微睡みの中で・その16・帝都サムシングで不正貴族と遊ぼう
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無事に学園のデモンストレーションも終わりオープンキャンパスが賑わっていた頃。
本校舎・学園長室では、マチュアが3名の貴族の来訪を受けている所であった。
来訪したのは地方の小さな領主たちで、いかにも小物そうな笑みを浮かべつつ椅子に座ってマチュアのご機嫌を伺っている所である。
「ミナセ大公には、ご機嫌麗しく。私はマルコ・リカントと申します」
「初めまして、私はデネル・マルコーです」
「私はラウンデル・フォン・ミルドマイヤーです」
大層な名前が並んでいるが、マチュアは彼らの事を全く知らない。
彼女の深淵の書庫には彼らのデータはまだ入っていなかったので、この機会に情報収集を兼ねて普通に相手をしようと考えたのであるが‥‥。
「初めまして、マチュア・ミナセです。それで、わざわざ遠方から私に何か御用ですか?」
努めて冷静に話を始めるが、伯爵たちはここぞとばかりに自領土についての現状を淡々と説明し始めた。
「ではまず私から。私のリカント領は林業で栄えておりまして、このイスフィリア帝国で使用される木材の15%を産出しております。ですが、今年になってからは森林地帯に魔物が住み着くようになってしまい、伐採に出向く職人が怪我をして産出量が減ってしまって困っているのです」
「私の住むマルコー領はワインの産地なのですが、今年は例年よりも気温が下がってしまいワイン用のブドウが不作なのですよ。それでどうにか大公にご助力をお願いしたいと思いまして」
「我がミルドマイヤー領は隣国ラ・パヤーオ王国とは国境を接しているのですが、今年になってからラ・パヤーオ王国から盗賊が侵入したらしく国境近くの村が被害を受けているのですよ。それで復興のために大公殿にご助力をと思いまして」
ふむふむ。
それは大変だ、兎にも角にも三人の言い分は領民の生活に関する事なので、マチュアとしても何とかしてあげたいと考えるのだが、それにしてはこの伯爵たちツメが甘い。
挨拶のために持ってきた手土産、そして服装、バリバリ派手な装飾品を身に着けて、いかにも自分の権威を表現しようとしている小物臭がにじみ出ている。
(一流の貴族は、そんなごてごてとした装飾品でなく品質を上げたものを付けるべきだと思うんだよなぁ。見ただけで成金主義が良く判る貴族には、碌なのがいないと相場だし‥‥)
ならばと、マチュアは目の前に座っている『豪華な装飾品』を身に着けた成金三貴族にアドバイスすることにした。
「では、まずリカント領について。困っているといいましたが、具体的には何が必要ですか?」
この問いかけにリカントは心の中で『しめた!!』とほくそ笑む。
マチュアの予測通り、この三人は新しく大公となったマチュアに取り入って甘い汁を吸おうと企んでいた悪役三下貴族であり、自領土内での評判はすこぶる悪い。
今回の来訪も、先日行われた魔導学院のデモンストレーションに合わせて帝都に来ていただけなのだが、すぐさま三人で集まって綿密な打ち合わせをしたのである。
「は、はい。わが領内では低下した産出量の総額で、白金貨100枚ほどの資金援助をしていただければと思いまして」
「ふむ。ではマルコー領もか?」
「は、はいっ。当領地での損失分は白金貨120枚です」
「それでミルドマイヤー領は?」
「当領地は三つの村に対する援助として、それぞれに白金貨50枚、合計で150枚を捻出していただけると助かります」
その場の三人とも心の中で笑う。
所詮は地方の事など分かってない名前ばかりの大公、心情よくお涙頂戴のように演技して話をすれば楽勝だと。
だが、それが通じるのは二流の貴族、一流には通用するはずがなく、更に付け加えると相手がマチュア、この時点で三人の使った手は悪かった。
「そうだな。では、まずはリカント領の問題について論議しよう。昨年度に切り出した木材の総量とそれを売却した金額、どこに売却したなどの帳簿を持って来てから検討しようか」
「‥‥‥‥え? 今、何をおっしゃったのですか?」
「だから、昨年度の材木についての収支報告書を持って来いといっているのだが。ああ、ついでに今年度の分もな。今の時点での切り出した総量と売却についての帳簿も持って来い。取引相手のデータも全てな。それを精査した上で、こちらから必要な金額は決定する、それでいいだろう?」
まさかの事態に狼狽するリカント。
(待て待て、こんな小娘がどうしてそんな事を知っている?後ろに誰かいるのか?)
少しだけ考えてから。
「いえいえ、わざわざ大公殿にお手を掛けていただく必要はございません。資金援助さえいだたければ、あとは私が行いますので」
「へぇ、資金援助だけで出来るのなら、わざわざ私の元まで来る必要はないでしょう? 貴方が身に着けている腕輪と指輪、そうねぇ、見えないけれど腰に下げているダガーを売った資金なら、さっき私に請求していた金額とまではいかないけれど、当面の復興には充てられるのではないですか? 身銭を切らずに上にたかるような領主には、私はびた一文支払う気はありませんので」
ニコニコと笑いつつ告げるマチュア。
ちなみに白金貨100枚は、日本円にして10億円。
イスフィリアはアドラーと同じ貨幣換算であり、銅貨100枚は銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚。そして金貨100枚は白金貨1枚となっている。
アドラーの大金貨が白金貨に代わっている以外は同じ貨幣換算であり、銅貨一枚が日本円の10円に等しいぐらいである。
「あ、そ、それは‥‥」
「まあ、言い訳は必要ありません、まずは帳簿を持って来てください。うちの優秀な事務が全て精査しますし、必要な分については私が自ら現地に赴いて調査し、必要ならばその方に直接お支払いします」
それでリカントはがっくりと肩を落とす。
そしてマチュアは無慈悲にマルコーの方を向いてにっこりと。
「マルコー領についても同じです。昨年度と今年度のブドウの収穫高に関しての帳簿を全て提出してください。それと販売先についてのリストもお願いします。その上で内容を精査し、必要ならばブドウの販売先にも連絡を入れて正しく仕入れられたかチェックします。その後でも、十分に間に合いますよね?」
「え、い、いえ、帳簿を用意するのには最低でも二か月は必要かと」
「それは何故ですか? 昨年度の帳簿は既にあるでしょうから、必要なのは今年度の途中のまでのやつですよね? それに二か月もですか?」
「ここまでくるのに時間が掛かります。往復ですとやはり二か月は必要か‥‥と?」
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
マチュアの背後で三枚の転移門が開く。
GPSコマンドで三人の領地をサーチし、領主の屋敷前に転移門を繋いだのである。
昔のマチュアなら一度でも行った場所もしくは彼女の作った魔導具の反応がある座標にしか転移門を接続する事は出来なかったのだが、破壊神にクラスチェンジしてからはGPSコマンドにより如何なる座標にも開けるようになってしまった。
「帰還でしたら転移門をお使いください。そして一週間後には、私自ら転移門を使って帳簿を受け取りにまいります。では最後にミルドマイヤー領ですね。私からあなたの領土に騎士団を派遣します。その騎士団と冒険者ギルドと連携して盗賊退治をお願いします。それと被害を受けた三つの村ですか、私の部下とキングズマン司教を派遣しましょう。それで村の復興を行います、復興予算はキングズマン司祭に預けておきますので、貴方は盗賊退治の方に全力を尽くしてください。そうですねぇ‥‥陣頭指揮をお願いします」
「い、いえ、わざわざ遠くの地まで司祭殿に来て頂かなくても‥‥」
汗を拭いつつ告げるミルドマイヤーだが、マチュアは背後の転移門をグイっと指さす。
「別に遠くありませんわ。日帰りも可能ですし、ギングズマン司祭も転移門は作り出す事が出来ますので問題ありませんわ。派遣する騎士の陣頭指揮は貴方自らお願いします」
「そ、それで派遣される騎士というのは‥‥」
「王城の近衛騎士から選抜したものと、私の護衛であるミレーヌを派遣します。すぐに支度をさせて来ますのでよろしいですね?」
宜しくない事など重々承知、それでどう出るのかマチュアは見てみたい所であった。
「い、いえ、今すぐにというのではなくてですね‥‥」
「村の復興、ライフラインの確保、どちらもすぐに行わなくてはならない案件ではないですか? 人命がかかっているのですから」
「そ、そうです。では、私が一度戻って現状を再確認し、正確な被害を算出してこちらに戻って来ます。それでよろしいですか」
「ええ。よろしくお願いします。では、お帰りでしたら、そちらの転移門をお使いください。今帰るのなら使っていただいても構いませんが、後日というのでしたら使うことは認めません。転移門を生み出すにも魔力が必要なのですからね」
そう告げられて、領主たちは立ち上がって一礼するものの、その場で立ち止まってしまう。
マチュアに言われた通りに領地に戻ってしまうと、帝都にすぐ戻って来る事が出来ない。まだ帝都では他の貴族達との話し合いもしなくてはならない為、今ここで自領に戻るのは得策ではない。
だが、ミナセ大公は一週間後には帳簿を取りにやってくるという。
早くなんとかして偽帳簿を作り、卸先の商人も偽造して作り出さなくてはならないのだが、そんな時間も暇もどこにもない。
この時点で、三人の計画は詰んでしまっているのである。
もし相手がマチュア以外の貴族なら、時間を稼いで裏で手を回す事ぐらいは出来るし、この三人は今までもそうやって不当な利益を稼いで来ていた。
だが、今回は本当に相手が悪かった。
(普通の大公なら、帝都でどっしりと身構えて部下に仕事をやらせるものだろうが)
(うまく大公の部下に取り入ってしまえば、後はどうとでもなるのだが‥‥部下が3人しかいないだと?)
(大公家の主人がどうしてここまで頭が回るんだ!! 普通の大公家はお飾り程度で、執務官とか家宰が仕事を取り仕切るものだろうが‥‥何で自分で動くんだよこの小娘が)
そう思ってみても後の祭り。
既に身動きが取れない所まで来てしまっている。
「で、では、一時間ほどお時間をください。こちらにも部下を待たせているのでして、先に戻る旨を伝えておきませんと」
「そうですな、荷物も持ってきていませんから」
「私は馬車ごと来ておりまして、いくら大公でも馬車を丸々魔法で送る事など出来ますまい」
「いや、大型馬車でも送れるから、じゃあ一時間後に正門前に集合な、それで来なかったら、どうなるかわかっているよな? ということでこの話はおしまい」
パン、と手をたたくマチュア。
その音でリカントら三名は慌てて頭を下げるると、我先にと部屋から出て行った。
そしてきっかり一時間後には、荷物を纏めた三人が部下を伴って正門前に集合、後はマチュアの作った転移門で強制的に領地へと戻る事になってしまった。
尚、帰る時の三人の貴族の表情が絶望に染まっていた事は言うまでもない。
〇 〇 〇 〇 〇
更に数日後。
魔導学院の今年度の生徒の募集は魔術科50人と戦術科50人、受験資格は誰にでも等しく与えられている為、受験の為の願書受付日には、大勢の市民や冒険者、貴族が正門前に列を成して並んでいた。
もっとも最前列に並んでいたのは全て貴族の馬車、その後ろが冒険者、そして市民という見方によっては理不尽ともいえる並びとなっている。
「‥‥まだ受付は始まらんのかね? いつまで伯爵をこんな何もない所で待たせる気なんだ!!」
最前列の馬車で待機していたどこかの伯爵の使いが、受付で準備していたローブ姿のマチュアに上から目線で問いかける。まさか大公がこんな所にいる筈ないという考えと、デモンストレーションの時のマチュアの姿が遠くだったので、姿形までははっきりと捉える事が出来なかったのであろう。
「あー、まだ早いわ。時間まで待ってろと伝えておいて」
「貴様、この私が誰か知らないのか!! かの2等伯爵家であるレイモンド家の使いの者だぞ」
「知るか。どこの誰だか知らないけれど、とっとと戻って時間まで待っていろと伝えて来い!!」
このマチュアの返答には、使いの者も顔を真っ赤にして戻って行く。
そしてすぐさま、身なりのしっかりとした貴族が使いの者を連れて戻って来た。
「貴様が私の従者を侮辱したと聞いてな。名を名乗れ、事と次第によっては不敬罪で貴様を処刑するぞ!!」
「上等だデコ助が。私の名前はマチュア・ミナセ、このイスフィリア帝国の唯一の大公家の当主だ、不敬罪で処刑出来るものならしてみろ!!」
――シュンッ
一瞬で大公家の紋章の入ったマントを身に纏い、胸元に大公記章を飾るマチュア。
この啖呵を聞いた貴族は、一瞬何が起こったのか理解できず、そしてじわじわと自分がやらかしたことに対して自覚が出て来たらしくサーっと真っ青になっていく。
「え、え、い、いえ‥‥何故ミナセ大公が受付をしているのですか、そんな雑務など部下にやらせては良いのでは」
「私が作った学院の生徒を選ぶ為の試験だ、私がここにいて問題でも? どんな人が試験を受けに来るのか興味があってここで準備しつつ外を眺めていただけだよ。一番最初に並んでいた市民達を、貴族だからとえばり散らして後ろに回し、自分たちが先に受付できるように横入りしたずるがしこい貴族達と、それを見てどさくさ紛れに並んでいる汚い冒険者を覚える為にね‥‥」
ここまで説明すると、貴族は深々と一礼してその場を立ち去って行く。
そしてすぐさま自分の馬車を走らせると、列の一番後ろに並び直した。
だが、その後ろにいた貴族は何が起こったのか理解出来ないまま、受付が始まるのをじっと待っていた。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






