微睡みの中で・その18・帝都サムシングで入学試験を受けてみよう
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とある日・深夜。
帝都近郊にある1等伯爵領領主のジャン・カークランド伯爵邸に、一人の人物が来訪していた。
入り口ではなく裏口から邸内に入ると、迷うことなく伯爵の執務室へと向かっていく。
――コンコン
「ん? こんな時間に誰だ?」
「御館様、影でございます。ご注文の品をお持ちしました」
「そうか、入れ」
影と名乗った人物は、そのまま扉を開いて室内に入ると、まっすぐ伯爵の座っているソファーの前で跪く。そして懐から一本スクロールを取り出すと、それをカークランド伯爵に手渡した。
「お約束の、カナン魔導学院の入学試験問題です」
「でかしたぞ。商会ギルドの奴に金を握らせて。入学試験がなんなのか聞き出しておいた甲斐があったわ。それで、この中に問題が書き記されているのだな?」
「はい。解答らしきものは手に入りませんでしたが、問題があれば、後はお館様の部下にでも解かせるのがよろしいかと。ではこれで失礼します」
――スッ
そのまま影は後ろに下がると、音もなく部屋から出ていった。
カークランドはそれを笑顔で見送ると、さっそくスクロールを開いて問題を見てみるのだが。
「‥‥なんだこれは? 問題が暗号になっているのか‥‥しかし、見たこともない文字配列、これをどうにか試験日までに解読する必要があるのか‥‥」
スクロールをテーブルの上に開いて睨みつけるカークランド。
果たして試験日までに間に合うのか!!
〇 〇 〇 〇 〇
そして試験当日。
貴族達のたっての願いで、試験会場だけは貴族用と、その他の二つに分けられている。
そして試験開始一時間前には、大勢の受験生が試験会場にやってきていたのだが、貴族用会場はまばらで空席が目立つ。
「後10分ぐらいか。さて、そろそろ準備だね、ミレーヌとポイポイは実技の準備で、私が貴族会場、キングズマンが一般会場の監督をお願いします」
「了解しました」
「わかったっぽーい」
「うむ。それでは向かうとします」
それぞれが持ち場に向かい、準備を始める。
一般会場は時間通りに試験を開始、病欠などで来れなかった者を除いては、ほぼ全員が試験を受けていたのであるが、問題は貴族会場である。
最終的には席の半分が空席。
しかも、残りの席についても、代理で試験を受けに来たという人物が座っているので。
「さて、それでは後5分で試験を開始しますか。今この場にいない受験生は全て不合格、そして代理で試験を受けに来たものも全て不合格とします。今、ここにいる代理の方は速やかに席を立って出て行ってください」
「ち、ちょっと待ってくれ。どうして代理がダメなんだ?」
「受験する貴族の息子が馬鹿なら、代理を立てるのは当然だろうが」
「ここで帰されたら当主にどんな目にあわされるかわからないんだ、頼むから受けさせてくれ!!」
当然ながら代理出席者がクレームを言ってくるのだが、マチュアはため息の後に応戦。
「はぁ‥‥あのね、何のために試験があると思うのですか。一定水準以上の者を選抜するのに必要だから試験を受けるのですよ? にも拘わらず、ここに受験者自身が来なかったら意味はありません。よって不合格とみなします‥‥そもそも、代理で何とかなると思っている頭がおかしい、アボガド、バナナかと!!」
淡々と告げるマチュア。
実に当たり前の事を言っているので、代理受験者については速やかにご退場願った。
そして時間となり試験が開始されるのだが、まず、手元に並べられた試験問題を見て、大半の者が頭を傾げてしまう。
「あ、あの、問題が読めないのですが」
「これは私たちの知らない文字ですが、どうすればいいのですか?」
「質問は禁止といいたいけれど、まあいいでしょう。それは特殊な言語で記されていますので、読める問題だけ答えてくれればいいですよ。では始めてください‥‥自分の出来る事、考えられる事を全て駆使して解答してみてくださいね」
これ以上は、マチュアは何も言わずに試験会場を歩いて行く。
時折生徒の答案をちらっと見ると、答えられている部分と答えられていない部分がしっかりと分かれていることに気が付いた。
マチュアの作ったテストには、魔力によって特殊な文字が付与されている。
それは、回答者の魔力と心力によって炙り出しのように浮かび上がる『本当の問題』が存在するということ。
その『本当の問題』はそれほど難しくはなく、このイスフィリア帝国の歴史であったり土地の問題であったり、大樹と神々についての問題であったりと、少しでも雑学を学んでいたり貴族としての知識を身に着けていれば答えられる問題ばかりである。
だが、問題が見えなかった場合は、日本語で記された歌の歌詞を訳しなさいとか、素因数分解であったり生物の問題であったりと、専門知識が無いとどうにもする事の出来ない問題ばかりである。
そうなのだが。
ふと、マチュアは数人の貴族が同じ解答をしていることに気が付いた。
しかも、日本語の問題に対しての解答を行っているのである。
(な、なんだと‥‥こいつら日本語が読めるのか? いやまてよ‥‥ユニークスキルか?)
その可能性しかない。
そして、マチュアのその予想は正解であった。
問題用紙を盗ませたのは、この帝都近郊の三等子爵のフォロバ・エアショップ家当主。彼は入手した問題が解析できるものを探し出し、『言語解読』のユニークスキルを持つものに解読させ、『博識』のユニークスキルを持つものに解答を作らせたのである。
しかも、それを同じ試験を受ける子爵家に有料で提供して、子供たちはそれを丸暗記してテストに臨んだのである。
(おおう、このパターンは予想していなかったが、まあ、問題を読んでちゃんと解答したので正解としておくか。ズルしているとはいえ、私の予想の斜め上をやったという事は褒めてあげるわさ)
本来ならば盗んだ問題用紙を解析した時点でアウトだが、そこからスキルを駆使してでも解答を引っ張り出せたのは見事であると評価した。
まあ、どうせ勉強についていけずに落第するのが落ちであろうと。
――ドタドタドタドタ
しばらくすると、廊下を走ってくる足音が聞こえてきた。
そして堂々と扉を開いて教室に入ってくると、何を考えたのかマチュアを見てくいっと手招きする。
「ん? 私か?」
「貴様が試験管なのであろう? 早く私の席に案内したまえ」
やや乱れた服装を正しつつ、マチュアを睨みつけながら呟く少年。
なので、マチュアはきっぱりと問いかけた。
「案内しろもなにも、あんたの名前も知らないから何もできないわなぁ」
「なんだと? この私を知らないのか。私はリュニオン・デラゴーサだ。デラゴーサ侯爵家の長男であるぞ? 貴様のように庶民が名前を聞けただけでもありがたいと思え」
「あっそ、デラゴーサのあほ息子ね。惜しいけど、あんたは遅刻したので不合格だからね」
淡々と告げるマチュアに対して、リュニオンは真っ赤な顔でマチュアの元に歩み寄る。
「貴様、もう一度だけ言うぞ、俺の席はどこだ!!」
「そんなものはない!! とっとと帰れ!!」
――ヒュンッ‥‥ゴギガギャッ
マチュアが告げたと同時に、リュニオンは腰のスモールソードを引き抜く。だが、それよりも早くマチュアはフィフスエレメントを装備して、その刀身をがっちりと掴み、握り砕いた。
バラバラの金属片になった刀身が床に落ちる。
そしてマチュアはその襟首をつかんでひょいと持ち上げると、そのまますたすたと廊下まで連れて行った。
「な、何をする無礼者がぁ。おいお前たち、この女を切れ、切り捨ててしまえ!!」
廊下で待機していたらしい護衛の騎士だが、マチュアの姿を見てすぐさま立礼を取る。
「リュニオン様、この方はミナセ大公です。無礼なのはリュニオン様です」
「な、何だと!!」
そう護衛に告げられて、リュニオンは慌ててマチュアを見る。だが、その時点でマチュアは大公記章を取り出してちらちらとリュニオンに見せている。
「あんまりこういうのは使いたくないんだけどねぇ。という事で、君は遅刻したので不合格ね。帰っておやじにそう伝えておきなさい」
「い、いや、ちょっと待ってください大公殿、遅刻したのには理由がありましてですね」
「ほほう、その理由を教えてもらいたいねぇ」
――シュンッ
すぐさまマチュアはユニークスキル『ジャッジメント』を起動する。
「マチュア・ミナセが問います。今からこの者が告げる理由について、正当性があれば試験を受けさせますが、それがない場合は不合格とみなします‥‥さて、その理由とやらを告げてみなさいな」
マチュアの真後ろには、ジャッジメントによって召喚した天秤が静かに浮いている。
それを見てリュニオンはゴクリと息をのみ、恐る恐る話を始めた。
「昨日の夜だ。私は両親とともに、帝都でも最高のレストランで食事をとっていた。私がこの学院入学する前祝ということで、最高の食事と‥‥少しだけワインを飲ませてもらった」
「ふむふむ」
「ただ、私もワインを飲むのは初めてでな、朝方具合が悪くなってそのまま寝ていた。そして先程ようやく具合がよくなったので、こうして試験を受けにやって来たのだ」
その説明を受けて、マチュアは天秤をちらりと見る。
「判決は? 私はギルティ」
『そのものに罪はない‥‥』
「まじか!!」
理由はどうあれ、『体調不良による遅刻』という判断をジャッジメントは判断した。
いやいや、日本ならそれはダメだろうという所なのだが、何分ここまで厳密なルール下での入学試験はこの帝国では初めてらしく、ジャッジメントはやや甘い判断をした。
「そ、そっか。なら、別室で試験だね。こっちについておいで‥‥」
「あ、ありがとうございます!! 大公殿に感謝します」
「あー、なんかモヤッとするけど、ジャッジメントが判断したから従うよ」
そのまま別室に移動して問題用紙を手渡すと、残り時間で試験を終わることを告げてマチュアは部屋から出た。万が一のためにポイポイに監督をお願いして試験会場に戻ると、マチュアは残りの時間をしっかりと監督して、無事にイスフィリア帝国初めての学科試験は時間いっぱいで終了した。
〇 〇 〇 〇 〇
午後からは実技。
といっても魔術など使える筈もなく、いつもの魔力感知球による魔力と心力測定ののち、改良型鑑定盤で受験者のスキルを確認、そののちポイポイとミレーヌが手合わせをするというものである。
魔術科はこの実技は測定以外は参考程度、鑑定盤でのスキルのチェックののち、マチュアが魔力の循環を教えるところまでが試験。
そこでうまく魔力が循環出来たら、ペーパー問題がアウトでも合格となる。
ただ、問題は戦術科の試験。
とにもかくにも、ポイポイとミレーヌが一対一の実戦訓練を行い、伸びしろや潜在能力を測定するという事になっている。
「ポイポイの試験は簡単で、ポイポイに一撃でも入れられたら合格にするっぽい」
「私は実力をある程度見させてもらってから、合否を判断させていただきます。難易度的には私の方が易しいですが、腕に自信があるのでしたらポイポイさんの方に行く事をお勧めしますよ」
レザージャケットと忍者刀装備のポイポイと、パーツアーマーを仕込んだレザージャケットに楯とロングソードといういで立ちのミレーヌ。
そして当初の予想通り、ポイポイの元には3割、残り7割はミレーヌの下に集まって実技試験を開始したのであるが。
ミレーヌの方はそこそこランクの高い冒険者や騎士が集まった為か、意外と合格ラインに到達する者が多く出ていた。
だが、ポイポイのほうに向かった受験生は全滅。
誰一人としてポイポイに指一本触れる事すら出来なかった。
「あ~、あの子は手加減というものを知らんのかねぇ‥‥はい、君と君は魔力の循環が確認できたので実技は合格。残りの人も頑張り給え~」
魔術科の実技では、合計6人の受験生が無事に合格ラインに到達。
尚、学科で盗んだ答案で回答した受験生達は実技ではことごとく全滅し、魔力と心力測定でも下から数えた方が早いという悲惨な結果となってしまったのはいうまでもない。
本日の教訓『ずるはいけない』。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






