあらんことを」
ロマネスに続いて復唱するマチュア。
そしてロマネスは手にした小瓶から聖水をマチュアに振りかけると、右手を掲げ、左手は胸元に当てて祈りをささげる。
「マチュアさんの未来に、幸多からんことを。此度のイスフィリアでの助力、ありがとうございました。それでは失礼します」
ゆっくりと踵を返し、ロマネスが大聖堂へと進んで行く。
そして、その場にいる全ての人々がマチュアに一礼し、大聖堂へと戻って行く。
「ふぅ。これで大きな仕事はおしまいと。後はイスフィリアでやる事やっておしまいだねぇ‥‥」
そのままマチュアは、馬車の所有者をロマネスとその魂たちに切り替えると、馬車を置いたまま一人で転移門を越えていった。
馬車に記された紋章は、いつの間にか聖大樹教会の紋章に書き直されていた。
〇 〇 〇 〇 〇
「ロマネス法皇様。あの外にいらっしゃいましたミナセ最高枢機卿とは、どのようなお方ですか?」
「私共としましても、数百年ぶりに最高枢機卿が叙階されたとなりますとですね、国を挙げて正式に祭典を行う必要があると思うのですよ。この国に迎え入れる体制も整える必要もありますし」
「我々は騎士団として、新たな枢機卿の警護を務める必要があります」
次々と出てくる最高枢機卿の話。だが、ロマネスはそっと手を上げて皆を制した。
「あの方はそっとしてあげてください。大樹が選んだ最高枢機卿は、静かに、そしてひっそりと人々に祝福を与えることになったのです。私達は、彼女の活動の妨げをしてはいけない。こっそりと後ろから、彼女の事を支える事もありません。彼女は、私達の誰よりも強く、そして優しい方ですから‥‥」
満足そうなほほ笑みで、ロマネスが告げる。
そして司祭たちもロマネスの言葉にならい、ゆっくりと一礼してその場を立ち去っていった。
「マチュア様‥‥貴方の進む道は険しく、最後には絶望しか見えませんでした。ですが、その中にいくつかの小さい光が見えます。それを信じてください‥‥」
ロマネスのユニークスキルで唯一、マチュアに見えなかったもの。
それれが、『可能性の未来の可視化』であった。
暗いくらい絶望の中で、マチュアがただ静かに歩いている姿。
その中に時折見える小さな光。
そこにマチュアが向かっていく事を、ロマネスは静かに祈り始めた。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






