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【本編完結】異世界ライフの楽しみ方・原典  作者: 呑兵衛和尚
第14部・古きを越えて新しき世界へ

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微睡みの中・その6・港町シェイエンと剣士、そして心力修行っていう名の‥‥

『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。

 シェイエン郊外・大樹のある草原

 

 早朝、アーカムはマチュアに頼まれてミレーヌの稽古を付ける事になった。

 アドラー王国でやっていた事、それを全てアーカムに押し付けた訳であるが、当のアーカムはそれほど気にする様子もなく、マチュアに従ってミレーヌを修行に適した場所・大樹の草原へと連れて来たのであるが。


「申し訳ありませんが、私が修行をお願いしたのは貴方ではなくマチュアさんなのですが」


 稽古してくれる、そこまで話が付いたときはミレーヌは宿から飛び出しそうになる勢いで喜んでいたのだが、その稽古相手がアーカムという事を知って、かなり不満たらたらに付いて来た。

 まあ、世界最強に匹敵するマチュアではなく、その同行者の稽古、普通ならそう思うのも無理はない。


「あら、私では駄目なの?」

「ダメというのではないが、その、貴方はそれほど強くない。私には、貴方が戦士には見えないのですが」

「確かに、私とマチュアでは、その実力は天と地ほどの差があるからねぇ」

「では、今からでもマチュアさんに」


――スチャッ

 すぐさまアーカムは空間収納(チェスト)から、巨大な戦闘用大鎌を取り出した。


「そうねぇ。じゃあ、私から一本でも取れたらマチュアに代わってあげるわよ。でもいい、一つだけ注意してあげる‥‥私とあなたでは、やっぱり天と地以上の差があるのよ? 実力を表に出さない事も強さの一つと‥‥知れ!!」


 最後の一言と同時に、アーカムの全身から殺気があふれ出す。

 それは周囲に溶け込むことなく、ミレーヌのみを対象に全力で叩きつけられた。


 死

 切断

 腐敗

 破壊

 粉砕

 絶望

 悲しみ


 いくつもの負の感情がミレーヌを襲った。

 そしてミレーヌ自身、気付かない内にその場に座り込み、涙を流していた。

 

「あ、あ‥‥あ‥‥ごめんなさいごめんなさい殺さないでお願いです赦してください」


 口から出るのは哀願。

 目の前の女性、アーカムは私を殺す気でいる。

 そして、私は何も出来ない。

 恐怖で体が動かない。

 ごめんなさい、ターニャ、パトラ。

 お姉ちゃんは、貴方達の病気を治してあげられなかったわ‥‥。

 こんなダメなお姉ちゃんでごめんなさい


 気が付くと、ミレーヌは目を閉じていた。

 せめて一撃で。

 痛みや苦しみを与えないでほしい。

 既に彼女の魂は、アーカムに絶対服従を誓った。


「せめて、私が死んだ事は妹たちに伝えないでほしい。私の遺産は冒険者ギルドにあるから、それを妹達に届けてほしフベシッ!!」


――スパァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン

 絶望の表情で自我を完全に失っていたミレーヌの顔面に、アーカムは力いっぱいハリセンを叩き込んだ。


「はっ!! わ、私は‥‥生きているの」

「これから修行する相手を殺すわけないでしょ? わかったら涙を拭いて、修行を始めるわよ」


 そう告げられてねミレーヌはようやく自我を取り戻した。

 今まで見ていたのは夢?

 アーカムが武器を構えてミレーヌと対峙してから、少なくともミレーヌは12度、首を刎ねられていた。

 全身を切り刻まれて荒野に捨てられて、獣に食いちぎられて腐敗していった。

 その体験は…映像はすべて幻影であったというのか?

 それを理解した時、ミレーヌは再度涙をぬぐってアーカムに頭を下げた。


「それでは修行、お願いします!!」

「よろしい。それでは始めましょうか。まずは私と同じポーズをとって‥‥」


 ゆっくりと結跏趺坐で座るアーカム。

 そのまま瞳を閉じて、静かに呼吸を整えていく。

 ミレーヌもアーカムに倣い、何とか結跏趺坐で座って息を整える。


「これは何の修行なのですか?」

「それを理解出来るまでは、そのままで‥‥」


 そう告げて、アーカムは静かに瞑想を始める。


「はぁ、こんなのが修行ねぇ‥‥」 


 何やら文句の一つも言いたい所だが、ミレーヌもアーカムの実力は先ほど魂まで刻み込まれている。ならば、素直に従うしかないと、座ったまま目を閉じてじっとしている。

 だが、じっとしていても雑念は沸いて来るものであり、時折薄目を開けてはチラチラッとアーカムの様子を見ているのだが。

 

(まったく変化がないわね。こんな事で強くなれるのかしら?)


 心の中で呟き、時折アーカムを見ているが、20分程でアーカムに変化が訪れた。


――チチチチチッ

 一羽の小鳥が飛んできて、アーカムの肩に止まる。

 

(え? どういうこと?)


 やや動揺しているミレーヌ。だが、驚きはそれだけではない。

 

――ピョン

 数羽の小鳥がアーカムに止まると、今度は草むらから出て来たウサギがフンフンと鼻を鳴らしつつアーカムの下にやって来る。

 そしてゆっくりと彼女の膝の上に乗っかると、そこでスヤスヤと寝息を立て始めた。

 

 当然、アーカムはただ瞑想しているのではない。

 大地に留まっている大樹の息吹を感じ、静かに根を伸ばしている大樹から光魔力(ソーマ)を自身にも細く伸ばしてもらっていた。

 そもそもアーカムはマチュアと同じく『明鏡止水』スキルを持っている。そこにソーマが流れ込み周囲に広げている為、小動物などが普通に集まって来ているのである。

 いわば、今のアーカムはマイナスイオン発生装置ともいえよう。

 

「‥‥本物‥‥よね?」


 ミレーヌが目を開いてゆっくりと立ち上がり、小鳥のほうに手を伸ばす。

 すると鳥やウサギはミレーヌの気配に驚き、その場から次々と逃げていった。


「‥‥ん? ミレーヌ、瞑想はやめたのですか?」

「いえいえ、やめたのではなくてですね、その‥‥」

「その?」

「先程まで、アーカムさんの周りに小鳥やウサギがやって来て体を休めていましてですね。何か餌とか撒いていたのですか?」


 素っ頓狂な質問だが、そうなるのも無理はないのかなぁとアーカムは感じ取った。

 こっちの世界でも心力を使ったコマンドは存在する。が、それも自分の体内のものだけを使う、いわば自身が燃料タンクのようなものであり、体外の自然エネルギーを取り込んだ心力の使い方など、誰も理解していない。 

 こっちの世界では、自然界に存在する光魔力(ソーマ)が存在する。

 それをうまく取り込んで、体内で心力に練り合わせることができたら、今のミレーヌの強さは10倍以上になるとアーカムは考えた。

 まあ、こればかりは人に言われて身につけられるものではないので、アーカムが手本を見せていたのであるが、そもそも基本がないものに対して見て覚えろとはアーカムもどこかポンコツである。


「いえ? こう体内に光魔力(ソーマ)を循環させまして、心静かに鏡のごとく。自分が自然と同化している感じになれば、鳥たちも警戒する事なくやって来ますよ」

「え? 同化ですか?」

「はい。コマンドアーツにありませんか? 精神を回復する技とか」

「いえ、そんなものは全く。聞いた事もありませんが」


 あらら。

 そもそも魔術知識すら一部貴族でのみ秘匿している世界である。そんなものが知れ渡ったら大変な事になると上位貴族達も考えたのだろう。


「魔力の回復、精神集中、心力操作、チャクラコントロール、気功法、どれか一つぐらいない? 全部、格闘術に必要な基礎スキルだけど」

「いえ、私たちの剣術は上級、中級、下級の三段階だけで、レベルが最高で10まであるだけですよ。今アーカムさんの話したスキルは、どこの大陸のものなのですか?」


 orz


 思わず大地に手をついてしまうアーカム。

 

「おや、どしたのアーカム。がっくりと力落としているけれど、一体何があったのよ?」


 町の方からのんびりと歩いて来たマチュアが、アーカムに問い掛ける。するとアーカムは今起こった出来事を一つずつ説明して。


‥‥‥

‥‥


「あ~、そりゃ無理だわ。基礎がないのは知っていたけど、こっちはここまで劣化しているのかよ。そんじゃミレーヌ、私が精神集中して体内に心力を巡らせるから、それを見ていて感じ取ってみて」

「は、はいっ!!」


 先程とは違い元気のいいミレーヌだが、マチュアが結跏趺坐して意識を閉ざすと、そのままピクリとも動かなくなったマチュアの一挙一動を見逃すまいと、じっとマチュアを観察していた。


――チュチュン

――スンスンスンスン   

 すると、5分も経たずに先程の小鳥やウサギがマチュアの近くにやって来ると、そのうちの一匹がマチュアの前に横たわり、腹を上にしてフルフルと震えている。

 小鳥も千鳥足でよたよたとウサギの横にやってくると、やはり同じようにしゃがみ込んで震えていた。


「‥‥アーカムさん、これって?」

「ん~贄、かフベシッ?」


――スパァァァァァン

 刹那、マチュアが電光石火でハリセンを叩き込む。


「こら、そこのウサギと鳥、何で私に贄として捧げられているのよっ。まったくもう‥‥」


 ひょいと震えるウサギを抱き上げて背中を撫でる。さらに小鳥も手のひらにすくって静かにしていると、ようやく小鳥とウサギも落ち着いたのか、マチュアにすり寄って来た。


「え、その二匹って野生ですよね? 家禽じゃないですよね? どうして人に懐くのですか?」

「どうしてと問われると、殺意がないと告げておく。後、ミレーヌの体内器官、心力の通り道が全て塞がっているので、そのままだと何も出来ないわよ」

「体内器官? それはなんですか?」

「まあ、体の中をめぐっている力の通り道。それがすべて閉じているのでミレーヌは心力も使う事が出来ない。ならばこじ開けるしかないけど、外から開くと絶妙に痛いわよ?」


 あえて脅すスタイルで告げるマチュアだが、ミレーヌは覚悟を決めた顔でマチュアを見る。


「死を恐れたりしません。この前、そして今日。私は二度、死よりも怖いものを見て来ました。それよりも怖いものなど‥‥」

「そっか、じゃあ頑張れ」


――ポン

 軽くミレーヌの肩に手を当てて、一気に彼女の体内に心力を注ぐ。

 今までふさがっていた針よりも細い経絡に、突然100リットルの塩水が注がれたようなものである。

 無理やり拡張された経絡は周辺組織を押し広げ、筋肉を裂き毛細血管を破裂させていく。

 ミレーヌの全身の血管が浮かび上がり、動悸が激しくなる。

 一分間に200回以上の鼓動が巻き上がり、普通の人間では血管が破裂して死んでしまっているレベルである。

 それでもミレーヌは、大地に転がり全身を掻きむしり、悶えと苦しみと必死に戦っていた。

 遠くから見ていた人も徐々に離れて行くが、そんな事はマチュアの知った事ではない。


「ぐぐぐ、ごろじぢででごろぢで‥‥」

「断る。まあ、頑張れとしか言えないんよ。回復魔術掛けたら全て元に戻るので、気合で耐えてね」


 にっこりとほほ笑んでそう告げるマチュア。

 そしてその日から三日間、ミレーヌは死よりも激しい苦痛と戦い抜いて、三日後の朝。


「‥‥ハアハアハアハア‥‥」


 全身掻きむしりつくし、皮膚が全て裂けてしまった。

 全身に浮き出た血管は静かに体内へと戻り、元の肌の色を取り戻しつつある。

 そして、ようやくミレーヌの瞳が生気を取り戻したとき、マチュアは拍手でミレーヌを迎えた。


「よし、よくぞ耐え抜いた勇者よ!!」

「ハアハアハアハア‥‥え、ゆうしゃ?」

「そ、とりあえず体の修復から始めよっか。体の中をめぐっている心力、今なら判るわよね?」


――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 そう問われてミレーヌは静かに意識を体中に巡らせる。

 それまで感じたことのない力が、意識が、体の隅々まで流れていくのを感じ取れた。


「あ、ある、何か力が‥‥」

「それが心力、では食事をとってから、修行を始めるとしますか」

「え?さっきまでのあの痛みは、修行じゃないのですか?」

「まっさかぁ。基礎がない人に修行なんて出来る訳ないでしょ? なので体から作り替えただけよ」


 あっけらかんと笑うマチュアに、ミレーヌは再び絶望を感じた。

 すぐさま、傍らで見守っていたアーカムを見たのだが。その後でアーカムの口から紡がれた言葉に、ミレーヌはさらなる絶望を感じていた。


「うん、まあ、がんばれ」


 まずは、ミレーヌに合掌。


誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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