剣聖の日常。その17・大仕事、というか神様って不便である
『異世界ライフの楽しみ方』の更新は、毎週火曜日、木曜日、土曜日を目安に頑張っています。
――ミスト連邦王都・王城最上階ベランダ
ミストとシルヴィーの二人は、ベランダから城下町を眺めている。
今回のクーデターで大勢の命が失われたが、それでも被害は最小限に食い止められたと考えるしかない。
それよりも問題なのは、王城上空をゆっくりと旋回しているドラゴンの群れである。
竜魔戦争期に設置された対ドラゴン用結界があるため王都には直接手出しはできない。だが、魔力を送り続ける魔術師たちが疲れ果てると結界はその効力を失ってしまう。
また、攻撃を受けると結界の力が弱くなるが、すぐに魔力を注ぐと結界はまた回復する。
この効果を赤神竜ザンジバルの眷属たちは理解しているらしく、時折様子を見ては結界に向かってブレスを叩き込んできていた。
「‥‥ふむう。あれか、確かにミドルクラスのドラゴンぢゃのう」
「そ。それでシルヴィーにあれを追い返してほしいのだけれど、どうにかできるかしら?」
「出来ぬ事はないが、というか直接妾が相手をするよりも、当事者同士で解決してもらう事にしよう‥‥」
ゆっくりと両手を天に掲げると、シルヴィーは静かに竜言語で祈りを捧げ始める。
やがて天空に光る球体が浮かびあがると、突然球体を破壊して巨大な竜が姿を現した。
全長おおよぞ2500m。
生命体というよりも巨大な島、もしくは浮遊要塞。
深紅のうろこに覆われた五大竜の頂点が、ミスト城の上空でゆっくりと翼を広げて浮かんでいた。
『突然の召喚とは何事か、竜姫殿』
「ザンジバルよ、すまないがおぬしの眷属たちをこの戦いから引かせてくれないか?」
『たやすい事‥‥と言いたいが、彼らは操られている。竜族の罪は竜族の責任、私が彼らを裁く』
そのザンジバルの言葉をミストに翻訳して聞かせると、ミストもほっと胸を撫でおろしている。
ゆっくりとザンジバルが翼を広げた直後。
――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
翼全体が輝くと同時に、一万を超える炎の槍が中空に浮かび上がる。
そしてそれは、ザンジバルを敵として認識したドラゴンたちに向かって一直線に降り注ぐと、その全てを肉片にまで分解してしまった。
『竜姫よ、では私はこれで失礼する‥‥それと忠告だ、何か怪しい存在をこの大陸に感じる』
「それはどこなのか? ザンジバルよ、場所はわかるか?」
『方角だけは。人の世界の言葉を理解出来ても、ものの名前はわからぬ。この方角に、そして、こことあそこと‥‥』
最初は南方を指さし。続いてあちこちと6カ所の方角を指さす。
「ふむ。方角からすれば6王家の国ぢゃな、それとあっちは‥‥ソラリスか?」
『名前はわからぬ、だが気を付けるがいい‥‥では失礼』
翼をはためかす事なくゆっくりと上空に向かって飛翔すると、ザンジバルは北方の大地へと飛んで行く。
それが合図となったのか、はたまたザンジバルの姿を見て怖気ついてしまったのか暴徒はかなり弱腰になってしまう。
そうなると統率力の取れている騎士団の敵ではなく、やがてミスト連邦のクーデターは無事に収束を迎える事が出来た。
‥‥‥
‥‥
‥
ラグナ・マリア帝国諸王国でのクーデターは、3日程でほぼ鎮圧は完了したものの、その傷跡は大きく、しばらくの間は復興の為に労力を費やす事になる。
ケルビム皇帝の号令により、6王家を中心とした復興支援が始まり、人々はゆっくりと元の生活を取り戻し始めていた。
諸国にあるフェルドアースへとつながる異世界ギルド及び転移門は、クーデター開始時にすべて一時的に封鎖され、その騒動が落ち着くまでは異世界渡航は全面禁止されていた。
そのため、カリス・マレス世界で何が起きているのかは、フェルドアースでは情報すら流れて来ていない。
そして復興が始まって7日後。
「‥‥ん?」
いつものように、のんびりとサイドチェスト鍛冶工房で仕事をしていたストームだが、ふと何かいわれのない違和感に気が付いた。
「どうしたのであるストーム殿、拙者、このままストーム殿の頭に相槌を入れるところでござるよ」
「よしいい覚悟だ十四郎。それよりも、何か感じないか?」
「拙者、男に対しては不感症ゆえフベシッ」
――スパァァァァン
すかさずハリセンで十四郎の頭をぶん殴るストーム。
だが、どうしてもその違和感がぬぐえない。
「ん~、GPSコマンド起動。この違和感について‥‥と、ダメか、あっさりしすぎて絞り出せないか」
「そういう時は危険感知でござるよ」
「なるほど。そんじゃ亜神モード3解放かーらーの、危険感知ってまじかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
思わず絶叫するストーム。
それもそうである。
この世界には人工衛星も天体望遠鏡も天体観測所すら存在しない。
そんな状況で、ゆっくりと星に向かって飛来する軌道を描いている小惑星を感知する事など不可能である。しかも、対衛星ミサイルもICBMもなく、当然小惑星を迎撃する手段すら存在しない。
「さて、困ったぞ。あれが確実にこっちに向かっているのは事実、そして速度から算出すると、大気圏までの到達時間は‥‥4日って所か。何で今までわからなかった?」
思わず首を捻るものの、判る筈もない。
ベルゼの施した広範囲型殲滅魔法陣は発動光のかけらすら見せず、最高のタイミンクで、最大限の効果を発揮していた。
もしもここにマチュアがいたのなら、このほんの極僅かの魔力の揺らぎによる異変に素早く感知していたであろう。しかし、賢者の弟子であるミアやミストの感知能力ですら、その魔法の発動は確認されていなかったのである。
実にベルゼの魔術知識とその実力はマチュアに匹敵するレベルであった。
「対策かぁ。ぶっちゃけ俺一人でどうにか出来るレベルではあるんだがなぁ‥‥」
ふとそう考えたものの、The・onesからすべてを託された今のストームは、カリス・マレス世界では新参創造神という立場でもある。
それゆえ、あまりにも人間世界に強大な力で干渉することは原則禁じられているのであるが、そんな事言っている場合ではない事も理解している。
「まあ、そんな悠長な事言っている場合じゃないか。軌道上までは魔法鎧で飛んで行けるからよいとして、あいつ宇宙空間機動能力なんてないからなぁ‥‥」
「ストーム殿、さっきから何をぶつぶつと話しているでござるか?」
槌を横に置いて汗をぬぐいつつ、十四郎がストームに問いかける。すると、ストームは今見た情報をすべて知識のオーブに作り替えると、それを十四郎に放り投げる。
「ほらよ、取り込んでみろ」
「ふむふむ‥‥と、おおお、これは一大事でござるが、どうするでござるか?」
「どうするかといってもなぁ。俺は原則としてこういう事は干渉出来ないんだが、干渉する」
「はっはっはっ。とんでもない神様もいたものでござるなぁ。それで、その宇宙まではどうやって行くのでござるか?」
そう問いかけつつも、十四郎は両手で船の形を作って見せる。
それが浮遊大陸ヴィマーナの形をしていることはストームには一目瞭然である。
白亜の空間、次元潮流を越えるために密閉度は完璧、生命維持装置すらしっかりと搭載している。これほど大型の、そして宇宙に行けるだけのパワーを持つものは存在しないだろう。
そして問題は一つ。
ヴィマーナには搭乗員が多いということ。
いくら世界の危機といえど、彼らを巻き込みたくはない。
というか、神威をつかって小惑星を破壊する姿など見せたくはないし見られてはいけない。
となると、ヴィマーナも使う事が出来なくなってしまう。
「‥‥手詰まりでござるか?」
「転移する事も出来ない、宇宙には精霊の旅路は通用しない。何だろう、この、こっちの世界に始めて来た時のようなやるせなさは」
「はっはっはっ。どのみち拙者も手伝うでござるよ。シルヴィー殿からは、ストーム殿の力になるようにと仰せつかっているのでござるから」
「そうか‥‥」
シルヴィーが十四郎を付けた理由は至極簡単。
亜神のストームには、亜神の十四郎ぐらいしか補佐が出来ないと考えたからである。
そしてその気遣いが嬉しく、ここに来て役に立ったのである。
「なら、やることは一つだけだ。魔法鎧で衛星軌道上に移動し、魔力推進でどうにか先に進む。後は持てる力で小惑星を破壊して、そして帰って来る。以上だ」
「ストーム殿、ここの場所で指パッチンで小惑星を破壊出来ないでござるか?」
「それが出来るのはエーリュシオンの神殿でだけ。ちなみにそんなことしたら八大神からフルボッコだし、あの場所では人間世界には直接干渉出来ない」
そもそもこちらの世界では光魔力が足りないため、十四郎の話している方法は不可能であった。
ならば覚悟は決まった。
少しでも早く、そして遠くで小惑星を破壊しなくてはならない。
そう考えたストームは、耳元にある遠話の水晶に手を当てる。
――ピッ
「俺だ、しばらく留守にする。ウォルフラム、しばらくシルヴィーの護衛を頼む」
『はぁ、それは構いませんが今度はどちらに?』
「ちょいと遠くだ。いつものように暗躍するだけだから心配するな、すぐ戻るから」
『了解しました。それでシルヴィー様には何と伝えればよいのですか?』
『回線オープンで聞こえているぞバカ者が。取り敢えず無事に帰って来てくれればそれでいいのぢゃ』
「ありがとうよ、それじゃあ行って来る」
それ以上の言葉はない。
ストームと十四郎は一旦サムソン郊外まで向かうと、二騎の魔法鎧を召喚、そのまま一気に星の上空へと飛び出して行った‥‥。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






