微睡みの中・その8・港町シェイエンから王都へ、リククックとの闘い
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――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
超高速で、魔導機関車がつっ走る。
地球計算にして時速120km、普通に考えてみればそんなに速いものではない。
だが、路面状況の悪い舗装されていない道を駆け抜ける馬車の速度など速くても時速30km、早馬でも時速80kmのこの世界。
そんな世界で、大量輸送車両の、しかも魔道具を用いた旅ともなると、貴族達は元より市井の人々にとっても憧れの乗り物といえよう。
そんな憧れの、しかも選ばれた者しか乗る事が許されていない特等寝台車。
一本の編成に特等寝台車はたったの3両、一つの車両には3部屋しか特等寝室は存在せず、しかも最後尾の車両には一部屋しか存在していない。
その最後尾・特等寝台車両付属サロンでは、マチュアとアーカム、ミレーヌがのんびりと車窓を走る景色を眺めつつ、楽しいディナータイムを楽しんでいた。
「おうふ、このステーキのなんとやわらかいこと唇で軽く噛み切れるじゃないか」
「あらあらあら、このスープも最上級ですわね。私達の知るコンソメスープに近い味わいがなんとも‥‥」
楽しそうに食事を楽しむマチュアとアーカム。そしてミレーヌは目の前に置いてあるスクランブルエッグをゆっくりと堪能している所であった。
「うーん、この至高の味わい。バターと卵、そして濃厚なクリームをふんだんに使っている贅沢としか表現出来ない一品。こんな高級品を、私なんかが食べていいのでしょうか?」
そう呟くミレーヌだが、傍らで立っていた給仕がミレーヌのグラスにワインを注ぐ。
「はい。今日の料理は限定3名様分しかご用意しておりません。最上級の、それも最後尾を使用しているカナン商会の方々に食べていただく事で、私共の最高のおもてなしと受け取っていただければ光栄です」
二コリとほほ笑むギャルソンに、ミレーヌも思わずほほを赤くする。
だが、その様子を見ていた他の客はイライラ感満載のようである。
「き、君、あの料理は私達には提供されないのかね?」
「どうしてリククックの卵料理が今日は用意されているのよ、それも、あんな聞いたこともない商会の女性達にしか提供されないなんて」
「そもそも、最後尾は私たちが予約したものではなかったのかね?」
不平不満をあらわにしている貴族たちだが、彼らの傍らに立っているギャルソンたちは、軽く首を左右に振るだけ。
「はい。残念ですが、本日の最高のお客様はカナン商会なのです。」
「予約の件ですが、先ほども申しました通りミルドハイム卿よりもほんの少しだけ早く、カナン商会の方がチケットを購入されましたものでして」
それでも納得のいかない貴族達は、とっとと食事を終わらせて部屋に戻って行く。
そしてマチュアたちはそんな事も知らぬ存ぜぬで、ゆっくりと食事を堪能する事にした。
‥‥‥
‥‥
‥
のんびり長閑な汽車の旅も二日目。
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ
突然魔導機関車が急ブレーキをかけた。
「うぉう!! 何事よ」
「何か野生の動物でも出たのかしら?」
窓から顔を出して前方を見ようとするが、いまいちよくわからない。
「あのう、野生動物程度でしたら、先頭車両に設置されている衝角で跳ね飛ばしてしまいますので、それ以外の何かが起こった、ということですね」
そう説明してサロンから出ていくミレーヌ。
隣の車両にいる車掌に何があったのか聞きに行っただけであるが、その動きの良さにマチュアもアーカムもウンウンと頷いてしまう。
「しっかりと護衛の仕事しているねぇ、感心感心」
「でも、ちょっとだけ甘い所はあるけど?」
「どこ? 立ち居振る舞いも貴族然としているし、相手を考えての話し方礼儀作法も学んでいるみたいだけど。剣士としての腕も一級品、どこに問題があるの?」
「あの子、天然よ」
「‥‥あー」
そこでマチュアもようやく理解した。
そもそもミレーヌはマチュアたちの護衛として同行させてほしいと告げて来たのである。これはまあ、修行の成果を見てみたいというアーカムの意見もあったのでマチュアは許可したのだが、そこが問題だったという。
「何で? どこにも問題ないけど?」
「ミレーヌは私達の実力を理解しているわよね? それって、普通の冒険者なら護衛いる? っていう反応にならない?」
「あらら‥‥そういえばそうだよなぁ。私やアーカムを倒せる存在いるのなら、掛かって来いやぁぁぁっていう感じだからねぇ」
「でしょう? なのに私達の護衛を買って出るっていうのは、普通に考えても笑ってしまう事案でしょ?」
そう言われればとマチュアも頷く。
そしてギャルソンが白身魚のムニエルを二人の元に持って来た時、ミレーヌがどんよりとした顔で席に戻って来た。
「あら、お早いおかえりで、どうでした?」
「それがですね‥‥今回の魔導列車は明日の朝、ここからバックで引き返す事になったのですよ」
「「何だってぇぇぇぇぇぇぇ」」
思わずハモって絶叫してしまう二人、
楽しい汽車での旅を堪能するどころか、明日にはトレイルまで引き返してしまう。
そんなの納得する事なんて出来ない。
「そ、それって機関車のエンジントラブル? 私なら一瞬で直せるわよ?」
「食料とか生活必需品の積み込みミス? それでしたら私が持っている予備を空間収納から取り出して提供しても差し支えありませんよ」
「‥‥ックが出たんです」
ボソッと何かを呟くミレーヌ。
「え? クがどしたの?」
「ック? 魔物程度なら私が出れば終わりますけれど」
「クックです。リククックが線路上に営巣を始めてしまったんです。ですので、魔導列車は運行規程により前の駅に戻るそうです」
リククック。
マチュアはアドラー大陸で聞いていた、世界最強の三大魔獣の一つ。
その卵は世界屈指の珍品であり、王侯貴族がひょいひょいと楽しめるものではない。
また、戦闘力もかなり高く、Sランク冒険者のパーティーが三つ集まって討伐任務に就いた際にも、一人を残して全滅している。
まあ、全滅とはいっても死んだわけではないので、なにか理由があったのだろうと報告書を見た冒険者ギルドマスターは『不可抗力・依頼失敗とはせず』という評価を下している。
「リククックごとき、この私が自ら引導渡してやるわよ‥‥すぐに追い返すからって車掌に伝えておいて」
――シュンッ
一瞬で深紅の鎧とザンジバルを換装し、暗黒騎士モードに切り替えるマチュア。
そのまま外に出てゆっくりと最前列の機関車へと向かい、更にその前に立つ。
すると、前方120mで、どこをどう見ても白色レグホン・オスなリククックが、小枝で丸い巣を作っている所であった。
「さて、リククックさんや、出て行けとは言わない、せめて横に引っ越してくれないかい?」
言葉で話しつつ念話も飛ばすマチュア。
だが、リククックは巣の中でのんびりとあくびをしているだけである。
「お、おや? 私の言葉が通用していない?」
『ケッ』
問いかけるマチュアに対して、リククックはニヤリと大胆不敵な笑みを見せ、ツバを吐き捨てた。
そして静かに立ち上がると、翼を軽くはためかしてマチュアの目の前に立ち止まった。
『ケケッケケイ(かかってこい!!)』
クイクイッと右翼をはためかすリククック。
そしてマチュアもそれが挑発行為であり、相手してやるというリククックの態度に思わず呆れつつも、ザンジバルをがっしりと構えて見せた。
‥‥‥
‥‥
‥
ゴホゴボッ‥‥
体が重い。
四肢が動かない。
何があったのだろう。
ゆっくりと目を開く。
知らない天井ではない、特等寝台車のマチュアのベッドの上。
耳に聞こえるのはガタンゴトンという、レールを蹴る機関車の駆動音。
「あ、生き返ったみたい。よくまあ目が覚めたものね、感心するわ」
ベッド横の椅子に座って、腕を組んで何かを考えていたアーカムが、目を覚ましたマチュアにそう話しかけた。
「え‥‥生き返った? 私神威があるから普通の攻撃じゃダメージ受けないよ。それよりも、何があったの?」
そう問いかけるマチュア。
いかん、記憶がぶっ飛んでいる。
何があったのか覚えていない。
その様子を見てアーカムも納得したのか、こう一言だけ呟いた。
「あなたは、リククックに殺されたのよ? 神核が無事だったから再生したけれど、危なかったのよ? 」
そうか、私は死んだのか。
リククックに殺されたのか。
死かぁ‥‥
死?
へ?
――ガバッ!!
勢いよくベッドから跳ね起きるマチュア。
「何で、どうしてあのリククックは私を殺せるのよ!! 私普通じゃ死なないんだけど、それをどうやって? あれ魔族? 神核持ってるの?」
「はいはいステイ、ステイ。じゃあ説明するから黙って聞いていてね」
「はい」
「リククックが神滅の咆哮を使った。これで理解出来るかしら?」
その説明に、マチュアは一瞬目を丸くする。
「そうか、神滅の咆哮か。それなら納得いくわ‥‥いくわけないわぁぁぁぁ。何それ、あのリククックの戦闘能力はあれなの、赤い彗星なの? 神様絶対殺すマン? NTDどころかGDTシステムでも付いているの? 宇宙空間に浮いている巨大ウニのような存在? ルビーアイの眷属か何か? 〇ゼルローン回廊にいってフベシッ」
――スパァァァァン
「落ち着きなさいって、あのね‥‥」
そこからはアーカムの説明。
リククックの放った最初の一撃が神滅の咆哮・改。
それがマチュアの左半身を一撃で破壊し、先制を取った。
すぐさま再生したマチュアではあるが、その為に神威を削ってしまい戦闘力は半減、そしてザンジバルの連撃でもリククックの翼には傷一つ付ける事が出来ない。
すぐさまマチュアは白銀の賢者モードに換装し魔術戦を仕掛けたのだが、リククックはすぐさまマチュアの放った魔術に対しての対抗魔術をぶつけてきて相殺、さらに上位の魔術でフルパワーで攻撃を仕掛けて来た。
流れ弾が魔導列車にぶつかってはまずいと結界での防御を進めていたマチュアに対して、リククックは魔術発動の直後急上昇し、魔術を結界で弾いたマチュアの無防備な状態、わずか0.025秒の合間にドロップキックが炸裂、
それでマチュアは即死したらしい。
神核さえ残っていれば、時間差再生するので死という概念はあまりないが、生物学的には死亡した。
そこでミレーヌは意識を失い、血まみれのマチュアの死体はアーカムが素早く再生処置をして『けがをしたが大丈夫』という説明でとにかくその場を収めた。
尚、マチュアと死闘を繰り広げたリククックは、マチュアの戦いが気に入ったらしく営巣を中止し線路を開放、無事に魔導列車は走り出す事が出来たという事らしい。
「成程‥‥いゃあ、全然納得いかないわ、すぐに再戦だわ‥‥って、今どこ?」
――ピリリリリリリリ
『間もなく当機関車は終点・帝都サムシングに到着します。一週間の長旅、お疲れさまでした』
大きな笛の音とともに車内アナウンスが聞こえてくる。
慌てて窓の外を見たマチュアだが、目に見えたのは石造りの建物群と大勢の人々。
――ガチャッ
そして、このタイミングでミレーヌが静かに部屋に入ってくる。
「アーカムさん、無事に帝都に到着しましたわ‥‥マチュアさんの事は残念でしたけれど、リククッククッククックえええええええ??????」
窓辺で外を眺めているマチュアに気が付いたミレーヌが慌てて叫ぶ。
まあ、死んだと思っていた人間が生きているのだから、無理はないだろう。
「マチュアさん、死んだのでは?」
「死んでいたら話しとらんわ。ぎりぎり生きていただけだよ。それで魔法でゆっくりと回復していたって訳、ここまでおっけ?」
「は、はい、おっけです。では、先に貴族院に向かいましょうか」
「宿じゃなく貴族院? なんで?」
そう問い返すマチュアだが、窓の外を歩いていた貴族たちは、マチュアの姿をみてササッと目線をそらしていった。
「リククック戦を見ていた貴族たちが、マチュアさんの魔術を見て大変だったのですよ。王家直系の、それも現皇帝でさえ使えない魔術を次々と使う魔導師がいるって‥‥」
「それで、どうやら先に連絡が届いちゃったらしいのよ‥‥諦めてね、マチュア」
アーカムが両手を合わせて拝むので、マチュアもため息一つつくしかなかった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






