微睡みの中・その11・帝都サムシングで、学校を建ててみよう1
さて。
マチュアとアーカムが無事に帝国魔術顧問の地位に就任し、大公爵位相当の権力を得られる『聖大樹勲章』と、大樹とイスフィリア帝国国章をあしらった刺繍の施されたマントを授かってから数日後。
結局、皇帝の頼みとあって貴族院にはマチュアとアーカムの二人が大公位貴族として正式に登録され、このイスフィリア帝国でマチュアたちに逆らう事の出来る貴族は存在しなくなった。
表立っては。
マチュアたちによって公爵位を剥奪され侯爵まで落とされてしまったデラゴーザ家とソリュート家は、マチュアに復讐するべく寄子の貴族家に対して色々と声を掛けて暗躍を始めたようである。
事実、突然降ってわいたような『大公家相当家』であるミナセ家が生まれたことには、殆どの貴族が当初から良い顔をしていなかった。
だが、皇帝自ら提案した叙勲であるため、誰も表立って異を唱えるものは存在しなかった。
――商業区・宿屋『獅子奮迅亭』
「さて、これからの活動方針について考えるとしよう」
宿屋一階にある酒場の一角で、マチュアとアーカム、そしてミレーヌの三人は昼食を摂りながら話し合いを始めている所であった。
「まず、マチュアの欲しがっていた権力は手に入った事ですし、次はいよいよあれですか?」
「ほほうアーカム君、いいところに気が付いたねぇ。当初の予定を実行しようではないか」
「ふむふむ。私にはさっぱりなのですが、それはどんな計画なのですか?」
マチュアとアーカムの作戦はミレーヌには判らないので、マチュアは順を追って説明していくことにした。
「私の目的は三つ。まず一つ目が、この大陸にある大樹の活性化。そして二つ目が心力を使ったコンバットオプションの流布、そして最後が魔術の開放。ただ、これを私一人で行うには、この大陸は広すぎるのよ」
「それで、マチュアはこの帝都に魔術学院を新設して、そこで魔術とコンバットオプションを広めていく予定なのよ。私も講師として参加するので、ミレーヌも希望する生徒たちに心力コントロールを教えてあげてほしいのだけど」
そう告げられると、ミレーヌとしても困った顔になってしまう。
今現在、カリス・マレス世界のコンバットオプションが使えるのはこの大陸ではミレーヌのみであり、それこそが彼女の優位性であり誰にも負けない技術であった。
だが、マチュアとアーカムは学院でそれを幅広く教えようとしている。
そんな事になったら、ミレーヌの立場を脅かす存在が出て来てもおかしくはない。
「え、あ、え、ええっとですね‥‥教えるといいますと、私の時みたいにドバーッてやっちゃうのですか?」
おずおずと問いかけるミレーヌ。アーカムはすぐにその真意をくみ取ったらしく、プッと笑いながらミレーヌのほうを向いた。
「あんな強力なやつは教えないわよ。普通の人間があの領域まで達するためには、最低でも20年は必要じゃないかしら?」
「今のミレーヌに届くまではそれ以上だよ。素養がないと初歩中の初歩しか使えないし、才能があっても覚えきれるものでもないし。という事で、ミレーヌもサポートで頼むわね」
「ねぇマチュア、ポイポイの技は教えないの?」
「あれは隠密。心力覚えてポイポイの技覚えたら、この世界最強の暗殺者が出来上がっちゃうよ。という事で、ポイポイにも手伝ってもらうけど、やっぱり忍者の初歩技術だけ」
その説明を聞いて、ミレーヌはとりあえずホッとする。
「では、学院が完成したら、その時はお手伝いさせていただきますね」
「よろしくね。まあ、準備にしばらく掛かるから、それまでは好きにしてていいから」
そう告げて、取り敢えずその場は解散。
ミレーヌは一度自宅に戻るらしく、好きな時に戻って来ていいと伝えられてから出掛けて行った。
そしてマチュアとアーカムは、学院の場所を探す為に町の中へと躍り出る事にした。
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魔術学院。
建設のための許可は既に皇帝の命により受けている為、後は場所を決めて発注するだけ。
だが、この場所探しがなかなか難航しており、マチュアとアーカムは連日町の中を走り回っては、空いている土地を探し求めていた。
だが、帝都周辺は綺麗に区画整備されており、既に空き地というものはない。
となると、今ある建物を買い取って改装して使うという方法しかないのだが、これがまた非常に面倒臭かった。
――商会ギルド
帝都内の建物の管理は、全て商会ギルドが請け負っていた。
いわば不動産屋のようなものであり、マチュアも商会ギルドにやって来て、空いている物件について尋ねていたのであるが。
「‥‥これとこれ、この二つが最も大きな物件なのですが値段が少々お高くなりまして」
「へぇ。一つは廃教会、そしてもう一つは元伯爵邸ねぇ。値段は気にしないけれど、どっちが大きいのかしら?」
「大きさでしたら、こちらの廃教会なのですが。ちょっといわくつきの建物でして」
「何々、先代の司祭がアンデット化して建物の中に封じられているとか?」
当てずっぽうで問い掛けてみたのだが、担当官は目を丸くして驚いていた。
「え、あ、そうですよね。その程度の情報はお持ちなのですよね。では、手続きを行いますので少々お待ちください」
「いやいや、適当なことを言っただけだから。そこって、本当にアンデットが出るの?」
「‥‥はい。エルダーリッチといえばわかっていただけますか?」
いやいや、判るわからない以前に、そんな危険なものが浄化されずに封印されているのってどうなのと突っ込みたくなってくる。
「何でこんな帝都のど真ん中にエルダーリッチが封じられているのよ、馬鹿なの、死にたいの?」
「い、いえいえ、封じられているのは昔の大司教がエルダーリッチ化したものでして、封じたのもその本人ですので間違いありません。資料によりますと、カークグレイ大司教は禁断の秘術である『ビカム・アンデット』を用いて永遠の命を得ることに成功しました。ですが、それは自らをアンデット化するという秘儀で、大司教はエルダーリッチになってしまったのです」
淡々と説明する担当官。
マチュアはそのまま話を聞いている事にした。
「それで?」
「大司教は嘆き苦しみました。神に仕えし司教がアンデット化するなど言語道断だと。それでまだ自我が消える前に使徒や宣教師たちを教会から追い出し、自らの力で教会に結界を施したのです。そして今もなお、教会の建物の中では、結界によって外に出る事が出来ない大司教が彷徨っているとかで‥‥。はい、これで手続きは完了です」
話をしつつも書類に必要事項を書き入れていく担当官。
後はマチュアがサインをして、支払いを終えれば建物の権利はマチュアのものである。
「成程ねぇ。で、そんないわくつきなのに、何でこんなに高いのよ?」
「むしろ安売りするほうが危険です。このイスフィリア帝国に対して悪意を持っている国などごまんとあります。そんな国の輩が、いつ侵入してエルダーリッチを解き放つとも限りませんから」
「まあね、確かにそうだよね。それじゃあ代金はこれで、後はサイン‥‥と」
空間収納から金貨袋を取り出してカウンターの上に並べていく。
そして書類にサインをして手続きは完了。
「はい、確かにお受け取りしました。ですがマチュア様、そのような危険な物件を購入してどうするおつもりですか?」
「魔術学院を作るのですよ。誰でも手軽に魔術や戦闘技術を学べる学園、この国にはそんなのはないでしょ?」
「はい。一般的教養を教える学校はありますね。6歳から入学できて、最長10年間、学校でさまざまな知識を学ぶことができます。冒険者学科もありますので、戦闘技術の基礎なども学べますが、それらとは違うのですか?」
そう問われて、マチュアは腕を組んで考える。
今の説明だとこの帝都にある学校は小学生程度の知識を学ばせているのだろう。
そしてマチュアの教える内容は、ほぼ大学レベルに匹敵する。
「うーん。魔術ってあるよね?」
「はい、公爵家に伝わる秘儀ですよね?」
「それを一般に開放するって言えばわかる?」
「は?」
そのマチュアの一言で担当官は呆然とする。
そして近くで話を聞いていた商人や貴族、果ては受付嬢までもが時間が止まったかのように動きを停止してしまった。
皆、マチュアの口から出る言葉に耳を傾けているのがよくわかる。
「ええっと、私の聞き間違いでなければ、魔術を教えるという事ですか?」
「そ。こんな感じの魔術をね」
――ブゥン
右手を差し出し、無詠唱で光球を生み出すマチュア。
その動きに、生み出された光に、その場に居合わせた人々は絶句し驚いていた。
「これを、誰でも使えるように教える場所を作るだけよ。私の目標は、このイスフィリアを魔導帝国にする事なんだからね。それじゃあ、楽しみに待っていてね」
手をブンブンを振って、マチュアが外に出て行く。
その後ろ姿を、ギルド何の人々は呆然と、それでいて瞳だけはキラキラと輝かせて見送っていた。
──ガチャッ
そして、その様子を事務室の中から、ソリュース侯爵がずっと覗いていた。
彼女の傍には、帝都内の大型物件の紹介状が大量に置かれてあり、彼女の指示で受付はマチュアに高額な不良物件を売り捌いたのである。
「これで良いわ。あの大公はあんな物件をどうするのかしら?エルダーリッチなんて、まともな人間じゃ勝つどころか生きて帰れるかどうかも怪しいのにね。まあ、いっそ死んでくれた方が気持ちも晴れるわね…」
ニコニコと笑いつつ、ソリュースが事務室から出て行く。
その姿を、ギルド員は苦虫を噛み潰したような顔で見送っていた。
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一方、アーカムの向かった建築ギルドでは。
「ああ、流石に大公様の発注でも、こればかりは出来ないなぁ」
受付にいる恰幅の良いおじさんが、アーカムの差し出した図面に目を通して、首を左右に振っていた。
マチュアが土地を押さえるなら、建物の手配はアーカムがということでやって来たのだが、発注依頼を受け付けてもらえないという事態に陥っていた。
「え?それはどうしてですか?」
「予算については文句はない。ただ、資材と人材が足りない。他にも急がないとならない仕事がわんさとあって、そこまで手が回らないんだ、済まないなぁ」
申し訳なさそうに頭を下げる受付だが、ギルドの外では暇そうに椅子に座って酒を飲んでいる職人がわんさと集まっている。
「へぇ。仕事がわんさとねぇ。外にいる職人たちは暇そうなんですけど?」
「済まねえなぁ、仕事がわんさと入っていてなぁ」
嫌味っぽく話したものの、受付は折れることなくアーカムの仕事を拒否している。
「まあ、良いでしょう。それじゃあ、ここのギルドには本当に暇になってもらいますので、失礼します」
ニッコリと微笑んでギルドを後にするアーカム。
すると、彼女が出ていったのと入れ替わりに、奥の事務室からデラゴーサ侯爵が顔を出してきた。
「侯爵様、これで本当に良かったのですか?この仕事を請け負えば、仕事がなくて暇しているうちの連中も多少は暮らしが楽になるんですが」
「その分の補償は出すと言っているだろうが。あの憎たらしいミナセ大公に一泡吹かせるためだ、わしはどんなことでもやってみせるぞ」
「そりゃあ、まあ。いくら土地が見つかっても、俺たちが動かなければ建物なんて建てられませんからね…」
「その土地についても手は打ってある。近いうちに、あのくそ大公は俺とソリュースの前に頭を下げるだろうさ」
高笑いしつつデラゴーサが事務室から出て行く。
その様子を、ギルド員たちは不安そうに見送っていた。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






