微睡みの中・その1・6年前の記憶から始まる
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
マチュアは深い眠りについた。
果てしなく強化された亜神の体で、破壊神の力を解放したのである。
その結果、制御できない力が体内から溢れ、留まる事を知らずに周囲に溢れていったのである。
結果として窮地を脱する事は出来たものの、マチュアは神々特有の『回復の眠り』に陥ってしまう。
そして、この眠りが始まった事こそ、マチュアが破壊神として覚醒した証拠なのである。
‥‥‥
‥‥
‥‥
イスフィリア帝国帝都・サンマルチア郊外・カナン商会
大転移門の崩壊から数日後。
アーカムはマチュアを連れて、サンマルチア郊外にあるカナン商会本店屋敷へと戻って来た。
数日前までは使用人や職員が大勢いた屋敷だが、全ての従業員は帝都内に作られた職員寮に移り住んでいる。その為、今ここにいるのはアーカムと、水晶結晶体の中で深い眠りについているマチュアの二人だけである。
マチュアの寝室中央に保存の魔法陣を発動し、更にその場をアーカムの放った深淵の書庫がきれいに包み込む。。
その中央で、マチュアの眠っている水晶が静かに佇んでいた。
「ふぅ、これでよし。ええっと、神々の眠りから解放されるまではかなり時間が必要ですけれど、マチュアの事だから一年ぐらいで起きるのでしょうけどねぇ‥‥」
どっかりとソファーに腰を落とし、アーカムは空間収納からワインを取り出してグラスに注ぐ。更に酒の肴としてスモークサーモンと生ハムを取り出すと、ゆっくりと晩酌を始めた。
「それまでは、私がここを監視して、曲者が近寄らないようにしないといけないのね‥‥。まったく、とっとと起きてくれればいいんだけれど、護衛のポイポイも大転移門の向こうで連絡はつかないし‥‥お手上げよねぇ」
困り果てたアーカム。
そのままワインを一口のどに流し込んでから、またマチュアを見る。
水晶の中で浮かんでいる、熟睡したマチュア。
「まったく、あなたは眠っていれば回復するのですからいい身分です事‥‥穏やかな笑いまで浮かべて、何か夢でも見ているのかしら」
‥‥‥
‥‥
‥
これは夢であり現実。
回復の眠りについたマチュアは、6年前にこの大陸にやって来た時の事を思い出し、そしてそれを夢見ていた。
ここから伝えるのは、マチュアの夢。
そして現実に起こっていた出来事。
〇 〇 〇 〇 〇
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、眠いわ」
「そうでしょうね。アドラーを出てもう10日、魔法の箒の巡航速度で飛んでいるとはいえ、いつになったら陸地が見えてくるのよ?」
「知らないわぁ。地図ではこっちの方角で合っているし、そろそろ陸地が見えて来る筈なんだけどねぇ‥‥どれぐらい飛んでいたんだろ?」
「時速380kmで一日14時間、それが10日。約五万キロよ、フェルドアースなら地球一周以上飛んでいるのよ?」
「へぇ、それでいて一日は24時間なんだよねぇ。この速度で、この距離で、この重力で、どうして人間はまともに立っていられるんだろう?」
そんな難しいことを考えているマチュアだが、アーカムの放った一言ですべてが解決し、そして驚愕した。
「あのねぇ。この世界は球面ではないのよ、平面世界、セフィロトの世界はすべて球面ではなく平面世界で形成されているのよ?」
「マジ?」
「あなたの記憶はあるから、その単語ぐらい知っているわよ。マジよ」
真剣な顔で呟くアーカムに、マチュアはぷるっと身震いしてしまう。
そんな予想外のことを伝えられても、マチュアとしてもどうすることもできない。
「そっかぁ、そりあまぁ、何というか。世界の果てってどうなっているの?」
「滝があって、そこから海が落ちていくのよ、そんなの常識でしょ?」
「そんな常識知らないよ、その落ちた海水はどこに行くのよ、滝の下には何があるのよ?」
「そんなの誰も知らないわよ。見に行って帰ってきた人もいないのですし、そもそもこの世界では空を飛ぶ事が出来る人間は存在しないのよ?」
「あー、そっか、そうだよなぁ‥‥その果てを見てみたい気もするけど」
「あら、それは残念ね」
腕を組んで考えているマチュアの横でアーカムが前方を指差す。
そこには、陸地の姿が見え始めていた。
「陸地よ、目的地のイラルアム大陸に来れたみたいね」
「ありゃあ、それじゃあ当初の目的を終わらせてから、世界の果てまで行ってフベシッ!!」
――スパァァァァァン
どや顔で話しているマチュアに向かって、アーカムがハリセンを叩き込む。
「それ以上は言わせないわよ。それよりも前方120km、海岸沿いの集落、ドラゴンに襲われているわよ?」
「あっそ‥‥それじゃあまずはドラゴン退治して、皆の信頼を勝ち取りましょうそうしましょう」
ぐっと箒の柄を握り魔力を注ぎ込む。
刹那、箒は勢いよく加速を開始すると、一瞬でドラゴンの後方まで追いついていた。
青銅の鱗を持つ、体長30m程のラージドラゴン。
この世界では希少種であるドラゴンの、これまた希少なブロンズドラゴン。
それが港町の上空でうねりつつ飛び回ると、時折口から溶けた青銅を噴き出しては、逃げ惑う人々を瞬時に焼き殺していた。
「ああ、もう駄目だ‥‥私達は竜の怒りを買ってしまったのだわ」
「我々に許されているのは、ただじっと滅ぶ事のみなのか‥‥」
空を飛び回るブロンズドラゴンを睨みつけるように、人々は恨み言を吐き捨てる。
そんな中。
「おじいちゃん、あれはなーに?」
人の子供が、ブロンズドラゴンの後方に飛んで来るマチュアを指差す。
だが、それが何であるのかなど、この町の人にとっては知る由もない。
ましてや。
「どっせい!!」
――ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ
空飛ぶ箒から飛び降りて、空間収納から引き抜いたザンジバルでブロンズドラゴンの首を後ろから真っ二つに切断した存在。
マチュアは一撃でブロンズドラゴンを切り捨てると、戻ってきた箒に座ってゆつくりと地上に降りていった。
「鑑定‥‥と、ブロンズドラゴンねぇ。ランク的にはかーなーり強いんだろうけれど、雑魚っちゃ雑魚なんだよなぁ‥‥と、町のみなさーん、もうドラゴンの脅威は去りましたので、安心していいですよー!!」
大きな声でマチュアは叫んだ。
すると、それまで隠れていた者や逃げ惑っていた者がマチュアの存在に気が付き、ゆっくりと近寄って行く。
「そ、それはドラゴンなのか? あんたが殺したのか?」
「もうドラゴンは来ないのか? 竜の怒りは収まったのか?」
そんな問い掛けに、マチュアは取り敢えず頷いて見せる。
その後に続いたのは、町の人々のの歓喜の声である。
助かった、もうドラゴンに怯える事はない。
そんな感情が爆発し、皆、笑った、泣いた。
嬉しくて、楽しくて
死んでいった者達を弔いつつ、ここから先に生きられる喜びを感じつつ
「さて、それじゃあこいつは私がもらっていくからね」
トン、とドラゴンの死体に手を当てて空間収納に収めようとしたマチュアだが。
「待て待て待てぇぇぇぇ。そのドラゴンの所有権は、この町の領主であるコントラのものである。そこな女、腕が立つようだな礼だけ告げておく!! わかったら、とっとと立ち去れ!!」
もうね、お約束の展開には飽き飽きなんだよなぁと、マチュアは目の前のでっぷりぽっちゃり俺様主義貴族のコントラを、忌々しく睨みつけた。
「あのねぇ、これは私が倒したの、だから所有権は私のもの」
「なにを言う、それはこの、私の領地に落ちていたのだ、この町の法律では、所有者不明の落し物はすべて領主が所有権を持っている。これは絶対なのだ!! 騎士団よ、早くそのドラゴンを屋敷までも運んでいけ!!」
ババッと手を挙げて、後方からやってくる騎士たちに命令するコントラ。だが、マチュアはそんな話など全て無視して、ドラゴンの死体を空間収納に収めた。
「そんな自分勝手な法律、誰が従うかっていうのよ‥‥それよりもドラゴンの侵攻を止めた私に、礼の一言もないのかしらねぇ」
「き、貴様、私のドラゴンをどこに隠した!! 速やかに返さなければ、貴様を法の下に裁いてみせるぞ!!」
まったく人の話を聞かないコントラだが、話を聞かないという点ではマチュアも五分五分のいい勝負である。
それよりも、コントラが右手を挙げた瞬間、マチュアの目の前に巨大な黄金の秤が浮かび上がった。
「ジャッジメントを行使する!! この目の前の女‥‥ええっと、名前は?」
「マチュアよ」
スキルの行使中に尋ねるほうも問題だが、ついノリで返答するマチュアもマチュアである。
「ゴホン‥‥このマチュアが行った罪について。この領地での法は私であり、正義は私である。マチュアは私の土地にあったものを盗んだ、よって3年間の強制労働の刑に処す!! 判決はいかに!!」
コントラが行使したスキルはジャッジメント。
アドラー王国でよく見たユニークスキルであり、若干形状が異なるが行使されている力の根幹は同じであるとマチュアは納得した。
それならば、回答は決まっている。
『彼女は無罪である』
審判の精霊の声が周囲に響く。
それまではうんうんと腕を組んで頷いていたコントラだが、ジャッジメントの結果を聞いて呆然としていた。
「これで決まりね。私は行かせてもらうわよ!!」
「う、うむ、判った、手間を取らせて申し訳なかったな‥‥騎士たちよ、撤収だ!!」
軽くマチュアに頭を下げると、コントラはすごすごと引き返していった。
その姿を見て、今度はマチュアが呆然としてしまう。
「あ、あれ、そこはあれじゃないの? こんな判定は無効だ!! とか叫ばないの?」
「ジャッジメントは絶対。ゆえに判決は正しい。ドラゴンの死体はお前のものだ!! でも、せめて少しでいいから、この町に素材を卸してくれると助かる」
そう告げてコントラは帰って行く。
そして一拍おいて、周囲の人々から喝さいを浴びるマチュア。
「は、はぁ‥‥アドラーとはまたずいぶんと習慣が違うみたいねぇ‥‥」
ポリポリと頬を掻きつつ、マチュアはしばしアーカムが到着するまでその場で待つ事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






