微睡みの中・その4・港町シェイエンと大樹と人さらいと
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
シェイエン郊外。
各種ギルドからの面倒臭い交渉はすべてアーカムに任せて、マチュアは当初の目的であった『大樹の活性化』の為に、シェイエン郊外の小高い丘までやって来ていた。
そこは聖地というほど豊かな土地ではなく、かといって閑散とした荒れ地でもなく、草花の絨毯が広がる、心地よい風景であった。
町から近いこともあり、シェイエンに住む人々がランチボックスを手に集まり、のんびりとした時間を過ごしている。
「さて、そんじゃあ、じっちゃんと繋がりますように‥‥」
パン、と両手を叩き合わせてから、マチュアは大樹の根元で枯れそうな幹に手を当てる。
――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
手のひらからゆっくりと光魔力があふれ出し、大樹の中に吸い込まれていく。
そしてそれが呼び水となり、大樹の根が大地の底へと伸び始めていく。
地の底深く、マナラインの流れる地層へ。
だが、枯れ始めていた大樹にそこまで伸びる力などなく、途中の岩盤にあたって立ち往生し、成長を止めてしまった。
「ん~、まあ、今はそこまでかぁ。じっちゃんの反応はなしと、また明日にでも来るわ」
パンパンと幹をたたいて離れていくマチュア。
すると、枯れ始めていた枝に光魔力が流れ、ゆっくりと大樹が息づき始める。
枝から小さな蕾が芽吹き、枝はゆっくりと天に向かって伸びていく。
その光景を見ていた人々は、声にならない驚きを示している。
「あ、貴方はどなたですか?」
「大樹が芽吹いた、お前、何をした!!」
「おおおおおおお、大樹が目を覚ましたぁぁぁぁぁぁぁ」
歓喜の声が聞こえてくる。
そんな中もマチュアはにっこりと笑いつつ、その場から立ち去っていく。
いつもなら魔法の箒に乗って飛んでいくのだが、あれはとにかく目立つ。
空を飛ぶ技術の無いこの世界では、飛行能力付与型魔道具などだれでも喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
飛行魔術などさらにその上、魔術を使える系譜が少ないうえに、さらに伝承の魔術となると、引く手あまたとなるであろう。
アドラーで行った数々の『やらかし』、この大陸ではそれがないようにひっそりと生きていこうと決めた。
そう、ひっそりと行くのである。
ぶっちゃけると、ブロンズドラコンを瞬殺し、ミレーヌを再起不能にした時点で手遅れなのであるか。
「あ、あの人、どらごんすれいやーの人だ!!」
無邪気にマチュアを指さす子供。
そしてマチュアもついつい。
「お、見つかったか。じゃあねー」
などと言って走り出したので、その場はさらに騒然となってしまった。
‥‥‥
‥‥
‥
シェイエン・宿屋『鉄壁の絶壁亭』
マチュアとアーカムの二人は、商会ギルドの好意でこの絶壁の鉄壁‥‥ちがう、鉄壁の絶壁亭に宿を取らせてもらっていた。
ドラゴンを退治してくれたお礼として宿泊代と食費は全て無料、いつまでいてもかまわないといわれたので、取り敢えず大樹の活性化が終わるまではという事でご厚意に甘えていた。
「正座ね」
「はぁ? 私が何をしたっていうのよ?」
「いいから正座!!」
部屋に戻ってきたマチュアに対して、アーカムが腕を組んで告げた一言が正座。
突然のことに、マチュアも思わず座ってしまうが、とにもかくにも理不尽なので。
「それで、私がここに正座させられている理由を教えてもらえるのよね?」
「ええ。貴方がいない間に、王室ギルドの方がいらしていたわよ。ドラゴンレイヤーの称号は返上されたが、その腕を買って帝都の第三騎士団団長に任命したいって。それと帝都貴族院からは、貴方と私の魔力測定を行うので、この日付までに帝都に来るようにですって。冒険者ギルドからはAランク冒険者として登録してもらいたいとの勧誘、商会ギルドからは、貴方の持っている魔法の箒と絨毯の買い取り希望ですって‥‥」
一つ一つ説明しつつ、書類をマチュアに差し出していく。
それを受け取るとすぐに目を通し、椅子の上にそっと置く。
「あ、これの対応全てやってくれたのか。それは申し訳ないわぁ。でも正座はあんまりじゃない?」
「これが最後の一枚ね。ミレーヌとかいう剣士から、指定契約を結びたいっていう申請書が届いているわよ。冒険者ギルドに登録したら効力を発揮するのですけれど、受けるかどうかはマチュア次第よ?」
「指定契約? なんの契約?」
「マチュアを師と仰いで、剣士としての修行をしたいそうよ。どうするの?」
どうするといわれても、そんなもの受ける気はない。
そもそも大樹をとっとと活性化して、私はカリス・マレス世界に戻るんだよ?
今、この国で弟子なんて取っている暇はないんだよ?
「まあ、そういうとは思っていたわよ。アドラーではカナン商会のメンバーに色々と教えていたでしょ? その延長程度ならいいんじゃないかしら」
「‥‥アーカム、私の心の中を読んだわね?」
「声に出ていたわよ。まったくもう、貴方はいつもそうなのですから」
はい、それはもうはっきりと声に出していました。
テヘへと頭を掻きつつも、最後の一枚を手にするマチュア。
「どうすっかなぁ。別に私が修行つけなくても、あの子は十分に強いんだけどなぁ」
「そうなの?」
「うん。ミレーヌの実力なら、カナンじゃSランク冒険者として十分にやっていけるよ。ただ、あの剣を使いこなしていないだけ」
へぇ。と納得してしまうアーカム。
「あの剣は、そんなにすごいものなの?」
「アーティファクト。それもかなりのレアリティだね。インテリジェンスソードってわかる?」
「知性と自我を持つ剣でしょ。まさかあれがそうなの?」
「そ。この世界の鍛冶師の伝承はよく知らないけれど、あのロングソードは初代伝承鍛冶師と謳われた名工・ディアディルドンという人の作ったもので、6振りのインテリジェンスウェポンの一つだね。それはもう、とんでもないものだよ」
なんでマチュアがそんな事を知っているのかと聞きたくなるが、マチュアが鑑定眼を使ったのだと瞬時に理解した。
「へぇ。それはすごいわねぇ。けど、どうして使い切れていないの?」
「そりゃあ、魔力が循環しないからだね。使用者の魔力を感じて覚醒し、使用者の魔力を吸収して強くなる。なのに、こっちの世界では魔術は殆ど枯渇しているから、使いたくても使いこなせないんだよ」
「それ、マチュアが教えてあげたらいいんじゃないの? シャダイにも言われているのでしょ? 魔術を、錬金術を広めてほしいって」
そうすることで、世界により魔力が循環するようになる。
同時に、人間の最大の敵である魔族と戦える力を手に入れる事が出来るようになる。
アドラーでは偶然ではあるが成功した。
だからと言って、このイスフィリア帝国で同じ事が成功するとは思えない。
「慎重にいこうよ。こっちには魔術素養がある人間がどれぐらいいるのかなんて、まだわからないんだから」
「そうね。まあ、明日からは一つ一つ処理していくしかないでしょ。頑張ってね」
口元に手を当てて笑いつつ、アーカムはベッドルームに向かう。
そしてマチュアも書類の束を手にベッドルームへと向かうと、もう一度詳細を確認しながら寝落ちする事にした。
〇 〇 〇 〇 〇
深夜。
草木も眠る丑三つ時‥‥
お約束のように爆睡するマチュアとアーカム。
ツインの部屋なのでベッドは二つ、万が一のために荷物はベッドの下に隠してある。
もっとも、マチュアとアーカムの荷物なんて普段使いの着替え程度をダミーで市販のカバンに詰め込んでいるだけで、大切なものはすべて空間収納に収納している。
危険感知スキルとかもあるので、あまり過剰防御にならないように、窓と扉に鳴子を仕掛けて眠っていたのであるが。
当然、盗賊は普通に盗賊系スキルを持っている。
扉の外から、扉の裏側に設置されている鳴子の仕掛けを解除するなど造作もなく、あっさりと警報代わりの鳴子を外した3人の盗賊は、音を立てずに扉を開き、いざ室内へと。
――スーッ
無音歩行術を使いまずはアーカムのベットに近寄る。
(よし、ぐっすりと眠っている。この女とそっちの女の荷物を探せ)
(オーケーボス)
(了解さー)
リーダー風の優男が懐から小さな巾着を取り出すと、そこから白い粉を一つまみしてアーカムの鼻の上でパラパラとばらまく。
それは瞬く間に呼吸とともにアーカムの体内に吸収されていった。
(よし、ベラドーナの実をすりつぶした睡眠薬だ、朝まで何があっても起きる事はないだろう‥‥次はそっちの女か)
リーダーがアーカムに薬を嗅がせているうちに、手下の男女はベッドの下からバッグを取り出して背負った。
(荷物は回収しましたぜ)
(あとは、その女達も連れて行くのよね?)
(ああ。奴隷商人に売り飛ばせば、この美貌だ高く買い取ってくれるだろうさ。いくらこの女が強くても、この薬を嗅がせられたら筋肉が弛緩して、動けなくなるからなぁ)
にやにやと笑いつつ、今度はマチュアの鼻の上で薬をばらまく。
それもマチュアの鼻の中に吸い込まれたのを確認してから、待つこと3分。
「‥‥よし、もう声も出す事は出来ないだろうさ、とっとと縛り上げて逃げるぞ」
「へい。窓は開けておきました、ここから逃げられますぜ」
「こっちの女は縛り上げて背負ってあります。軽いから運ぶのも簡単よ」
手際のいい人攫いグルーブ。
そしてリーダーがマチュアを抱き上げようと手を出した瞬間。
――ドサッ
リーダーは床に倒れていた。
マチュアに手を取られてそのまま合気道のように捻られ、空中を一回転するように床に叩きつけられたのである。
「ちっ!! 逃げろ!!」
腕を取られたままで思うように体が動かないリーダー。その声で二人も逃げようとしたのだが。
――ゴキッ
女の首から音がする。
アーカムが軽く首を捻って、そのまま意識を刈り取ったのである。
「死んでないからご安心を。でも、貴方が逃げたら、この子は殺すわよ?」
「という事で、貴様らは何者だ、誰に雇われた?」
ニィッと笑いつつ問いかけるマチュア、じつに楽しそうである。
だが男もプロ。依頼人の正体をばらす事などする筈がない。
「‥‥‥‥」
無言のままマチュアを睨みつける。
だが、その程度ではマチュアは動じない。
「そうか、話さないか、残念だなぁ‥‥お仕置きタイムの時間だね」
ニィィィッと悪い笑みを浮かべるマチュア。
そして1時間後。
男たちは依頼人の正体を洗いざらい暴露し、ついでに朝になって自警団に突き出される事となってしまった。
「依頼人は、隣町の領主の息子ね」
「私にこの国の騎士団長になられるとまずい人ねぇ‥‥ま、証拠がある訳でもなし、そのまま放っておきましょ」
という事で、黒幕はしばらく泳がされる事となった。
すぐに捕まえられていたら、どんなに彼らは幸せだっただろう。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






