微睡みの中へ・その20・帝都サムシングで、大樹と遊んで教会と遊ぶ
カナン魔導学院が開校してから三か月が経った。
当初は戸惑っていた生徒達も、三か月程経つと身分差の壁は取り払われ始めていた。
授業は午前二講義と午後一講義の一日三講義、座学と実習がメインである。
一週間七日のうち、学校があるのは日本でいう月曜から金曜日まで、残りは休みとなっている。
イスフィリア帝国に召喚された初代勇者マルメ・クランドが伝えた暦が、この世界の暦として定着し現在に至る。まあ、途中で現代日本人が召喚されて一週間を教え込んだと言うのも拭えない事実ではあるが、一年が12か月で一月が4週で28日。
これが、この世界の暦である。
冒険者や市民は依頼や仕事によって講義を休むことを許されているが、後日改めて補講を受ける事は出来ない。すべて決められたスケジュールでのみ、講義を受ける事が出来る。
その他、大学のように様々なイベントも用意されており、カナン魔導学院に通えるのはイスフィリア帝国ではある種のステータスであると考え始める者も多く現れ始めた。
だが、マチュアのように突然現れて、おいしいところを持っていくような存在は得てしてある種の階級の者達にとっては不愉快極まりない。
貴族院に所属している貴族達、特にカナン魔導学院に子女が通えなかった貴族達はマチュアを目の敵と思っている者も少なからず存在する。
そんな事が起こっているとは露知らず、マチュアは帝都中央にある大樹の下にやって来ていた。
「さて、久しぶりの大樹だなぁ。じっちゃん怒っていないかな?」
すたすたと大樹の根元に近寄ると、いつものように手を当ててゆっくりと神威を注いでいく。
いきなり流しすぎて大樹が破裂しないようにやさしく、そしてしっかりと大樹全体に染み渡るように、神威を循環させていく。
すると、弱っていた大樹がゆっくりと活性化し、枝葉がゆっくりと伸び始める。
アドラーで見たような、綺麗な、それでいて透き通った葉が大樹に芽吹き広がって行く。
大樹の生えている公園にいた者たちは、幹でマチュアが瞑想しているのに気が付き、大樹のように静かに輝いているマチュアに両手を合わせてしまう。
『‥‥ワシ、スコシダケ復活』
「お、じっちゃん繋がったか。アドラーはどんな感じ?」
『大陸から魔族が撤退したのう。大半はこちらの大陸の南方に移動して、近隣の王国に侵食し始めているが』
「はぁ!! まじか。それで魔族の親分は今どこにいるんだい?」
『そこまではまだ儂にもわからんのう。じゃが、南部の王国あたりは魔族の弾圧蹂躙が酷くてな。マチュア様はこれからどうするのじゃ?』
「ここを拠点として大樹を活性化するよ。それでじっちゃん、私がここで大樹に神威を注ぎ続けていれば、イスフィリア帝国内の大樹全てを活性化出来るかい?」
『ふむ‥‥ちゃんと毎日注いでくれれば、イスフィリアの地になら一年ほどで全て完全活性化出来るが?』
「私が各地を回っていたら?」
『三年はかかるじゃろうて‥‥』
「まじかぁ‥‥なら、毎日ここに来るから、じっちゃんもイスフィリアを守るのに協力してくれない?」
『うむ。それは儂としても手を貸そうぞ‥‥と、そろそろ意識が途切れだしたので、一度眠りにつくぞ』
「ああ、それじゃあまたね」
それで会話はおしまい。
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
マチュアの体から発していた光魔力が落ち着いて消滅すると、そのまま振り返って学院に戻ろうとするのだが。
――ガタガダガダガダッ
気が付くと、マチュアは大勢の神殿騎士に囲まれていた。
フルプレートにカイトシールド、聖大樹教会の紋様の刺繍されたローブを上から羽織っている騎士たち、その正面にはきれいなローブを身に纏った細身の男が立っていた。
「何だよ、またこのパターンかよ‥‥すまないが、私は学院に帰らなくてはならない、そこを空けてくれないか?」
「残念ですが、そうはいきません。大樹のお告げにより、貴方を拘束させていただきます」
口元に笑みを浮かべたまま、司教らしき男が言い放つ。
そしてスッと手を上げると、騎士たちが一斉に抜刀した。
「へぇ、私が大公と知って、それでも拘束するというのかい?」
「我が聖大樹教会は、皇帝以外の貴族に対しての不敬罪は適用されません。御覧なさい、大樹もあなたを捕らえよと告げているではないですか!」
「‥‥なんだろう、今までずっと手入れも何もしていないで、いざ活性化したらのこのこと出てきて、それで私を拘束とはねぇ。いったい大樹の誰に話を聞いたのかな?」
「ふん。貴様は知る必要がない。貴様は大樹の声が聞こえるというのか!!」
「いや、普通に聞こえるけど」
「黙れ、この嘘つきが!! 大樹の声を聴くことが出来るのは我々、聖大樹教会の司教以外には存在しない!! 貴様を扇動罪の罪で捕らえる!! 騎士達よ、早くこの女を捕らえよ!!」
――ガシャッ!!
一斉に抜刀した騎士たち。
その雰囲気から察するに、捕らえるというよりはここで始末するという雰囲気を感じる。
ならば、マチュアとしても精いっぱいあがくことにしようそうしよう。
「さあ、騎士たちよ、この女を早くフゲシャァァァァッ」
――ドンガラガッシャーン
騎士たちに号令をしようとしていた司教が、突然後ろから駆け付けて来た司教のドロップキックを受けて吹き飛んだ!!
「こ、この馬鹿もんがぁぁぁぁ!! ミナセ大公はアドラーの聖女とも呼ばれた、この世界でごく僅かしかいない大樹と心を通わせる事の出来る方なのだ!! それを貴様は何をしている!!」
「はっ!! オーベル大司教様、いえ、大司教様が出てくる必要はございません、どうせこの女は何か小細工をして民衆をたぶらかしていたにドブハアッ」
――ドッゴォォォォッ
立ち上がって熱弁する司教めがけて、オーベルはショートレンジのラリアートを司教の首めがけて叩き込んだ。
そのままオーベルの伸ばした右腕を軸に、司教の体が一回転し地面に叩き落される。そのまま意識を失ってノックダウンでございます。
「‥‥ん~、この司教が暴走したという事でファイナルアンサー?」
「はっ、最後の言葉は理解できませぬが、我がイスフィリア聖大樹教会は聖女マチュア様のご来訪を心よりお待ちしておりました!! それをロニーは‥‥あ、ロニーとはこの司教のことですが、何かと聖女の伝説は嘘で民衆を扇動する詐欺師だなどと叫んでいるのでして‥‥よく言い聞かせますので、この場は収めていただけますか?」
必死に頭を下げるオーベル。
マチュアとしても大事にはしたくないので、この場は一旦収める事にしようそうしよう。
「私としても、これ以上の騒ぎはご免こうむりますわ。明日からも私は大樹に加護を授けますので、このロニーとやらの邪魔が入らないようにお願いします」
「それはもう。ほら、神殿騎士たちはロニーを連れて先に戻りなさい!!」
オーベルに促されて、騎士たちはロニーを担いで帰路に就く。
それを見送ってから、オーベルは活性化した大樹をじっと眺めている。
「ほほう、この地にシャダイ様がいらっしゃったのは何十年ぶりでしょうなぁ」
「あ、大司教様にはわかりますか」
「はい。こう見えても、シャダイの加護を受けています。初級の癒しと祝福程度なら、今でも私は使えますが。残念な事にですね、この御業を使えるのは私以外は存在しないのですよ‥‥」
ふむふむ。
それは実に残念である。
「なら、うちのカナン魔導学院にある聖大樹教会に数名の司教を派遣していただけますか? 修道女でも構いませんよ、うちのキングズマン司教が御業を伝授してくれるように伝えておきますから」
そのマチュアの言葉には、オーベルは深々と頭を下げて感謝の祈りを唱える。
そののち、オーベルはマチュアにしか聞こえないような小声で一言だけ。
「よくぞカークグレイ大司教の呪いを解くことが出来ましたね、さすがは聖女様です」
「うわぁ、そこまで理解していたのかよ」
「はっはっはっ。痩せても枯れてもこの私はイスフィリアの大司教です。鑑定眼のスキルはハイレベルで所持しておりますぞ、『創造神代行のマチュア様』‥‥」
――ブーーーーッ
おもわず噴き出すマチュア。
慌ててオーベルを鑑定してみると、出るわ出るわの神々の祝福。
大樹の加護とイェソドの加護、鑑定眼、神聖魔術、しまいにはジャッジメントと『交信者』という神々と会話するためのスキルまで所持している。
「その事は、どうぞご内密に‥‥ね?」
「はっはっはっ。これはこれはミナセ大公。わが聖大樹教会に多大な寄付を頂きありがとうございます!!」
ふぅ。
仕方ないかぁ。
ポリポリとほほを掻きつつ、マチュアは空間収納から『リンシャンの奇跡』こと三つの魔法薬の入った大樽を一つずつ取り出すと、それをオーベルの前に差し出した。
「これでいいでしょ? 売れば教会の一つや二つは立て直せる代物よ」
「これはこれは聖女様。大切な薬をありがとうございます‥‥という事で、私は何も知らない見ていないという事で。もしも何かマチュア様の御用がありましたら、私共はいつでも歓迎しますので」
すぐさま後方で待機している騎士を呼ぶと、オーベルは魔法薬の入った樽を乗って来た馬車に積んで貰い、その場を後にした。
「すげぇ‥‥私の正体完全に見破った人間、初めて見たわ‥‥」
思わずボソッと告げると、マチュアは集まって来た人々に簡単な加護を与えてから、その場を後にした。
‥‥‥
‥‥
‥
「いよいよ来月は、カスケード帝国からの来賓が訪れる。聖大樹教会法皇・ロマネス・ハインリヒ14世も大勢の司祭を伴ってこのイスフィリアを訪れるのだ、無礼なきように最善を尽くすが良い」
イスフィリア王城・執務の間。
城内で行われる会議の大半はこの部屋で行われる。
その場には貴族院代表と聖大樹教会から二名、各種ギルドのギルドマスターが集まっており、皇帝からの言葉を静かに聞いていた。
全てのギルドの統治国家であるカスケード帝国。
そこから法皇が訪れるのは4年に一度、それこそ国を挙げて盛大に法皇を迎えなくてはならない。
カスケードこそが世界の中央、如何なる国もカスケードに逆らう事は出来ない。万が一刃を向けようならば、神兵と呼ばれる騎士達によって、国が滅ぼされてしまうのである。
決して傲慢な請求などは行わず、ただ、世界の平穏のために存在する国家。
その代表である、法皇が来る。
この事実には、集まっている一同も真剣に協議をしていた。
「では私から。陛下、此度の法皇の来訪ですが、カナン魔導学院にご滞在いただくのは如何でしょうか?」
貴族院代表の一人が挙手し告げる。
「何故? 例年ならば法皇猊下の滞在先は王城と決まっているではないか?」
「ですが、このイスフィリアの最先端の技術を持つのは魔導学院です。なら、それらをお披露目するという事で、ミナセ大公には魔導学院を開放していただくのです。法皇猊下も、魔導学院の技術と知識に触れる事で、より一層イスフィリアに良き加護を与えてくれるかと思いますが」
その言葉には説得力がある。
だが、貴族院としては、このタイミングでミナセ大公を潰したいという思惑があった。
(そして、法皇猊下の前で失態を犯したなら、この国ではもう二度と立ち直る事は出来ないでしょう…)
腹の底でクックッと笑う代表。
だが、それよりもカエザル皇帝の方が一枚上であった。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






