剣聖の日常・その14・クーデター
ストームがエーリュシオンで何やかんやとやらかした一ヶ月後。
ストームはベルナー双王国・王都ベルナーの街の中をのんびりと散歩している。
カナン魔導連邦でクィーンが行っているように、ストームも街の人の声を直接聞く為にちょくちょく街の中に出るようにしていた。
サムソンでは、サイドチェスト鍛治工房に行けば運が良ければストームに会えるという事を街の人は知っているため、市井の人々は何か困った事があれば鍛治工房を訪ねていたのであるが、ことベルナー双王国王都ではそんな事は出来ない。
王に対して市民が直接意見を、相談をするにはまず謁見申請を行わなくてはならない。
そこで用件を尋ねられ、女王が対応するに値するかどうか執務官たちが検討、必要に値しない場合は適切な助言のみを行なってはいおしまいとなる。
それでは余りにも味気ないのだが、サムソンの人口と王都ベルナーの人口では十倍以上の差がある。
そのため簡略化する必要がある場所は簡略化しなくてはならない。
その為のストームの街中行脚である。
国王自ら町に出る、本来ならば大勢の護衛を伴い、馬車で移動となるのが慣例。
シルヴィーも時折街中に出ては来るが、その場合は徒歩で、幻影騎士団の誰かが伴っているのだが。
「おや、ストームさ…ん、今日はいつもの散歩ですか?」
「いつもご苦労様です。これ、朝採れたてのアプルですが、宜しければどうぞ」
「早くストームさんとシルヴィー様のお子様を見たいものですなぁ」
ベルナー商業区・繁華街の近くをのんびりと散歩するストーム。街の人にとってもようやく日常化したこの風景を、ストームは心地よく受け入れている。
まあ、それで済むはずがないのが繁華街であるが。
──ドンガラガッシャーン
一件の雑貨屋から聞こえて来る物騒な音。
そして店内から聞こえる女性の悲痛な声。
「おらおらおら、とっとと出て行けよ、今日が支払いの約束日だろうが」
「待ってください、まだ一ヶ月以上あるではないですか‼︎」
「それは前の契約者の話だろうが、俺たちはな、あんたの負債をワルダー男爵から買い取ったんだよ、だからそんな約束はしらねぇよ」
そんな声が聞こえてくるので、ストームもやれやれと肩を竦めて店の中に入って行く。
「負債の買取については、ちゃんと商人ギルドに話を通してあるんだろうな?」
そう男たちの背後から問いかけるストーム。
ラグナ・マリアの法律では、個人による一定以上の金額の貸与については商人ギルドを仲介する必要がある。
それを行なっているのなら、目の前で起こっているような蛮行は起きるはずがないのだが。
三人組の男の一人がニヤニヤと笑いつつ、振り向いてストームに一言。
「爵位持ちの方の負債譲渡については、商人ギルドを通す必要はないって知らねえのかよ、どこの冒険者だぁ?」
「偉そうなこと言いやがって、俺達はな、ソラリス連邦からこっちに来たオズボーン男爵家の家臣だぞ、そんな偉そうなこと言いやがって!」
オラオラ口調で絡んでくる男たちだが、ストームは顎に手を当てて記憶を探る。
貴族間、もしくは貴族とそれ以外の人々との金銭貸与は商人ギルドではなく貴族院の管轄であるので。
「あー、そういう事か。爵位持ちは確かに商人ギルドを仲介する必要はないな」
「そうだろうさ」
「仲介が必要なのは貴族院だわ、それは終わってあるんだろうな?」
「知るか‼︎そもそもオズボーン男爵はこっちの貴族じゃねーんだよ、この国の貴族院に報告する義務なんてねーんだよ、分かったら下がってろや‼︎」
──ドン
男がストームの肩を力一杯殴った。
まあ、レザージャケットを装備しているのでダメージなどないが、ここまでの話でストームはややイラッとした。
「なら、その証文を見せてもらえないか?」
「アホかお前。はいそうですかと渡して奪われたらどうするんだよ、おまえおかしいんじゃないか?」
「まあそう思うよな。けどな、異国の貴族が自分とこの市民に因縁つけているのを見るとなぁ。そのオズボーンとやらは何処にいるんだ?」
──ゴキゴキッ
思わず拳を鳴らすストーム。
「お、やるっていうのか?俺たちの背後にはオズボーン男爵がいるんだぜ、お前如き冒険者が俺たちに手を出して」
──シュンッ
一瞬で剣聖モードに換装するストーム。
胸当てとマントには神王とベルナー双王国の国章も入っている。
「そうか、ならお前ら不敬罪な」
「何だお前、いきなり装備を変えて……え?王家の紋章?」
ツツーと冷や汗が流れる男たち。
そして奥の女性も、ようやくストームの状態に気がついた。
「フォンゼーン王、どうしてこんな所に」
「散歩だよ散歩。という事でお前達に選択肢をやるわ、素直に捕まるか、この場で切り捨てられるか、どっちが良い?」
──ヘナヘナヘナ〜
その言葉だけで男達は腰砕けになる。
そして駆けつけた騎士達が男達を連行すると、ストームはその場に置き去りになった借用書を手に取る。
「ワルダー男爵ねぇ。ベルナー双王国の男爵で、あまりいい噂を聞いてないんだよなぁ……ほらよ」
すぐさまその場で借用書を確認すると、ストームは女性の肩をポンと叩いて話を聞いた。
女性の夫は十年戦争で命を落としたらしく、今までは夫の残した店を子供と一緒にずっと守っていたらしい。
この店も夫がワルダー男爵からの出資を受けて始めたらしいが、つい最近になって出資額を返金しろとの連絡があったらしい。
その際に、夫のサインの入った借用書を持ってきたらしく、しかもそれが本物であった為に、女性はどうにか借金を返すべく手を尽くしたらしい。
その矢先に今回の事件である。
ストームは借用書を手に取ると、すぐさま右目を凝らす。
(GPSモード、鑑定眼発動……と、サインの部分は偽造か。それ以外の部分は本物だな。まあ、こいつが原本であるなら、これ以上仕掛けては来ないだろうが、面倒な事になりそうだなぁ)
そう心の中で呟くと、ストームは頭をポリポリと掻きつつ。
「ま、この件は俺預かりとして話付けて来るわ。本当なら俺の動く事じゃないんだが、隣国の貴族が絡んで来たとなると色々と面倒なのでな」
手をひらひらと振りつつ、ストームが外に出る。
その間、女性はずっと頭を下げていた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ベルナー双王国・ワルダー男爵領。
人口1万人程の領都と周辺の森林地帯を治める男爵家の領地であり、ベルナー双王国では最も南方に位置する。
隣国はパルテノ王領であり、交易の中継都市としても賑わっている。
そのワルダー男爵家の一室には、大勢の貴族が集まっていた。
「さて、まずはオズボーン男爵、遠路遥々お越しいただきありがとうございます。それに、アンカー男爵、マケドニア男爵まで。このような辺鄙な王国までわざわざ足を運んでいただき感謝の極みです」
集まった貴族達にワルダーは丁寧に頭を下げる。
「いえいえ、ワルダー男爵には日頃からお世話になっておりますから」
「それよりも計画の方は順調なのでしょうな?」
アンカーとマケドニアが問いかけると、ワルダーもコクリとうなずく。
「ええ。すでに王都の各ギルドには我らの子飼いの者達が入り込んでおります。また、万が一のためにオズボーン男爵領とアンカー男爵領の専属冒険者も街の中で待機しておりますぞ」
「東方ヴァンドール大陸と北方大陸の暗殺者ギルドにも話は通してあります、既に手配も全て完了しております。まあ、ワルダー男爵が危惧している英雄王ストームでしたか?多少の腕は立つでしょうが、大陸でも屈指の暗殺ギルドに暗殺依頼は終えておりますから」
いやらしい笑みを浮かべつつ、オズボーン男爵がワルダーに語りかける。
ワルダー男爵は先代がやはり十年戦争で亡くなっており、その後の復興に尽力したということで息子が男爵位を授かっただけであり、ストームやマチュアの話は英雄譚程度にしか聞き及んでいない。
そして吟遊詩人の語る英雄譚は得てして誇張気味であり、ワルダーも二人はその程度、幻影騎士団は腕の立つ騎士団程度としか捉えていない。
「では、作戦開始は明日曜昼の鐘と同時に。全てはウェンリー侯爵のために」
「「「ウェンリー侯爵の為に!!」」」
そう宣言して、ひとり、またひとりと部屋から出て行った。
………
……
…
場所は変わってベルナー王都・王城謁見の間。
煌びやかな衣装を着たキヨシロー・ウェンリー侯爵が王座に座っているシルヴィーに膝を突いて挨拶している。
「初めましてベルナー女王。本日は我々ソラリス連邦使節団を受け入れていただき、ありがとうございます」
「よいよい、頭をあげてくだされ。ソラリス連邦王都からも連絡は受けておる、ウェンリー侯爵が使節団としてラグナ・マリア諸国を漫遊しているので、来訪した際には受け入れてほしいと。皇帝陛下からも書状は届いているのでな」
「助かります。しかし、シルヴィー陛下は実にお美しい。かの英雄王ストーム殿の妻でなければ、私が婿入りしたかった所ですよ」
ニコリと笑みを浮かべるウェンリー侯爵。
その頭上には、シルヴィーや騎士達には見えない魔法のクロスボウが浮かび上がっている。
(ターゲットセット……矢を魅了の矢に変換)
──カチャッ
クロスボウにピンク色の矢がセットされる。
「ふむ、それは惜しいことをしたな。しかし、ウェンリー侯爵程の方ならば、言い寄ってくる女性など星の数ほどあるのではないか?」
「いえいえ、どれだけ居ようとも陛下の美しさの前には敵いますまい」
(シュート‼︎)
──トシュッ
ウェンリー侯爵の頭上のクロスボウが打ち出され、シルヴィーの胸に突き刺さる。
そしてゆっくりと霧のように消えて行くのを確認すると、ウェンリーは心の中でニヤリと笑った。
(対象を魅了する魔法の矢。一日一本しか打てないが、三本刺さると対象は私を心から愛する…。これでこの王国も我がものだな)
いくらストームとシルヴィーが夫婦であろうと、このベルナー双王国の実権は妻であるシルヴィーが握っている。
そのシルヴィーがストームと別れてウェンリー侯爵と結婚しても、特に問題はあるまい。
そしで女王から離婚されたストームの権威は地に落ちる。
ウェンリーは暴力ではなく、平和的にベルナー双王国を手中に収めようというのである。
「まあ、今日のところはゆっくりと体を休めるが良い。明日から七の日、この王都を自由に楽しんでくだされ」
「はい。それでは失礼します」
丁寧に頭を下げて謁見の間から出て行くウェンリー。
その姿を見送ってから、シルヴィーは右手をくるくると宙に回す。
──シュゥゥゥ
すると、先ほど霧散化した矢が再生していた。
「まあ、詰めが甘いのう。妾にはマチュア謹製の『どんなものにも抵抗できる腕輪』があるのを知らんのか。十四郎、あの男を監視しておいてくれなのぢゃ」
──シーン
「もう行ったのかな?」
『はっはっはっ。まだでござるフベシッ』
──ス?
素早くハリセンを引き抜いたシルヴィーだが、横で待機していたシュバルツが十四郎にハリセンを叩き込んだ。
「ふう。十四郎がここにおるという事は、既に手のものが動いているという事か?」
「御意でござるなぁ。ガイストが彼の影の中に潜り込んでいるでござるよ。それとフィリアが街の中に流れている異質な空気を感じ取って調査しているでござるが?」
堂々と説明する十四郎に、シルヴィーもウンウンと頷く。
「では、この後の展開がどうなるか予測はできているのか?」
「はっはっはっ。全くさっぱりでござるよ。ソラリス連邦の現王が、皇太子の忠告を無視してラグナ・マリアに手を出そうとしているなど拙者は知らないでござるよ?」
「ふむふむ、その最初のターゲットがベルナー双王国と言うことなのか?」
「いえいえ、全ての六王国で一斉蜂起でござるよ。かの現王は、ハルモニア王国と連んで様々な希少スキルを手に入れたようでござるからなぁ」
その説明だけで十分。
すぐさまシルヴィーは遠話の水晶球で六王に連絡を取る事にした。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。






