微睡みの中・その3・港町シェイエンと名誉と希少血族と
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
突然の決闘。
まさか、こんな事になるとはマチュアも思っていなかった。
まあ、あの場にいた全員が、こうなることを予測していたものの当人であるマチュアはあまり分かっていない。
天然なのかボケなのかといわれると、ボケに傾きつつある白銀の賢者ゆえに、クトゥラで隠してある耳の辺りをポリポリと掻きつつ階段を下りて建物の外に出る。
そのままミレーヌの後ろについていき、町の中央・バザーなどが行われている広場までやってくると、ミレーヌが大声で叫ぶ。
「ここが私たちの舞台、ここで私とあなたで決着をつけましょう。どちらが正当なるドラゴンスレイヤーの称号を得る事が出来るのか!!」
両手を広げ、笑顔で叫ぶミレーヌ。
すると、この町の人々はミレーヌのことをよく知っているのか、彼女を応援する声まで現れた。
「頑張れよミレーヌ!!」
「負けるなよミレーヌ!! 偶然ドラゴンに勝てた女に大切なドラゴンスレイヤーの称号を渡すんじゃねーよ!!」
などなど、マチュアに対しての罵声は無くもひたすらミレーヌを称賛し応援している様子が伺えている。なら、マチュアとしても彼女のメンツを潰す必要もないと思ってしまうのも無理はない。
(まあ、適当に負けてあげますか。私がここで勝って称号もらったところで、動きにくくなるだけだからなぁ‥‥と、なんだありゃ?)
腰に手を当てて考えているマチュアだが、ミレーヌ側の人混みの中から、派手なローブをきた老人がゆっくりとマチュアとミレーヌの間にやってくると、スッと手を挙げた。
「それでは、王室ギルドの称号管理官であるコード・メルティアの名において、この決闘を正式なものとし、スキル『デュエル』を発動する!!」
――キィィィィィィィィィィィン
コードの宣誓と同時に、二人の中間に純白のうろこを持つ竜人が召喚された。
『デュエルの精霊・ボルメテウス・ブランシュの名前において、ミレーヌとマチュアの決闘を開始する。ミレーヌよ、この決闘にそなたは何を賭ける!!』
アドラー王国ではついぞ見えなかったユニークスキルの精霊。
それがこの大陸では実体化し、力を持っているのである。
「私は、この戦いに『ドラゴンスレイヤー』の称号を賭けましょう」
――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
観客が一斉にざわめく。
そしてボルメテウスは満足そうに笑みを浮かべてうんうんと頷きつつ、マチュアに向き直る。
「ではマチュア‥‥さまよ、貴殿はこの戦いに何を賭けるのですか!!」
途中途中でボソボソ話しているボルメテウス。マチュアの方を向いているものの、必死に目を合わせようとはしない。
ボルメテウスら精霊にはマチュアの正体はすぐに理解出来たらしい。
その上で、体裁だけは取り繕って話を進めていたようである。
「んー。私は名誉も称号もいらないんだけどなぁ‥‥」
『それはならぬ。デュエルのスキルが発動した以上、それに従うのがこの世界の摂理ゆえ』
力強く告げるボルメテウス。ここだけは世界のルールゆえ曲げる事は許されない。
ならばと頭を捻りつつ、マチュアは空間収納からザンジバルを引き抜いて地面に突き立てた。
――ドゴォッ
刀身2m 柄も加えると、2.5mもある巨大な両手剣ザンジバル。それを地面に斜めに突き刺して一言。
「なら、このを剣を賭けるわ。世界最強のドラゴン、赤神竜ザンジバルの一番牙を磨いて魔力付与し、オリハルコンと融合させた世界に一つの万能破壊兵器。これであなたの称号の価値と釣り合うわよね?」
そう問いかけると、ボルメテウスはミレーヌの方を向いて首を左右に振る。
「ほら、そんなまやかしの武器では、私の持つ称号とは釣りあわないのよ?」
『そうではない。魔剣ザンジバル相手では、ドラゴンスレイヤーの称号など塵に等しい。ミレーヌは釣り合うものを差し出す必要がある。それが出来なければ、この決闘は無効となるが』
――ザワッ
まさか、自分の所有している称号が塵芥に等しいと言われれば、ミレーヌも黙ってはいない。
かたやマチュアは、決闘が無効になると聞いてほっとしている。
「で、では、私の財産すべてを!!」
――ぶんぶん
ボルメテウスは目を閉じたまま首を左右に振る。
「わ、私が彼女の奴隷となる!! この命を捧げる!!」
――ぶんぶん
まだ首を左右に振る。
「「な、なに、人の命よりも価値のある存在だというのか!!」」
ミレーヌが驚くのは想定内。
だが、マチュアまでそんなに価値のある存在とは思っていなかった。
『神が作りし武器なれば。三千世界を穿つ武器ゆえに』
何か聞いてはいけない事を聞いたマチュアと、動揺するミレーヌ。
「で、ですが、この戦いで私が勝たなくては、ドラゴンスレイヤーの称号は剥奪されるのですよね?」
後ろで控えている王室ギルドのメルティアは、ミレーヌの言葉に頷く。
なのでマチュアもザンジバルを下げると、空間収納から『魔法の絨毯』を取り出す。
「なら、賭けるものはこっちにするわ。これなら釣り合うでしょ?」
「え? そのただの絨毯と私の称号が釣り合うとでも」
――キィィィィィィィィィィィィィィン
ボルメテウスの右手が掲げられる。
『賭けは成立した。では勝負方法を決定せよ』
「え、ええ? ドラゴンスレイヤーの称号って、その汚い絨毯と一緒なの?」
『あれは古代魔導遺物品。この世界において現存するものは一つゆえ』
「「「「「「「「「なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」」」」」」」」
今度は観客が叫ぶ。
誰も、その絨毯がそれほどの価値を持つものとは思っていなかったのだろう。
「まあまあ、そんなのどうでもいいわ。とっとと勝負のルールを決めましょ」
「そ、そうですね。一対一、武器防具は自由、相手が降参もしくは意識を失った時点で勝利となる。これでいいかしら?」
「いいわよ。そんじゃ掛かって来なさい」
ローブ姿に徒手のまま、マチュアはミレーヌをクイックイッと手招きする。
その姿が挑発行為と見たミレーヌも、軽鎧に両手剣という出で立ちのまま、マチュアに走り寄って行くと、その肩口にめがけて力いっぱい剣を叩き落す。
――ゴゥッン
まさに一瞬。
普通の人どころか、高ランク冒険者でも今のミレーヌの動きを目で追いかける事は出来なかっただろう。それ程までにミレーヌは速かった。
だが、その動きをスローモーションで眺めているマチュアは、一歩踏み込んで右腕で剣を弾き飛ばすと、そのままがら空きになったミレーヌの胸元に裡門頂肘を叩き込む。
――ダン!!
まさに神速。
「グバァァァァァァァァァァァァッ」
口から鮮血を噴き出し、ミレーヌは遥か後方に吹き飛んだ。
観客達は一体何が起こったのか理解出来なかったであろう。
だが、決闘の全てを知る事の出来るボルメテウスは右手を高く上げた。
『勝者・マチュア。よってこのイスフィリア帝国ドラゴンスレイヤーの称号は、マチュアが受け継ぐ事となる』
「つー事で称号管理官さん、私はこの称号を帝国に返還します、私は旅人、一カ所に留まる事は出来ないので!!」
「「「「「「「「「「「えええええええ!!!!」」」」」」」」
再び観客の絶叫。
そんな中、マチュアは踵を返して商会ギルドへと戻って行く。
そして倒れて意識を失っているミレーヌは、すぐさま町の治療院へと運び込まれる事となった。
〇 〇 〇 〇 〇
「まあ、あんなものよねぇ」
商会ギルドの窓から一部始終を見ていたアーカムは、戻って来たマチュアにそう呟くだけ。だが、ギルドマスターや関係者達は、マチュアを好奇心の目で見ている。
彼女の取り出した魔剣ザンジバル、そして魔法の絨毯。
それら未知の物品の価値が、彼らには理解出来たのだろう。
「あ、あの、マチュアさんはひょっとして、アドラー王国の剣聖様ですか?」
「そんなわけないわ。剣聖が素手で戦うかって‥‥ストームは戦うか。いや、私はただの魔導師だからね」
――ピキーン
魔導師。
この一言で室内の空気が変わった。
イェソド世界では一般的には魔術は存在しない、イスフィリア帝国では上位貴族のみが魔術を覚える事が出来る。それが世界の常識。
だが、マチュアはつい口走ってしまった。
、
「魔導師といいますと、この国では王家の血筋のみに許された存在です。それを持たない人は、魔術が使えるというだけで不敬罪になるという事をご存じではないのですね」
「まあ、古い血筋の中には、それらしい力を使うものがいるといいますからフウェア!!」
――ボウッ
無詠唱で手のひらに光球を生み出して見せるマチュア。
これにはギルドの人々も言葉を失ってしまう。
「一般魔術・第一聖典・光球だよ。消費魔力はたったの1、持続時間と光量は術者の魔力量に比例する。この程度の魔術なんて、誰でも使えるように出来るわさ」
「そうよねぇ。普通に6歳児でも覚えられるわよ。こっちの世界では秘薬はいらないのよね? 光魔力があるから必要ないのかしら?」
「そ。だけど大樹が活性化していないと必要魔力も膨大になる。見た感じだと、この辺りは光魔力が希薄だから、必要魔力は上がっているね」
簡単に解析して説明するマチュアとアーカム。だが、その話を聞いていたギルドの人々は口をパクパクとして何も言う事が出来ない。
「こ、これは失礼しました。イスフィリア帝国では、魔術の才覚のあるものはすぐに王室ギルドにて審査を行い、叙爵されるのがしきたりです。ぜひマチュア様も審査を受けてください」
「アーカム様、あなたも魔術を?」
「ええ。多少はね‥‥」
この一言で室内は狂喜乱舞となる。
もしもマチュアやアーカムが叙爵したら、この場にいる我々にも恩恵があるかもしれない。
そう考えてしまうのは仕方ないこと。
しかもマチュアはあのミレーヌを打ち破り、ドラゴンスレイヤーの称号を譲り受けた存在。
称号こそ返却されたが、そんなことは王室が認めるはずがない。
能力絶対主義、魔術絶対主義のこのイスフィリア帝国において、その両方を得ているという事は次代皇帝として君臨してもおかしくないのである。
「ぜ、ぜひ共我々を貴方様の配下に加えてフベシッ!!」
――スパァァァァァン
それ以上は言わせないよと、マチュアはハリセンを引き抜いて顔面をぶん殴った。
「私はこの国に留まる必要はない。という事でこの国の地図を見せて、それと近隣の町の情報と大樹の生えている場所を教えて頂戴」
そう告げて、マチュアはクトゥラを外して長い髪と耳を出す。
その姿は、伝承に出てくる伝説の存在・エルフ族。
その中でもハイエルフと呼ばれている存在が、彼らの目の前に姿を現したのである。
「は、はい、急いで用意します!!」
この後は、とにかく怒涛の展開。
集められた地図と資料に目を通し、その日の夜までには近隣の情報も全て頭の中に叩き込んだ二人であった。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






