微睡みの中へ・その23・帝都サムシングで、法皇がやって来たヤアヤアヤア
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
──港町・シェイエン
普段の賑わいがどこにいったのか、というレベルで港町は静けさを漂わせている。
むしろ、これから起こるであろう出来事に緊張している雰囲気であることが、港に集まった人々の表情から伺えていた。
豪華な装飾品で飾られた大型船専用の波止場では、マチュアとその護衛の新型シスターズ・暦シリーズ一同、そして筆頭護衛のミレーヌが待機していた。
その近くでは何かそわそわと落ち着きのない各種ギルドマスターや、この港町を取り仕切るコントラの姿もあった。そして、いる所には必ずいる権力に固執する貴族達もちらほらと。
「あ、あの、ミナセ大公にはお日柄もよろしく。私、キリマン領のシュトロハイム・キリマンと申します。本日はミナセ大公にとお土産をお持ちしました」
「私は、この港町の隣にあるシトローン領のコユキ・オオユキと申します。本日はミナセ大公に折りいってお願いがございまして……」
揉み手で挨拶する二人の貴族だが、マチュアは頭を下げる事なくにっこりと微笑み返すだけにしておき、すぐに真横で打ち合わせをしていたコントラの方に合流する。
「それでは、私の見た感じではガーランドの帆船が到着するのは予定通りの時刻でしょうね。なので打ち合わせ通りに出迎えの式典は必要ないわよ。コントラさんは都市内部の警備をより強力にしてくださいね。ほら、あと一刻もすれば船が到着すると思うので」
「はい警備については問題ありません。しかし、私が領主の時代にまさか法皇様がいらっしゃるとは、実に幸運でございますなぁ」
はっはっはっ、と笑うコントラと、それを悔しそうに見ているオオユキとキリマン。
だが、マチュアはすぐにキリマンにも声をかけた。
「それでキリマンさん、あなたの領地にお願いした騎士たちの派遣の件は?予定では昨日には到着していないといけない筈ですが?」
今度はキリマンが揉み手をやめて、仕事の顔でマチュアの方を向く。
別にキリマンのほうを無視していたのではないよーというマチュアなりの気遣い。ただ、大公という立場ゆえに、話の順番を重視していただけである。
「既に都市内各所に配置は完了しております。ミナセ大公のお申し付けの通り、このコントラ領騎士団とも連携は完了しております」
「ありがとうございます。このタイミングで魔族の襲撃も警戒されます。まあ、この町にも大樹はありますし、弱いながらも加護はあるので町の中までは入って来ないかと思いますが、魔族に魂を売った人間がいないとも限りませんので」
「了解しました」
騎士などの配置、そして訓練成果に関してはキリマンは絶大な自信を持っている。マチュアもそれを信頼してキリマンに警備を任せていたのである。
「それとオオユキさん、お願いしてあった穀物関係は、倉庫に届いていますか?明日の晩餐会にはどうしても必要な材料ですから」
「はっ。私どもの領地でも最上級のものをご用意しました。ただ、多少値が張ってしまいますが」
「良いものでしたら構いませんわ。私の教えた通りに穀物を等級別に仕分けてあるのでしたらね」
「それはご安心ください。ミナセ大公に教えられた鑑定盤による袋別等級判別はしっかりと義務付けしてありますので」
マチュアは法皇を迎え入れるついでに、少しだけお世話になったコントラ領と、その両隣にも協力を要請していた。人材が自慢のキリマン領には若干のトレーニング方法を伝授し、それらをマスターした警備要員を配置してもらった。
そして穀物に自信のあるオオユキ領には、質の良い穀物を選別するための方法とスキルを伝授し、最上級の大麦小麦、そしてジャガイモなどの食糧を手配したのである。
多少値段がぶっかけられるかもと思ったが、マチュアの予想価格よりは安かったのでそのまま仕入れ、今は倉庫に保管してある。
「おお、見えましたぞ‼︎ ガーランド帝国の帆船です!!」
「よし、それではみなさん配置についてください。対応は私が行いますので、皆さんは指示通りに白線の外側まで下がってくださいね!!」
マチュアの指示により、港町の全員が行動を開始した。
やがてガーランド帝国の旗を翻している大型帆船が姿を現すと、港はより一層の喧騒に包まれるのであった。
………
……
…
──ムスッ
ガーランド帝国皇帝にして聖大樹教会法皇であるロマネス・ハインリヒ14世は、大型帆船の船尾楼にある専用室の中でご機嫌斜めであった。
法皇の務めである、各国の聖大樹教会を巡って礼拝の儀式を行うという任務に、もう飽きてしまったのである。
まだロマネス法皇は21歳、女性法皇である彼女にとっては、2年おきに訪れる世界を巡る旅に嫌気がさしていた。実質本国にいられるのは二年間のみ、留守の間は宰相や側近たちによって国は守られているので不安や心配などはない。
なら、どうして不機嫌なのか。
「もう、そろそろ本国に帰りたいぞよ?船旅など飽きてしまったのじゃが」
傍にいる侍女にそう話しかけるが、侍女は首を振るだけ。
「法皇様におかれましては、これも公務ですのでご辛抱下さるよう、お願いします。お気持ちは理解出来ますので、こちらを召し上がって心を落ち着けてはいかがですか?」
暖かいミルクティーを侍女が差し出すので、ロマネスは傍に置かれている箱型の魔導具から『苺のショートケーキ』を二つ取り出した。
一つは侍女の分、そしてもう一つは自分の分。
箱の中のショートケーキはあとひとつ、その他、様々なケーキやスイーツが一つずつ残っている。
「ふう。スイーツとやらも、あと10個ほどしか残ってないのう。しかしカナン商会も酷いものじゃ、法皇が全て買い取ると話しても三つしか売ってくれなかったのじゃからなぁ」
「ですが、その代わりに時間停止の箱をひとつ譲って貰ったではありませんか。アドラー国王でも、カナン商会とやらの決定は覆せないと申しておりましたし、その箱に組み込まれた魔術式については、ロマネス様でも解析出来ませんでしたし」
「むぅ。あの日は本調子ではなかっただけじゃ それよりもカナン商会じゃ‼︎ 一国の王であっても、たかが商会に対して命じる事すら出来ないというのがおかしいとは思わぬか?」
フォークを軽く振りつつ呟くが、侍女は首を振って、国には色々な問題があるのですよと返事を返すだけであった。
「ま、まあ良い。次のイスフィリアは内陸に帝都があるのだな?また馬車で一ヶ月も揺られなくてはならないと思うと、気が滅入ってくるのう」
「魔導列車なら、港から十日も掛からないのに。法皇さまが魔導列車で酔うので、仕方なしに時間を掛けて馬車で向かうのですよ? まあ、これも公務ゆえお諦めください……」
必死に法皇の機嫌をなだめる侍女だが、この一刻後、それまでの努力が一気に消滅する出来事が待っていた。
………
……
…
場所は変わって、イスフィリア帝国コントラ領境にある渓谷。
その場には、1万ほどの軍勢が潜み、今回の法皇のイスフィリア来訪を今か今かと待ち受けていた。
アドラーから逃げ延びたボストンやハルモニアたち魔族は、このイスフィリア南方に逃げ延びてのちボストンは隣国を統一するのに活動を開始し、ハルモニアは世界の中央・聖大樹教会の法皇を抹殺するためにシェイエン近郊にやって来たのである。
「ハルモニア様。すべての兵の配置は完了しております。後は渓谷まで法皇の馬車が到着するのを待つだけです」
「あらあら、さすがに手慣れているだけの事はあるわね。魔獣の準備は出来ているのかしら?」
「それも無事完了しています。法皇の乗っている馬車は、我々に追われた魔獣によって襲撃される手筈になっております。生きのいいサイクロプスを4体、しっかりと『狂化の霊薬』を飲ませてありますので、後は鎖から解き放つだけです」
副官の魔族が丁寧に説明をしていると、ハルモニアは満足そうに笑みを浮かべていた。
「なら、後は任せるわ。馬車が来たら教えて頂戴ね、それまでは少し休む事にするから‥‥」
背後にある豪華な天幕に入りつつ、ハルモニアは楽しそうに呟いていた。
そして配下の魔族たちは、作戦開始の時が来るまで、ただ監視を続ける事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
ゆっくりと巨大帆船が波止場に接岸した。
綺麗な彫刻の施された渡し板がかけられると、まずガーランド帝国の大使が船から降りて来る。
そして渡し板の左右に立つと、渡し板をロマネス法皇が歩み始める。
金銀糸を使った豪華な刺繍の入った法衣を身に纏い、小さな錫杖を手に船から降りて来る。
「あなたがミナセ大公ですね、通信用魔導球で連絡は受けています、ご苦労様でした」
丁寧な物言いではあるが、ロマネスはしっかりと言葉に魔力を乗せて話しかけている。
その魔力量が普通の人間には感知できないため、ロマネスの言葉には重みがあり力があると大抵の者は信じている。
だが、マチュアには全く通用しない。
「ありがたきお言葉感謝します。それでは馬車をご用意してありますので、こちらへどうぞ」
「ええ、道中の案内、よろしくおねがいします」
そう返答を返してマチュアについていくロマネスだが、いつも以上に手ごたえを感じていないのでやや動揺している。
(んんん? この者には私の言霊が通用していないというのか? カナン商会の副商会長や職員にもまったく効果がなかったのだが、まさか私の力が弱くなっているというのか?)
ややドキドキしつつもマチュアについて行くと、赤い絨毯の上に置いてある『車輪のない馬車』と、白銀に輝くゴーレムホースが二頭、その場で静かに待機していた。
「ミナセ大公、これが馬車であるというのか?」
「はい。まずはお乗りになってください」
先に右扉に手を掛けてゆっくりと開く。
するとそこには、広さにして20畳ほどのリビングルームが広がっている。
ふかふかの絨毯と大理石や金銀細工によって彩られた応接間、そしてテーブルの上にはカナン商会で見たスイーツが所狭しと並べられている。
「ほ、ほう。これはありがたい。長い道中、時間を潰すのが大変でな‥‥それではゆっくりとさせて貰うが、この馬車はどうやって進むのじゃ? 車輪がなかったようじゃが」
「はい。それでは侍女の方もお乗りになったようですので‥‥さっそく出発する事にしましょう」
――フゥゥゥゥゥン
すると、馬車が音もなくゆっくりと宙に浮かぶ。
窓から外を眺めていたロマネスは、その信じられない出来事に目を丸くしてしまった。
(な、なんじゃ、この見たことも聞いた事もない馬車は。宙に浮いているのか、そしてそれを、あのゴーレムホースで引くというのか? まさか揺れないなどという事はないじゃろうが‥‥)
様々な憶測が頭のなかを駆け巡る。が、その最中にも馬車はゆっくりと走り始める。
侍女に至っては、馬車が走り出した事に気づかないままティーサーブを始めていたので、ロマネスも慌てて御者台につながっている窓から外を見てしまう。
そこでは、マチュアがのんびりと手綱を握っており、そして馬車は音もなく揺れることなく、静かに進んでいた。
「そ、そんな馬鹿な!! この馬車はいったいどういう作りをしているのじゃ!!」
慌てて鑑定眼を発動するが、ロマネスの瞳の中に移っている文字はただ一言。
『解析不能』
この一言だけであった‥‥。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






