微睡の中で・その14・帝都サムシングで、学校を建ててみよう4
──ガンガンガンガン
早朝。
魔導学院正門の外に、大勢の人が集まっている。
その中の数人が門を力一杯殴りつけていた。
教会本棟にある自室でのんびりと寝ていたマチュアだが、正門に施してあった警備保障が発動したので強制的に目を覚まさせられた。
「ふぁぁぉ……こんな朝っぱらから、一体なんの用事だ、どこのドイツだジャーマンだ?」
ぶつぶつと文句を言いつつ着替えて正門に向かうと、都市部警備騎士団と呼ばれる警察のような騎士と、建築ギルドのギルドマスターと魔導具ギルドのギルドマスター、そして両方の職員と職人たち、さらには何処かの伯爵家や侯爵家の紋章の入った馬車がずらりと並んでいた。
「あー、こんな朝っぱらからなんの用事?」
ポリポリと頭をかきつつ問いかけると、正面門の向こうに堂々と立つごっついオッサンの集団。
その中の一人、口髭を蓄えたナイスミドルな親父が、マチュアの顔を見て話しかけた。
「私は建築ギルドのギルドマスターを務めるバルド・マジェスターという。ミナセ大公には無礼を承知で申し上げる。魔導学院の建築行為は違法行為であり、至急、すべての作業を中断するように。建築に携わる作業は全て、我々建築ギルドの管轄で行われなくてはならない」
「私は、このイスフィリア帝国魔導具ギルドのギルドマスターのシャールカ・メッシーナと申します。そちらカナン商会が私達の権利を阻害する行動に出るようですので、先に忠告に来ましたわ。イスフィリアでは、魔導具の売買は全て魔導具ギルドが行ってまして、当ギルド以外での販売行為は違法となりますが」
おそらくは貴族院が発行したのであろう書面を掲げて叫ぶギルドマスターたち。
だが、マチュアは柵越しに内容を確認して一言。
「私が、私の商会の土地で、商会業務を行って何が悪いのか教えて欲しいんだけど?」
「何をバカなことを。カナン魔導商会は建築業務を行えないのではないか」
「それに、貴方達が魔導具を作れるという証拠でもおありですか?魔導具製作スキルは太古に忘れられたスキル、それを貴方は使えるとでも?」
商会ギルドから書き写してきたらしいカナン商会の定款をバンバン叩くバルドとシャールだが、マチュアはその中の一文を指差す。
「ここに書いてあるじゃない。『魔導具の開発及び小物・雑貨開発、それに伴う技術者の育成と成果物の管理運用』って。私達が、商会の土地の中で、『魔導建築物』を造ってどこに問題があるのよ?」
「はぁ、なんだ魔導建築物ってのは?」
「私の魔術により強度を増した、ある程度自己再生能力のある超大型魔導具じゃない。うちは魔導商会なので、魔導具作っているだけですが何か?」
それは完全に屁理屈であるが、書面に記されている以上は何も文句は言えない。
だが、やはり空気を読まないものは存在するわけで。
「で、では、その、建築物が魔導具だという証拠を見せろ‼︎それができたら魔導建築物として認めてやろうじゃないか‼︎それなら建築ギルドも魔導具ギルドも納得するだろう」
馬車から出てきたデラゴーサ侯爵が、マチュアを指差して叫ぶ。
ならば、それを証明してあげましょうそうしましょう。
──ガチャン
正門を開けてギルドマスターや侯爵たちを案内する。
建築資材置き場や完成した学院本棟、まだ建設中の宿舎などを案内する。
その全てに『強化の魔法刻印』が施されており、携帯型の魔力感知球にも全て反応していた。
「そ、そんなバカな、どんな仕掛けをしたんだ‼︎」
「仕掛けも何も、買ってきた建築資材に魔力刻印してすべての材料を術式強化しただけじゃない。完成した建物全てに『保存』と警備保障を施して、カードキー……っと、この学生証や教員証がない人は入れなくしただけじゃない」
淡々と説明するものの、基本的な魔法知識がない者たちにはチンプンカンプンな話である。
ただ、シャールカだけは正門に刻まれている魔法刻印に触れながら、『うそよ、そんな、でも……』と叫びつつ鑑定を始めているようである。
「つまり、その学生証とやらがないと、建物に入れないのだな‼︎なら、私が入ったらそれは嘘だと証明出来るな‼︎」
校舎玄関に向かって走っていく侯爵だが、学生証が無いため見えない結界に激突する。
──ドゴッ
そのままズルズルと地面に崩れ落ちる侯爵、それを見てマチュアは学生証をバルドに手渡す。
「どうぞ」
「ん、あ、ああ」
マチュアからカードキーを受け取ったバルドが、真っ直ぐに校舎に向かう。
そして気絶しているデラゴーサの横までいくと、恐る恐る結界に近寄って。
──スッ
何も抵抗なく入る事が出来た。
「これで文句はないでしょ?」
「あ、ああ……しかし、こんな立派な建築物を、一人で作ったのか?」
その問いかけに合わせた訳ではないが、正門からスラムの人々が入って来た。
「マチュアさんおはようございます」
「ちーっす」
「ちゅーっす」
「あ、おはようさん。今日も『ご安全に』ね」
「「「ご安全に‼︎」」」
威勢のいい挨拶をしてから作業用のヘルメットと軍手を装備して、スラムの人々はそれぞれの作業場へと向かっていく。
その光景を、建築ギルドに所属している職人たちは興味津々に見ていた。
「あ、あの、作業は全て秘密ですか?」
「もし良かったら、見学させて欲しいのですが」
「あー、皆さん職人の目をしてますなぁ」
目がキラキラしている職人たちの心情はよく理解できる。なら、それを断る道理はない。
「作業員への質問は禁止だけど、見ているだけならご自由に……って、早いなぁ」
──ドドドドドドドドッ
我先にと走り出す職人たち。
そして現場に到着した彼らが見たのは、これまでの常識を覆すものであった。
──チュィィィィィィーン
現場に響き渡る魔動工具の音。
マチュアが深淵の書庫で解析し、魔晶石を媒体に魔導具として作り直した工具たちを、スラムの人々は手足の如く扱っている。
マチュアが彼らに見せたスキルブック『建築』は、それを見た者に『建築スキル』を付与するというとんでもないものである。
突然、マチュアが『スキルメーカー』で作ったものであり、効果時間は半年間。
その間に自分のものに出来るかどうかは、本人の努力次第である。
「こ、こんなものが広まったら……俺達は仕事がなくなる……」
「な、何としても、この技術を手に入れなくては」
「そうだ、それに、その建築用の魔導具もだ‼︎シャールカ、お前の所でこれを作れるか?」
「無茶を言わないでよ、遺跡発掘物の修復でもかなり難しいのに、1から作るなんて出来る訳ないでしょ‼︎」
職人たちの傍で、バルドとシャールカが口喧嘩をしている。
だが、デラゴーサだけは鼻息荒く、建設現場に積まれている木材や石材を見て悪巧みの模様。
「ちょっと待ってください、これらの、建築資材はどちらから買い求めましたかな?イスフィリアでは許可無きものの伐採や砕石は禁じられております。ミナセ大公の話では、カナン商会はそれらの許可を受けてないかと思われますが」
勝ち誇った笑みで叫ぶデラゴーサ。
帝都内の建築資材については、カナン商会には卸すなと既に厳命していたらしい。
だが、目の前にあるのは信じられない量の資材、どう考えてもカナン商会が違法行為に手を染めたことは自明の理である。
だが、マチュアにとっては、そのツッコミ自体が予想済み。
「何処って、アドラー王国王都からに決まっているじゃない、あんた馬鹿?」
「何をおっしゃいますか、ここからアドラー王国まで、どれぐらいの距離があるのかご存知ですか?」
「知ってるよ。でもね、商用に持ち込んだのではないから税金は掛からないし、私にとっては距離なんて関係ないんだけどねぇ」
──ダン‼︎
マチュアは軽く右足で地面を踏む。
すると、そこを中心に巨大な転移門が姿を現す。
「「な、な、何じゃそれはぁぁぁぁ」」
デラゴーサとバルドが叫ぶ中、シャールカはヘナヘナとその場にへたり込んでしまう。
「古代魔導王国の遺産の一つ、空間転移門……そんな、私でさえまだ解析が終わってないのよ、何故貴方は使えるの?」
「私が賢者だからね。と言うことで、こちらがアドラー王国王都でございます」
──ギィィィィッ
ゆっくりと開く銀色の扉。
その向こうには、アドラー王国王都の風景が広がっていた。
そしてマチュアは空間収納から一枚の書類を取り出して、ギルドマスターやデラゴーサに提示した。
「ほら、アドラー王国商会ギルドのサインもあるでしょ?これで文句はないよね?」
イスフィリア帝国カナン魔導商会の建造に必要な資材は全て、アドラー王国カナン商会本店がまとめて仕入れ、それをマチュアが持って来たものである。
本店で買い付けて支店の建造に使う、これは利益が発生しないので売買による税金は免除されている。
それを証明する書類も全て用意してあったので、デラゴーサはじめその場の全員は、素直に認めるしかなかった。
その後、デラゴーサやギルドマスター、集められた騎士たちはトボトボと帰路に着く事にした。
今後も、イスフィリア帝国内の建築についてはカナン魔導商会が『魔導建築物』として建造する事が出来る。しかも何処よりも安く建材を仕入れ、魔導具と未知の技術によって通常よりも早い工程で建物が完成する。
そうなると、建築ギルドの職人達は仕事を失ってしまうだろう。
「あ、この敷地の外の建築は、うちでは一切引き受けないので、そっちは建築ギルドで宜しく。それと、うちで雇った職人も暇になるので、そっちで使ってくれると助かるんだけど?」
へ?
ミナセ大公は、儲け口を捨てると言うのか?
そんな顔でマチュアを見るバルドに、マチュアはニィッと笑った。
「うちは学院経営と魔導具開発で他には手が回らないからなぁ。魔導具ギルドにも、うちで作った魔導具は卸してあげるから、それを売るといいよ。何か注文があったら作れるものなら作ってあげるから」
え?
それってうちには利しかないのですけど、それで良いの?
シャールカも驚いた顔でマチュアを見るが、マチュアは黙ってうなずく。
「別に、建築ギルドと魔導具ギルド相手に喧嘩したい訳じゃないからね。まあ、うちの建設の邪魔したどっかの侯爵は許さんけど……という事で騎士の皆さんは、そろそろお帰りの時間では?」
そう話しかけてから、マチュアは大公紀章をチラリと見せる。
刹那、騎士たちは隊列を組んでマチュアに一礼すると、その場から立ち去って行った。
それから二ヶ月後、カナン魔導商会の商会館と魔導学院は無事に完成したのは、言うまでもない。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
 






